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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第7章 大発明?

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第75話 説得の順番

 応接室を出たあと、俺たちはそのまま寮へ戻る――とはならなかった。


「ちょっと待ちなさい」


 廊下を歩き出したところで、後ろからセレナに呼び止められる。

 振り向くと、案の定というべきか、あまり納得していない顔だった。


 その横ではヴィクトルが面白そうに腕を組み、ナディアは静かに成り行きを見守っている。

 少し離れたところで、エドガーとガイルも足を止めていた。


「何?」


「何、じゃないわよ」


 セレナは呆れたように言う。


「さっきの案。無茶苦茶なのはわかったわ。筋が通ってるのもわかった。

 でも、一番大事なところをまだ聞いてない」


「大事なところ?」


「どうやって通すのか、よ」


 そこだった。


 セレナは一歩詰める。


「王家も、ラウグレン公家も、うちも、商会も、欲しいものが全部違う。

 しかも、皆それなりに力がある。

 それをどうやって同じ船に乗せるつもりなの?」


 廊下の窓から差し込む西日が、石床に長く落ちている。

 放課後の学院は静かだったが、今の話はちっとも静かじゃない。


 ヴィクトルがすぐに口を挟んだ。


「そこだよな。案としては派手だ。

 でも“どうやって”が抜けてたら、ただの夢物語だ」


「夢物語じゃないよ」


「じゃあ聞かせろ」


 ガイルも腕を組む。


「俺も知りたい。

 あんな大人たち相手に、本当に通せるのかよ」


 正直に言えば、通せる保証なんてない。

 でも、順番は見えていた。


「……まず、ラウグレン公家には行かない」


 俺がそう言うと、全員の顔が少し変わった。


「は?」


 ガイルが素直に声を上げる。


「一番強く出てきてるの、あっちだろ」


「だからだよ」


「意味わかんねえ」


 それはそうだろうなと思う。

 でも、この順番を間違えると、たぶん全部崩れる。


 俺は壁際に寄りかかって、小さく息を吐いた。


「ラウグレン公家は、今いちばん“正論”を持ってる。

 旧敷地由来。歴史的経緯。資源管理。国益。

 しかも、向こうは欲をむき出しにしてない」


 セレナが小さく頷く。


「だから厄介なのよね」


「うん。そこへ最初にこっちから行ったら、話は絶対に“権利の確認”から始まる。

 そうなったら終わりだ」


 ヴィクトルの目が少し細くなる。


「……なるほどな。向こうの土俵に上がるな、ってことか」


「そう」


 だから、最初に行く相手は別だ。


「先に話すべきなのは、ヴァレスト公爵だと思う」


 その瞬間、セレナの表情がぴたりと止まった。


「お父様?」


「うん」


「……理由は?」


「一番、話が通るから」


 セレナは少しだけ目を伏せ、それから言った。


「雑ね」


「じゃあ細かく言う」


 ヴィクトルが笑う。


「そうしてくれ。雑なまま公爵家に突っ込んだら、さすがに止めるぞ」


「止めるなよ」


「内容次第だな」


 そこへナディアが静かに入る。


「リオン様は、ヴァレスト公爵家が一番“利益の取り方”を理解しやすいと考えているのではありませんか」


「うん。そんな感じ」


 セレナが腕を組む。


「そんな感じ、じゃなくて説明しなさい」


 ……怖いな。


 でも、これを言葉にしないと次へ進めない。


「まず、公爵家は“全部欲しい”家じゃない」


「それはどうかしら」


 即座に返される。


「少なくとも、ラウグレン公家よりはそういう動き方をしないだろ。

 公爵家は原料そのものの権利を振り回すより、技術と製造と政治調整で強い家だ」


「……続けて」


「今回の案で言えば、公爵家が一番取りやすいのは“普及灯具の製造の中核”なんだ。

 高級品を独占するより、平民向けや工房向けに広く回る灯りの製造を握る方が、長い目で見れば影響力が大きい」


 セレナは少し黙った。

 たぶん頭の中で、父の顔を思い浮かべている。


「お父様がそれで満足すると思う?」


「満足はしないかもしれない」


「でしょうね」


「でも、納得はできると思う」


 俺は続けた。


「公爵家の工房技術は、今の段階で一番現実的だ。

 外枠も受け具も導線溝付き部品も、精度を安定させて量を出せる可能性がある。

 つまり、普及灯具の製造を握るってことは、“この灯りが本当に広がる時の中心”を握るってことだ」


 ヴィクトルが口元を上げた。


「高級品より市場はでかい。しかも継続性がある」


「そう」


 セレナはまだ難しい顔をしていたが、完全には否定しなかった。


「……たしかに、技術屋としてはそっちの方が魅力的かもしれないわね」


 そこでガイルが不思議そうに首を傾げる。


「じゃあ、王家はその次か?」


「その次」


「何で先に王家じゃないんだ?」


「王家に最初から持っていくと、話が大きすぎる」


 エドガーがそこで初めて小さく頷いた。


「それはある」


 全員の視線がそちらへ向く。


 エドガーは淡々と続けた。


「王家は、“正しい”だけの話には乗りにくい。

 規模が大きく、責任が重いからだ。

 だが、実務の足場がある話には乗りやすい」


「そういうこと」


 俺は助かったと思いながら頷く。


