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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第1章 リオン・ハル

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第7話 事故に見せかけて

 翌朝、朝食の席に現れたバスクは、いつも以上に穏やかな顔をしていた。


 まるで昨日の騒ぎなど最初からなかったかのように、落ち着いた声で父へ頭を下げる。


「ガルド様。昨夜の件で皆が騒がしくしておりますゆえ、今日は少しでも良い知らせをお届けしたく存じます」


 父はまだ顔色が悪い。

 だが、薬を止めたぶんだけ昨日よりわずかに目に力が戻っていた。


「……何だ」


「北の水路で小さな崩れが見つかりました。大事には至っておりませんが、早めに手を打つべきかと」


 そこでバスクは、ゆっくりと俺へ目を向けた。


「ちょうど良い機会です。リオン様も、これからは少しずつ領地の実情を学ばれるべきでしょう。近場でございますし、視察に出られてはいかがですかな」


 食堂が静かになる。


 母エマはすぐに眉をひそめた。


「昨日あれだけのことがあったばかりです。リオンを外へ出すのは――」


「ですが奥方様」


 バスクは柔らかく言った。


「領主家の御子が何も知らぬままでは、かえって周囲を不安にさせます。北水路なら屋敷からも遠くなく、兵もつけられます。ほんの短い視察でございます」


 いかにももっともらしい。


 視界の端に文字が浮かぶ。


 《虚飾》

 《外出誘導》

 《事故誘発の意図》

 《本日中の実行を希望》


 やっぱり今日か。


 俺はスープの匙を静かに置いた。


「行くよ」


 母がはっとこちらを見る。


「リオン」


「父上から任されたんだ。だったら領地を見る」


 父は少しだけ目を細めた。

 昨日、自分の口で「やれ」と言った手前、ここで俺を止めづらいのだろう。


 バスクは満足そうに微笑んだ。


「頼もしいお言葉です」


 その言葉の裏にあるものを、視界の文字は隠さない。


 《障害排除を優先》

 《成功率:高と判断》


 ――舐められたものだ。


 だが、そのほうが都合がいい。


 ◇


 出発前、厩舎には三頭の馬が引き出されていた。


 俺の分。

 案内役の兵の分。

 そして、付き添いを装ったバスク配下の若い騎兵の分。


 馬のことは詳しくない。

 前世でも競馬は新聞の片隅で見る程度だった。


 それでも、《綻びの目》は必要なものだけを浮かび上がらせる。


 俺の馬に視線を向けた瞬間、文字が流れた。


 《鞍帯に切断痕》

 《留め具の緩み》

 《馬:興奮誘導済み》

 《一定距離走行後に不安定化》

 《事故誘発の意図》


 さらに、馬の口元につけられた鉄具を見た瞬間、別の文字。


 《刺激物の付着》

 《痛覚反応を増幅》

 《暴走誘導》


 なるほど。


 即死ではなく、ちゃんと“事故”に見せかけるつもりだ。


 俺は何も気づかないふりをして近づいた。


「リオン様、こちらの馬を」


 若い騎兵が手綱を差し出してくる。

 視界に浮かぶ文字。


 《命令に従属》

 《自発的悪意なし》

 《詳細は知らない》


 末端か。


「ありがとう」


 受け取ってから、わざと少し手間取るふりをする。その間に、背後へ立っていたミアへだけ聞こえるくらいの小声で言った。


「母上に伝えて。俺が戻ったら、最初に鞍と鐙を見てほしいって」


 ミアの肩がぴくりと揺れる。


「そ、それは……」


「いいから」


 続けてもう一つ。


「ノルは?」


「裏庭の道具小屋を見に……」


「今すぐ呼んで。北水路へ行くと伝えて、少し遅れて来てもらって」


 ミアは一瞬だけ怯えた顔をした。

 だが、俺の目を見て、すぐに小さく頷いた。


「……はい」


 古い執事ノル。

 寡黙で目立たないが、昔から屋敷にいて、バスクにも必要以上には媚びない男だ。


 今の段階で味方と断定はできない。

 けれど少なくとも、《綻びの目》はあの男に《忠誠に綻び》を出したことがない。


 なら、賭ける価値はある。


 ◇


 北水路までの道は、痩せた畑の間を縫うように続いていた。


 空はよく晴れている。

 こんな日に事故など、いかにも起きそうにない。


 だからこそ、起きれば自然に見える。


 先頭に案内役の兵。

 その後ろに俺。

 少し離れて若い騎兵。

 そして最後尾にバスク。


 直接手を汚さず、全体を見渡せる位置だ。


「足元に気をつけてください、リオン様」


 後ろから聞こえる穏やかな声。


 《事故発生地点まで誘導中》

 《成功を確信》


 腹が立つほど冷静だな。


 やがて道は細くなり、片側が水路、片側が低い斜面になった。

 昨日の雨もないのに、足元の土だけが妙に柔らかい場所がある。


 そこを見た瞬間、文字が浮かぶ。


 《西側の地盤:軟》

 《落下時の致命傷率:低》

 《東側石畳:致命傷率:高》


 つまり、落ちるなら西だ。


 俺は何食わぬ顔で、少しだけ馬の位置をずらした。


 その数秒後だった。


 馬が突然、耳を伏せた。


 次の瞬間、鋭くいななき、前脚を跳ね上げる。


「うわっ――!」


 予想していても、衝撃は本物だった。


 鞍がずれる。

 腹帯が一気に緩む。

 体が横に持っていかれる。


 後ろから誰かの叫び声がした。


「リオン様!」


 馬が暴れ、視界が激しく揺れる。

 鐙から足が外れかける。


 ここで無理に残れば、東の石へ叩きつけられる。


