第67話 試作品第一号
王都軍の調査が始まって三日ほどが過ぎた。
第二実習洞そのものは、もう完全に学院の課外活動の範囲を外れている。
ガイルとエドガーは第一発見者として何度か聞き取りに呼ばれ、現場確認にも立ち会っているらしかった。
一方で、俺たちの方は洞窟の奥ではなく、青い魔鉱石そのものへ意識を向けていた。
あの石が何なのか。
どう使えるのか。
そして、もしハル領の東の石切り場の青輝石と同系統なら、ハル領はどこまで変われるのか。
そこが、今は何より気になっていた。
その日の授業が終わった放課後、俺はいつもより早く席を立った。
「また工房?」
セレナが当然のように聞く。
「うん」
「でしょうね」
彼女は鞄を持ち上げながら、さも当然という顔をした。
「私も行くわ」
「聞いてないけど」
「聞かれなくても行くもの」
そう言い切るあたりがセレナらしい。
その後ろで、ヴィクトルが笑う。
「いいね。
公爵家の後押しで試作用の石まで引っ張っておいて、肝心の現場を見ないわけにもいかない」
俺は肩をすくめた。
「引っ張っておいて、って言うなよ」
「事実だろ。
王軍の調査で見つかった追加の青い魔鉱石、その一部が学院の研究所と工房に回ってきた。
で、そのさらに一部を学生の試作に使えるようにした。
普通に考えたら、そんなの通らない」
ヴィクトルはそこで、意味ありげにセレナを見る。
「でも、ヴァレスト家の口添えがあれば別だ」
セレナは少しだけ顎を上げた。
「正確には、お父様に“学院内で正式な試作として扱ってほしい”とお願いしただけよ。
勝手に横流しさせたわけじゃないわ」
「十分すごいけどな」
俺が言うと、セレナは少しだけ視線を逸らした。
「リオンがあの石を触りたい顔をしていたからでしょ」
「顔でわかるの?」
「わかるわよ。
最近は特に」
その横で、ナディアも本を閉じて立ち上がる。
「私もご一緒します。
魔鉱石の研究は、自国に持ち帰れる知識かもしれません。見ておきたいです」
これで四人だった。
リオン。
セレナ。
ヴィクトル。
ナディア。
この組み合わせも、だいぶ自然になってきた気がする。
◇
学院工房の一角に、俺たちが使える作業台が一つだけ用意されていた。
完全に自由というわけじゃない。
あくまで学院の監督下。
素材の持ち出しも禁止。
試作結果も記録必須。
そのかわり、道具はかなり揃っていた。
銅線。
小さな金属板。
絶縁用の樹脂。
既存の補助石。
そして、青い魔鉱石の小片。
作業台の上の布をめくると、その青い石が淡く光を返した。
やっぱりきれいだ。
工房担当の教師が腕を組んだまま言う。
「まずは試作だ。
大きなことは狙うな。
まずは一つ、はっきり価値が見えるものを作ってくれ」
「一つ、ですね」
「そうだ。
一気にやると全部中途半端になる」
たしかに頭の中では、もう色々と飛んでいた。
炉の温度管理。
安定した灯り。
鉱山の照明。
水を汲み上げる仕組み。
小さな送風装置。
だが、今は一つだ。
「まずこれを使うなら照明がいいと思います」
ナディアは頷いた。
「確かに照明なら価値が誰にでも伝わりやすいです。
夜の見張り、診療所、坑道。使う場所が多い」
「私も賛成」
セレナが頷く。
「光なら、魔力の流れと安定性が見やすいわ。
変に複雑な構造にしなくて済むし」
ヴィクトルは顎に手を当てる。
「商売で考えても悪くないな。
貴族向けの高級品にもなるし、平民向けに展開できる可能性もある。
“明るくて長持ちする”は説明が早い」
全員の意見がきれいに揃った。
じゃあ、最初の一つはこれだ。
長時間安定して光る小型照明具。
「よし」
俺は青い魔鉱石の小片を手に取った。
「試作品第一号は、灯りでいこう」
◇
最初の数時間は、はっきり言って失敗続きだった。
既存の補助石を使う照明具は、すでに王都の一部で存在している。
ただし高価で、扱いも難しく、長時間安定して使うには向いていない。
だから発想そのものは新しくない。
問題は、青い魔鉱石をどう組み込むかだった。
「散るな……」
最初の試作品は、点灯した瞬間だけ明るく、すぐにちらついた。
銅線の配置が悪い。
魔力が一気に流れすぎている。
セレナがすぐに言う。
「入口が広すぎるのよ。
それじゃ、せっかく通りのいい石でも最初に暴れる」
「じゃあ、絞る?」
「完全に絞ると今度は流れが死ぬわ。
段を作るの」
「段?」
セレナは紙を引き寄せて、簡単な図を描いた。
「ここで受けて、ここで整えて、最後に光へ抜く。
いきなり全部を通そうとするから乱れるのよ」
「なるほど」
ヴィクトルが横から覗き込む。
「見た目はもう少し単純な方がいいな。
貴族向けの飾りならともかく、普及させるなら修理しやすくないと困る」
「いきなり普及前提なんだな」
「そりゃそうだろ。