「公爵家が技術的に現実性を認める。

 学院が研究継続の形を作る。

 ハル領が原料供給の見込みを出す。

 そこまで揃えば、王家は“全体統括”の立場を取りやすい」


 ヴィクトルがにやりとする。


「つまり、王家には“全部自分でやらなくていい国営モデル”として見せるわけか」


「そうだよ。

 王家に必要なのは、全部抱え込むことじゃない。

 国益の形に見えることだ」


 セレナが少し感心したような、でもまだ半分呆れているような顔になる。


「……最初からそこまで考えてたの?」


「考えてた」


「気持ち悪いわね」


「ひどくない?」


「褒めてるのよ」


 本当かよ、と思ったが、今は流した。


 ナディアが静かに問う。


「では、ローデン商会はいつ説得するのですか」


 ヴィクトルが横からすぐに言った。


「そこは別に説得いらないだろ。儲かるならうちの親父は乗る」


「雑だな」


「本質だよ」


 でも、そこにも順番はある。


「ローデン商会は、王家の旗が立ってからの方がいいと思う」


「何で?」


 ヴィクトルが聞く。


「先に商会が強く出ると、話が一気に“商売の取り分”に寄るから」


「あー……」


 それで察したらしい。


「たしかに、それは面倒だな」


「だろ。

 だから先に王家と公爵家で骨組みを作る。

 その上で、“平民向け流通の中核”として商会を入れる方がきれいだ」


 ヴィクトルが肩をすくめた。


「うちの親父に言ったら、たぶん顔はしかめるな」


「でも、利益の形は悪くないはずだ」


「継続収益になるし、修理網も押さえられる。

 ……まあ、嫌いじゃないと思う」


 そこへ、セレナがまた鋭く刺してきた。


「じゃあ、ラウグレン公家は?」


「最後」


「やっぱり最後なのね」


「うん」


「理由は?」


「一番難しいから」


 即答すると、セレナは少しだけ笑った。


「正直なのはいいわね」


「事実だし」


 俺は少し目線を落として続ける。


「ラウグレン公家は、最初から“権利”の話をしてきてる。

 しかも理屈が強い。

 だから最初に行ったら、その理屈の中で戦わされる」


「でも最後にしたら怒らない?」


 ガイルが言う。


「怒るだろうな」


「じゃあ駄目じゃねえか」


「でも、その時にはもう別の理屈が立ってる」


 エドガーがそこで静かに言った。


「王家の名分」


「そう」


 俺は頷く。


「王家が全体統括、公爵家が製造、学院が研究継続。

 そこまで形が見えれば、ラウグレン公家も“全部寄越せ”では動きにくくなる」


 セレナがさらに問う。


「それでも“高級路線だけでは足りない”と言ったら?」


「全部抱えた時に詰まるって見せる」


「どうやって?」


「高級品は数が出ない。

 名誉にはなるけど、それだけで王国の生活は変わらない。

 しかも、製造も流通も抱え込んだら遅れる。

 遅れたら、王家にも学院にも商会にも不満が出る」


 ヴィクトルが小さく吹き出す。


「お前それ、説得じゃなくて商談だぞ」


「似たようなものだろ」


「まあ、そうだな」


 ナディアがぽつりと言う。


「人は正しさだけでは動きません。

 自分が負けない形だとわかった時に、初めて動きます」


 その言葉に、少しだけ間が空いた。


 たぶん今、みんな同じことを思った。

 それだ。


「うん」


 俺は頷いた。


「説得するんじゃない。

 それぞれが“乗った方が負けない”と思う形にする」


 セレナが静かに息を吐く。


「……なるほどね」


「何?」


「あなた、最初から人を説得するつもりじゃないのね」


「説得もするけど、そっちが本命じゃない」


「本命は?」


「断る方が損だと思わせること」


 ヴィクトルが楽しそうに笑う。


「怖いこと言うなあ」


「普通だろ」


「普通の学生はそんなこと考えない」


 それは、まあ、そうかもしれない。


 廊下に少しだけ静けさが落ちた。

 窓の外では、夕方の光がだいぶ傾いている。


 セレナがようやく壁から背を離した。


「順番はわかったわ」


「うん」


「じゃあ最初に落とすのは、お父様ね」


「そのつもり」


「私も同席する」


「助かる」


「当然よ。あなた一人で行かせたら、余計なことまで言いそうだもの」


「それは偏見じゃない?」


「事実でしょう」


 ガイルがそこで、不意に笑った。


「なんかもう決まってんじゃねえか」


「まだ決まってないわよ」


「でも最初に行く相手は決まっただろ」


 それはそうだ。


 最初の一手は、見えた。


 ヴァレスト公爵家。

 技術と製造の現実性を、一番早く形にできる場所。


 そこを押さえれば、次に王家へ持っていける。

 王家を動かせれば、ラウグレン公家と向き合う土俵も変わる。


 全部を一度に説得する必要はない。

 順番に、崩さず、逃さず、積む。


「じゃあ、まずは公爵だな」


 俺がそう言うと、セレナはいつもの少し強い目で頷いた。


「ええ。

 お父様を納得させられない案なら、その先に持っていく価値もないわ」


 夕方の光が、廊下の先を長く染めていた。


 次の相手は決まった。

 だったらもう、迷う理由はない。


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「じゃあ最初に落とすのは、お父様ね」 から繰り返しになってる。
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