第648話 大型蒸気機関車、初走行
翌朝。
政務所で仕事を始めようとしていると、ルッツさんが訪ねてきた。
「リオン様! おはようございます!」
「あっ、ルッツさん! おはよう!」
「実は、ご報告がありまして!」
ルッツさんは、いつになく興奮している様子だった。
「どうしたの?」
「大型蒸気機関車の走行準備が整いました!」
「……えっ!?」
俺は思わず聞き返した。
「もしかして、もう走らせられるの!?」
「はい! 昨日までの試験で、蒸気機関の力を車輪へ伝えることが確認できました!」
「本当ですか!?」
「ええ! 車体を線路に載せた状態での調整も終わりました!」
……おお!
ついに、ここまで来たのか!
「ただ、実際に走らせるのは初めてです。今日は午前中に線路と車体の最終点検を行い、問題がなければ午後から走行試験を始めたいと思っております」
「おぉ! 走行試験、楽しみだな!」
「ありがとうございます!」
「俺も見に行っていいよね?」
「もちろんです! ぜひ、リオン様にも見届けていただきたいです!」
ルッツさんが嬉しそうに頷いた。
いよいよだ!
小型蒸気機関車の開発から始まり、大型蒸気機関の製造へ進んだ。
ボイラーの強度や蒸気圧、部品の接合部分。
車軸、車輪の改良。
いくつもの問題を、一つずつ解決してきた。
そして、今日。
大型蒸気機関車が、ついに自分の力で線路を走るかもしれない。
……楽しみだな!
◇
午後。
俺はミラ、ガイル、ナディア、ピコと一緒に、政務所の裏手にある蒸気機関車の試験場へ向かった。
「リオン! いよいよ走るのか!」
ガイルが嬉しそうに声を上げた。
「うん! 今日が初めての走行試験なんだ!」
「はっはっは! それは楽しみだな!」
ナディアも微笑んだ。
「私たちが帰る前に見られるなんて、嬉しいです」
「そうだね!」
二人は明日、ベイルン領へ戻る予定になっている。
ちょうどいいタイミングだ。
「ねえ、リオン」
ミラが俺を見た。
「大型蒸気機関車って、小さいものとどのくらい違うの?」
「うーん。実際に見てもらった方が早いと思う!」
俺たちは試験場へ入った。
そして。
「……おお!」
思わず声が出た。
真新しい鉄の線路の上に、大きな蒸気機関車が載っていた。
黒い鉄の車体。
その上には、長くて太いボイラーが据え付けられている。
前方には高い煙突。
下には大きな車輪が並び、その横には金属製の連結棒が取り付けられていた。
後方には石炭を燃やす炉と、運転員が操作する場所がある。
まだ塗装も十分ではなく、鉄の色がそのまま残っている部分も多い。
それでも、すごい!
以前、屋敷の庭で走らせた小型蒸気機関車とは、迫力がまるで違う!
「……でかいな!」
ガイルが目を丸くした。
「これが、本当に自分で走るのか!?」
「うん! そのために造ったんだ!」
「……すごいですね」
ナディアも驚いた様子だった。
ミラは、大きな車輪をじっと見つめている。
「リオン。あの車輪が回るんだよね?」
「そうだよ!」
「……こんな大きなものが動くなんて、まだ信じられないな」
「俺も、早く動くところを見たいよ!」
そのとき、ルッツさんが駆け寄ってきた。
「リオン様! お待ちしておりました!」
「ルッツさん! すごいよ!」
「ありがとうございます!」
ルッツさんが嬉しそうに笑った。
「サーマンさんやキントたちにも協力してもらい、ようやくここまで組み上げることができました!」
「ところで、ルッツさん」
「はい?」
「線路の点検は終わったのかな?」
「はい。ちょうど最後の報告を受けているところです」
ルッツさんが、少し離れた場所を指さした。
そこでは、職人たちが長い棒のような道具を使い、レールの間隔を確認していた。
別の場所では、しゃがみ込んでレールの継ぎ目を調べている人もいる。
「今日は朝から、全区間の点検を行っております」
「全区間?」
「はい。今回の周回線路は、一周およそ千六百五十メートルありますから」
「……そうでしたね!」
完成した線路は、大きな楕円形に近い形をしている。
直線部分を緩やかな曲線でつないだ、一周約一・六五キロメートルの周回線路だ。
前世の札幌競馬場にも匹敵する広さがある。
「かなり広いですね!」
