第638話 王子が見た未来
新連載もよろしくお願いします!
『平民出身の転生執事、最強王女を育成する』という作品です。
お手すきの際に是非!
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三日後。
アルフレッド第一王子殿下が、この領へ来る日になった。
俺とミラ、ガイル、ナディアは、屋敷の玄関前で到着を待っていた。
屋敷の周囲には、王宮から派遣された護衛騎士たちの姿もある。
昨日からケーラたちが準備を進めてくれたおかげで、客室や食事の手配も整っていた。
「それにしても、アルフレッド殿下が直接来てくださるなんて、驚いたなぁ」
「うん。私もびっくりしたよ」
ミラが頷く。
「殿下は、四か月後に婚礼の式典を控えていらっしゃるんですよね?」
ナディアが尋ねた。
「そうなんだ。正式な招待状を持ってきてくださるらしいよ」
「わざわざ来てくださるとは、ありがたいことですね」
「うん!」
そのとき、門の方から馬車の音が聞こえてきた。
「おっ! 来たみたいだぞ!」
ガイルが声を上げる。
王家の紋章が描かれた馬車が、ゆっくりと屋敷の前へ近づいてきた。
護衛騎士たちが周囲を確認し、馬車が止まる。
扉が開いた。
最初に降りてきたのは、アルフレッド殿下だった。
「アルフレッド殿下!ようこそお越しくださいました!」
「久しぶりだね、リオン」
殿下は笑顔だ。
俺たちは揃って礼をした。
すると、アルフレッド殿下が馬車の方を振り返った。
「さあ、セリカ」
「はい」
……えっ?
馬車の中から、もう一人降りてきた。
美しいドレスを身にまとった女性。
サハル王国の第一王女、セリカさんだ。
「……おお!セリカさんも!?」
「ふふっ。お久しぶりです、リオン様」
「お久しぶりです!まさか、ご一緒だとは思いませんでした!」
「私も、ぜひハル領を訪れてみたかったんです」
セリカさんが微笑む。
「アルフレッド様から、何度もお話を伺っていましたので」
「そうだったんですか!」
……これは嬉しいなぁ。
アルフレッド殿下だけでも驚いたのに、セリカさんまで来てくれるなんて。
ミラが一歩前へ出た。
背筋を伸ばし、ドレスの裾を両手で軽くつまむ。
そして、片足を斜め後ろへ引き、両膝をゆっくりと曲げて一礼した。
「アルフレッド第一王子殿下、セリカ王女殿下。本日は遠路お越しいただき、誠にありがとうございます」
……おお。
ミラ、すごいな。
いつも俺と話しているときとは、雰囲気が全然違う。
「このたびは、ご婚礼の式典が執り行われるとのこと、心よりお祝い申し上げます」
「ありがとう、ミラ嬢」
アルフレッド殿下が微笑む。
「お二人にお会いできて、私も嬉しいです」
セリカさんも笑顔で答えた。
続いて、ナディアが一歩前へ進む。
「アルフレッド殿下、セリカ殿下。お久しぶりでございます」
ナディアも、王族らしい落ち着いた所作で礼をした。
「このたびのご婚礼の式典、誠におめでとうございます。アルスレイン王国とサハル王国、両国の末永い繁栄をお祈り申し上げます」
「ありがとうございます、ナディア王女殿下」
セリカさんが微笑む。
「ナディア殿下も、お元気そうで何よりです」
「ありがとうございます」
……さすがだなぁ。
ミラもナディアも、こういう場面では本当に立派だ。
俺も、もう少し礼儀作法を勉強した方がいいかもしれない。
「お久しぶりです、アルフレッド殿下!」
ガイルも挨拶する。
「ガイルも元気そうだね」
「はい!おかげさまで!」
ガイルが大きく笑った。
◇
「それにしても、リオン」
「はい?」
アルフレッド殿下が屋敷の向こうに広がる街並みへ目を向けた。
「来る途中、領都を少し見せてもらったんだけどね」
「はい!」
「随分と活気があるんだね」
「そうですか?」
「ああ。新しい店が増えているし、建物の修繕もあちこちで行われていた」
「おお!」
「荷馬車も多かったね。資材を運んでいる人たちもずいぶん見かけたよ」
「今、領内のいろいろな場所で工事を進めているんです!」
「そうみたいだね」
アルフレッド殿下が微笑んだ。
「エドガーから、君の領地が驚くほど発展しているとは聞いていたけれど……」
「はい」
「どうやら、僕が想像していたより、ずっと早く成長しているようだね」
「……ありがとうございます!」
嬉しいなぁ。
王子殿下から、そんなふうに言っていただけるなんて。
「まだまだ、やりたいことはたくさんあるんですけどね!」
「ははっ。君らしいな」
アルフレッド殿下が笑った。
「では、まずは屋敷へご案内します!」
「ああ。お願いするよ」
◇
