第652話 衝撃を和らげる仕組み
ノルとテオが帰ってから、数日が経った。
今日も政務所で仕事をしていると、扉がノックされた。
「リオン様。ルッツ殿がお見えです」
ローレンさんだった。
「あっ! 通してあげて!」
「承知しました」
ほどなくして、ルッツさんが入ってきた。
「リオン様。蒸気機関車のことで、ご相談があります」
「どうしたの? 何か問題があった?」
「はい。走行速度を上げる試験をしているのですが、気になることが二つ見つかりまして」
「二つ?」
「まず、速度を上げるほど、車体の揺れが大きくなるのです」
なるほど。
大型蒸気機関車は、これまで時速十五キロほどで走っていた。
もっと速く走れないか、ルッツさんたちが試しているのか。
「もう一つは?」
「貨車を仮につないでみたところ、動き始めるときに大きな衝撃が加わりました」
「……貨車も造ってたんだ!」
「はい。まだ試験用の一両だけですが。簡単な金具でつなぎ、ほんの少し動かしてみたんです」
「そっか。じゃあ、実際に見に行こう!」
「お願いします!」
◇
政務所の裏手にある試験場へ向かった。
一周およそ千六百五十メートルの線路には、黒い大型蒸気機関車が停まっている。
その横には、木製の荷台を載せた貨車が一両置かれていた。
「……おお! 貨車もできたんだね!」
「はい。まずは空荷で試すつもりです」
ルッツさんは機関車の車輪の近くを指さした。
「こちらをご覧ください。レールの継ぎ目を通るたびに、車輪から車体へ衝撃が伝わっています」
「そうなんだ」
「低速では大きな問題にならないのですが、速度を上げると揺れが激しくなるんです」
俺たちは見学用の高台へ移動した。
今日は貨車をつながず、機関車だけを走らせるらしい。
係員の合図で、機関車が動き始めた。
シュウウウウッ!
シュッ、シュッ、シュッ!
ガタン、ゴトン!
最初は順調だった。
ところが、速度が上がってくると……。
ガタンッ!
ガタンッ!
「……あっ!」
レールの継ぎ目を越えるたびに、車体が上下へ揺れている。
やがて、係員が赤い旗を振った。
機関車が速度を落とし、停車した。
「これ以上速くするのは、今のままでは不安があります」
ルッツさんが言った。
「うん。ちょっと調べてみよう」
車輪が止まり、安全を確認してから、俺は車軸を支える金具を見た。
《綻びの目》。
《車軸支持部:衝撃集中》
《固定金具:繰り返し負荷》
《綻び:支持部の接合箇所》
やっぱり。
「ルッツさん。車輪からの衝撃が、この金具に集中しているみたい」
「そうですか……。車体をしっかり支えるため、頑丈に固定したのですが」
「頑丈にした分、衝撃がそのまま伝わっているのかもしれないね」
「なるほど……」
「それから、こちらです」
ルッツさんが貨車のところへ案内してくれた。
機関車と貨車をつなぐための、太い金具が用意されている。
「今は、鉄の金具にピンを通してつなぐ方式です」
「へえ。これで貨車を引っ張るんだね」
「はい。ただ、連結部分にわずかな遊びがあります」
「遊び?」
「機関車が動き始めてから、貨車が引っ張られるまでに、少しだけずれが生じるのです」
ルッツさんが小さな模型を使って見せてくれた。
機関車役の木片を引くと、少し遅れて貨車役の木片が動く。
その瞬間、金具がカツンと当たった。
「……ああ!」
「実物では、もっと強い衝撃になります。停止するときも、貨車が前へ押す力が加わります」
「実際に動かしたときも、そうなったの?」
「はい。確認のため、もう一度だけ低速で動かしてみましょう」
係員たちが金具を点検し、安全な距離まで離れた。
機関車が、空の貨車をゆっくり引っ張る。
すると。
ガクンッ!
「……おおっ!?」
貨車が動き始めた瞬間、連結部分が大きく揺れた。
すぐに機関車を停めてもらい、金具を確認する。
《連結部:衝撃集中》
《固定ピン:繰り返し負荷》
「このまま何度も動かすのは、よくなさそうだね」
「はい。もっと衝撃を和らげる仕組みが必要です」
……なるほど。
上下の揺れと、前後の衝撃。
場所は違うけど、どちらも強い力が急に加わるのが問題なんだな。
何か、力を和らげる方法はないかな?
うーん……。
なんかないかな。
……。
…………。
そうだ!
俺は、前世で乗っていた自動車を思い出した。
車輪の近くに、金属をぐるぐると巻いたのが付いていたはずだ。
確か、ばねだ。
あれは、縮んで元に戻ることで衝撃を和らげていたんじゃなかったか?
