第651話 受け継がれる強さ
先日、王都とハーウェイ侯爵領へ行ってきた。
目的は、転移先として借りている宿の契約を更新するためだ。
どちらも三か月単位の契約なので、これからも使えるよう、さらに三か月分をお願いした。
王都にも、ハーウェイ侯爵領にも、何かあればすぐに行ける。
いずれは自分たちの建物を持ちたいけど、今は宿を借りる方がずっと安い。
契約を済ませると、俺はその日のうちに領都へ戻った。
そして、もう一つ。
そろそろ、大切な約束の期限がやってくる。
ノルとテオの、半年間の派遣だ。
父上が二人を送り出してくれた日から、もう半年か。
◇
今日は、ミラと一緒に騎士団の訓練場へ来ている。
ノルとテオが帰る前に、これまでの訓練の成果を見せてくれるらしい。
「リオン様。お待ちしておりました」
「あっ、アストン! お疲れさま!」
「ありがとうございます」
訓練場には、すでに騎士たちが並んでいた。
以前に比べると、みんなずいぶんたくましくなった気がする。
「ノルたちは?」
「あちらです」
アストンが指さした先では、ノルが若い騎士に何かを説明していた。
テオは別の組の騎士たちと、木剣を使って動きを確認している。
「リオン様。お待ちしておりました」
ノルがこちらに気づいて歩いてきた。
「ノル! 今日もよろしくね!」
「承知しました。今日は私たちが教えるところではなく、騎士たちが自分で動くところをご覧いただきます」
「自分で?」
「はい。まずは見ていただきましょう」
……おお。
どんな訓練なんだろう?
◇
今日の訓練は、荷物を守りながら目的地まで運ぶ模擬戦だった。
騎士たちは二つの組に分かれている。
一方は荷車を守る護衛役。
もう一方は、その荷車を奪おうとする襲撃役だ。
もちろん、使うのは木剣で、危険な攻撃は禁止されている。
「なるほど。前に採用試験でも、荷物を守る訓練をしてたね」
「はい。今回はもう少し難しくしております」
アストンが頷いた。
「途中で指揮を執る者が動けなくなった場合も、想定しています」
「……それは大変そうだな」
「実際には、いつでも隊長が指示を出せるとは限りませんからな」
確かにそうだ。
魔物や盗賊に襲われたとき、指揮官が倒れたからといって立ち止まるわけにはいかない。
「では、始め!」
テオの声が響いた。
護衛役の騎士たちが、荷車を囲んで進み始める。
前に二人。
左右に一人ずつ。
残りは後方を警戒していた。
しばらくすると、襲撃役が横から飛び出してきた。
「右から来るぞ!」
「前の二人はそのまま! 右側だけ応戦!」
隊長役の騎士が指示を出す。
護衛役は慌てず、荷車を守りながら襲撃役に対応した。
「……おお!」
前だったら、全員が敵の方へ走っていきそうだったのに。
今は荷車から離れないんだな。
そのとき、テオが手を上げた。
「護衛隊長、負傷! 指揮を外れてください!」
「了解!」
隊長役の騎士が、荷車の後ろへ下がった。
これがさっき話していた訓練か。
でも、残った騎士たちは止まらなかった。
「私が指揮を引き継ぐ! 後方の二人は荷車を守れ!」
「了解!」
「右側は下がりながら応戦! 荷車から離れるな!」
新しく指揮を執った騎士の声が響く。
襲撃役がもう一度攻め込んできた。
しかし、護衛役は隊列を崩さず、荷車を目的地まで運び切った。
「そこまで!」
テオが声を上げた。
「……おお」
俺は思わず拍手した。
「すごいね。 隊長がいなくなっても、ちゃんと動けたよ」
「はい!」
アストンが嬉しそうに頷いた。
「以前は、指示が途切れると動きが止まることもございました。ですが、今は次に何をすべきか、一人一人が考えられるようになっております」
ノルも満足そうに笑った。
「まだ改善するところはありますが、ずいぶんよくなりましたな」
「本当に!」
俺は騎士たちを見た。
体が強くなっただけじゃない。
自分で判断できるようになったんだ。
訓練が終わると、今度は若い騎士たちが、別の騎士へ隊列の組み方を教え始めた。
「あれ? 今度はノルたちが教えないの?」
「はい。指導役も育てておりましたので」
テオが答えた。
「今は、経験を積んだ騎士たちが新人へ教えています。私たちは、その教え方を確認するだけです」
「へぇ」
以前、ノルから言われたことを思い出した。
二人が帰ったあとも、騎士団が成長を続けられるようにしなければならない。
「訓練の手引きも、できたの?」
「はい。こちらです」
ノルが手引きを見せてくれた。
走り込み。
剣と盾の基本。
隊列の組み方。
模擬戦の進め方。
そして、一人一人の達成状況を記録する欄まである。
「うん。良い感じだね」
「新人が入っても、何から教えればいいか迷わずに済むようにしてあります」
「これは助かるよ」
「ただ、手引きがあるだけでは足りません。実際に教えられる者が必要です」
「うん」
「その役目も、もう任せられると思いますぞ」
ノルがアストンを見た。
アストンは背筋を伸ばした。
「お二人から教わったことを、今後も続けてまいります」
「頼みましたぞ」
ノルが頷いた。
これなら、ノルとテオが帰ったあとも大丈夫そうだ!