応接室へ案内すると、ケーラがお茶とお菓子を用意してくれた。
アルフレッド殿下とセリカさんが席に着き、俺たちも向かいに座る。
「それでは、まずはこちらを」
アルフレッド殿下が、一通の封筒を取り出した。
王家の紋章が刻まれた、立派な封筒だった。
「四か月後に行う、僕たちの婚礼祝賀式の招待状だよ」
「ありがとうございます!」
俺は両手で受け取った。
「リオンとミラ嬢には、ぜひ出席してもらいたいんだ」
「もちろんです!」
すると、ミラが静かに立ち上がった。
再び丁寧に礼をする。
「このたびは、私までお招きいただき、誠に光栄に存じます。謹んでお受けいたします」
「ありがとう、ミラ嬢」
アルフレッド殿下が微笑む。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。今日は気楽に話してくれたら嬉しいな」
「ありがとうございます」
ミラが顔を上げ、柔らかく微笑んだ。
……うん。
やっぱりミラはすごいなぁ。
そういえば、ミラも将来は男爵夫人になるんだよなぁ。
しっかりしてるな。
「ナディア王女殿下も、ぜひいらしてくださいね」
セリカさんが声をかける。
「ありがとうございます。父上とも相談のうえ、ぜひ出席させていただきたいと思っております」
ナディアが丁寧に答えた。
すると、アルフレッド殿下がガイルの方を向いた。
「そういえば、君たちも婚約したと聞いたよ」
「はい!」
ガイルが大きく頷く。
「ナディアと婚約しました!」
「おめでとう、ガイル」
「ありがとうございます!」
「ナディア王女殿下も、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ナディアが少し頬を赤くした。
「二人の婚礼も楽しみにしていますね」
セリカさんが微笑む。
「ありがとうございます。まだ具体的な日取りは決まっておりませんが……」
「そうなんですね」
「はい。両家で相談しながら、少しずつ準備を進めていく予定です」
……そっか。
ガイルたちの結婚式も、きっと盛大になるんだろうな。
◇
「ところで、ミラ様」
セリカさんが、ミラの手元に目を向けた。
「その指輪は、もしかして……」
「あっ。はい!」
ミラが左手を少し持ち上げた。
「リオンからいただいた婚約指輪です」
「まあ……!」
セリカさんが目を輝かせた。
「何という美しい宝石なのでしょう!」
「ありがとうございます!」
ミラが嬉しそうに笑う。
その指には、俺が贈ったダイヤモンドの婚約指輪が輝いていた。
窓から差し込む光を受けて、小さな虹色の光がきらめく。
「ダイヤモンド……」
セリカさんが小さく繰り返す。
「本当に綺麗ですね」
「ありがとうございます!」
ミラが嬉しそうに頷いた。
「リオンが、私のために用意してくれたんです」
「まあ!素敵ですね」
セリカさんが、今度は俺を見た。
「リオン様は、こんな美しい宝石まで見つけられるのですね」
「……あはは。たまたまですよ!」
「ふふっ。アルフレッド様も、こんなふうに驚かせてくださることがあるのでしょうか?」
セリカさんが隣を見る。
「……おや?」
アルフレッド殿下が少し驚いた顔をした。
「これは、なかなか難しい質問だね」
みんなが笑った。
セリカさん、意外とお茶目なところもあるんだな。
◇
しばらく話していると、アルフレッド殿下がカップを置いた。
「そういえば、リオン」
「はい?」
「ヴァレスト公爵から、君がずいぶん面白いものを造っていると聞いたんだ」
「……蒸気機関のことですか?」
「ああ。ぜひ見せてもらいたいんだ」
「もちろんです!」
俺は思わず身を乗り出した。
「実は、屋敷の庭にも小さな試作品があるんです!」
「庭に?」
「はい!」
アルフレッド殿下が目を丸くした。
「それは、ぜひ見てみたいね」
「では、早速ご案内します!」
◇
みんなで庭へ向かった。
そこには、楕円形の線路が敷かれている。
その上に置かれた、小さな蒸気機関車。
前には機関部分と操縦席があり、後ろには一人が乗れる小さな客車をつないでいた。
「……これは?」
アルフレッド殿下が足を止めた。
「蒸気機関車です!」
「……これが?」
「はい!」
殿下は近づいて、車輪や機関部分を見つめた。
「ヴァレスト公爵から話は聞いていたけれど……本当に造ってしまったんだね」
「まだ小さいですけどね!」
セリカさんも興味深そうに見ている。
「リオン様。これが馬を使わずに走るのですか?」
「そうなんです!」
「……信じられません」
「よかったら、実際に動かしてみましょうか?」
「ぜひお願いするよ!」
アルフレッド殿下が即答した。
……おお!