「ルッツさん! ちょっと思いついたことがあるんだけど!」
「何でしょう?」
「紙と細い棒を貸してもらえる?」
「はい!」
◇
作業台で、俺は紙を細長く切った。
そして、棒にぐるぐると巻き付ける。
「こんな形の金属、造れないかな?」
「……これは、らせん状になっていますね」
「うん。紙だと弱いけど、これを金属で造るんだ。上から押すと縮んで、力を抜くと元に戻るようにしたいんだよ」
俺は紙を外し、今度は図にも描いてみせた。
「車輪と車体の間に入れれば、衝撃を受け止めてくれるんじゃないかな?」
ルッツさんが図をじっと見つめた。
「……なるほど。金属が元に戻ろうとする力を利用するわけですね」
「そう!」
「形だけなら、鉄の棒を熱して巻けば造れると思います」
「本当!?」
「ですが、押したあとにきちんと戻るかは、やってみないとわかりません」
「じゃあ、小さいものから試してみよう!」
ルッツさんが職人さんたちを呼んだ。
俺の描いた図を見て、みんなが意見を出し始める。
「普通の鉄では、曲がったままになるかもしれませんな」
「それなら、鋼を使ってみましょう」
「熱の加え方も変えて、比べたいですね」
頼もしいな。
◇
三日後。
工房には、小さならせん状の金属が並んでいた。
「リオン様! いくつか試作品ができました!」
「おお! 本当に造れたんだね!」
見た目は、前世で見た、確かコイルばねだったか。
それによく似ている。
職人さんが一つを台に置き、上から押した。
ぎゅっ。
ばねが縮む。
でも、手を離すと……。
「……あれ?」
少し縮んだままになってしまった。
「元に戻りませんね」
ルッツさんが首を傾げた。
俺は《綻びの目》を使った。
《弾性回復:不足》
《変形:残留》
……なるほど。
「押したあと、元の長さまで戻れていないみたいだね」
「やはり材質が柔らかすぎるのでしょうか」
「ほかのも試してみよう!」
今度の試作品は、しっかり元に戻った。
「……おお!」
でも、何度も押していると……。
ピシッ。
「……あっ!」
ばねの曲がったところに、小さな亀裂が入った。
《綻び:曲げ部》
《繰り返し負荷:不適》
「今度は、同じところに負担が集中しているみたいだよ」
「硬くしすぎたのかもしれませんね」
ルッツさんが腕を組んだ。
「鋼を加熱して冷やす方法を変えてみましょう。焼き戻しも試したいです」
「うん! お願いできる?」
「もちろんです!」
◇
それから数日間。
職人さんたちは、鋼の種類や太さ、熱処理の方法を変えて試作を続けた。
俺も工房へ顔を出し、《綻びの目》で亀裂や力の偏りを確認した。
ただ、俺のスキルだけで正しい加工方法がわかるわけじゃない。
どの鋼を使うか。
どのくらい熱して、どう冷やすか。
そこを考えて実際に造るのは、ルッツさんたちだ。
そして、ようやく。
ぎゅっ。
ぽんっ。
「……おお!」
押すと縮み、手を離すと元の長さへ戻る。
それを何度も繰り返しても、亀裂が入らなくなった。
《弾性回復:良好》
《荷重分布:安定》
「やったね、ルッツさん!」
「はい! ようやく形になりました!」
職人さんたちも嬉しそうだ。
……よし!
これなら使えるかもしれない!
でも、まだ小さな試作品だ。
実際に乗り物へ使うなら、もう少し確かめないとな。
「ルッツさん。まずは馬車で試してみない?」
「……馬車ですか?」
「うん。いきなり重い機関車に取り付けるより、試しやすいと思うんだ」
「なるほど。それがよさそうですね!」
◇
さらに数日後。
工房の前には、改造した馬車が置かれていた。
車輪を支える台枠と、客室の間に、四か所のコイルばねを取り付けてある。
客室が横へずれないよう、案内用の金具も付けてもらった。
「まずは、人を乗せずに試しましょう」
「そうだね!」
荷物を載せ、御者さんにゆっくり走ってもらう。
ガタン。
……あれ?
大きな衝撃は和らいだけど、客室が何度も上下に揺れている。
「……揺れが続いちゃうね」
「はい。縮んだばねが戻る勢いで、また跳ねているようです」
俺は《綻びの目》で確認した。
《上下振動:継続》
《揺れの減衰:不足》
「ばねだけじゃ、揺れが止まらないんだね」
「それなら、動きに少し抵抗を加えてみましょう」
ルッツさんが提案した。
職人さんたちは、客室を支える金具に革を挟んだ摩擦板を取り付けた。
上下に動くとき、革と板がこすれ合い、揺れを抑える仕組みだ。
もう一度試す。
ガタン。
ふわっ。
今度は、客室が一度揺れただけで落ち着いた。
「……おお! よくなったね!」
「はい。まずはこれで、短い距離を試してみましょう」
しばらく走らせても、金具に異常は見つからなかった。
そこで、俺とミラも乗ってみることにした。
◇
「リオン、本当に乗っても大丈夫?」
「うん! 先に荷物を載せて試したし、ゆっくり走ってもらうからね!」
同じ馬車で、ばねを動かないように固定した場合と、使えるようにした場合を比べる。
どちらも同じ道を、同じくらいの速さで走る。
最初は、ばねを固定した状態だ。
ガタンッ!
