第68話 試作品の先
試作品第一号が光った、その翌日だった。
放課後の工房で、俺は昨日作った卓上灯をもう一度作業台の上に置いていた。
小さな金属枠。
その中心に収まる青い魔鉱石。
導線。
中継板。
そして光を外へ逃がす小窓。
見た目はまだ無骨だ。
洗練とは程遠い。
でも、たしかに光った。
セレナも、ヴィクトルも、ナディアも、昨日の時点ではかなり驚いていた。
工房担当の教師でさえ、少しの間言葉を失っていたくらいだ。
だから今日は、まず浮かれずに確認することにした。
この試作品そのものに、問題はあるのか。
綻びはあるのか。
右目に意識を寄せる。
視界の端に、いつもの文字が浮かぶ。
《構造:安定》
《魔力流:良好》
《発熱:許容範囲》
《綻び:検出なし》
――ない。
「……ないのか」
思わず小さく呟く。
「何が?」
セレナが聞いた。
「綻び。
少なくとも、この一個に関しては今のところ見当たらない」
「じゃあ成功ってこと?」
ナディアが静かに言う。
「試作品としては、はい」
俺は頷いた。
「少なくとも“できるかもしれない”じゃなく、“できた”段階には入ってる」
ヴィクトルが腕を組む。
「いいね。
じゃあ次は、その“できた”をどうやって金になる形まで持っていくかだ」
そこだ。
試作品が一つできた。
でも、一つできたことと、それが世の中で使えることはまるで別だ。
俺は卓上灯を見つめながら、頭の中で一気に先まで飛んだ。
耐久。
コスト。
供給量。
品質の安定。
それだけじゃない。
部材の加工精度。
青い魔鉱石の等級分け。
導線の規格。
組み立て工程。
不良品率。
修理体制。
価格帯。
販売経路。
輸送。
工房の増設。
資金繰り。
市場の入り口をどこに置くか。
頭の中に、前世で見た言葉が次々と浮かぶ。
量産化。
品質管理。
部品の標準化。
物流網。
マーケティング。
販路設計。
一個ならいい。
だが、百個、千個と作るなら話はまるで違う。
壊れにくくなければ困る。
貴族の屋敷の机の上だけではなく、一般家庭でも長く使えるくらいの耐久は要る。
コストも、いきなり平民向けは難しくても、先々はそこまで落とせないと広がらない。
供給量も、王都だけで回すのか、ハル領で握るのか、アルスレイン全体で扱うのか、他国に売るのかで話が全部変わる。
品質のばらつきはもっとまずい。
点くものと点かないものが混ざる。
すぐ壊れる。
熱を持ちすぎる。
事故が起きる。
そうなれば価値は一気に毀損する。
これは、試作品一号を作って満足していい話じゃない。
むしろ――
「量産するなら、部品規格を合わせないと駄目だな……いや、その前に鉱石そのものを等級分けしないと無理か。
供給が安定しないなら高級品で終わる。
でもそれだと社会は変わらない。
最低でも用途を分ける必要がある。
卓上灯、携帯灯、室内灯、いずれは街灯――」
「待って」
セレナの声で我に返った。
顔を上げると、三人とも微妙な顔をしていた。
「……何?」
「何、じゃないわよ」
セレナが呆れたように言う。
「あなた、今どこまで飛んでたの?」
「え?」
ヴィクトルが肩を震わせて笑う。
「お前、試作品一個から工房と商会と物流網まで行っただろ」
ナディアも少し困ったように微笑んでいる。
「最後の方は、国の事業計画の話になっていました」
「……あ」
そこで、ようやく自分がだいぶ先まで飛んでいたことに気づいた。
「ごめん。ちょっと考えすぎた」
「ちょっと、じゃないわね」
セレナが即答する。
「だいたい、今やっと一個できたところよ」
「いや、でも、ここから先を考えないと――」
「考えるのはいい」
ヴィクトルが指を立てる。
「でも順番がある。
今は“量産できるか”を考える前に、“量産するだけの石があるか”だろ」
それは正論だった。
言われて、頭の熱が少しだけ冷える。
そうだ。
今の俺たちは、まだ入口に立っただけだ。
試作品はうまくいった。
少なくともこの一個に綻びはない。
でも、この一個が成功したことと、同じ品質のものを安定して作り続けられることは違う。
そのためには、まず石の供給が読めないと話にならない。
「……まずはそこか」
俺が呟くと、ナディアが静かに頷いた。
「はい。