喜んでもらえそうだな!
◇
「ルッツさん!」
「はい、リオン様!」
試運転のために来てもらっていたルッツさんが、職人たちとともに準備を始めた。
機関車は、昨日のうちに点検してもらっている。
水の量。
炉の状態。
車輪や接合部。
蒸気を逃がす仕組み。
ひととおり確認を終えていた。
「では、始めます!」
「お願いします!」
職人たちが炉に火を入れる。
石炭が赤く燃え始めた。
やがて、小さな機関車の中から音が聞こえてくる。
シュウウウ……。
蒸気が立ち上った。
「……おお」
アルフレッド殿下が身を乗り出した。
ルッツさんが計器を確認する。
「圧力、問題ありません!」
「では、お願いします!」
ゆっくりと蒸気が送られる。
ガコン。
車輪が、わずかに動いた。
ガタン。
ガタン。
機関車が、線路の上を進み始める。
「……動いた!」
アルフレッド殿下が声を上げた。
「本当に動いています!」
セリカさんも驚いている。
ガタン、ガタン。
小さな機関車がゆっくりと進み、カーブへ入った。
後ろの客車も、線路に沿って曲がっていく。
「……馬がいない」
アルフレッド殿下が呟いた。
「それなのに、自分の力で走っている……!」
セリカさんも、機関車から目を離せない様子だった。
やがて一周を終え、機関車が止まった。
「いかがでしたか?」
「……驚いたよ」
アルフレッド殿下が大きく息を吐いた。
「話を聞くだけでは、まったく想像できなかった」
「そうですよね!」
「これは、本当にすごい発明だね」
「ありがとうございます!」
苦労して造ってくれたルッツさんたちも、きっと喜んでいるだろう。
「実は、今はもっと大きな蒸気機関を造っているんです!」
「……もっと大きなもの?」
「はい!よかったら、そちらもご覧になりますか?」
「もちろんだよ!」
アルフレッド殿下が笑った。
「ここまで来たんだ。ぜひ見せてほしい」
◇
午後。
俺たちは馬車で、領都の外れに設けた蒸気機関の試験場へ向かった。
そこでは、大型蒸気機関の開発が進められている。
まだ実際に貨車を引くことはできない。
今は、より大きな機関を安全に動かせるよう、部品の強度や蒸気漏れなどを調べている段階だ。
試験場の入口には、ルッツさんと職人たちが待っていた。
「リオン様。準備が整っております」
「ありがとう!」
俺はアルフレッド殿下たちを案内した。
「こちらです!」
建物の中へ入る。
その瞬間。
「……これは!」
アルフレッド殿下が足を止めた。
目の前には、巨大な鉄の装置が据え付けられていた。
太い金属の筒。
何本もの配管。
大きな回転輪。
その横には、炉と蒸気を発生させるための装置が組み合わされている。
庭にあった小型機関車とは、まるで大きさが違う。
「……先ほどのものと、同じ仕組みなのかい?」
「はい!基本的な仕組みは同じです!」
「こんなに大きくできるものなのか……」
アルフレッド殿下は、装置を見上げた。
セリカさんも驚いた表情で辺りを見回している。
「この大きな輪も、動くのですか?」
「はい!」
俺はルッツさんを見た。
「ルッツさん。よろしくお願いします!」
「承知しました!」
ルッツさんが頷いた。
「今回は、安全を確認できている低い圧力で運転いたします」
「お願いします!」
◇
俺たちは、装置から離れた見学場所へ移動した。
試験場には柵が設けられており、運転中は関係者以外、装置へ近づけないようになっている。
職人たちが最後の点検を始めた。
「接合部、異常なし!」
「蒸気を逃がす弁、問題ありません!」
「回転部分、確認完了!」
次々に報告が上がる。
ルッツさんが、大きく頷いた。
「よし!炉に火を入れろ!」
職人たちが動き出した。
炉の扉が開く。
ゴオオオッ!
