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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第6章 アルスレイン王立学院一年生

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第64話 報告と証拠

 第二実習洞から戻った時には、さすがに全員の足取りが重かった。


 管理林区の出口近くに設けられた集合地点では、すでに別の課外活動を終えた生徒たちが何組か戻ってきている。

 薬草の束を抱えた者。

 工房見学帰りらしく、煤の匂いをつけた者。

 剣術実習で汗だくの者。


 その中で、俺たちはひと目でおかしかった。


 主の討伐証明に切り取った部位。

 布で包んだ青い鉱石の小片。

 服についた煤と血。

 そして、どう見ても“軽い実習帰り”ではない顔。


「……何があった?」


 集合地点で待っていた学院職員が、俺たちを見るなり顔を変えた。


 そのすぐ後ろで、ローヴェンがこちらへ歩いてくる。

 相変わらず表情は大きく動かない。

 だが、目だけは一瞬で状況を読んでいた。


「大丈夫か?」


 最初の一言がそれだった。


 エドガーが主の討伐証明部位を前へ出す。


「第二実習洞の管理範囲の奥で、想定外の空洞を発見。

 その内部で、資料にない蛇型魔物と交戦し、これを討伐しました」


 簡潔で、無駄がない。


 ローヴェンの視線がその部位に落ちる。

 ほんのわずかに、眉が動いた。


「……その場で、か」


「はい」


「怪我は」


「軽傷です」


 ナディアが答える。


「火傷と打撲が中心でしたので、応急の回復は済ませました」


「そうか」


 ローヴェンはそれ以上余計なことを言わない。

 代わりに、俺たちの後ろに控えていた学院職員へ短く指示を飛ばした。


「別室。記録係をつけろ。

 それと工房担当と魔道具担当を呼べ。今すぐだ」


 空気が変わる。


 ただの“課外活動の報告”ではなくなったことが、その一言で全員に伝わった。


 ◇


 通されたのは、学院内の小会議室だった。


 広くはない。

 だが、記録板と地図、それに簡単な標本棚まで並んでいて、何か起きた時の確認に使う部屋なのだろうとわかる。


 ローヴェンは席につかず、立ったまま言った。


「順番に聞く。

 推測ではなく、見たことだけをまず話せ」


 そこが、この人らしかった。


 俺たちは、第二実習洞に入ってからのことを順に説明した。


 最初の採取地点で灰葉草が少なかったこと。

 沢水の質が変わっていたこと。

 第二実習洞の入口の温度差。

 足跡。

 洞内の生育状況の違い。

 小型魔物の出現。

 行き止まりの壁の違和感。

 補修された跡。

 その先の小空洞。

 洞窟の主。

 青い鉱石。


 ローヴェンは一度も途中で遮らなかった。

 記録係だけが、淡々と筆を動かしている。


「ハル」


 話が一段落したところで、ローヴェンが俺を見る。


「壁の違和感に最初に気づいたのはお前だな」


「はい」


「何で気づいた」


 少しだけ言葉を選ぶ。


「風です。

 行き止まりにしては、ぬるい空気が流れていた。

 それと、壁の一部だけ熱と湿り方が違って見えました」


 完全には本当で、完全には全部じゃない。

 でも嘘でもなかった。


「セルヴァン」


「はい」


「温度差と壁面の違和感は?」


 ナディアは落ち着いた声で答える。


「内側から熱が来ているように感じました。

 加えて、自然にできた壁と削られた壁では、触れた時の反応が違います」


「ベイルン」


「はい」


「主との交戦感覚は」


「強いです。

 正面から押し切れる相手じゃない。狭い場所じゃなかったら、もっと厄介でした」


「ローデン」


「鉱石の方です」


 ヴィクトルは最初からそこに絞っていた。


「壁際の粉の時点で違和感があった。

 洞壁鉱粉としては細かすぎるし、重さも違う。

 あと、小空洞の向こうで見えた青い鉱質は、あの場所の“ついで”で出る類じゃない」


「ヴァレスト」


「魔力反応が妙でした」


 セレナが言う。


「熱を通すだけではなく、魔力まで引いていた。

 少なくとも、学院の教材用素材として配られる水準のものではありません」


「アルスレイン」


 エドガーは短く答えた。


「これは課外活動の範囲を超えています。

 管理区域内の想定外事案として扱うべきです」


 王子であることを振りかざさない。

 でも、重みのある言い方だった。


 ローヴェンはそこで、初めて小さく息を吐いた。


「概ね把握した」


 そのタイミングで、扉が二度叩かれる。


 入ってきたのは二人の教師だった。


 一人は学院工房の担当らしく、焦げ茶の作業着の上に上着を羽織った男。

 もう一人は、細身で眼鏡をかけた、魔道具研究系の教師に見える。


「呼ばれたが、何が――」


 工房担当の教師は、机の上に置かれた青い鉱石の小片を見た瞬間、言葉を止めた。


「……どこで見つけた」


 声が変わっていた。


 ローヴェンが答える。


「第二実習洞の管理外空洞で、生徒が回収した」


「管理外?」


 今度は眼鏡の教師が反応した。


 小片に手をかざし、慎重に魔力を流す。

 次の瞬間、その眼鏡の奥の目がわずかに見開かれた。


「伝導が異常に早い……」


