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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第8章 王立学院一年 一学期末テスト

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第79話 王宮の勉強会

 休みの日の昼過ぎ、俺は王宮の正門の前に立っていた。


 改めて見ると、やはり大きい。


 高い外壁。

 整えられた石畳。

 等間隔に立つ衛兵。

 門をくぐった先に続く広い前庭と、その奥に見える白い建物群。


 王都で目立つ建物はいくつもあるが、王宮はそのどれとも違う。

 派手というより、ただ「ここが国の中心だ」と無言で示してくるような圧があった。


「リオン様ですね」


 門のところで名を告げると、待っていたらしい侍従が一歩進み出る。

 年齢はまだ若いが、動きに無駄がない。


「エドガー殿下より伺っております。ご案内いたします」


「お願いします」


 そのまま中へ通される。


 想像はしていたが、やはり厳重だった。

 門を一つ抜け、もう一つ通り、途中で名と来訪目的を確認される。

 ただ、嫌な感じはしない。

 王宮としては当然の手順なのだろう。


 少し遅れて、後ろからセレナとヴィクトルが来た。

 さらに別の方向からナディア、ガイルも合流する。


「全員揃ったわね」


 セレナが当然のように言う。


「いや、まだ王子がいないけど」


 俺がそう返すと、ちょうどその先の回廊からエドガーが現れた。


「こちらだ」


 いつも通りの、無駄のない声だった。


 今日は学院の制服ではなく、王宮内での軽装らしい落ち着いた服だ。

 それでも妙にきっちりして見えるのは、たぶん本人の立ち方のせいだろう。


「来てくれてありがとう」


 その一言も、言い方次第ではずいぶん印象が変わる。

 だがエドガーが言うと、必要なだけの礼を正しく置いた、という感じになる。


「試験勉強に呼ばれたのに、そんなに改まられると緊張するな」


 ヴィクトルが軽く笑う。


「なら帰るか?」


「帰らない。王宮の書庫なんて商人の息子には縁がないからな」


 その返しに、エドガーの口元がほんの少しだけ動いた。


 ◇


 通されたのは、王宮の中でもかなり静かな一角だった。


 高い窓。

 厚い絨毯。

 壁沿いに並んだ棚。

 机は広く、六人が座っても余るくらいある。


 勉強会の場所としては文句のつけようがない。


「すごいな……」


 思わずそう呟くと、ガイルも珍しく素直に同意した。


「広いな」


「広いだけじゃないわね」


 セレナは棚の並びを見て言う。


「分類もちゃんとしてる。使うことを前提にした書庫だわ」


 ナディアは窓際へ目を向けていた。

 光の入り方まで見ているあたり、やはりこういう場所にも慣れているのかもしれない。


 ヴィクトルはというと、入った瞬間から部屋全体をざっと眺めている。


「王宮の中にこういう部屋がいくつあるのか、ちょっと気になるな」


「数えて帰るか?」


「やめておく。王家に出禁は嫌だ」


 そんなことを言っている間に、侍従たちが茶と軽い菓子を整然と置いていく。

 手際が良すぎて、逆に見ていて落ち着かない。


 それにしても――。


 俺は部屋へ入ってから、何となく周囲を気にしていた。


 王宮だ。

 もっと王族や、その側近らしい人間が行き来していてもおかしくないと思っていた。

 だが、今のところ出てくるのは必要最低限の侍従だけで、エドガーの家族らしい気配は全くない。


 少し不思議だった。


 とはいえ、これだけ大きな建物だ。

 王族それぞれに使う棟や区画が分かれていて、普段から顔を合わせないこともあるのかもしれない。


 ……まあ、王宮なんて前世でも今世でも縁のない場所だし、そういうものなのだろう。


 勝手にそう納得しておくことにした。


 エドガーは席につきながら言った。