ナディアがルッツさんに声をかけた。
「ええ。大型蒸気機関車は小型のものより重く、走行中にレールへかかる力も大きくなります」
ルッツさんが説明した。
「そのため、今日は職人たちをいくつもの班に分けて、線路を調べてもらいました」
「何を確認しているんですか?」
「まず、二本のレールの間隔です。それから、継ぎ目の段差や固定金具の緩み、枕木の状態などです」
「なるほど!」
「それと、レールを支える石がきちんと詰められているかも確認しております」
いくら立派な蒸気機関車を造っても、線路に問題があったら危ない。
「リオン様!」
そこへ、職人の一人がやってきた。
「曲線部分の点検が終わりました!」
「お疲れさま!」
「一か所、レールを固定する金具に緩みがありましたが、締め直してあります!」
「……試験前に見つけられてよかったね!」
「はい。ほかの場所も、問題ありません!」
「ルッツさん。やっぱり事前の点検は大事だね!」
「ええ。特に今回は初めてですからね」
ルッツさんが頷いた。
「全区間の確認が終わるまで、機関車は動かさないことにしております」
「それがいいよ!」
やがて、線路の点検を終えた職人たちが戻ってきた。
「全区間、確認しました!」
「レールの間隔、問題ありません!」
「継ぎ目と固定金具も確認しました!」
「枕木と路盤についても、異常はありません!」
ルッツさんが大きく頷いた。
「ありがとうございます!」
それから、俺の方を向いた。
「リオン様。線路の点検は完了しました!」
「よかった!」
「続いて、機関車の最終確認を行います」
「うん!」
機関車の横では、サーマンさんとキント、それから職人たちが作業をしていた。
「リオン様!」
サーマンさんが嬉しそうに近づいてきた。
「ついに、ここまで来ました!」
「サーマンさん! お疲れさま!」
「ありがとうございます! ですが、私はまだ来たばかりですから!」
サーマンさんが笑った。
「ここまで開発を進めたルッツさんたちには、本当に驚かされました!」
「そうなんだ!」
「ええ! 私はこれほど大きな機械を実際に動かすなんて見たことないですよ!」
サーマンさんが、目の前の蒸気機関車を見上げた。
「……素晴らしいです!」
本当に嬉しそうだな。
◇
やがて、すべての準備が整った。
線路の周囲にいた職人たちが、それぞれ決められた場所へ移動していく。
俺たちは、線路から離れた見学用の高台へ案内された。
そこからは、周回線路の大部分を見渡すことができる。
「……おお!」
ミラが声を上げた。
「ここから見ると、本当に大きな線路だね!」
「うん!」
大きな曲線を描く鉄のレールが、遠くまで続いている。
その上に、これから走る大型蒸気機関車が載っていた。
機関車には、操作に慣れた職人二人が乗り込むことになっている。
一人が機関の操作とブレーキを担当する。
もう一人が、炉の火とボイラーの水量を管理する役目だ。
ルッツさんとサーマンさんは、俺たちの近くで走行状態を確認する。
「いよいよだな、リオン!」
ガイルが笑った。
「うん!」
「こんな大きな機械が走るんだな!」
「俺も見るのが楽しみだよ!」
ナディアは、少し緊張した様子で機関車を見つめていた。
「無事に成功するといいですね」
「うん!」
ミラが俺の手を握った。
「リオン、緊張してる?」
「……ちょっとね!」
「ふふっ。私もだよ」
……そうだよね。
ここまで、どれほどたくさんの人が頑張ってくれただろう。
今日、その成果が形になるんだ。
◇
シュウウウウッ……。
ボイラーから、白い蒸気が立ち上っている。
煙突からは、黒い煙がゆっくりと昇っていた。
炉では、リンクス山から採れた石炭が燃えている。
何度も改良を重ねてきた大型蒸気機関。
職人たちが加工した車輪や車軸。
そして、敷設された千六百五十メートルの線路。
これらが、ようやく一つにつながろうとしている。
「蒸気圧、規定の範囲です!」
出発前の機関車から、確認の声が上がった。
「水量、問題ありません!」
「制動装置、確認しました!」
ルッツさんが頷いた。
「では、始めましょう!」
出発地点の係員が、緑の旗を大きく掲げた。
機関車の運転員が、それを確認する。
……。
……。
シュウウウッ!
