第641話 新しい仕事を生む機械
翌日。
午前中の政務所での仕事を終え、俺はピコを連れて工房へ向かった。
「ピー!」
「今日も元気だね!」
「ピー!」
俺の足元で、ピコが嬉しそうに鳴いた。
今日は、昨日考えた蒸気機関の新しい使い道について、ルッツさんに相談する予定だ。
ちなみに、ガイルは騎士団を連れて、訓練という名目で再び上水道工事へ向かっている。
ナディアもレイ湿原へ行き、アーロンたちと稲作の状況を確認しているところだ。
二人には本当に感謝している。
でも、俺も負けていられない。
昨日まとめた図面を入れた鞄を持ち直し、工房へ向かった。
◇
工房に着くと、金属を加工する音が聞こえてきた。
カン!
カン!
奥では、職人たちが部品の加工を進めている。
最近は大型蒸気機関の開発も進み、以前より大きな部品を扱うことが増えていた。
「ルッツさん!」
「あっ、リオン様!」
ルッツさんが顔を上げた。
「今日はどうされました?」
「ちょっと相談したいことがあってね。今、時間は大丈夫?」
「はい。ちょうど作業が一区切りついたところです」
「ありがとう」
俺は作業台の上に、持ってきた紙を広げた。
「実は、蒸気機関の新しい使い道をいくつか考えてみたんだ」
「新しい使い道ですか?」
「うん。これを見てほしいんだ」
最初に見せたのは、蒸気船の図面だった。
「……船ですか?」
「そうなんだ。蒸気機関でこの外輪を回して、船を動かせないかなと思ってね」
ルッツさんが図面を覗き込む。
「なるほど。うまく力を出せれば川の流れに逆らって進めるかもしれませんね」
「うん。今開発している蒸気機関車の技術も活かせそうだし、やってみたいんだ」
「そうでしたか」
「でも、船にそのまま今作ってる蒸気機関を載せるには、いろいろ問題がありそうだよね」
「はい。機関の重量もありますし、船の上で安定して動かせるかもわかりません」
「そうだね」
大型蒸気機関は、まだ低い圧力での試験を重ねている段階だ。
すぐに船へ搭載できるわけではない。
「これは、もう少し先の研究にしようと思ってるんだ」
「その方がよいと思います。でも、船が蒸気で動いたら凄そうですね」
「次は、これなんだけど」
俺は別の図面を広げた。
「……これは?」
「クレーンだよ」
「クレーン?」
「蒸気機関で綱を巻き取って、重いものを持ち上げられないかなと思ってね」
ルッツさんが、しばらく図面を見つめた。
「……これなら、比較的早く試せるかもしれません」
「本当?」
「はい。ビダン山で使っている巻上装置の技術を応用できそうです」
「俺もそう思ってたんだ!」
鉱山では、すでに蒸気機関を利用して、トロッコなどを引き上げるための装置を試している。
あの仕組みを利用すれば、重い荷物を吊り上げることもできるはずだ。
「荷物を持ち上げたあと、途中で止めて、その位置を保つ仕組みも必要だね」
「はい。ブレーキと、逆回転を防ぐ仕組みですね」
「それから、腕を横に伸ばす分、支柱や土台にも大きな力がかかると思う」
「そうですね。装置全体が倒れないように、十分な強度が必要です」
俺たちは図面を見ながら、必要な仕組みを書き加えていった。
荷物を持ち上げる力。
安全に止める仕組み。
吊るした荷物の重さに耐える支柱。
それから、重い荷物を下ろすときの速度も重要だ。
「最初は、据え付け型の小さなクレーンを造ってみようか」
「はい。それがよいと思います」
「いきなり重いものを吊るさずに、少しずつ荷重を増やして試験したいね」
「承知しました」
ルッツさんが図面を見ながら頷いた。
「リオン様」
「何?」
「このクレーンをぜひ造ってみたいと思っています」
「本当?」
「はい。蒸気機関車の製造にも、大いに役立ちそうですから」
ルッツさんは、工房の奥に置かれた大きな部品を指さした。
「あのような部品を動かすときは、今でも大勢の職人が必要になります」
「そうだね」
「クレーンがあれば、部品を持ち上げたり、組み立てる位置へ移したりする作業が、ずいぶん楽になるはずです」