「必要な資料はある程度出してある。試験範囲に関係しそうなものを中心にした」


 机の端には、すでに何冊か本が積まれていた。

 魔法理論の基礎書、王国法制の概説、地理資料、過去の演習問題の写しらしいものまである。


「本気だな」


 俺が言うと、エドガーは当然のように返した。


「集まる以上、意味のある時間にしたい」


「王子が一番やる気あるんじゃない?」


 ヴィクトルが言う。


「お前もだろう」


「まあな」


 エドガーは机の中央へ紙を一枚置いた。


「まずは応用課題を想定した問題からやろうと思う」


 セレナがすぐに反応する。


「範囲確認からじゃないの?」


「範囲確認は各自でもできる。今日は、一人でやると偏りが出るところを詰めたい」


 それには俺も賛成だった。


 筆記の暗記だけなら、自分でやる方が早い。

 でも、応用課題や実技判断は、自分の見え方だけで固めると危ない。


「どんな問題?」


 ナディアが聞く。


 エドガーは紙を広げた。


「仮想課題だ。王都から離れた中規模の町で、夜間の治安悪化と街道利用者の減少が起きているとする。人員と予算は限られ、魔法使いも多くは置けない」


 そこで一度区切る。


「この町の安全と流通を立て直すために、何を優先するか。

 法制、地理、人的配置、夜間運用、魔法の活用、費用対効果――そのあたりを総合して考える」


 ヴィクトルが笑った。


「嫌らしいな」


「ローヴェン先生が好きそうな問題だ」


 俺もそう思う。


 正解が一つじゃない。

 でも、雑に答えるとすぐ穴が出る。


 セレナは紙を読んで、すでに考え始めていた。

 ガイルは「町の治安」と聞いた時点で、だいぶ現場寄りに頭が動いていそうだ。

 ナディアは条件の書き方そのものを見ている。

 ヴィクトルは「流通」の文字で目が変わった。

 エドガーはたぶん、最初から全部見ている。


 俺も紙へ目を落とした。


 小さくはない町。

 夜間の治安悪化。

 街道利用者の減少。

 予算と人員は不足。

 魔法使いも少ない。


 つまり、全部は取れない。

 だから何を切るか、何を先に立てるかの問題だ。


「じゃあ、まずは各自の答えを出す?」


 ヴィクトルが言う。


「いや」


 セレナがすぐに首を振る。


「最初に何を前提に置くかを揃えた方がいいわ。そうしないと、答えがずれるというより問題そのものが別になる」


「さすがだな、セレナ」とヴィクトルが突っ込む


 エドガーが静かに話を戻す。


「では最初に、皆が何を最優先に置くかだけ出そう」


「治安だな」


 ガイルが即答した。


「夜に危ないなら、人が減るのは当然だろ。まずそこを止める」


「流通」


 ヴィクトルもすぐに言う。


「人も物も減れば町は痩せる。痩せた町はさらに治安が悪くなる。だから、街道利用者を戻す仕組みを先に作る」


「法制と運用の整理」


 セレナが続く。


「人手も予算も足りないなら、現場の善意に任せる形は長続きしない。誰が何を管理し、どこまで裁量を持つのかを先に決めるべきよ」


「私は、住民側の協力体制ですね」


 ナディアが言う。


「外から守るだけでは限界があります。町の中に“夜を維持する側”がいないと、結局続かないと思います」


「……どれも間違っていないな」


 エドガーが小さく言う。


「だから面倒なんだよ」


 ヴィクトルが笑う。


 俺は少し考えてから言った。


「俺は、夜そのものを変える」


 五人の目がこっちを向く。


「どういう意味だ」


 ガイルが聞く。


「夜が危ないのは、見えないからだろ。だったら、そもそも町の中心と街道沿いの視界を変える」


 セレナがすぐに理解した。


「灯り、ね」


「うん」


 俺は頷く。


「警備の人数を急に増やせないなら、少ない人数でも見張れる条件を作る。見える範囲が広がれば、巡回の効率も変わるし、商人側の安心感も変わる」


「……なるほど」


 ヴィクトルが指を組む。


「商売の価値にも直結するな、それ」


