第653話 見えていなかったもの
最近、少し気になっていることがある。
ある二人のことだ。
二人ともいつもどおり仕事はしてくれている。
でもなんか様子がおかしい。
一人目はアストンだ。
アストンは騎士団長として騎士たちをまとめている。
今朝もそうだった。
「リオン様。本日の騎士団の訓練について、ご報告いたします」
「うん! お願い!」
アストンは、騎士団の訓練状況を説明してくれた。
ノルとテオが帰ったあとも、騎士たちは教わった訓練を続けているらしい。
「新しく採用した騎士たちも、少しずつ慣れてきております」
「よかった! アストンのおかげだね!」
「いえ。皆が努力している結果でございます」
「それでも、ありがとう!」
アストンが頭を下げた。
そして、何か言おうとした。
「……リオン様」
「何?」
「いえ……」
……ん?
どうしたんだろう?
アストンがこんなふうに言いよどむのは珍しい。
俺は、何となく《綻びの目》を使ってみた。
《申し出の保留》
《礼節への迷い》
……んっ?
何だこれ?
今まで、アストンにこんな表示が出たことはなかった。
申し出を保留している?
礼節への迷い?
……もしかして、何か言いにくいことがあるのかな?
「アストン。何か相談したいことがある?」
「い、いえ。大丈夫でございます」
「そっか。何かあったら遠慮なく言ってね!」
「ありがとうございます」
アストンは頭を下げ、部屋を出ていった。
……うーん。
気になるな。
◇
もう一人の気になる人はケーラだ。
昼食のあと。
ケーラが、俺の部屋へお茶を持ってきてくれた。
「男爵様。お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう!」
ケーラがカップを机に置く。
「本日も工房へ行かれるのでしょうか?」
「うん! 午後からヴィクトルと話す予定なんだ!」
「承知しました。では、お戻りになる時間に合わせて夕食をご用意いたします」
「ありがとう!」
ケーラが一礼して、部屋を出ようとした。
そのときだった。
「……あの、男爵様」
「何?」
「……いえ。失礼いたしました」
……あれ?
俺は《綻びの目》を使ってみた。
《申し出の保留》
《礼節への迷い》
……んんっ!?
アストンと同じだ!
どういうことだ?
今まで、二人ともこんな表示が出たことはなかったぞ?
……待てよ。
アストンもケーラも、ずっと俺についてきてくれた人たちだ。
アストンには騎士団長までお願いしている。
ケーラには、屋敷のことをずっと任せている。
もしかして……。
俺、二人を働かせすぎちゃったのかな?
それとも、この領地で働くのが嫌になったとか?
それだったら、申し訳ないな。
「ケーラ!」
「はい?」
「最近、仕事は大変じゃない?」
「……仕事、でございますか?」
「うん。無理してない?」
「いえ。皆様にも手伝っていただいておりますので、以前よりずっと楽になりました」
「そうなんだ! それならよかった!」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
ケーラが少し不思議そうな顔をした。
……うーん。
どうやら、仕事の負担ではないらしい。
でも、何か言いにくいことがあるのは確かみたいだ。
二人とも、この領地に残りたいと言ってくれたときは、本当に嬉しかった。
だからこそ、何か困っているなら力になりたい。
……よし。
あとでアストンに、もう一度聞いてみよう。
◇
午後。
政務所で仕事をしていると、ヴィクトルがやって来た。
「おう、リオン!」
「あっ、ヴィクトル!」
「お前、また面白いものを造ったらしいな!」
「……えっ? 何のこと?」
「ばねだよ!」
「ああ!」
この前、蒸気機関車の振動を減らすために開発したコイルばね。
試しに馬車へ取り付けてみたところ、乗り心地がずいぶんよくなった。
「聞いたぞ! 馬車の揺れが小さくなったんだってな!」
「うん! ミラと乗ってみたんだけど、全然違ったよ!」
「それでな。俺も乗せてもらったんだ!」
「そうなの!?」
「ああ! いやあ、驚いたぞ!」
ヴィクトルが嬉しそうに笑う。
「いつも乗ってる馬車とは、まるで違うじゃねえか!」
「そんなによかった?」