確かにそうだ。
大型蒸気機関の開発が進めば、もっと大きな部品も必要になる。
それに、これから製造する蒸気機関車は、さらに重い。
「それから、将来の線路の建設にも使えると思うんです」
確かにそうだ。
本格的な鉄の線路を作るとなったら人力だけでは時間がかかりすぎる。
「もしこのクレーンができれば、鉄製の線路や重い資材を運ぶときにも使えるのではないでしょうか」
「そうなんだよ! だから、早めに造っておきたいね!」
「はい!」
ルッツさんが嬉しそうに頷いた。
「蒸気機関車の開発を進めるためにも、ぜひ取り組みたいと思っています」
自分たちの仕事を、もっとよくする方法を考えてくれている様だ。
「じゃあ、最初に開発するのはクレーンにしよう!」
「ありがとうございます!」
◇
「リオン様」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、キントが立っていた。
キント・アルサミル。
十五歳の少年で、以前、加工精度を高めるための固定治具を考えてくれた職人だ。
「あっ、キント。お疲れさま!」
「お疲れさまです!」
「どうしたの?」
「そのクレーンの図面を、少し見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん!」
キントが図面を覗き込んだ。
そして、支柱と腕の接合部分を指さした。
「ここなんですけど……」
「うん」
「支柱と腕をつなぐ角度を、毎回同じにできたらいいと思うんです」
「……なるほど」
「前に造った固定治具を、応用できないでしょうか?」
ルッツさんが興味深そうに顔を上げた。
「どういう方法を考えているんだ?」
「まず、部品を置く台を造ります。それから、支柱と腕を決めた角度で固定できるようにするんです」
キントが紙に簡単な絵を描いた。
台の上に、二つの部品を置く。
その位置がずれないよう、木の枠で押さえる。
さらに、補強材を取りつける位置にも印をつける。
「こうすれば、何個も同じ部品を造るときに、角度がずれにくくなると思うんです」
「……いいね」
俺は頷いた。
「ルッツさん、どう思う?」
「試してみる価値はありますね」
ルッツさんが図面を見つめた。
「特に、補強材を同じ位置に取りつけられるのはありがたいです」
「……本当ですか?」
キントの顔が明るくなった。
「ええ。ただ、治具そのものが正確でなければ意味がありません。そこも確認しましょう」
「はい!」
「キント。小さな模型で、一度試してみよう」
「わかりました!」
◇
しばらくして、キントが小さな木材を持ってきた。
まだ実際のクレーンを造る段階ではない。
まずは、固定治具の考え方を確かめるための模型だ。
キントは作業台の上に、木の枠を置いた。
「ここに支柱の模型を置きます」
細長い木材を一本、枠の中へ収める。
「それから、この位置に腕を取りつけます」
もう一本の木材を、支柱と決めた角度になるように置いた。
そして、木のくさびで動かないように固定する。
「なるほど……」
ルッツさんが見つめる。
「この部分が、角度を決めるための当て木なんだね」
「はい!」
キントが頷く。
「もう一つ同じものを造るときも、ここに当てれば、同じ角度で固定できます」
「確かに、作業はやりやすくなりそうだね」
俺も覗き込んだ。
キントは一度木材を外すと、もう一度同じように置き直した。
当て木に沿わせると、先ほどと同じ位置に収まる。
「……おお!」
これはわかりやすい。
「いいね、キント!」
「ありがとうございます!」
ルッツさんも頷いた。
「これなら、同じ形の部品を造るときに役立ちそうです」
もちろん、実際の金属部品を組み立てるには、もっと丈夫で正確な治具が必要になる。
でも、考え方は十分に伝わった。
「キント。今回もいい案を出してくれたね」
「……ありがとうございます、リオン様!」
