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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第21章 リオン・ハル男爵

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第654話 実りの秋

 十月に入った。


 朝晩はずいぶん涼しくなり、屋敷の庭にある木々も少しずつ色づき始めている。


 考えてみれば、俺がこの領地を任されてから、もう七か月近くになるんだな。


 最初に来たときは、荒れた道路や傷んだ建物ばかりだった。


 仕事を失っている人も多く、領地の財政も厳しかった。


 それが今では、鉱山の開発が進み、工房が建ち、道路や水道の整備も始まっている。


 ……本当に、いろいろなことがあったな。


 そんなことを考えていると、ローレンさんが執務室へやって来た。


「リオン様。少々お時間をいただけますかな?」


「うん。どうしたの?」


「王宮へ提出する領地の実績報告書がまとまりました」


「ああ、そうだったね。見せてもらえる?」


「もちろんでございます」


 ローレンさんが机の上に数枚の書類を並べた。


 領民の数。


 税収。


 鉱山事業の売上。


 雇用状況や公共事業の進捗。


 それぞれの項目に、数字が記されている。


「まず、税収についてですが、当初の見込みをわずかながら上回っております」


「そうなんだ」


「鉱山や工房で働く者が増え、領内の商業活動も活発になっておりますからな」


「うん。いい傾向だね」


 俺は書類を確認した。


 税収そのものは、まだ大幅に増えているわけじゃない。


 でも、税率を引き上げずに収入が増えている。


 領内の経済活動が少しずつ広がっている証拠だろう。


「今は無理に税収を増やす必要はないと思うんだ」


「と申しますと?」


「領民の収入が増えて、商売が活発になれば、税収も自然に増えていくでしょ?」


「そのとおりですな」


「だから、まずは働く場所を増やして、みんなの暮らしを安定させたいんだ」


 今の数字がよくても、将来の成長につながらなければ意味がない。


 まして、領地の財政をよくするために、領民の生活を苦しくしてしまっては本末転倒だ。


「それに、領民の生活が豊かになれば、新しい商店や工房も増えるかもしれないからね」


「はい。実際、領都やアナハイムでは新しい商店の開業も増えております」


「それは嬉しいね!」


「もっとも、人が集まり始めたことで、住宅の確保など新しい課題も出ておりますが」


「そうだね。そのあたりも順番に進めないと」


 ローレンさんが頷き、次の書類を取り出した。


「そして、今回最も大きく変わったのが、鉱山事業関連でございます」


 ローレンさんが続ける。


「正直に申しまして、私もここまで伸びるとは思っておりませんでした」


 普段から領地の数字を見ているローレンさんが、そんなことを言うんだ。


「こちらをご覧ください」


 ローレンさんが、一枚の書類を差し出した。


「鉱山事業の年間売上は、当初、金貨一万五千枚を見込んでおりました」


「うん」


「その後、需要の増加を受けて、金貨一万九千五百枚へ上方修正しております」


「そうだったね」


「ですが、現在の生産量と受注状況から計算いたしますと……」


 ローレンさんが書類の数字を指さした。


「年間売上は、金貨三万枚に達する可能性がございます」


「……三万枚?」


「はい」


 当初の二倍じゃないか!


