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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第7章 大発明?

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第72話 灯りが動かすもの

 実演会が終わった夜、俺は寮の自室で机に向かっていた。


 机の上には、紙が散らばっている。


 試作品第一号の設計図。

 携帯灯の改良案。

 青輝石の等級表。

 ハル領東の石切り場から送られてきた採取記録。

 そして、今日の実演会で交わされた短いやり取りを、忘れないうちに走り書きした紙。


 その中心には、静かに光る卓上灯があった。


 青白く、澄んだ光。

 数日前までは、ただ「できた」と思って眺めていた灯りだ。


 けれど今は、もうそう見えない。


 この灯りは、ただの便利な道具じゃない。

 もっと厄介で、もっと大きなものを動かし始めている。


「……国ごとか」


 小さく呟いて、自分で少し笑った。


 大げさに聞こえる。

 でも、たぶん大げさじゃない。


 実演会でラウグレン公が食いついたのは、卓上灯の便利さそのものじゃなかった。

 原料だ。青輝石だ。

 その灯りを生む石を、どこが握るのか。

 誰が掘り、誰が加工し、誰が売り、誰が利益を得るのか。


 そこを見ていた。


 つまり、この灯り一つで、アルスレイン王国の勢力図がそのまま浮かび上がってくるということだ。


 ◇


 アルスレイン王国には、大きく見れば三つの強い貴族家がある。


 東。

 北。

 西。


 まず東。


 東には、武門の大貴族――ベイルン家がある。

 ガイルは、その嫡男だ。


 東側は、王国の中でもとくに武が栄えた土地だ。

 強い軍団を持ち、武で名を上げてきた家がいくつもあるが、その頂点にいるのがベイルン家だと考えていい。


 ガイルは普段、細かいことを気にしないし、まず身体が動くタイプに見える。

 でも、あれで背負っているものは軽くない。


 武門の嫡男というのは、単に強ければいいわけじゃない。

 兵をまとめる。

 家の威を保つ。

 王家との距離も測る。

 必要なら、戦の時には家の顔になる。


 そういう立場だ。


 今回の青輝石だって、ベイルン家が完全に無関係でいられる話じゃない。

 灯りは、夜の巡回を変えるかもしれない。

 見張りを変えるかもしれない。

 補給線や野営を変えるかもしれない。


 もしそうなれば、武門の家が「軍事利用を考えるべきだ」と言い出すのは自然だ。


 次に北。


 北には、建国以来の大貴族――ラウグレン公家がある。

 今回、実演会の場で俺たちに声をかけてきたのも、その当主だった。


 ラウグレン公家は、東のベイルン家みたいに“武の家”というより、もっと古い。

 王国そのものの歴史に食い込んでいる家だ。


 そして今回の話で厄介なのは、学院管理の実習洞が、もともとは旧ラウグレン家の王都屋敷の敷地内にあるものだという点だった。


 今は学院が管理している。

 実習用に使われている。

 でも、もともと誰の土地だったのか、誰がその洞窟を学院側へ提供したのか、そういう“古い経緯”は、貴族社会では簡単には消えない。


 ラウグレン公が「研究の功と資源管理は別だ」と言ったのは、つまりそういうことだ。


 学院に研究の功績がある。

 それは認める。

 でも、だからといって資源の主導権まで学院にあるとは限らない。

 まして、実習洞が旧ラウグレン家の敷地に由来するなら、なおさらだ。


 建国以来の名門というのは、こういう時に強い。

 剣で脅す必要もない。

 ただ「その話には、うちにも関わりがある」と言うだけで、周囲が無視できなくなる。


 西には、ヴァレスト公爵家がある。

 セレナの父が現当主だ。


 ヴァレスト公爵家は、東や北とはまた色が違う。

 武や古い権利の家というより、中央との調整、技術、工房、政治の動きに強い家だ。


 俺が公爵領へ行った時もそうだった。

 工房の質は高かったし、技術者の層も厚かった。

 武具の品質のむらを見つけて、そこから鋳造の試作へ話が進められたのも、公爵家の後ろ盾と工房の力があったからだ。


 今回の卓上灯や携帯灯だって、青輝石だけでできているわけじゃない。

 外枠。

 受け具。

 導線溝付きの部品。

 そういったものを一定品質で揃えようと思えば、ヴァレスト公爵家の工房技術は避けて通れない。


 つまり、北が原料への権利を言い、西が加工と技術の主導権を持ち、東が運用や軍事面で口を出してくる。

 そういう構図になる。


 そして、そのどれにも王家が乗ってくる。


 エドガーは第二王子だ。

 洞窟の第一発見者側にいて、実際に現場を見ている。

 王都軍もすでに調査に入っている。

 青輝石が本当に安定供給できて、灯りが広く使えるものになれば、王家が「これは国益だ」と言い出すのは時間の問題だろう。


 これだけでもう、充分に面倒だ。


 だが、まだ終わりじゃない。


 ◇


 三大貴族の外側にも、当然、国はある。


 南側には、複数の中堅貴族がそれぞれ領地を治めている。

 南は、大貴族が一枚岩で押さえている地域ではない。