「これからも、気づいたことがあったら遠慮なく言ってね」
「はい!」
キントが嬉しそうに頷いた。
若い職人が、以前学んだことを別の仕事にも生かしている。
こういう姿を見ると、本当に嬉しくなる。
◇
「ところで、ルッツさん」
「はい?」
「今の人数で、仕事は足りてる?」
ルッツさんは少し考えた。
「正直に申し上げると、余裕はありません」
「やっぱり?」
「はい。蒸気機関車の開発に加えて、鉱山の機関の点検や改良も続いていますから」
「そうだよね」
「クレーンまで開発するとなると、今の人数だけでは難しいと思います」
……なるほど。
仕事が増えること自体はありがたい。
でも、今いる職人たちに負担をかけ続けるわけにはいかない。
「じゃあ、必要な人を増やそう」
「……よろしいのですか?」
「うん。これからは、もっといろいろな機械を造ることになると思うんだ」
蒸気機関車。
クレーン。
蒸気船や農業用の機械も考えたい。
全部を今の人数で進めるのは無理だろう。
「新しく人を雇ってもいいし、ほかの仕事をしている人に来てもらってもいいと思う」
すると、ルッツさんが何かを思い出したように顔を上げた。
「それでしたら、少し気になっている方々がいるんです」
「誰?」
「政務所で働いていらっしゃる、バニングさんたちです」
「……バニングさん?」
「はい。アデルさん、モンシアさん、ベイントさんもです」
……ああ!
「あの四人か!」
全員、政務所で清掃や雑務を手伝ってくれている年配の人たちだ。
俺も何度か顔を合わせたことがある。
「四人とも、もともとは職人だったそうなんです」
「……そうなの?」
「はい。蒸気機関の話を聞いて、とても興味を持っていらっしゃるようでして」
……へえ。
それは知らなかったな。
「具体的には、どんな仕事をしていた人たちなの?」
「そこまでは、まだ詳しく伺っていません。ただ、昔の経験を生かせる仕事がないかと、お話しされていました」
「なるほど……」
俺は少し考えた。
政務所で働いてくれているなら、既に身元も確認できている。
それに、本人たちに働く意欲があるのはありがたい。
「一度、話を聞いてみようか」
「はい。ぜひお願いします」
◇
その日の夕方。
俺は政務所へ戻り、ローレンさんに相談した。
「バニングさんたちを工房へ?」
「うん。四人とも、昔は職人だったんだって?」
「ええ。そうですな」
ローレンさんが頷いた。
「四人とも、グレイヴ家がこの地を治めていた頃は、思うように仕事を得られなかった者たちです」
「……そうだったんだ」
「建築や運搬に関わる仕事が減り、暮らしも苦しかったと聞いております」
グレイヴ家が治めていた頃、この地域はずいぶん衰退していた。
仕事を失った職人も多かったんだろう。
「ですが、リオン様が領主になられてから、政務所の清掃や雑務をお願いするようになりましてな」
「うん」
「皆、真面目によく働いてくれております」
「そうなんだね」
「最近は新しい技術にも関心を持っておりまして、蒸気機関の話をよくしているようです」
……へえ。
それなら、工房で働いてもらうのもよいかもしれない。
「四人とも、今は政務所で働いているんだよね?」
「ええ」
「じゃあ、身元についても、すでに確認できてるんだね」
「はい。勤務態度にも問題はありません」
……それは心強い。
もちろん、工房で働くなら技術情報の管理は必要だけど、身元を一から調べ直す必要はなさそうだ。
「もし本人たちが希望するなら、工房の仕事に移ってもらうことはできるかな?」
「可能だと思います。ただ、政務所の清掃を担当する者は、別に手配する必要がありますな」
「そうだね。そこも含めて考えよう」
せっかく四人が新しい仕事に挑戦できても、そのせいで政務所が困ってしまったら意味がない。
「じゃあ、まず本人たちに話を聞かせてもらおう」
「承知しました」
◇
少しして、四人が部屋へやって来た。
バニングさん。
アデルさん。
モンシアさん。
ベイントさん。