赤い炎が、暗い炉の奥で激しく揺れた。
石炭が投入される。
パチッ、パチパチッ!
火の粉が舞い上がり、炎が勢いを増した。
やがて、煙突から煙が上がり始める。
試験場の空気が、少しずつ熱を帯びていく。
「……すごい熱気ですね」
セリカさんが呟いた。
「ええ。あの炉で水を温め、蒸気を発生させるんです」
俺が説明すると、アルフレッド殿下が頷いた。
「なるほど。あの小さな機関車と同じなんだね」
「はい!」
しばらくすると、金属の装置から低い音が響き始めた。
ゴウン……。
ゴウン……。
太い配管が熱を帯び、金属の表面に陽炎のような揺らぎが見える。
ルッツさんが計器を確認した。
「圧力、上昇中!」
職人たちが装置の周囲を確認する。
やがて。
シュウウウウッ!
短く蒸気が放出された。
熱い蒸気が外気に触れ、白い雲となって立ち上る。
「……っ!」
セリカさんが息を呑んだ。
白い蒸気は、装置の上へ広がり、ゆっくりと薄れていった。
俺も思わず見入ってしまった。
庭の小さな機関車とは、まったく迫力が違う。
あちらが小さな模型だとすれば、こちらは本物の工場の機械だ。
「準備完了!」
ルッツさんの声が響いた。
「では、始めます!」
◇
職人がゆっくりと操作弁を開いた。
シュウウウウウッ!
蒸気が太い配管を通り、機関の内部へ送り込まれる。
ガコンッ!
大きな金属の棒が動いた。
もう一度。
ガコンッ!
その動きが、横につながった回転軸へ伝わる。
巨大な回転輪が、わずかに回った。
……動いた!
ゴウンッ!
ゴウンッ!
回転輪が、少しずつ勢いを増していく。
重い金属の塊が動くたびに、床の奥から低い振動が伝わってきた。
シュウッ!
ゴウンッ!
シュウッ!
ゴウンッ!
白い蒸気が断続的に吹き上がる。
石炭の燃える音。
金属が回転する音。
蒸気が吹き出す音。
そのすべてが重なって、試験場に響き渡った。
「……何ということだ」
アルフレッド殿下が呟いた。
その目は、巨大な回転輪に釘付けになっている。
「これほど大きな鉄の塊を……蒸気だけで動かしているのかい?」
「はい!」
俺は頷いた。
「石炭を燃やして水を温め、その蒸気の力を使っているんです!」
「……信じられないな」
殿下は、ゆっくりと首を振った。
「魔法でもない。馬も使っていない。それなのに……!」
セリカさんも、言葉を失っていた。
白い蒸気が、再び大きく立ち上る。
シュウウウウッ!