「普通の魔石では?」


 ローヴェンが聞く。


「違います」


 即答だった。


「魔石のように蓄えるというより、流しやすい。

 しかも熱への反応まである。

 安定して採れるなら、魔道具にも工房にも影響が出る」


 工房担当も低く唸る。


「こんな反応、教材用の洞壁鉱粉どころじゃない。

 こいつはすごいな。」


 その一言で、部屋の空気がまた重くなった。


 ヴィクトルが小さく笑った。


「やっぱり“珍しい”では済まないか」


「済まん」


 工房担当はその軽口を一蹴した。


「これが偶然の露出なのか、鉱脈の一端なのかで話は別だ」


「鉱脈は続いていました」


 俺が言うと、二人の教師が同時にこっちを見る。


「見たのか?」


「露出は一部だけです。

 でも、奥へ続いている感じがありました」


 俺はそこまでに留めた。

 綻びの目がそう示していた、とは言わない。


 眼鏡の教師が静かに言う。


「……なら、なおさら学院だけで扱う話ではありません」


 ローヴェンも頷いた。


「私もそう判断する」


 そして、机の上の記録板を指先で軽く叩いた。


「第二実習洞の件は、学院から王都管理側へ正式に報告する。

 加えて、王都近郊を担当する軍にも再調査を要請する」


 それを聞いて、部屋の空気がすっと整理された気がした。


 隠すでもない。

 慌てるでもない。

 必要なところへ、必要な形で上げる。


 その方がずっと強い。


「異論はないな」


 ローヴェンの問いに、誰も反対しなかった。


 そこでエドガーが口を開く。


「学院の判断を待つのは当然です。

 ただ、王都近郊の管理区域で想定外の個体と未記録空洞が見つかった以上、再調査は早い方がいい」


 そして少しだけ間を置き、続けた。


「私からも父上には進言します」


 短い。

 だが、その一言の重さは部屋の全員に伝わった。


 王家へ話が上がる。

 つまり、これは学院内の小さな事件では終わらない可能性がある。


 ヴィクトルでさえ、今度は軽く口笛を吹くような真似はしなかった。


「……話が大きくなってきたな」



 ◇


 報告が一段落したあと、ローヴェンは俺たちを見た。


「まず前提として、お前たちは生きて戻った。

 それは評価する」


 珍しく、少しだけやわらかい言い方だった。


「特に撤退判断は妥当だ。

 あの場でさらに奥へ進んでいたら、ただでは済まなかった可能性が高い」


 そこは少しだけ胸を張ってよかったかもしれない。


 ガイルはそれでも口を尖らせる。


「行けなくはなかった気もしますけどね」


「そう思う時ほど、行くべきではない」


 ローヴェンは即答した。


「ベイルン、お前は前に出る勇気がある。

 だが、止まる勇気も持て」


「……はい」


 素直に返事をするあたり、ガイルもこの教師のことは認めているのだろう。


 ローヴェンは続ける。


「本件は、今日のうちに学院長まで上げる。

 再調査の人選は、学院単独では決めん。

 王都管理側と軍の返答を待ってからだ」


 つまり、少なくとも今すぐ俺たちがまた潜ることはない。

 でも正直、少しだけもどかしさもあった。


 セレナはその気持ちを隠していなかった。


「再調査に、私たちは入れないんですか」


「現時点では未定だ」


 ローヴェンは言う。


「だが、お前たちは発見者であり、現場を見た当事者でもある。

 再調査の人選の際、その点は私からも進言しよう。」


 その一言だけで、少し空気が変わる。


 希望を持たせすぎず、でも切らない。

 この教師はやっぱり、言葉の置き方がうまい。


 ◇


 解散になった頃には、外はもう夕方に差しかかっていた。


 寮へ戻る途中も、主の熱息の感触がまだ肌に残っている。

 だが、それ以上に頭の中に残っていたのは、あの青い鉱石だった。


 工房の景色を変える。

 魔道具にも影響が出る。

 教師たちがそう言った。


 危険の証拠でもある。

 でも同時に、先へ繋がる種でもある。


 それが、たまらなく気になった。



 寮の自室に戻り、ベッドに腰を下ろす。


 未記録の空洞。

 洞窟の主。

 高魔力伝導鉱石。

 そして、まだ続いている鉱脈。


 一つずつ思い返していくうちに、疲れより先に、別の熱が胸の奥で強くなっていくのがわかった。


 机の上には、さっき急いで書き留めた鉱石小片の簡易スケッチがある。

 青みを帯びた鈍い光。

 熱を通す性質。

 魔力を引く反応。

 加工適性は、まだ何もわかっていない。


「……ただの珍しい石じゃない」


 小さく呟く。


 王都管理側が動く。

 軍も入るかもしれない。

 話はもう、学院の実習の範囲を越え始めている。


 でも、それとこれとは別だ。


 あの鉱石が何なのか。

 どう使えるのか。

 工房で扱えるのか。

 鋳造に回せるのか。

 魔道具に組み込めるのか。


 そこを誰か任せにする気にはなれなかった。


 窓の外では、王都の夕暮れが静かに沈み始めている。


 今日持ち帰ったのは、主の討伐証明だけじゃない。

 たぶん、もっと面倒で、もっと面白いものだ。


 そう思うと、不思議と疲れの奥で胸が熱くなった。


 俺は机の上のスケッチをもう一度見て、静かに息を吐く。


「……よし」


 明日は、この鉱石をちゃんと調べるぞ。


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