全員、白髪が目立つ年配の男性だ。
でも、歩き方もしっかりしているし、表情も元気そうだった。
「リオン様。お呼びでしょうか?」
バニングさんが尋ねた。
「うん。ちょっと仕事のことで相談したくてね」
「仕事でございますか?」
「実は、蒸気機関の工房で、職人として働いてもらえないかと思ってるんだ」
「……えっ?」
四人が顔を見合わせた。
「わ、私たちがですか?」
「うん。ルッツさんから、みんな昔は職人だったって聞いてね」
「……そうでしたか」
バニングさんが、少し照れくさそうに笑った。
「もう、ずいぶん昔の話でございますが」
「よかったら、どんな仕事をしていたのか教えてくれないかな?」
「もちろんです!」
◇
「私は、昔は大工をしておりました」
最初に口を開いたのは、バニングさんだった。
「家だけでなく、橋の木組みや、大きな梁を組む仕事もしておりましたな」
「……へえ!」
「ですが、グレイヴ家の時代には、新しい建物を造る仕事が減ってしまいまして」
「そうだったんだ」
「今は、政務所で働かせていただけるだけでもありがたいと思っております」
バニングさんが頭を下げた。
続いて、アデルさんが口を開いた。
「私は、滑車や巻上装置を造っておりました」
……なるほど。
今回のクレーンに、ぴったりじゃないか。
「それなら、今考えている機械にも役立つと思う!」
「……本当でございますか?」
「うん。ぜひ話を聞かせてほしいな」
アデルさんの顔が明るくなった。
次は、モンシアさんだ。
「私は鍛冶をしておりました。主に、建物や荷車で使う金具を造っておりましたな」
「そうなんだ!」
「鉄の棒や留め具なども扱っておりました」
……それもありがたい。
クレーンには、丈夫な接合部や金具が必要になる。
経験が生きる場面も多そうだ。
「最後は私ですな」
ベイントさんが笑った。
「私は荷馬車の車台や車輪を造っておりました」
「荷馬車の?」
「はい。重い荷物を積んでも壊れないよう、木材や車軸の組み方を工夫する仕事です」
「なるほど!」
それも面白いな。
将来、移動できるクレーンを造るなら、車台の技術が役立つかもしれない。
それに、蒸気機関車の台車にも、参考になることがあるはずだ。
……すごいな。
四人とも、経験してきた仕事が違う。
でも、どれも今の領地で役立ちそうなものばかりだ。
◇
「みんな、蒸気機関に興味があるって聞いたんだけど」
俺が尋ねると、四人が揃って頷いた。
「はい! あんな大きな機械が、自分の力で動くと聞きましてな」
モンシアさんが笑った。
「最初は、とても信じられませんでした」
「私もです」
アデルさんが続ける。
「昔は、大きな石を持ち上げるだけでも、滑車をいくつも組み合わせて、大勢で綱を引いたものです」
「そうだったんだね」
「それを蒸気の力で動かせると聞いて、どんな仕組みなのか気になって仕方がなくなりまして」
何だか、俺と少し似てるな。
「実は、政務所の仕事が終わったあとも、四人でよく話しておりました」
バニングさんが言った。
「もし、もう一度職人として働ける機会があるなら、ぜひ挑戦してみたいと」
「……そうだったんだ」
俺は四人を見つめた。
グレイヴ家の時代に仕事を失い、生活のために政務所の清掃を始めた人たち。
それでも、職人として働きたいという気持ちは失っていなかったんだ。
それなら、ぜひ力を貸してもらいたい。
「四人とも、工房で働いてもらえないかな?」
「……本当によろしいのですか?」
バニングさんが、驚いたように尋ねた。
「もちろん。みんなの経験が、きっと役に立つと思うんだ」
「……ありがとうございます!」
四人が揃って頭を下げた。
「もう一度、職人として働けるとは思っておりませんでした」
アデルさんが、少し目を細めた。
「年寄りではございますが、まだまだ働けますぞ!」
「ははっ。それは頼もしいね!」
俺も笑った。
「ただ、無理はしないでね。体力を使う仕事ばかりじゃなくて、若い人たちに技術を教える仕事もお願いしたいんだ」