◇
それから数日後。
ノルとテオが、ハル領へ帰る日になった。
朝の屋敷の前には、二人を乗せる馬車が用意されている。
見送りには、俺とミラ、ミア、アーロン、それからアストンも来ていた。
「ノル、テオ」
「はい、リオン様」
二人が俺の前で姿勢を正した。
「本当に、ありがとう」
そう言うと、ノルが少し驚いた顔をした。
「何をおっしゃいます。旦那様からお預かりした役目ですからな」
「うん。でも、それだけじゃないんだ」
俺は二人の顔を見た。
「二人が来てくれた頃、この領は本当に苦しかったんだ」
男爵として独立したばかりで、お金も人も足りなかった。
騎士団は立て直している途中。
領民の暮らしを守らなきゃいけないのに、俺一人ではどうすればいいかわからないことも多かった。
「そんなときに、二人が来てくれたんだよ」
「……リオン様」
「ノルが騎士団を鍛えてくれて、テオが若い騎士たちを育ててくれた。そのおかげで、俺はほかの仕事にも取り組めたんだ」
道路も、鉱山も、学校も、上水道も。
やらなきゃいけないことは、今でもたくさんある。
でも、今はみんなに仕事を任せられる。
「二人があのとき来てくれなかったら、今の騎士団はなかったと思う」
俺は、もう一度頭を下げた。
「本当に助かったよ。ありがとう」
「……顔をお上げください、リオン様」
ノルの声が、いつもより少し柔らかかった。
「我々がお役に立てたのであれば、何よりですな」
テオも笑った。
「私も、こちらで学ばせていただきました。みなさんが新しいことに挑戦する姿を見て、負けていられないと思いましたから!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ!」
「ノルさん、テオさん」
今度はミラが一歩前へ出た。
「半年間、本当にありがとうございました」
二人に向かって、丁寧に頭を下げる。
「リオンは、領民のみなさんのために、毎日いろいろなことを考えています。でも、私たちだけでは、どうしても手が足りないことがありました」
「ミラ様……」
「そんなとき、お二人が騎士団を支えてくださったので、私も安心してリオンの手伝いができました」
ミラは顔を上げ、微笑んだ。
「この領を守ってくださって、ありがとうございました。どうか、お帰りの道中もお気をつけください」
ノルとテオが、揃って頭を下げた。
「もったいないお言葉です、ミラ様」
「ありがとうございます。またお会いできる日を楽しみにしております!」
ミラも嬉しそうに頷いた。
「はい。またぜひ、いらしてくださいね」
「ノルさん、テオさん」
次はミアだった。
「私からも、お礼を言わせてください」
「ミアか」
「はい。お二人には、ハル領にいた頃からお世話になりました」
ミアは少しだけ声を詰まらせた。
「こちらに来てからも、困ったときには相談に乗っていただきました。お二人がいらっしゃるだけで、とても心強かったです」
ノルが静かに頷く。
「これからは、私も自分の仕事をもっと頑張ります。ですから、どうか安心してお帰りください」
「そうですな。ミアなら大丈夫でしょう」
ノルが笑った。
「リオン様を、これからもよろしく頼みますぞ」
「はい!」
ミアが力強く頷いた。
続いて、アーロンが前へ出た。
「私からも、ありがとうございました」
「アーロンも、元気でやっているようですな」
「はい。農業の仕事はまだ覚えることばかりですが、何とか進められています」
アーロンは二人を見つめた。
「私は村々を回ることが多いのですが、お二人が騎士団を鍛えてくださったおかげで、安心して仕事に向かえました」
「それはよかった」
「これからは、私もこの領で自分の役目を果たします。お二人が守ってくださった暮らしを、今度は農業の面から支えていきたいと思います」
テオが笑った。
「アーロンも頑張ってくれよ。また会ったとき、どんな畑ができているか聞かせてくれ」
「ああ! 約束だ!」
ミアもアーロンも、ノルとテオとは長い付き合いだ。
別れるのは、きっと寂しいだろう。
でも、二人はここに残ってくれる。
もう、自分たちで選んだ仕事があるんだから。
最後に、アストンが前へ出た。
「ノル殿、テオ殿」
「はい」
「半年間のご指導、騎士団を代表して感謝申し上げます」
アストンが深く頭を下げた。
「お二人から教わったことを、必ず次の騎士たちへ伝えてまいります」
「……うむ」
ノルが満足そうに頷いた。
「アストン殿。忘れないでいただきたいことがあります」
「何でしょうか?」
「騎士団を強くするのは、私でもテオでもありません。これからこの領を守る、あなた方です」
「……はい!」