道の小さな凹凸でも、体が上下に揺れる。
「やっぱり揺れるね」
「うん。じゃあ、次はばねを使ってみよう!」
馬車を停め、職人さんに固定を外してもらった。
そして、同じ道をもう一度進む。
ガタン。
ふわっ。
「……あれ?」
ミラが目を丸くした。
「リオン! さっきより衝撃が小さいよ!」
「本当!?」
「うん! 揺れるけど、ガツンってこないの!」
……おお!
俺にも違いがわかった。
車輪は同じ凹凸を通っているのに、客室に伝わる衝撃はずっと柔らかい。
「これなら、長い距離を移動するときも楽になりそうだね!」
「うん! 硬化石の道路と組み合わせたら、もっと快適になると思う!」
蒸気機関車の問題を解決しようとしていたのに、先に馬車が便利になっちゃった。
◇
馬車での試験が成功すると、ルッツさんたちは蒸気機関車用のばねの製作を始めた。
もちろん、馬車と同じ大きさでは重い車体を支えられない。
太い鋼材を使い、何本かのばねで荷重を受ける構造にする。
車軸を支える箱が上下に少し動けるようにし、その上にばねを取り付ける。
「リオン様。ここは慎重に進めたいと思います」
「どうして?」
「車軸の位置が大きく変わると、連結棒にも無理な力が加わるかもしれません」
「……あっ、そうか!」
蒸気機関車の車輪は、連結棒でつながっている。
ただ柔らかくすればいいわけじゃない。
「動く範囲を小さく制限して、負荷を確かめながら進めましょう」
「うん! それがいいと思う!」
職人さんたちは車軸の案内金具を改良し、ばねの上下にも丈夫な受け皿を付けた。
それから、少しずつ荷重をかけて試す。
……大丈夫そうだ。
数日かけて調整を終え、いよいよ走行試験の日を迎えた。
◇
シュウウウウッ!
シュッ、シュッ、シュッ!
機関車が動き始めた。
まずは、これまでと同じくらいの速度。
ガタン、ゴトン。
線路の継ぎ目を通る。
うん。
前より車体の上下の揺れが小さい気がする。
「ルッツさん! いい感じじゃない?」
「はい! ただ、もう少し速度を上げて確かめましょう!」
係員の合図で、機関車がゆっくり加速する。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ!
ガタン、ゴトン!
……おお!
先日の試験では、もっと大きく車体が跳ねていた。
でも、今日は揺れが抑えられている。
やがて、機関車が周回線路を一周して停車した。
計測を終えた係員が、こちらへ駆けてくる。
「リオン様! 一周に五分ほどです!」
「……五分!?」
線路は一周およそ千六百五十メートル。
五分で一周なら、平均時速は二十キロ近い!
「……おお! 前より速く走れたね!」
「はい! 振動も、先日よりかなり小さくなっています!」
ただし、速く走れたからといって、すぐに安全だと決めつけるわけにはいかない。
機関車が冷えてから、ルッツさんたちと車軸の周りを調べた。
俺も《綻びの目》を使う。
《車軸支持部:負荷軽減》
《ばねの変形:正常範囲》
よかった。
少なくとも、さっきの走行では大きな問題は見つからなかったみたいだ。
「ルッツさん。よくなったね!」
「はい! ただ、長時間の走行試験はこれからです」
「うん! 引き続きお願いね!」
「承知しました!」
◇
試験が終わったあと、ルッツさんが貨車を見つめていた。
「……リオン様」
「何?」
「今回のばねですが、もう一つ使い道があるかもしれません」
「もう一つ?」
「先日お話しした、貨車をつないだときの衝撃です」
……あっ!
「連結部分にもばねを入れるんだね?」
「はい。機関車が貨車を引っ張るとき、ばねが少し縮めば、急な衝撃を和らげられるのではないでしょうか」
「……それはいい考えだね」
でも、今の連結金具は、まだ仮のものだ。
貨車を何両もつなげるには、もっと使いやすくて、外れにくい仕組みが必要になる。
……そうだ。
前世の列車には、近づけるだけで車両同士がつながる仕組みがあったはずだ。
あれなら、いちいち人が間に入って金具をつながなくても済む。
「ルッツさん。連結器そのものも、改良してみない?」
「……連結器ですか?」
「うん! 近づけるだけでくっついて、走っている間は外れない。そんな仕組みにしたいんだ!」
ルッツさんの目が輝いた。
「……なるほど! それができれば、貨車を増やすときにも便利ですね!」
「そうだね!」
俺は、機関車と貨車を交互に見た。
金属をぐるぐる巻いただけの、小さなばね。
それが馬車を乗りやすくして、蒸気機関車を前より速く走らせた。
そして次は、貨車を安全につなぐためにも役立つかもしれない。
一つの発明から、また新しい仕事が始まりそうだな。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
一見すると地味に感じるコイルスプリングですが、様々な用途で使えます。
結構いい発明なのではないでしょうか?