王都軍の調査で、洞窟内の青い魔鉱石がどれほど採れるのか。
それが見えなければ、供給量の話は立ちません」
「そしてもう一つ」
セレナが続ける。
「ハル領の東の石切り場ね」
「うん」
そこはもう、はっきりしていた。
もしハル領の青輝石と今回の青い魔鉱石が同系統なら。
もし東の石切り場のさらに深い場所に高純度層があるなら。
話は洞窟だけで終わらない。
王都軍の調査結果を待つ。
それとは別に、ハル領の石切り場を調べる。
今できる現実的な次の一手は、そこだった。
◇
工房担当の教師も、俺たちの話を聞いて腕を組んだ。
「考える方向は間違っていない」
「本当ですか」
「本当だ。
試作品一号がうまくいったからこそ、その先の壁が見える。
そこまではいい」
だが、と教師は続ける。
「今の段階で一番大きいのは、やはり供給だ。
青い魔鉱石の品質が揃うのか。
どれだけ採れるのか。
継続して確保できるのか。
そこが見えなければ、量産の話は絵空事で終わる」
「ですよね」
「それと、品質のばらつきだ」
教師は試作品を指で軽く叩いた。
「この一号機はよくできている。
だが、二号、三号、百号でも同じ水準になるとは限らん。
石が違えば反応も変わる。
加工した者の癖でも変わる。
組み方のわずかな差でも変わる。
量産とは、そこを揃える戦いだ」
痛いほどわかる。
前世でも、試作一個と量産品は別物だった。
むしろ、量産できるかどうかの方が本質に近い。
「だったら、今は――」
「王都軍の調査結果を待て」
教師が言う。
「それと、ハル領だ。
お前のところの石切り場で青輝石が出ているなら、そっちも再確認する価値がある」
ヴィクトルが横から口を挟む。
「石切り場の深いところまで掘るのか?」
「今すぐ無理に掘る必要はない」
俺が答える。
「まずは現地で今採れる青輝石をもう一度採取してもらう。
できれば複数箇所。
深さや場所が違うものも欲しい。
それを学院工房で、今回の青い魔鉱石と比べる」
セレナが少しだけ目を細めた。
「比較分析、ってことね」
「うん。
いきなり掘り進めるより先に、まずはそこをやるべきだと思う」
「妥当だわ」
ナディアも頷く。
「現地の安全もありますし、順番として正しいです」
ヴィクトルが笑う。
「やっと国の事業計画から戻ってきたな」
「うるさい」
「でも今の方がいい。
夢を見るのは必要だが、次の一歩は現実的じゃないと続かない」
それはその通りだった。
◇
その日の夕方、寮の自室に戻ると、机の上に紙を広げた。
父上に手紙を書くためだ。
学校がある以上、俺はすぐにハル領へ戻れない。
だったら、父上に頼むしかない。
東の石切り場。
青輝石。
複数地点からの採取。
深さや採掘位置の記録。
安全を最優先にすること。
必要なら、以前の違法採掘で使われていた坑道跡も確認してほしいこと。
書くべきことは多かった。
それでも、手は止まらない。
父上なら、軽くは扱わない。
必要ならノルたちも使って、きちんと現場を押さえてくれるはずだ。
紙に向かいながら、もう一度今日のことを整理する。
試作品には綻びがなかった。
少なくとも、一号機そのものは成功だ。
だが、その先には壁が山ほどある。
耐久。
コスト。
供給量。
安定性。
どれか一つ欠けても、この灯りはただの面白い試作品で終わる。
社会を変えるには届かない。
でも逆に言えば、それらを越えられれば――
卓上の灯りだけじゃない。
持ち運べる灯りにもできる。
部屋全体を灯す灯にもできる。
坑道用の照明にも、工房用の常夜灯にも、いずれは街灯にも届くかもしれない。
机の上の未完成な照明具を見つめる。
まだ小さい。
まだ一個だけだ。
でも、その先はもう見えている。
「……まずは石だな」
小さく呟く。
王都軍の調査結果を待つ。
そして、ハル領の青輝石を確かめる。
今はそこからだ。
手紙の最後を書き終え、そっと息を吐く。
これは、ただの石の話じゃない。
ハル領の未来の話だ。
もし東の石切り場の下に、本当に同じ系統の層が眠っているなら。
その時はもう、石材の産地というだけでは終わらない。
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