「ああ! 道の凹凸を越えたときの衝撃が、ずいぶん柔らかくなってた!」
「そうなんだ!」
「リオン。これ、とんでもない商売になるぞ!」
「……商売?」
「ああ! 考えてもみろよ。貴族たちは長い距離を馬車で移動するだろ?」
「うん」
「そのたびに、あの揺れに悩まされてるんだ!」
……確かに。
硬化石で整備された道路ならまだしも、普通の街道は凹凸が多い。
長時間馬車に乗っていると、疲れることもある。
でも、この世界ではそれが当たり前だ。
「そこに、乗り心地のいい馬車が現れたらどうなると思う?」
「……欲しがる人が増える?」
「増えるどころじゃねえぞ!」
ヴィクトルが身を乗り出した。
「王国中の貴族が欲しがるぞ! 特に長距離を移動する連中なら、金貨を何十枚積んででも買いたがるはずだ!」
「……なるほど」
確かにそうだ。
俺は、蒸気機関車に使うことばかり考えていた。
でも、コイルばねを使った馬車だって、立派な商品になるはずだ。
「それでな、リオン」
「何?」
「ローデン商会で、この馬車を製造したい!」
「……本当!?」
「ああ! 馬車職人を集めて、専用の製造部門を立ち上げるつもりだ!」
「すごいね!」
「今進めている工房の計画も、少し広げたい。蒸気機関だけじゃなく、こういう商品も造れるようにしたいんだ」
「なるほど!」
ヴィクトルが図面を取り出した。
「まずは、今の馬車にコイルばねを取り付けるところからだな。乗り心地だけじゃなく、長く使っても壊れないか確かめる必要がある」
「うん! そこは大事だね!」
「それから、貴族向けの高級馬車も考えたい。内装や座席にもこだわれば、かなり高く売れるはずだ!」
「さすがヴィクトル!」
「へへっ。商売のことなら任せとけ!」
頼もしいな。
そういえば、ヴィクトルにはもう一つ相談したいことがあった。
「ヴィクトル。蒸気クレーンの量産もお願いできないかな?」
「蒸気クレーン?」
「うん! この前、三トン近い石材を持ち上げられたでしょ?」
「ああ。あれか!」
「上水道や港の工事で使いたいんだ。何台も造れれば、工事がもっと速く進むと思う!」
ヴィクトルが頷いた。
「そっちも商売になりそうだな!」
「そうでしょ!」
「わかった。まずは今の試作機と同じものを造れるように、部品の図面と必要な設備を確認しよう」
「ありがとう!」
「それにしても、お前のところは次から次へと新しいものが出てくるな!」
「あはは! そうだね!」
「こりゃあ、職人をもっと集めなきゃならねえな!」
ヴィクトルが楽しそうに笑う。
「工房が完成する前に、もう手狭になりそうだぜ!」
……確かに。
蒸気機関車。
蒸気クレーン。
コイルばねを使った馬車。
他にもある。
開発したいものはたくさんあるけど、全部を俺たちだけで造るのは難しい。
こうしてヴィクトルたちが量産を引き受けてくれるのは、本当にありがたい。
「じゃあ、よろしくね!」
「ああ! 任せとけ!」
ヴィクトルは嬉しそうに図面を抱え、部屋を出ていった。
……本当に楽しそうだな。
◇
夕方。
俺は、アストンを部屋へ呼んだ。
「リオン様。お呼びでしょうか?」
「うん! ちょっと話したいことがあって」
「何でしょう?」
「アストン。最近、何か困ってる?」
「……困っている、でございますか?」
「うん。仕事が大変だったり、何か不満があったりしない?」
アストンが目を丸くした。
「いえ。そのようなことはございません」
「本当?」
「はい。騎士団の仕事も順調でございます」
「そっか……」
うーん。
やっぱり仕事の問題じゃないのか?
「それならいいんだけど、今朝、何か言いたそうだったでしょ?」
「……あっ」
アストンが少し困ったような顔をした。
「実は……ご相談したいことがございまして」
「うん! 何でも言って!」
「……ありがとうございます」
アストンが姿勢を正した。
「私事で恐縮なのですが……」
「うん?」
「このたび、ケーラと結婚することになりました」
…………。
……え?
「……ケーラ?」
「はい」
「……結婚?」
「はい」
…………。
「えーっ!?」
思わず、大きな声が出てしまった。
「アストンとケーラが!?」
「……はい」
「本当に!?」
「はい。先日、二人で話し合いまして……」
……全然知らなかった!