「それはすごいね!」


「私も驚いております。しかも、まだ開発が始まって間もない段階でございますからな」


「政務所ではそこら辺、どう分析してるの?」


「大きな理由は二つございます」


 ローレンさんが説明を始めた。


「まず、鉱山の生産性が想定を上回っております」


「ああ。蒸気機関かな?」


「はい。特に、ビダン山で導入した鉱石搬出用の蒸気機関が成果を上げております」


 以前は、馬や人の力でトロッコを動かしていた。


 それを蒸気機関で動かせるようにした。


「導入した坑道では、鉱石の搬出にかかる時間が大きく減っております」


「うん」


「これまで運搬を担当していた者を、採掘作業へ回せるようになったことも大きいですな」


「なるほど」


 単に機械を導入しただけではない。


 働く人たちの仕事の分担も変えることができた。


「それから、もう一つ興味深い報告がございます」


「何?」


「鉱山で働く者たちの体調不良による欠勤が、当初の想定より少ないのです」


「……そうなの?」


 それは知らなかったな。


「はい。現場の記録を確認したところ、欠勤する者が想定ほど増えておりません。おかげで作業も安定して進んでおります」


 鉱山は、働く人たちの健康が心配な場所だ。


 粉じんや換気の問題もあるし、重労働も多い。


「休憩所を整備したり、換気を改善したりしたことも関係しているのかな?」


「その可能性は高いと思われます」


「アノー山の苔も、何か影響しているのかな?」


「そちらについては、まだ何とも申し上げられませんな」


 ローレンさんが首を横に振った。


「ヴァイス殿の研究では、苔が水中の一部の鉱物成分を吸着する性質は確認されております。しかし、それが鉱山で働く者たちの健康に影響しているかどうかは、別に調べる必要がございます」