蒸気の音が大きくなった。
ガコンッ!
車輪の横に取り付けられた連結棒が、わずかに動いた。
……おっ!
俺は思わず身を乗り出した。
シュッ!
ガコンッ!
大きな車輪が、ゆっくりと回転する。
「……動いた!」
ミラが声を上げた。
でも、車体はまだほとんど進んでいない。
……頑張れ!
シュッ、シュッ!
ガコン、ガコン!
そして。
ゴトンッ!
大きな鉄の車体が、ゆっくりと前へ進んだ。
「……おおおっ!」
思わず声が出た。
動いた!
大型蒸気機関車が、動いたんだ!
「リオン! 動いたぞ!」
ガイルが叫んだ。
「うん! 見てるよ!」
ミラも目を輝かせている。
「すごい! 本当に走ってる!」
ナディアも、驚いたように機関車を見つめていた。
……すごいな。
あんなに大きな鉄の機械が、自分の力で進んでいる!
馬が引いているわけじゃない。
魔法で浮かせているわけでもない。
石炭を燃やし、蒸気の力で車輪を回しているんだ!
◇
シュッ、シュッ、シュッ!
ガタン、ゴトン。
ガタン、ゴトン。
機関車は、ゆっくりと線路を進んでいた。
車輪がレールの継ぎ目を通るたびに、低い音が響いている。
ルッツさんは、機関車の動きを真剣な表情で見守っていた。
サーマンさんも、手元の記録用紙に何かを書き込んでいる。
「……順調そうだね」
俺が声をかけると、ルッツさんが頷いた。
「ええ。車体に大きな揺れは見られません」
「よかった!」
「ただ、曲線を通過するまでは安心できません」
「そうだね」
やがて、機関車が最初の曲線部分へ差しかかった。
俺は、思わず息を止めた。
……大丈夫かな?
ガタン、ゴトン。
大きな車体が、ゆっくりと曲がっていく。
車輪の横では、連結棒が規則正しく動いていた。
……おお!
ちゃんと曲がってる!
機関車は、速度を抑えたまま曲線を通過した。
その様子を見た職人たちから、歓声が上がる。
「よしっ!」
「曲線も通過したぞ!」
……やった!
小型機関車で試してきたことが、大型でも生かされているんだ!
その後も、機関車は周回線路を進んでいった。
少しずつ、排気音の間隔が短くなっていく。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ!
ガタン、ゴトン!
ガタン、ゴトン!
「……おお!」
明らかに、最初より速くなっている。
「リオン!」
ガイルが俺の肩を叩いた。
「ずいぶん速くなったな!」
「そうだね!」
「これなら、馬車より速く走れるんじゃないか!?」
「うん! 十分可能性があると思う!」
もちろん、まだ機関車だけで走っている。
貨車をつないだときに同じ速度で走れるかどうかは、これから確認しないといけない。
でも、これはすごい!
大きな鉄の機械が、確かに速度を上げている!
機関車は、次の曲線へ近づくと、少しずつ速度を落とした。
事前に決めた手順どおり、曲線では慎重に走ることにしているらしい。
そして、無事に曲線を通過した。
「よし!」
ルッツさんが、小さく拳を握った。
その隣で、サーマンさんが嬉しそうに笑っている。
「車輪の動きも安定していますね!」
「ええ。今のところ、大きな問題はなさそうです」
……よかった!
やがて、機関車が長い直線部分へ入った。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ!
先ほどよりも、さらに排気音が速くなっている。
大きな車輪が回り、連結棒が忙しく前後に動いていた。
おお! 速い!
もちろん、前世の電車とは比べものにならない。
でも、大きな鉄の車体が、蒸気を噴き出しながら進んでいく姿には、何とも言えない迫力があった。
黒い煙が、青空へ向かって流れていく。
ガタン、ゴトン!