お前がその目をしてる時点で、そこまで行く話だ」
いや、まあ、そうだけど。
ナディアは失敗した試作品を手に取り、慎重に重さを確かめていた。
「少し偏っています」
「重さが?」
「はい。置いたときのバランスが悪いように感じます。
吊るすなら問題ありませんが、置くことを考えるなら使いにくいかもしれません」
そういう視点はありがたい。
俺一人だと、どうしても“機能するかどうか”に意識が向きすぎる。
でも実際には、使いにくければ広まらない。
「じゃあ、外枠を削るか」
工房担当の教師が少し離れたところから見ていた。
「方向は悪くない。
だが、石を真ん中に置きすぎるな。
熱が一点にこもる」
「中央じゃ駄目なんですか」
「駄目とは言わん。
だが、その置き方は“作る側”の都合だ。
“使う側”の都合も考えなくちゃな」
そこを言われると弱い。
作るだけじゃ駄目。
使うところまで考えろ。
◇
二つ目の試作は、最初よりはましだった。
灯りは安定した。
だが、今度は魔力の持ちが悪い。
少し明るくなる代わりに消耗が大きい。
「贅沢だな」
ヴィクトルが苦笑する。
「明るければすぐ減る。長持ちさせれば暗い。
商売ってのは、大体そういう不満の綱引きだ」
「綱引きっていうか、まだただの失敗だろ」
「失敗でも方向が見えてれば前進だ」
セレナが完成しかけた灯りを見つめる。
「……でも、さっきよりずっといい。
魔力の流れがちゃんと整ってる」
「やっぱり段か」
「ええ。
いきなり流さず、一度受ける方がいい」
ナディアは手元の紙に、小さく何かを書きつけていた。
「この石、光らせる時に熱も少し持ちますね」
「持つな」
俺も頷く。
「でも、普通の補助石よりは安定してる」
「でしたら、外枠の材質も変えた方がいいかもしれません。
熱を逃がせるものの方が、長く持つかもしれない」
「……あ」
そこで、一つ繋がった。
青い魔鉱石は、熱にも強い。
だが、周囲が熱に弱ければそこで終わる。
つまり石だけじゃ駄目だ。
外枠も、導線も、全部まとめて考えないといけない。
「どうしたの?」
セレナが聞く。
「いや、やっぱり石単体じゃなくて、全体の組み方だなって」
「今さら?」
「今、ちゃんと腹に落ちた」
「遅いわよ」
その言い方はきついが、少しだけ嬉しそうにも見えた。
◇
数日後、放課後もだいぶ遅くなった頃、ようやく形が見えてきた。
小さな金属枠。
その中に、削った青い魔鉱石を一片。
魔力を受ける導線。
一度流れを整える薄い中継板。
そして最後に、光を外へ出すための小窓。
「これでいく」
俺は最後の部品を置いた。
工房の中は、夕方の光が薄く差し込んでいる。
作業台の周りだけ、まだ熱と金属の匂いが濃い。
セレナが少し息を止めた。
「……今度はどう?」
「さっきまでで一番いい」
ヴィクトルが腕を組む。
「で、商売になる出来か?」
「まだそこまではわからない」
「でも、試作品第一号としては十分よ」
セレナが言う。
ナディアも静かに頷いた。
「少なくとも、“できるかもしれない”ではなく、“形になる”段階までは来ています」
それだけで、かなり違う。
俺は試作品を机の中央へ置いた。
小さい。
手のひらに乗るくらいだ。
見た目はまだ無骨で、洗練とは程遠い。
でも、ここまで作った。
工房担当の教師も少し近づいてくる。
「やってみろ」
短い一言だった。
右手を伸ばし、魔力を流す。
最初の一拍、何も起きない。
その次の瞬間。
青い魔鉱石の中で、細い光がすっと走った。
それは暴れなかった。
散らなかった。
静かに、だがはっきりと、灯りへ繋がっていく。
次の瞬間、試作品が青白い光を安定して放った。
机の上が照らされる。
俺たちの顔が照らされる。
蝋燭とも違う。
既存の魔道具灯とも違う。
熱を持ちすぎず、澄んだ、静かな光だった。
誰も、すぐには何も言わなかった。
工房の空気が、その一つの灯りに全部持っていかれたみたいだった。
俺は思わず、口元が上がるのを抑えきれなかった。
「……できたぞ」
セレナが、息を呑んだまま呟く。
「これ……」
ヴィクトルの目が、さっきまでとは少し違う。
「おい、待て。
これ、思ってたよりずっと――」
ナディアは灯りの下に手をかざし、静かに言う。
「熱が少ない……。
それに、明るさが安定しています」
工房担当の教師でさえ、少しの間黙っていた。
それから低く言う。
「……試作品第一号、か」
その声は、驚き半分、面白がり半分だった。
作業台の上で、青い灯りはまだ静かに光っている。
小さい。
未完成だ。
量産なんてまだ遠い。
でも、たしかにそこにあった。
セレナたちは、まだその灯りを見つめたままだった。
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