「訓練の手引きは残しました。指導役も育っています。あとは続けることですな」
「承知しました!」
テオも笑った。
「みなさんなら、きっと大丈夫です!」
やがて、出発の時間になった。
「それでは、リオン様。旦那様へもご報告してまいります」
「うん! 父上にも、すごく助かったって伝えてくれる?」
「もちろんです」
「それから、また遊びに来てね!」
「承知しましたぞ」
テオも元気よく手を振った。
「リオン様、みなさん! お元気で!」
「テオもね!」
二人が馬車に乗り込む。
馬車がゆっくりと動き始めた。
「またね!」
俺たちは、馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
……少し寂しくなるな。
でも、二人が残してくれたものは、この領にちゃんと残っている。
◇
その日の午後。
政務所に戻ると、アストンが俺の執務室を訪ねてきた。
「リオン様。騎士団の今後について、ご相談がございます」
「うん! 何かな?」
「まず、上水道工事への参加を、今後も続けたいと考えております」
「ああ、そうなんだ!」
俺は少し考えた。
「でも、ノルとテオが帰ったばかりだよね。訓練の時間を増やさなくても大丈夫?」
「もちろん、通常の訓練や領内の警備は続けます。そのうえで、交代で工事を手伝わせたいのです」
「どうして?」
「工事では、重い資材を運んだり、大勢で力を合わせたりします。体力を鍛えるだけでなく、仲間と声を掛け合う訓練にもなります」
「……なるほど!」
「それに、上水道が完成すれば、領民は安全な水を使えるようになります。領民の暮らしを守るのも、我々騎士団の役目です」
剣で戦うだけが、騎士団の仕事じゃない。
「うん! ぜひ続けてほしいな!」
「ありがとうございます!」
「でも、無理な作業はしないでね。工事のやり方は職人さんたちに教わって、警備の人数もちゃんと残しておいてほしい」
「承知しております。そこは私が調整いたします」
アストンが頷いた。
「それから、もう一つございます」
「何?」
「ガルセゾン団との合同訓練を、定期的に行いたいのです」
「……ガルセゾン団と?」
「はい」
イレーナさんが率いる、あのガルセゾン団だ。
鉱山の警備や上水道の工事でも、ずいぶん協力してもらっている。
「でも、騎士団だけで訓練するのでは駄目なの?」
「もちろん、普段はそれで問題ございません。ただ、同じ仲間とばかり戦っていると、相手の動きに慣れてしまいます」
「……確かにそうだね」
「ガルセゾン団には、冒険者や傭兵として経験を積んだ者たちもおります。我々とは違う戦い方を学べるはずです」
「なるほど」
「それに、魔物や盗賊が現れた場合、騎士団だけで対応するとは限りません。ガルセゾン団と協力する場面もあるでしょう」
「確かにそうだね!」
「普段から一緒に訓練しておけば、いざというときにも互いの動きがわかります」
確かに、すごく大事なことだ。
それに、ガルセゾン団にはガレスもいる。
今はエメラルダさんに鍛え直してもらっているはずだ。
いつか合同訓練で、成長した姿を見られるかもしれないな。
「それはいい考えだね! ぜひお願いしたいな!」
「ありがとうございます」
「ただ、イレーナさんたちにも都合があるよね?」
「はい。まずは月に一度ほどを目安に、先方と相談したいと考えております。もちろん、警備に支障が出ない人数で行います」
「うん! それなら安心だ!」
「必要な費用についても、ローレン殿と相談いたします」
「よろしくね!」
アストンが深く頭を下げた。
「ノル殿とテオ殿が帰られても、騎士団の成長を止めるわけにはまいりませんので」
俺は思わず笑った。
「アストン。頼もしいね!」
「……私が、ですか?」
「うん!」
アストンは少し驚いた顔をした。
それから、嬉しそうに笑った。
「私も、ノル殿たちから多くを学ばせていただきました」
「そうなんだね!」
「これからは、私たちがこの領の騎士団を強くしてまいります」
「うん! 期待してるよ!」
アストンがもう一度頭を下げ、執務室を出ていった。
俺は窓の外を見た。
ノルとテオは帰ってしまった。
でも、二人が教えてくれたことは、これからも騎士団の中で生き続ける。
ベイルン騎士団が来てくれたことも同じだ。
これから新しい騎士が入っても、その次の騎士が入っても、これまで教わったことを、また次の人へ伝えていくんだ。
この領は、ちゃんと強くなっている。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ノルは最初の頃から出ていたキャラなのでいなくなるのは寂しいですが、仕方ありませんね。