「……若い職人たちに、ですか?」
「うん。長年の経験を、次の世代にも伝えてほしい」
四人は、顔を見合わせた。
そして、バニングさんが嬉しそうに笑った。
「それなら、喜んでお引き受けします!」
◇
翌日。
四人を連れて、俺はもう一度工房へ向かった。
もちろん、ローレンさんとも相談し、政務所の清掃を担当する人員の補充や、四人の待遇についても調整を始めている。
正式な配置換えの手続きを進めながら、まずは工房の仕事を見てもらうことにした。
「ルッツさん!」
「リオン様。お待ちしておりました!」
「今日は、四人に来てもらったよ」
俺が紹介すると、四人が揃って頭を下げた。
「バニングと申します。よろしくお願いいたします!」
「アデルです!」
「モンシアです!」
「ベイントと申します!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ルッツさんが笑顔で答えた。
「皆さんのご経験は、リオン様から伺っています。ぜひ力を貸してください」
「もちろんです!」
四人の表情が明るくなった。
「では、早速こちらを見ていただけますか?」
ルッツさんが、クレーンの図面を広げた。
バニングさんたちが、その周りに集まる。
「……ほう」
「これは面白いですな」
「蒸気の力で、綱を巻き取るわけですか」
アデルさんが、興味深そうに図面を見つめた。
「はい。まずは小さなものを造って、試験する予定です」
ルッツさんが説明する。
「でしたら、綱の掛け方も工夫できそうですな」
「どういうことでしょう?」
「滑車を組み合わせれば、重い荷物を持ち上げるときに必要な力を小さくできます。ただ、その分、綱を長く巻き取る必要がありますが」
「なるほど」
ルッツさんが頷いた。
「それなら、巻上装置の大きさを考えるときにも参考になりますね」
……さすがだな。
アデルさんは、長年滑車を扱ってきた人だ。
考えるところが違う。
今度は、バニングさんが支柱を指さした。
「この腕を支えるのでしたら、斜めの補強材を入れた方がよさそうですな」
「はい。そこも検討しています」
「木組みであれば、似たようなものを造った経験があります。模型なら、私にも手伝えそうです」
モンシアさんも、接合部を覗き込んだ。
「補強材を固定する金具も必要でしょうな。取りつけ方によっては、力が一か所に集中するかもしれません」
「確かに。試験で確認したいところですね」
そして、ベイントさんが口を開いた。
「もし将来、この機械を移動させるのでしたら、車台の造り方も考えた方がよいでしょうな」
「そうだね」
俺は頷いた。
「最初は据え付け型だけど、いずれは移動できるものも考えたいんだ」
「それなら、荷馬車の技術も少しは役に立つかもしれません」
同じ図面を見ても、それぞれ注目する場所が違う。
しかも、四人とも自分の経験を生かして、新しい機械を考えようとしている。
こういう人たちに来てもらえて、本当によかった。
◇
「あっ、キント」
俺は、近くで作業していたキントを呼んだ。
「はい!」
「昨日の固定治具の模型を、みんなにも見せてもらえるかな?」
「もちろんです!」
キントが、作業台の上に小さな模型を置いた。
「この治具を使えば、支柱と腕を決めた角度で固定できます」
「……ほう」
バニングさんが身を乗り出した。
キントは、二本の木材を決めた位置に置き、くさびで固定してみせた。
「同じ部品を造るときに、角度がずれないようにしたいんです」
「なるほど。よく考えたものですな」
バニングさんが頷いた。
「ただ、ここに当て木をもう一本入れれば、さらに位置が安定するかもしれません」
「……あっ!」
キントが顔を上げた。
「確かに、そうですね!」
バニングさんは、模型の横に小さな木片を置いた。
「このようにすれば、作業中に部品が動きにくくなると思います」
「……なるほど!」
キントが目を輝かせた。