「そうだよね」


 鉱山周辺にもアノー山と同じような苔が生えている場所はあるけど、それだけで体調改善の原因だとは言えない。


 そもそも、空気中の有害物質に対してどの程度効果があるのかも、まだ研究中だ。


「ヴァイスさんに相談してみようかな」


「それがよろしいかと」


「うん。まずは鉱山ごとに、換気の状態や体調不良の記録を比べてみたいね」


「承知しました」


「もし効果が確認できれば、ほかの鉱山でも役立つかもしれないからね」


 もちろん、今の段階でも休憩や換気の改善は続けていきたい。


 健康を守るための取り組みを、研究結果が出るまで待つ必要はないからだ。


「それとローレンさん。生産量が増えても、現場の人たちに無理をさせないようにしてね」


「承知しております。労働時間についても、引き続き確認してまいります」


「ありがとう」


 健康に働けるからこそ、生産性も維持できる。


 その順番を間違えないようにしたい。


「それから、売上が増えたもう一つの理由でございますが……」


 ローレンさんが次の資料を取り出した。


「硬化石と共鳴石の販売が、予想以上に好調なのでございます」


「ああ。ヴィクトルたちが頑張ってくれてるんだね」


「はい。ローデン商会の販売網が、非常に大きな成果を上げております」


 硬化石は、道路や一部の建築に使える。


 共鳴石は、通信機の材料として需要が増えている。


「特に硬化石は、王家や各領からの引き合いが強く、追加の注文も増えております」


「そうなんだ」


「共鳴石についても、通信網を拡張したいという要望が多いようですな」


「それは嬉しいね」


 通信網が広がれば、人や物の移動も効率的になる。


 道路が整えば、商売もしやすくなる。


 この領地の資源が、王国全体の発展に役立つのはありがたい。


「なお、今回の金貨三万枚という数字には、加工された通信機や建築材の販売代金は含めておりません」


「うん。鉱山からの売上と、加工品の売上は別だからね」


「はい。そちらも順調でございますが、今回の報告書では区分しております」


「ありがとう」


 鉱山の生産量が増えた。


 それに、ヴィクトルたちの販売戦略によって、硬化石や共鳴石の注文も増えた。


 生産と販売の両方が、予想以上にうまく進んでいるんだ。


「ただ、金貨三万枚はまだ年間の見込みなんだよね?」


「はい。受注済みの案件と、今後の販売予測を分けて計算しております」


「それなら、納期と生産能力は今まで以上に注意しないとね」


「おっしゃるとおりですな」


 注文が増えても、納品できなければ売上にはならない。


 工房の増設や輸送体制の整備も、急いだ方がよさそうだ。


「この調子だと、出資者への還元もかなり増えそうだね」


「はい。年間売上が金貨三万枚に達すれば、還元総額は金貨千五百枚になります」


「……千五百枚か」


 鉱山事業の売上の五パーセントを、出資者へ分配する契約だ。


 当初は金貨七百五十枚を見込んでいたから、こちらも二倍になる。


「出資してくれた人たちにも、いい報告ができそうだね」


「はい。もちろん、実際の売上が確定してからの話でございますが」


「うん」


 王家やヴァレスト公爵家をはじめ、多くの人たちが協力してくれた。


 資金だけでなく、職人や技師、測量の専門家まで派遣してくれている。


 その協力に、少しずつ報いることができそうなのは嬉しい。


「ところで、ローレンさん。領地全体の財政はどうなってる?」


「そちらも、当初の計画より余裕が出ております」


「それはありがたいね!」


 ローレンさんが、別の書類を見せてくれた。


「今後の上水道や道路の整備にも、当初より多くの資金を回せそうですな」


「それは助かる」


 ただ、売上が増えたからといって、そのまま自由に使えるお金が増えるわけじゃない。


 人件費や設備の維持費も必要だし、工房を拡張するための投資もある。


 新しい事業を増やすなら、なおさらだ。


「資金繰りには余裕を持たせておこう。今は投資を増やしたい時期だけど、手元のお金まで使い切るのは避けたいんだ」


「承知しております。その点は私も同じ考えでございます」


 ローレンさんが頷いた。


「それにしても……」


「何?」


「様々な領の財政を長く見てまいりましたが、これほど短期間で状況が変わる例は過去に見たことがありません」


 ローレンさんが、机の上の書類を見つめた。


「以前は、支出をどう抑えるかという話ばかりしておりましたからな」


「そうだったね」


 最初の頃を思い出す。


 政務所、屋敷の体制を見直し、無駄な支出を減らした。


 あの頃は、新しい事業を始めるためのお金を確保するだけでも大変だった。


「今では、どの事業に資金を回すべきか考えられるようになりました」


「うん」


「……ありがたいことでございます」


 ローレンさんが、しみじみと言った。


 厳しい財政を支えてきた人だからこそ、今の状況が嬉しいんだろうな。


「ローレンさん」


「はい?」


「ここまで、本当にありがとう」


「……何でございますか、急に」


「いや。ローレンさんが数字をきちんと管理してくれていたから、俺も安心して事業を進められたんだと思う」


 ローレンさんが少し驚いた顔をした。


「私は、自分の仕事をしてきただけでございます」


「その仕事が大切なんだよ!」


 事業がいくら好調でも、お金の管理ができなければ長続きしない。


 支払いが滞れば、働く人や商人たちの信用も失ってしまう。


「これからも頼りにしてるよ!」


「……こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 ローレンさんが、少し嬉しそうに微笑んだ。


 ◇


「ところで、リオン様」


「何?」


 ローレンさんが、王宮へ提出する実績報告書を手に取った。


「今回の報告書について、一つ申し上げたいことがございます」


「うん。何だろう?」


「これほどの成果を短期間で上げたとなれば、王宮でも相当に注目されるでしょうな」


「そうかな?」


「はい。場合によっては、早い段階での昇爵も考えられるかもしれません」


「……昇爵?」


「男爵から子爵への昇爵でございます」


 子爵?


