第71話 工房実演会
五月に入って間もないある日の放課後、工房担当の教師が俺たちを呼び止めたのは、試作品第一号と第二号の改良を続けていた時だった。
「ハル、ヴァレスト、ローデン、セルヴァン。少しいいか」
いつものぶっきらぼうな声だが、今日はどこか別の熱が混じっていた。
俺たちは作業台の手を止める。
工房の教師は卓上灯と携帯灯を順に見て、それから短く言った。
「今年の工房実演会に出してみないか?」
思わず、俺は聞き返した。
「実演会?」
「毎年五月に学院工房でやる。各学年の課外活動や研究班が成果を見せる場だ。
教師だけじゃない。学院長も来るし、王都の工房関係者、商会、貴族家の見学も入る」
ヴィクトルは調子よく言う
「リオンの思いついた試作品をみたら大人たちは度肝を抜かすぞ」
教師は即答した。
「あぁ、私もそう思う。卓上灯も携帯灯も、もう“生徒の工作”の域じゃない。
見せる価値がある」
ナディアが静かに尋ねる。
「出品するとなると、資料や説明も整えた方がいいですね」
「あぁ。そうしてくれるか?
石の等級、光力値、用途の切り分け、簡単な安全基準。
どこまで発表するかは自分たちで決めてほしい。」
確かに今後のことを考えたら色々な人に見てもらうのは悪くない。
いや、むしろ見せるべきなのかもしれない。
俺は卓上灯へ目を落とした。
ここまで来たのなら、ただ作って満足する段階はとっくに終わっている。
「……わかりました」
◇
実演会までの数日は、いつも以上に忙しかった。
卓上灯の外枠の微調整。
携帯灯の持ち手の改良。
光力値の比較資料。
青輝石の等級基準。
そして、説明順の整理。
ただ光るものを見せるだけでは足りない。
なぜ価値があるのか。
なぜ使い分けが必要なのか。
どうすれば広げられるのか。
そこまで含めて見せないと、“面白い珍品”だけで終わる。
セレナは資料の文言を徹底的に削っていた。
「長い」
「いや、でもここは必要だろ」
「必要でも、聞く側が一度で理解できなければ意味がないの」
彼女は容赦なく線を引く。
「“青輝石は等級ごとに用途を分ける必要がある”
そこだけ通ればいいのよ。
説明は後から積めばいい」
「……はい」
ヴィクトルはその横で、完全に別方向から口を出してくる。
「携帯灯は、持った瞬間に価値が伝わる方がいい。
貴族も商人も、まずは“使ったらどうなるか”で見る。理屈はそのあとだ」
「わかってるよ」
「本当にわかってるなら、もっと軽くしろ」
そう言って携帯灯をひょいと持ち上げる。
「今のままだと、長く持つには少し重い」
「……そこは俺も気にしてた」
「なら直そう」
ナディアは、二人の会話の間で淡々とチェックを進めていた。
「こちらの上級青輝石、安定しています。
ただし、携帯灯より卓上灯の方が相性は良いのかもしれません」
「なんで?」
「出力が強いので、近距離で動かすより、固定した方が扱いやすいです」
「たしかに」
こういう時のナディアは、静かだが外さない。
そのたびに、俺は少しずつ全体像を修正していった。
前世でもそうだった。
自分一人で作ったつもりでも、結局は、周りの視点が入って初めて形になる。
◇
そして、実演会当日。
学院工房の建物は、いつもの油と鉄の匂いの中に、妙に張り詰めた空気をまとっていた。
各作業台には布が敷かれ、学生たちの成果物が整然と並んでいる。
見学席まで設けられているのは、今日ばかりは工房がただの作業場ではないからだろう。
「思ったより人が多いな」
会場を見渡して、思わずそう呟く。
王族。
大貴族。
有力商会。
学院関係者。
王都の工房主たち。
中にはセレナの父ユリウス公爵、ヴィクトルの父ローデン商会の会長も来ている。
学院の行事とは思えない顔ぶれだった。
セレナが小さく言う。
「王立学院の工房実演会だもの。
とくに上級生の発表には、毎年それなりに人が集まるのよ」
「それにしたって多くないか」
「今年はたぶん、例年以上ね」
ヴィクトルが横でにやりとする。
「そりゃそうだ。
最近は王都軍まで動いてる青輝石の話がある。
何も知らない顔をして見に来ても不思議じゃない」
それは、まあ、そうか。
ナディアはすでに落ち着いていた。
「やることは変わりません。
順番が来たら、見せるだけです」
その言い方に少しだけ気が楽になる。
◇
発表は、まず下級生から始まった。
一年生の工房班は、魔力補助つきの自動かき混ぜ鍋を出していた。
火加減に応じて底の羽根がゆっくり回る仕組みらしい。
「よくできてるな」
ヴィクトルがぼそりと言う。
たしかに、面白い。
市場に出すにはまだ粗いが、“作ろうとしたもの”ははっきり見える。
別の班は、簡易冷却箱を出していた。
小型の冷却石を組み込んで、中の温度が緩やかに保たれるらしい。
さらに上級生の班になると、精度も一段上がる。
照準補助つきの訓練用弓。
魔力駆動の薬草裁断器。
園芸用の自動散水具。
工房用の熱計測板。
どれも“学生にしてはすごい”で済ませるには惜しい。
実際、見学席からも感心した声が何度も上がっていた。
「……レベル高いな」
俺が言うと、セレナが頷く。
「王立学院だもの。
工房系は特に、卒業前から職人や研究者に目をつけられる人もいるわ」
たしかに納得だ。
ここにいるのは、ただ勉強ができるだけの連中じゃない。