 俺は半ば自分から体を投げ出すようにして、西側へ落ちた。


 柔らかい土と草が肩と背を打つ。

 息が詰まり、肺の空気が一瞬で抜けた。


「――ぐっ!」


 痛い。

 腕も肩も痺れる。

 思ったよりきつい。


 難なく、なんてものじゃない。

 少しでも角度が違えば、首を折っていた。


 だが、まだ終わっていない。


 水路脇の草むらが揺れた。


 灰色の影が飛び出してくる。


 顔を布で半分隠した男。手には短い刃物。

 転落直後の俺へ、迷いなく突っ込んできた。


 視界に文字。


 《止めの一撃》

 《盗賊偽装》

 《口封じ優先》


 やっぱり二段構えか。


 男が刃を振り下ろす、その直前。


「そこまでだ」


 低い声が飛んだ。


 横合いから、黒い影が割って入る。

 ノルだった。


 老執事とは思えない速さで男の腕を払う。刃が逸れ、俺の頬をかすめて地面へ突き立った。


 さらに後方から二人の兵が駆け込んでくる。

 屋敷の兵だ。ミアが母へ伝え、そこから回したのだろう。


「取り押さえろ!」


 ノルの短い命令で、兵たちが灰色の男へ飛びかかった。


 男は一瞬抵抗したが、逃げるには遅すぎた。

 腕を捻り上げられ、地面へ押し倒される。


 土の上にうずくまったまま、俺はようやく息を吸った。


 胸が痛い。

 肩もじんじんする。

 だが生きている。


 目の前に、馬具の切れた腹帯が落ちていた。


 視界に文字が出る。


 《刃物による事前加工》

 《自然破断ではない》

 《証拠保全推奨》


 よし。


 遅れてバスクが馬を降り、顔色を変えて駆け寄ってくる。


「リオン様! ご無事ですか!」


 見事な演技だ。


 その視界の端には、いつもより濃い文字。


 《動揺:中》

 《失敗を認識》

 《口封じの継続を検討》


 俺は泥だらけのまま身を起こし、息を整えた。


「……危なかった」


 それだけ言う。


 バスクは俺の肩へ手を伸ばしかけたが、ノルが一歩前へ出てそれを遮った。


「お手を煩わせるほどではございません、バスク様」


 ノルの声音は平坦だった。

 だが、その位置取りは明らかに俺を守るものだった。


 面白い。


 やはり、この男は使える。


 若い騎兵は青ざめていた。

 案内役の兵も、切れた腹帯を見て顔色を変える。


「こ、これは……」


「自然に切れたようには見えんな」


 ノルがしゃがみ込み、腹帯の切断面を見た。


 視界に文字。


 《証言価値:高》

 《ノルの発言は重い》


 ありがたい。


 取り押さえられた灰色の男が、地面に押しつけられたまま笑った。


「運がいいな、坊ちゃん」


 声はしゃがれていた。


「だが次は、こんなぬるいやり方じゃ済まねえ」


 兵の一人が男の口を殴りつけようとしたが、俺は止めた。


「待って」


 俺は立ち上がり、ふらつく体をこらえて男の前へ行く。


 男の腰袋を見ると、粗末な革袋の中に小さな金属片があった。

 丸い、鈍い色の札。


 それを見た瞬間、文字が浮かぶ。


 《王都裏路地の仲介印》

 《闇取引の符牒》

 《地方では稀少》


 やっぱり王都筋か。


 バスクの視線が、ほんの一瞬だけその札へ落ちた。


 そのわずかな動きだけで十分だった。


 《認識あり》

 《関連性:極めて高》


 疑いじゃない。


 もう、ほとんど答えだ。


「その男と、腹帯と、馬の口輪。全部そのまま屋敷へ」


 俺ははっきり言った。


「父上と母上の前で確認する」


 バスクが穏やかな顔のまま口を開く。


「もちろんでございます。ですがまずは、リオン様のお身体を――」


「平気じゃないよ」


 わざと遮った。


「本当に死にかけた」


 周囲の兵が息を呑む。


 そうだ。

 ここは曖昧にしない。


 これは運の悪い事故なんかじゃない。

 誰かが俺を殺そうとした。そういう空気を、ここで作る。


「だから、なおさら曖昧にしたくない」


 俺はバスクを見た。


「そうですよね、バスク」


 数秒の沈黙。


 そして彼は、完璧な礼を返した。


「仰る通りに」


 だが視界の文字は違っていた。


 《敵意:高》

 《計画修正》

 《次はより確実に》


 まだ終わっていない。

 だが今日、相手の一手は確かに折った。


 しかも、証拠つきで。


 ノルが小さく言った。


「お立ちになれますか」


「なんとか」


 肩が痛む。

 左の肘も擦りむけている。

 足も少しひねった。


 でも、それで十分だ。


 俺は泥のついた手で腹帯を拾い上げた。

 切断面は、見れば見るほど人工的だった。


 これを父の前へ出せば、ただの落馬事故では済まない。


 倉庫の横流し。

 父上への毒。

 そして今の“事故”。


 もう繋がっている。


 屋敷へ戻る道すがら、俺は振り返らなかった。

 振り返る必要もない。


 背後から伝わってくる空気だけでわかる。


 バスクは今も穏やかな顔をしている。

 けれどその胸の内では、俺をどう殺すかしか考えていない。


 そして俺も、もう同じだった。


 あいつをどう止めるか。

 どう追い詰めるか。

 それしか考えていない。


 風が水路の上を抜けていく。


 俺は切れた腹帯を握りしめたまま、静かに思った。


 ――バスク。

 お前の綻びは、もう見えている。


 次はこっちの番だ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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