 そのぶん、商家が強い。


 商家は、領地を持たなくても商圏を持てる。

 道と港と人の流れを握れば、国全体へ手を伸ばせる。


 ヴィクトルの実家、ローデン商会はその有力商家の一つだ。

 王都だけじゃない。

 南の中堅貴族領をまたぎ、国全体に商圏を伸ばして競争している側の商会だ。


 ベルク商会みたいに、以前俺がぶつかったような商会もある。

 でも、あれはそこまで大きくない。


 本当に怖いのは、もっと広く見ている商家の方だ。


 もし灯りが売れるとわかったら、商家は必ず動く。

 どこで作るのか。

 どこで集めるのか。

 どこに流すのか。

 誰に最初に売るのか。

 貴族向け高級品から入るのか、工房向け実用品から入るのか。


 そういう話は、領主や貴族だけでは回せない。


 掘る。

 選別する。

 部品を作る。

 組み立てる。

 運ぶ。

 売る。

 修理する。


 前世で言えば、供給と流通の設計そのものだった。


 そこに商家が絡まないわけがない。


 ヴィクトルが早い段階から、石の価値だけじゃなくて、値段や売り方や広げ方に反応していたのも当然だ。

 あいつはたぶん、灯りそのものを見ていたんじゃない。

 その先にある市場を見ていた。


 そしてその目は、おそらく正しい。


 ◇


 ハル領の周辺だけ見ても、楽じゃない。


 ハル領の東には、グレイヴ侯爵家がある。

 先代の時代はかなり優秀だったらしい。

 その功績で子爵から侯爵に上がった家だ。


 だが、現当主はそこまでではない。

 少なくとも、ヴァレスト公爵家やラウグレン公家と並ぶ勢いはない。


 それでも、侯爵家は侯爵家だ。

 ハル領みたいな子爵領が何か面白いことを始めれば、面白く思わないかもしれない。

 あるいは、横から噛みたいと思うかもしれない。


 地方の利権というのは、三大貴族だけで動くわけじゃない。

 むしろ、こういう“もう一声欲しい家”の方が、動きは露骨だったりする。


 そして、俺自身はハル家の嫡男にすぎない。


 一子爵領の息子だ。


 王子じゃない。

 公爵家の子でもない。

 侯爵家でもない。

 まして、大商会の跡取りでもない。


 立場だけ見れば、卓上灯や携帯灯みたいなものを作って、国全体を巻き込むところまで行くのは場違いに見えるのかもしれない。


 でも、実際にはもう巻き込んでしまっている。


 青輝石は旧ラウグレン公家の土地に由来する。

 部品はヴァレスト公爵家の鋳造技術がないと安定しない。

 流通にはローデン商会が絡んでくる。

 洞窟の調査は王都軍。

 その橋渡しにはエドガーがいる。

 ベイルン家だって、灯りが軍や警備に関わるとなれば黙っていない。


 点だったものが、線になる。


 その線が増えていけば、やがて面になる。


 それが、今のアルスレイン王国の構造だ。


 そして俺は、たぶんその面の中心近くに、思ったより深く足を突っ込んでしまっている。


 ◇


 卓上灯の光が、紙の上を静かに照らしている。


 この灯り一つの中に、どれだけ多くのものが詰まっているのかを考えると、少し笑えてくる。


 石一つ。

 灯り一つ。


 本来なら、それだけの話だ。


 でも、国の構造というのは、そう単純じゃない。


 価値があるものには人が集まる。

 人が集まれば、権利が生まれる。

 権利が生まれれば、理屈がつく。

 理屈がつけば、争いになる。


 それでも、面白いと思ってしまう自分がいた。


 前世では、もう少し別の形で、こういう“複数の利害が一つのものに集まる”場面を何度か見た。

 面倒で、疲れて、説明ばかりで、話が何度も止まりかけて。

 でも、そういう時にしか見えない景色もあった。


 ばらばらだった人や技術や資源が、一つの目的に向かってつながり始める時の感覚。

 それは、嫌いじゃなかった。


「……ほんと、でかい話になってきたな」


 そう呟いて、椅子にもたれた。


 もう、工房の中だけの話じゃない。

 もう、学生の試作品だけの話でもない。


 この灯りが広がれば、アルスレイン王国の東も北も西も南も、全部に何かしらの影響が出る。


 王家。

 三大貴族。

 中堅貴族。

 商家。

 学院。

 王都軍。

 地方領主。


 その全部が、少しずつこの灯りに引き寄せられてくる。


 そしてその真ん中にいるのが、ハル家の嫡男である俺だというのは、少しおかしくて、少し怖くて、でも悪くなかった。


 卓上灯の光を見つめる。


 小さい灯りだ。

 まだ量産もできていない。

 仕組みだって粗い。

 選別基準も、供給も、流通も、何一つ完成していない。


 それでも、この光はもう、人の生活だけじゃなく、国そのものを動かし始めている。


 灯りが動かすものは、夜だけじゃない。


 人も。

 家も。

 金も。

 権利も。

 王国の形すらも、少しずつ変えていくのかもしれない。


 そう思うと、胸の奥が静かに熱くなった。


 たぶん、ここから先はもっと面倒になる。

 もっと大人が出てくる。

 もっと理屈が増える。

 もっと奪い合いになる。


「さて、どうするかな」


 俺は卓上灯の明かりの中で、散らばった紙をもう一度見渡した。



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