ガタン、ゴトン!
……本当に走ってるんだな。
機関車が、直線部分に設けられた最初の印を通過した。
計時係が時計を確認する。
そして、機関車が二つ目の印を通り過ぎると、記録をつけた。
……なるほど。
速度を測っているんだ。
ただ、ここからでは結果まではわからない。
試験が終わってから、教えてもらおう。
◇
機関車は、直線の終わりが近づくと速度を落とした。
そして、大きな曲線へ入っていく。
ガタン、ゴトン。
ガタン、ゴトン。
車体は、ゆっくりと方向を変えていった。
……よし!
無事に曲がった!
ここまで、目立った異常はないようだ。
ただ、まだ一周が終わったわけじゃない。
俺たちは、そのまま機関車を見守り続けた。
やがて。
「あっ!」
ミラが声を上げた。
「リオン! 戻ってきたよ!」
機関車が、最初に出発した場所へ近づいてきた。
……本当だ!
もうすぐ一周だ!
シュッ、シュッ……。
ガタン、ゴトン……。
機関車は、あらかじめ決められた停止位置へ向けて、ゆっくりと速度を落としていく。
運転員が蒸気の送り込みを絞り、ブレーキを操作しているんだろう。
ガタン……。
ゴトン……。
そして。
シュウウウウッ……。
白い蒸気を吐きながら、大きな鉄の車体が停止した。
……。
……。
「……停まった?」
ミラが小さく呟いた。
俺も、機関車を見つめた。
確かに停まっている。
出発した場所まで戻ってきたんだ。
「……一周した!」
俺が呟くと、ルッツさんが大きく頷いた。
「はい!」
そして、突然大きな声を上げた。
「成功です! 大型蒸気機関車、初走行成功です!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
試験場に、大きな歓声が響き渡った。
◇
「やったあああっ!」
俺は思わず飛び上がった。
「ミラ! 成功したよ!」
「うん! すごいよ、リオン!」
ミラが嬉しそうに笑った。
ガイルも、両手を上げて喜んでいる。
「はっはっは! やったな、リオン!」
「うん!」
「こんな大きな鉄の塊が、本当に走るとはな!」
ナディアも、嬉しそうに拍手していた。
「おめでとうございます、リオンさん!」
「ありがとう、ナディア!」
やがて、運転員たちが機関車から降りてきた。
ルッツさんが駆け寄り、二人から状況を確認している。
それから、こちらへ戻ってきた。
「リオン様!」
「ルッツさん!」
「走行中、蒸気圧に大きな変動はありませんでした。ブレーキも正常に作動しております!」
「よくやったよ! ルッツさん!」
「ありがとうございます! 車輪や連結棒については、このあと詳しく点検しますが、まずは予定していた一周を走り切ることができました!」
……やった!
これまで何度も試験を繰り返してきたけど、今日は初めて大型蒸気機関車が線路の上を走ったんだ。
「それから、リオン様!」
「何?」
「速度の計測結果も出ました!」
「……おお!」
それは気になるな!
「どのくらいだったの?」
「直線の二百メートルを、およそ四十八秒で通過したそうです!」
「……四十八秒?」
俺は頭の中で計算した。
二百メートルを四十八秒。
一時間に換算すると……。
「……時速十五キロメートルだ!」
「はい! およそ、その速度になります!」
……すごい!
時速十五キロメートル!
初めての大型蒸気機関車で、ここまで速度が出たのか!
「リオン!」
ガイルが嬉しそうに声を上げた。
「十五キロって、どれくらい速いんだ?」
「普段、道を走っている馬車より、少し速いくらいかな!」
「……おお!」
ガイルが目を丸くした。
「馬車より速く走れるのか!」
「うん! もちろん、速く走る馬にはかなわないけどね」
「それでもすごいじゃないか!」
「そうだね!」
それに、機関車には馬車とは違う利点がある。
馬のように疲れて休む必要はない。
水や石炭の補給、機械の点検は必要だけど、長い距離を一定の速度で走れるようになれば、輸送の方法が大きく変わるはずだ。
夢が広がるな!