実際に形にする力を持った連中だ。
だからこそ、ここで見せる価値がある。
そして同時に、ここで見せれば、“見つかる”ということでもある。
◇
時間が進み、発表は上級生へ移った。
最後から二つ目の班が終わったところで、工房担当の教師が壇の前へ出る。
「本日の最後は、一年Sクラスの課外研究班です」
会場の空気が少しだけ変わったのがわかった。
見学席の興味が、はっきりこっちへ向く。
「発表するのは、灯具二種です」
教師の短い言葉のあと、俺たちは前へ出た。
作業台の上には、布で覆った二つの器具。
一つは卓上灯。
一つは携帯灯。
大きくはない。
見た目もまだ実用試作そのものだ。
だが、だからこそ、余計な飾りはない。
教師が俺を見る。
「始めてくれ」
俺は一つ息を吸って、卓上灯の布を外した。
小さなどよめきが走る。
「本研究では、青輝石系鉱石を光力値によって分類し、灯具用途への適性を検証しました」
正面を見たまま言う。
「こちらが卓上灯。
そしてこちらが携帯灯です」
次に、携帯灯の布を外す。
見学席の何人かが、前へ少し身を乗り出した。
俺は続ける。
「重要なのは、ただ光ることではありません。
石の等級ごとに用途を分け、安定した灯りとして使えることです」
横でセレナが資料板を示す。
上級青輝石。中級青輝石。下級青輝石。規格外。
そして、光力値。
ナディアが簡潔に補足する。
「同じ青輝石系でも、反応には差があります。
そのため、感覚ではなく数値での基準が必要です」
ヴィクトルはそこで、実演会向けに一番通る言葉を選んだ。
「つまり、“たまたまうまく光った石”じゃなく、“どの石をどの用途に回すか決められる灯り”ってことです」
その言い方は少し俗っぽいが、会場には明らかに通じた。
教師が短く言う。
「実演してくれるか?」
俺は頷き、卓上灯のスイッチを押した。
青白い光が、静かに立ち上がる。
揺れない。
暴れない。
熱を持ちすぎることもない。
工房の一角が、蝋燭とも既存の魔道具灯とも違う澄んだ光で照らされた。
どよめきが、今度ははっきり広がった。
「……おい」
「一年だろ?」
「すごい光量だ……」
見学席のあちこちで、小さな声が漏れる。
続けて、携帯灯を持ち上げる。
卓上灯より出力を抑え、持ち運び向けに調整した試作品第二号。
手元で青白い光が灯ると、見学席の反応はさらに強くなった。
「携帯できるのか?」
「夜間巡回で使えるぞ」
「商隊でも欲しがるだろうな……」
そこで俺は一度、会場を見渡した。
もう十分伝わっている。
これがただの珍品ではなく、使い道のある灯りだと。
壇の下では、学院長が無言でこちらを見ていた。
その近くには王族席。
さらに奥には大貴族や大商会の席。
みんな、同じ灯りを見ている。
でもたぶん、見ている未来はそれぞれ違う。
俺がそう思った瞬間だった。
「……少しいいかな」
低く、よく通る声が響いた。
会場のざわめきが、すっと細くなる。
声の主は、正面やや右の上席から立ち上がっていた。
年配の男。
体格がいい。
着ているものは華美ではないが、仕立ての良さと立ち姿だけで格がわかる。
隣には年上の学院生――たぶん上級生。
その胸元にはSクラスの徽章が見えた。
息子の発表を見に来ていたのだろう。
だが今、その男の視線は完全に俺たちの灯具へ向いていた。
「質問だ」
男は穏やかな口調で言った。
「その灯りの原料となっている青輝石。
それは、どこから得たものかな」
空気が、一段重くなる。
会場のざわめきはもうない。
みんな、この問いの先を待っていた。
俺が答えるより先に、工房担当の教師が半歩前へ出る。
「学院管理下の実習区域で発見された鉱石を用いています」
その返答を聞いて、男はゆっくりと頷いた。
「なるほど」
そして、ほんの少しだけ目を細めた。
「ならば――その話は、ただの学生発表で終わらぬな」
その一言で、会場の空気が完全に変わった。
男は静かに名乗った。
「私は北方辺境を預かる、ラウグレン公だ」
その名を聞いた瞬間、周囲の貴族たちの表情がわずかに動いた。
国の北を押さえる大貴族で国の政治の中でも大きな影響力を持っている人物だ。
その当主が、卓上灯でも携帯灯でもなく、原料の出所に食いついた。
ラウグレン公は俺たちではなく、まず学院長を見る。
「研究の功は、たしかに学院にあるのでしょう。
だが、資源の管理と開発はまた別の話だ」
穏やかな声だった。
だが、その一言には、工房の空気を変えるだけの重さがあった。
ラウグレン公の視線が、俺へ向いた。
「ハル家の子息。君は、その灯りをどこまで広げるつもりだ?」
静かな問いだった。
でも、その奥にあるものはわかった。
この人は、灯りの性能を聞いているんじゃない。
青輝石を誰が握るのかを聞いている。
俺は拳を握った。
試作品を作った。
数字で基準も作った。
ようやく、ここから広げられると思っていた。
けれど、価値が見えた瞬間、その価値を欲しがる人間も現れる。
当たり前だ。
当たり前だけど、甘く見ていた。
これはもう、工房の中だけの話じゃない。
青輝石をめぐる勝負が、今ここで始まった。
むしろ――ここからだ。
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