「いつから!? いつから二人はそんな仲だったの!?」
「……いつから、と申しますと……」
アストンが少し照れくさそうな顔をした。
「はっきりとしたきっかけがあったわけではございません」
「そうなの!?」
「はい。この領へ来てから、共に過ごす時間が増えまして……」
……そうだったんだ。
アストンとケーラは、二人とも王宮から俺についてきてくれた。
最初は、領地の体制が整うまでの出向だった。
でも、二人ともこの領地に残ることを希望してくれた。
「危険な場所へ出向くたびに、ケーラが無事を気にかけてくれました」
「……うん」
「私も、屋敷の仕事に追われる彼女を見て、何か力になれないかと考えるようになりました」
アストンが少し笑った。
「気づけば、彼女と過ごす時間が、一日の楽しみになっておりました」
……。
何か、すごくいい話じゃないか。
「それで、アストンから結婚を申し込んだの?」
「はい」
「ケーラは?」
「……承諾してくれました」
「……おおお!」
これは嬉しい話だ。
「おめでとう、アストン!」
「ありがとうございます!」
「本当におめでとう!」
俺が立ち上がると、アストンも立ち上がった。
「……リオン様」
「何?」
「実は、まだ一つ気になっていることがございまして」
「……えっ?」
アストンが少し言いにくそうな顔をした。
「リオン様とミラ様は、まだ婚礼を挙げておられません」
「……うん?」
「そのような中で、私たちが先に式を挙げてもよいものかと……」
……ああ!
そういうことだったのか!
《綻びの目》で見えた、申し出の保留。
礼節への迷い。
二人は、そのことを気にしていたんだ!
「そんなの、全然気にしなくていいよ!」
「……よろしいのですか?」
「もちろん!」
俺は、アストンをまっすぐ見た。
「アストンとケーラが結婚するんでしょ? すごくおめでたいことじゃない!」
「ありがとうございます」
「俺たちの結婚式を待つ必要なんてないよ! 二人で日取りを決めて、幸せになってほしい!」
アストンが深く頭を下げた。
「……ありがとうございます、リオン様」
よかったなあ。
本当によかった。
それにしても、二人が結婚するなんて。
……全然気づかなかったな。
◇
「えーっ!? リオン、知らなかったの!?」
その日の夕食。
ケーラが部屋から出たのでミラにアストンとケーラの結婚について話した。
すると、ミラにすごく驚いたような顔をされた。
「うん。さっき聞いたんだ」
「……ふふっ」
ミラが笑った。
「やっぱり気づいてなかったんだね!」
「……えっ? ミラは知ってたの?」
「うん!」
「えーっ!?」
どういうこと?
「いつから!?」
「うーん。だいぶ前からかな?」
「そんなに前?」
「だって、二人とも仲よかったでしょ?」
「……そうだった?」
「そうだよ!」
ミラが楽しそうに笑う。
「アストンさんが帰ってくると、ケーラさん、いつも安心した顔をしてたんだよ!」
「……そうなの?」
「うん。それに、ケーラさんが忙しそうにしていると、アストンさんが手伝ってあげたりしてたでしょ?」
……あれ?
そういえば……。
何度か見たことがあるような気がする。
「でも、それだけじゃ、結婚するなんてわからなくない?」
「ふふっ。リオンって、本当にそういうところには鈍感だね」
「……そうかな?」
「うん」
ミラが大きく頷いた。
「私は《綻びの目》なんてなくても気づいたよ?」
「……えーっ!」
……なんてことだ。
俺はスキルまで使ったのに、二人の気持ちには全然気づかなかった。
しかも、二人が仕事を辞めたがっているんじゃないかと心配していた。
なんとなく、恥ずかしいな。
そこへ、ケーラが料理を運んできた。
「お待たせいたしました」
「あっ。ケーラ」
ミラが嬉しそうに声をかける。
「アストンとのこと、聞いたよ! おめでとう!」
「……ありがとうございます、ミラ様」
ケーラが少し頬を赤くした。
「ケーラ! 俺からも、改めておめでとう!」
「ありがとうございます、男爵様」
「本当によかったね!」
「……はい」
ケーラが嬉しそうに微笑んだ。
ケーラもこんな顔をするんだな。
いつも落ち着いていて、俺の無茶なお願いにもきちんと対応してくれるケーラ。
でも、今は少し照れくさそうだ。
「ところで、ケーラ」
「はい?」
「アストンから聞いたんだけど、俺たちより先に結婚式を挙げることを気にしてたんだって?」
「……はい」
「そんなの、気にしなくていいからね!」
「ありがとうございます」
「二人の幸せの方が大切だよ!」
ケーラが深く頭を下げた。
「そのように仰っていただけて、安心いたしました」
「うん!」
「実は、彼とも、いつ男爵様にお話ししようかと相談しておりまして……」
「そうだったんだね!」
「ですが、お二人の婚礼がまだでございますので、どうお伝えすべきか迷っておりました」
……なるほど。
だから二人とも、あんな表示が出ていたんだ。