「ただし、灯りだけで済む話ではないわ」


 セレナが冷静に言う。


「設置場所、維持費、夜間管理、壊された時の対応、全部いる」


「だから法制も運用も要る」


 エドガーが言葉を繋いだ。


「そして人手の問題も残る。ガイルの言う治安の即応力も必要だ」


 そこから先は、勉強会というより議論に近かった。


 誰かが一つ言えば、誰かが補う。

 別の誰かが条件を足し、さらに別の誰かが現実へ落とす。


 ナディアは住民と外部利用者の視点の違いを静かに指摘した。

 ヴィクトルは「街道利用者を戻すなら最初の数か月は補助が要る」と言い、セレナは「それを誰の権限で出すのか」と切り返す。

 エドガーは全体を整理して、何が短期、何が中期の施策かを分けていく。


 ガイルは最初こそ、「警備を増やせばいいだろ」と単純に入っていたが、途中からだんだん難しい顔になってきた。


「……待て」


 ついにガイルが紙を見ながら唸る。


「これ、警備隊長に“頑張れ”って言わせても駄目ってことか」


「当たり前でしょう」


 セレナが言う。


「そういう雑な運用をした結果、現場が回らなくなるのよ」


「いや、そこまではわかったんだよ」


 ガイルは眉間を寄せたまま言う。


「でも、どこまでを町が決めて、どこから上に上げるのか、その線が面倒くさい」


「法制基礎の範囲ですね」


 ナディアがやわらかく言う。


「自治権限と上位管理の切り分けの話です」


「そこだよ、そこ」


 ガイルが頭をかく。


「剣と魔法ならまだわかるんだが」


「じゃあ、そこを詰めればいい」


 エドガーが落ち着いた声で言った。


「大枠は三つだ。日々の運用、緊急時対応、恒常的な制度変更。この三つを分けて考えろ」


 セレナもすぐに乗る。


「日々の巡回や夜間当番は町の裁量で回せる。でも、人員増や新規施設の常設は上の承認が要る。そこを混ぜるからややこしく見えるのよ」


「なるほどな……」


 ガイルはまだ難しい顔だが、さっきよりは目が前を向いていた。


 ヴィクトルが横から口を挟む。


「あと、試験なら“全部やります”って答えると落ちるぞ」


「何でだよ」


「予算が足りないって最初に書いてあるからだよ」


「あ」


「そういう問題だ」


 ヴィクトルは笑った。


「教師はたぶん、欲張った答えを一番嫌う。限られた中で何を優先するかが見たいんだ」


「……お前、それ本当に商人だな」


「褒め言葉として受け取っておく」


 ナディアがさらに静かに補う。


「最初に町の中心部と街道の出入口だけを照らす、というように“段階”を示してもよさそうですね。最初から全域を守る前提だと、現実味が薄れます」


「そうそう」


 俺も頷いた。


「一気に全部変えるんじゃなくて、まず夜の中心線だけ作る。そこから見張りと通行を絞る」


 ガイルはそこでようやく、少し肩の力を抜いた。


「……なるほど。最初に全部守るんじゃなくて、守る線を決めるのか」


「そういうこと」


「それならわかる」


 こうしてみると、ガイルは基礎が弱いというより、発想が前に行きすぎるのだろう。

 型や現場判断は速い。

 だが、制度や理屈の積み方を一段飛ばしがちだ。

 そこを他の五人で埋めると、急に理解がつながる。


 たぶん、こいつは一人で考えるより、強い頭の中へ放り込まれた方が伸びるタイプだ。


「じゃあ、もっと根本から整理するなら」


 俺は紙に線を引いた。


「そもそも町と街道を別々に守るんじゃなくて、流通路と治安区画を一体で組み直した方が早いんじゃないか」


「おい、待て」


 ヴィクトルが笑う。


「急に話がでかくなったな」


「でも、その方が合理的だろ。夜間に維持すべき区域を最初から再設計して、税と当番と巡回を一つの単位にした方が――」


「それ」


 セレナが冷静に遮った。


「今この試験で求められてる答えじゃないわ」


「そうか?」


「そうよ」


 セレナは呆れたように息を吐く。


「あなたが言ってるのは、町の立て直しを越えて制度そのものを組み替える話でしょう。学者か官僚になる人が考えることよ」