 父上と同じ爵位じゃないか。


「でも、俺が男爵になってから、まだ七か月も経ってないよ?」


「確かに異例の早さでございます。領地の財政が改善しただけでは、簡単に認められるものではないでしょう」


「そうだよね」


「ですが、リオン様には、それ以外の功績がございます」


 ローレンさんが、報告書の別の項目を指さした。


「硬化石と共鳴石でございます」


「ああ」


「硬化石による道路整備と、共鳴石による通信網の構築。これらは、この領地だけの利益にとどまりません」


「そうだね」


「特に共鳴石通信は、王宮と各領を結ぶ重要な手段になりつつあります。王国の行政や情報伝達にも、大きな価値がございます」


「うん。もっと広めていきたいと思ってるよ」


「そのような国家への貢献こそ、昇爵の根拠になり得ると考えております」


 確かに、単に自分の領地を豊かにしただけではないんだ。


「それで、リオン様。今回の報告書には、王国に対する貢献を示す資料も付けたいと考えております」


「どんな資料?」


「例えば、王家や各領へ納めた硬化石の数量と、その使用先でございます」


「ああ。道路工事や建築に使われた記録だね」


「はい。それから、共鳴石通信機の納品数、通信網の整備状況、王宮や各領での利用実績などもございます」


「なるほど」


 確かに、それなら具体的な成果を示せそうだ。


「できれば、実際に使っている人たちの評価も集めたいね」


「評価、でございますか?」


「うん。例えば、通信機を導入してから王宮への報告がどのくらい早くなったのか。硬化石の道路ができて、荷物を運びやすくなったのか」


「なるほど。単なる納品実績ではなく、実際の効果を示すわけですな」


「そういうこと」


 王国にとって、どれだけ役立っているのか。


 それが分かれば、報告書にも説得力が出るはずだ。


「王宮の担当者にも協力をお願いできるかな?」


「もちろんでございます。必要であれば、利用状況を確認してもらうこともできるでしょう」


「ありがとう」


 ローレンさんが頷いた。


「これらの実績が正式に評価されれば、王宮で昇爵について審議される可能性がございます」


「そうなんだ」


「もっとも、最終的には国王陛下のご判断でございます。今の段階で確かなことは申し上げられません」


「うん。分かってるよ」


 子爵か。


 正直、まだ実感が湧かない。


 この領地を立て直すことに夢中で、爵位のことまで考える余裕がなかったからね。


「ローレンさん。昇爵の可能性があるのは嬉しいけど、それを目標に仕事を進めるつもりはないんだ」


「はい」


「まだ上水道も蒸気機関車も完成していないし、領民の暮らしにも改善できることがたくさんあるからね」


 ローレンさんが静かに頷いた。


「それに、今回の報告書には、できていないことも書いておこうと思う」


「できていないこと、でございますか?」


「うん。住宅や医療の整備も十分とは言えないし、今後の課題もたくさんあるでしょ?」


「確かに」


「成果だけじゃなくて、これから何をするつもりなのかも伝えたいんだ」


 今の数字がよくても、まだ領地の再建が終わったわけではない。


 むしろ、これからが大切なんだと思う。


「承知しました。そのようにまとめ直しておきます」


「お願い」


 ローレンさんが、書類を丁寧にそろえた。


「……それにしても、リオン様」


「何?」


「七か月前には、まさか昇爵の可能性をお話しすることになるとは思っておりませんでした」


「あはは。俺もだよ」


 ローレンさんが笑った。


「これからも、楽しみでございますな」


「うん。まだまだやりたいことがあるからね」


 ◇


 ローレンさんとの話し合いを終え、書類を片づけていたときだった。


 トントン。


 執務室の扉が叩かれた。


「リオン様。レイ湿原から共鳴石通信が届いております」


 文官が入ってきた。


「レイ湿原?」


「はい。アーロン殿からでございます」


「アーロンから? 何だろう?」


 文官さんが、通信内容を書き写した紙を差し出した。


 そこには、こう書かれていた。


『試験水田の稲が順調に実っております。収穫の時期が近づきましたので、一度ご確認いただければと思います』


 ……おお。


 ついに来たか。


 五月の終わりに田植えをしてから、四か月以上が経った。


 あのときは、まだ小さな苗だった。


 それが、もう収穫できるほどに育ったんだ。


 ……どんな様子なんだろう?


 俺は、さっそくミラのところへ向かった。


「ミラ!」


「リオン? どうしたの?」


「アーロンから連絡が来たんだ」


「アーロンさんから?」


「うん。レイ湿原のお米が、そろそろ収穫できそうなんだって」


「……本当?」


「うん。見に来てほしいって」


 ミラの表情が明るくなった。


「じゃあ、私も行きたい!」


「もちろん。一緒に行こうと思ってたんだ」


「やった!」


「ピー!」


 近くにいたピコも、元気に鳴いた。


「ピコも行きたい?」


「ピー!」


「じゃあ、三人で行こうか」


 ミラが笑った。


「ねえ、リオン。お米って、どんなふうになってるのかな?」


「うーん。たぶん、稲穂が黄金色になってると思うんだ」


「黄金色?」


「うん。田植えのときは緑色だったでしょ? 収穫が近くなると、だんだん色が変わるんだよ」


「そうなんだ。楽しみだね!」


「うん」


 ……本当に楽しみだな。


 今日、ローレンさんから聞いた数字も嬉しかった。


 当初の予想よりも、ずっと事業が成長している。


 でも、領地の豊かさは数字だけで測れるものじゃない。


 自分たちで育てた作物が実り、それを収穫できる。


 そういうことも、大切な成果なんだと思う。


「じゃあ、明日行こうか」


「うん!」


「ピー!」


 よし。


 明日は、レイ湿原へ行こう。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

ハル子爵が二人になったらややこしいですね。既にややこしいのに。

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― 新着の感想 ―
ダブルハル子爵wさすがに違う名前になるよね?
いや妖怪だからね?(´・ω・`) 普通に九尾クラスだからね功績というか実績 普通は10年かかって一つ 爺から孫まで3代かけてこれだけ出しても十分に評価されるレベルで異常通り越して化け物だから という…
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