「それなら、同じ場所に補強材を取りつけるのも、もっと簡単になりそうです!」
「そうですな」
バニングさんが笑った。
「若いのに、よく考えておりますな」
「ありがとうございます!」
キントが嬉しそうに頭を下げた。
ルッツさんも頷いた。
「では、まずその方法で、同じ形の模型をいくつか造ってみましょう」
「はい!」
キントの新しい発想に、バニングさんの経験が加わった。
どちらか一人だけでは、思いつかなかったかもしれない。
◇
そのあと、ルッツさんと今後の予定を確認した。
「まずは、小型のクレーンから試すんだよね?」
「はい。最初は木製の模型で構造を確認し、そのあと実際に重りを吊るせる試作品を造りたいと思っています」
「うん。それがいいね」
「ブレーキや逆転防止の仕組みも、巻上装置の技術を応用して検討します」
「よろしくね」
ルッツさんは、新しく加わる四人にも目を向けた。
「皆さんにも、それぞれ得意な部分を担当していただきたいと思います」
「もちろんです!」
バニングさんたちが揃って頷く。
「それから、リオン様」
「何?」
「私は、このクレーンをぜひ実用化したいと思っています」
「うん」
「蒸気機関車の製造はもちろん、その後の線路の建設にも大いに役立つはずですから」
ルッツさんの表情は真剣だった。
「大きな資材を安全に動かせるようになれば、今まで何人もかかっていた作業を、もっと効率よく進められると思うんです」
「俺もそう思う」
クレーンが完成すれば、港の工事にも使える。
建築や鉱山でも役立つかもしれない。
そして、何より線路の建設だ。
将来、領都から港まで鉄道を延ばすことになったときも、きっと大きな力になるだろう。
「じゃあ、ぜひ進めていこう!」
「はい!」
「それと、ルッツさん」
「はい?」
「四人に来てもらっても、まだ人手が足りなければ遠慮なく言ってね」
「……よろしいのですか?」
「もちろん」
俺は工房を見回した。
蒸気機関車の開発。
クレーンの製作。
鉱山の機関の点検や改良。
仕事は、これからも増えていくはずだ。
「必要な人は、ちゃんと採用しよう。今いる人たちだけに、無理をさせたくないからね」
「ありがとうございます」
「若い職人も増やしていきたいし、経験のある人にも力を貸してもらいたいんだ」
ルッツさんが頷いた。
「わかりました。必要な人数と担当してもらいたい仕事を整理しておきます」
「ありがとう。ローレンさんとも相談して、予算を決めよう」
「はい」
もちろん、技術情報の管理も忘れてはいけない。
バニングさんたちは政務所での勤務実績があり、身元も確認できている。
ただ、工房で扱う情報には、公開できないものも多い。
「新しい人が増えても、図面の管理や閲覧記録は、これまでどおり続けてね」
「承知しています」
「担当する仕事に必要な情報だけを渡すようにしよう」
「はい。その方針で進めます」
それなら、安心して仕事を任せられそうだ。
◇
帰り際。
俺は、もう一度工房の中を振り返った。
作業台では、キントとバニングさんが、さっきの固定治具を見ながら話している。
その隣では、アデルさんがルッツさんと滑車の配置を考えていた。
モンシアさんは、接合部の金具について職人と相談している。
ベイントさんも、図面を広げて何かを書き込んでいた。
昨日までは政務所で清掃をしていた四人が、今は職人として新しい機械の開発に加わろうとしている。
グレイヴ家の時代に仕事を失っても、技術や経験まで失ったわけじゃない。
その力を、また生かせる場所ができたんだ。
しかも、キントのような若い職人たちもいる。
経験豊富な人たちと、これから成長していく人たち。
みんなが一緒になって、新しいものを造ろうとしている。
「ピー!」
ピコが、俺の足元で鳴いた。
「そうだね、ピコ」
俺は小さく笑った。
蒸気機関車も、クレーンも、まだ完成までは時間がかかる。
でも、きっと形にできると思う。
……よし。
俺も、みんなに負けないように頑張ろう!