「え、でも問題の本質ってそこじゃないか?」


「本質を掘りすぎなのよ」


 ぴしゃりと言われた。


 ヴィクトルが吹き出す。


「出たな、リオンの悪い癖」


「悪い癖なのか?」


「試験問題から制度改革まで飛ぶのは、少なくとも普通の学生の癖じゃない」


「褒めてるように聞こえないな」


「半分は褒めてる」


 エドガーもわずかに口元を緩めた。


「試験で出すなら、今ある制度の中で答えを組め」


「大きく変える前に、まず今ある枠の中で一手打つのが先、ですね」


 ナディアもやわらかく続ける。


「うーん……」


 納得できないわけじゃない。

 でも、どうせ考えるならそこまで行きたくなる。


 セレナがそんな俺を見て、少しだけ呆れたように言った。


「だからあなた、時々授業で退屈そうなのよ」


「そんな顔してるか?」


「してるわ」


「してるな」


 ヴィクトルまで乗ってくる。


「本人だけ気づいてないやつだ」


 ガイルがそこでようやく笑った。


「何か安心した」


「何が?」


「お前でも変なとこあるんだなって」


「失礼だな」


 でも、少し空気が軽くなった。


 ◇


 気づけば、窓の外の光はだいぶ傾いていた。


 勉強会のはずだった。

 だが実際には、問題を一つ深く掘っただけでかなりの時間が過ぎている。


 それでも不思議と、無駄だった感じはしなかった。


 むしろ逆だ。


 一人でやっていたら見えなかった穴が見えた。

 自分では当たり前だと思っていた前提が、他の五人には違う形で見えていることもわかった。


 そして何より、飛び級を視野に入れているのが自分だけではないと、はっきりした。


「……悪くなかったな」


 思わずそう言うと、ヴィクトルが笑う。


「王宮の書庫でやるには地味な感想だな」


「でも本音だよ」


「それならよかった」


 そう返したのはエドガーだった。


 いつもの通り落ち着いている。

 でも、今日は少しだけ柔らかく見える。


「次は実技寄りもやるか?」


 ガイルが言う。


「座学だけ詰めても仕方ねえだろ」


「それはそうね」


 セレナも頷いた。


「対人判断は机の上だけでは詰めきれないわ」


「では、次回は学院側の訓練場がよさそうですね」


 ナディアが言う。


「王宮で模擬戦は、さすがに少し大げさです」


「ちがいない」


 ヴィクトルが肩をすくめた。


 エドガーも異論はなさそうだった。


「日取りはまた調整しよう」


 そう言って、立ち上がる。


 侍従がすぐにこちらの気配を読んで、静かに片づけへ入った。

 やはり慣れない。


 部屋を出る前に、もう一度だけ周囲へ目をやる。

 やはり最後まで、エドガーの家族らしい姿は一度も見なかった。


 少し不思議ではあったが、王宮というのはそういうものなのかもしれない。

 広すぎて、同じ建物にいても交わらない。

 それはそれで、王族らしい暮らしなのだろう。


 そう勝手に納得して、俺は廊下へ出た。


 ◇


 帰り際、正門へ向かう石畳の上で、夕方の風が少しだけ涼しくなっていた。


 王宮での勉強会。

 冷静に考えれば、かなり妙な一日だ。


 でも、悪くなかった。


 セレナの理論。

 エドガーの整理。

 ナディアの補い方。

 ヴィクトルの出題者目線。

 ガイルのまっすぐな現場感覚。


 そして、自分の考え方が少し飛びすぎていることも、改めてわかった。


 筆記も応用も、おそらく狙える。

 だが、実技と対人判断はまだ詰める必要がある。


 飛び級を本気で取りに行くなら、そこから目を逸らせない。


 王宮の門が後ろで静かに閉じる音を聞きながら、小さく息を吐いた。


 六月末まで、もう遠くない。


 どうやら一学期の終わりは、思っていた以上に忙しく、そして少しだけ面白くなりそうだった。



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