俺は、もう一度機関車を見た。
……そういえば。
無事に走り切ったけど、何か見落としているところはないかな?
少しだけ確認してみよう。
《綻びの目》。
俺の視界に、機関車の状態を示す文字が浮かんだ。
《車軸:安定》
《連結棒:異常なし》
《ボイラー:圧力低下》
……あれ?
一瞬驚いたけど、今は蒸気の送り込みを止めている。
だから、圧力が下がっているんだろう。
ほかの部分には、大きな問題は見つからなかった。
……よかった。
とはいえ、見た目ではわからない摩耗や部品の傷みもあるかもしれない。
そこは、ルッツさんたちに詳しく調べてもらおう。
「ところで、ルッツさん」
「はい?」
「次は、どんな試験をする予定なの?」
「まずは、今回の走行で部品に問題が起きていないか調べます」
「それがいいね!」
「それから、空の貨車をつないだ走行試験を行いたいと考えております」
「……おお!」
いよいよ貨車をつなぐのか!
「そのあと、少しずつ荷物を積んで、どのくらいの重さまで運べるか確認していくつもりです」
「いいね!」
これまで、大型蒸気機関車を造ることが目標だった。
でも、今日からは違う。
実際に走る機関車を使って、物を運ぶ研究ができる。
……大きな前進だ!
◇
「なあ、リオン」
ガイルが声をかけてきた。
「何?」
「お前、本当に王都まで線路をつなぐつもりなんだよな?」
「うん! もちろん!」
「……そうか」
ガイルが、目の前の蒸気機関車を見つめた。
「今日、これが走るところを見て、ようやく実感が湧いてきたぞ」
「本当?」
「ああ! こんなものが王都まで走るようになったら、世の中が変わるだろうな!」
「……うん!」
俺は大きく頷いた。
領都から王都まで。
将来的には、ほかの領地にも線路を延ばしていきたい。
人や荷物が、今よりもずっと簡単に行き来できるようになる。
そうなれば、商売も、農業も、工業も、大きく変わるはずだ。
「次に来るときは、俺も乗せてくれよ!」
ガイルが笑った。
「もちろん!」
「約束だぞ!」
「うん! 約束!」
ナディアも微笑んだ。
「私も、いつか乗ってみたいです」
「もちろんだよ、ナディア!」
ミラが俺の袖を軽く引いた。
「ねえ、リオン」
「何?」
「私も、乗りたいな!」
「もちろん! 一緒に乗ろうね!」
「ピー!」
「もちろんピコも一緒にね!」
「うん!」
ミラが嬉しそうに笑った。
「ピー!」
◇
俺は、もう一度蒸気機関車へ目を向けた。
大きな車輪。
太いボイラー。
高い煙突。
黒い鉄の車体からは、まだ白い蒸気が立ち上っている。
ついさっきまで、この機関車は線路の上を走っていた。
最高速度は、時速十五キロメートル。
一周およそ千六百五十メートルの線路を、自分の力で走り切った。
まだまだ改良の余地はある。
貨車も客車も、これからだ。
でも、今日、一つの壁を越えた。
前世では、当たり前のように列車に乗っていた。
でも、その列車を最初から造ることが、どれほど大変なことなのか。
この領に来てから、少しずつわかってきた。
蒸気機関を造った職人たち。
ボイラーの強度を調べたヴァイスさん。
部品の位置を合わせる治具を造ったキント。
最後の調整に力を貸してくれたサーマンさん。
そして、何度も失敗を乗り越えてきたルッツさん。
みんなが頑張ってくれたから、今日という日を迎えることができたんだ。
「ミラ!」
「何?」
「今日のこと、きっと忘れないと思う!」
「ふふっ。私もだよ!」
ミラが笑った。
……うん。
これから、もっと速く。
もっと遠くへ。
そして、もっとたくさんの人や荷物を運べるようにしたい。
目の前にある大きな蒸気機関車を見つめながら、俺はそう思った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
リオンの裏設定の一つに前世で競馬が大好きだったというのがあります。
なので、中央、地方問わず、多くの競馬場の広さ、特徴は把握しています。