俺は、少し考えてから言った。
「ケーラ。結婚したあとも、屋敷の仕事を続けたいと思ってる?」
「はい。できましたら、これからもお仕えしたいと思っております」
「そっか! ありがとう!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「でも、新婚なんだから、休みもちゃんと取ってね!」
「……お休み、でございますか?」
「うん! 結婚式の準備もあるし、二人でゆっくり過ごす時間も必要でしょ?」
ケーラが少し驚いた顔をした。
そして、嬉しそうに笑った。
「……ありがとうございます」
「あと、屋敷の仕事も、ちゃんとほかの人に任せられるようにしておこう」
「承知しました」
二人には、これまでたくさん助けてもらった。
今度は俺が、二人の新しい生活を応援しないとな。
◇
夕食が終わったあと。
俺とミラは、二人で庭を歩いていた。
夜風が気持ちいい。
「それにしても、びっくりしたなあ」
「アストンたちのこと?」
「うん! 全然知らなかったよ!」
「ふふっ。リオンらしいね!」
「……そうかな?」
「そうだよ!」
ミラが笑った。
しばらく、二人で歩く。
……そういえば。
アストンが言っていたことを思い出した。
俺とミラが、まだ結婚式を挙げていないこと。
確かに、婚約はしている。
でも、具体的な日取りはまだ決めていなかった。
領地のことで忙しくて、つい後回しにしていたんだ。
……よくないよな。
「ねえ、ミラ」
「何?」
「俺たちの結婚式なんだけど」
「……うん?」
「そろそろ、日取りを考えない?」
ミラが立ち止まった。
「……えっ?」
「ほら、俺たち、まだ何も決めてないでしょ?」
「……うん」
「領地のことばっかり考えていて、ちゃんと話してなかったなと思って」
ミラが俺を見つめた。
「……リオン」
「何?」
「本当に?」
「うん!」
俺は頷いた。
「ミラと結婚するの、すごく楽しみにしてるんだ!」
「……うん!」
ミラが嬉しそうに笑った。
「私も!」
「よかった!」
「でもね、リオン」
「何?」
「一つだけお願いがあるんだ」
「うん! 何でも言って!」
「結婚式の準備をするときは、ちゃんと私の話も聞いてね」
「……えっ?」
「だってリオン、何か思いつくと、すぐに工房へ行っちゃうでしょ?」
……確かに。
「今度は、途中で蒸気機関のことを考え始めたりしないでね」
「うん! 約束する!」
「本当?」
「本当だよ!」
ミラが笑った。
「じゃあ、楽しみにしてるね」
「うん!」
……そうだな。
これから、アストンとケーラは夫婦になる。
二人とも、この領地で新しい生活を始めるんだ。
俺も、そろそろ自分たちのことを考えないとな。
「ミラ。どんな結婚式がいい?」
「うーん……」
ミラが少し考えた。
「みんなにお祝いしてもらえる式がいいな!」
「みんな?」
「うん! リオンのお父様やお母様も、私の家族も。それから、いつもお世話になっている人たちも!」
「……そっか!」
「もちろん、アストンさんやケーラさんにも来てほしい!」
「うん! そうだね!」
ミラが嬉しそうに笑う。
「リオンは?」
「俺?」
「うん! どんな式がいい?」
……そうだな。
前世では、仕事ばかりしていた。
売上を増やすこと。
どうすれば事業がうまくいくか。
そんなことばかり考えていた気がする。
この世界へ来てからも、領地の再建に夢中だった。
でも、今は違う。
大切な人たちがいる。
一緒に働いてくれる仲間がいる。
そして、隣にはミラがいる。
「俺も、みんなに祝ってもらえる式がいいな」
「……本当?」
「うん。 それに、ミラが楽しめる式にしたい」
「……リオン」
ミラが、ぎゅっと俺の手を握った。
「ありがとう」
「こちらこそ」
俺も、その手を握り返す。
……うん。
まずは、お互いの家族に相談しよう。
それから、日取りを決めて、準備を進める。
やることはたくさんあるだろうけど、きっと楽しいはずだ。
そういえば、今年はレイ湿原で初めてのお米も収穫できるかもしれない。
アルフレッド殿下とセリカ様の婚礼祝賀式も予定されている。
……おめでたいことがたくさんありそうだな。
「ねえ、リオン」
「何?」
「結婚式の準備、楽しみだね」
「うん」
俺は、ミラの笑顔を見つめた。
《綻びの目》があっても、気づかないことはたくさんある。
でも、こうして誰かと話して、気持ちを確かめ合うことはできる。
そうだよな。
何でもスキルに頼る必要はないんだ。
大切な人のことは、ちゃんと自分の目で見て、話を聞かないといけない。
ミラが、俺の手を少し強く握った。
俺も握り返す。
これからも、ずっと一緒に歩いていこう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
アストナ…じゃなくて、アストンとケーラが結婚することになりました。
二人には幸せになってもらいたいです。