俺は、何度か試験に立ち会っている。
それでも、こうして動いているところを見ると、胸が熱くなる。
◇
「運転、安定しています!」
ルッツさんが声を上げた。
「接合部の蒸気漏れも、今のところありません!」
「おお!」
俺も嬉しくなった。
以前は、加熱と冷却を繰り返すうちに、接合部から蒸気が漏れてしまう問題があった。
ルッツさんたちは、その原因を一つずつ調べ、部品の形や固定方法を改良してきた。
最近になって、ようやく繰り返し試験でも安定した結果が出るようになった。
「まだ低い圧力での試験ですが、以前よりずいぶん安定しました!」
ルッツさんが説明する。
アルフレッド殿下が振り返った。
「以前は、うまく動かなかったのかい?」
「はい。何度も部品を造り直しました」
「……そうか」
アルフレッド殿下は、もう一度回転輪を見つめた。
「これだけのものを造るのだから、簡単ではなかっただろうね」
「はい!」
ルッツさんが、少し照れたように笑う。
「ですが、まだ完成ではありません。これから、もっと大きな力を出せるようにしていかなければなりません」
「なるほど」
殿下が頷いた。
「素晴らしいね。これほどのものを、君たちが造ったんだ」
「ありがとうございます!」
ルッツさんは深々と頭を下げた。
……嬉しいなぁ。
ルッツさんたちの努力を、王子殿下に直接見ていただけた。
それだけでも、今日の試運転を行った価値があると思う。
◇
しばらく運転を続けたあと、ルッツさんが停止を指示した。
「蒸気の供給を止めろ!」
「はい!」
操作弁が閉じられる。
回転輪が、ゆっくりと速度を落としていく。
ゴウン……。
ゴウン……。
ゴン……。
やがて、巨大な機械が止まった。
残った蒸気を安全に逃がすため、別の弁が開かれる。
シュウウウウウウッ!
白い蒸気が、勢いよく立ち上った。
まるで機械が、最後に大きく息を吐いたようだった。
やがて蒸気が薄れ、試験場に静けさが戻る。
「……見事だね」
アルフレッド殿下が、静かに言った。
「本当に見事だ」
◇
試運転が終わると、俺たちは別室へ移動した。
そこには、今後の開発計画をまとめた図面が用意されている。
「アルフレッド殿下。実は、俺たちはこの蒸気機関を使って、もっと大きな蒸気機関車を造ろうと考えているんです!」
「……もっと大きな機関車?」
「はい!」
俺は机の上に図面を広げた。
そこには、機関車の後ろに何両もの貨車をつないだ姿が描かれていた。
「まずは、このようなものを目指しています!」
アルフレッド殿下が図面を覗き込む。
「……これは、何台もつながっているのかい?」
「はい!機関車一両と貨車四両。合わせて五両編成です!」
「……五両!?」
「はい!」
俺は貨車の部分を指さした。
「貨車一両につき、まずは二・五トンくらいの荷物を運べるようにしたいんです!」
「二・五トン……」
「四両なら、合計十トンです!」
アルフレッド殿下が目を見開く。
「……十トン!?」
「はい!荷馬車の大きさにもよりますけど、一台で一トン運ぶと考えれば、荷馬車十台分くらいになります!」
セリカさんも驚いた表情を浮かべた。
「十台分の荷物を、一度に運べるのですか?」
「設計上の目標ですけどね!」
俺は頷いた。
「まずは鉱山から、たくさんの鉱石を運べるようにしたいんです!」
「……なるほど」
アルフレッド殿下は、図面をじっと見つめていた。
「馬も使わずに、それほどの荷物を運べるようになれば……」
「はい!」
「輸送の仕組みが、根本から変わるね」
「俺もそう思います!」
◇
「それと、もう一つ目標があるんです!」
「何だい?」
「速度です!」
俺は図面の端に書いた数字を指さした。
「将来的には、時速四十キロメートルくらいを目指したいんです!」
「……時速四十キロメートル?」
「はい!」
アルフレッド殿下は、少し考え込んだ。
「すまない。馬車と比べると、どのくらい速いのかな?」
「そうですね……」
俺は王国の地図を広げた。
ハル領と王都の位置を指さす。
「今、俺の領から王都までは、馬車で二日くらいかかりますよね?」
「ああ。今回もそうだったよ」
「ですよね!」
俺は地図を見ながら続けた。
「馬車が一時間に八キロメートルくらい進んで、一日に七時間半走るとすると……二日でおよそ百二十キロメートルです」
「なるほど」
「仮に鉄道の距離も百二十キロメートルくらいだとすると、時速四十キロメートルなら、走行時間は三時間になるんです!」
「……三時間?」
「はい!」
アルフレッド殿下が、俺を見つめた。
「……今、三時間と言ったのかい?」
「はい!もちろん、これはずっと同じ速度で走った場合の計算です!」
俺は慌てて付け加えた。
「実際には、出発するときや止まるときに時間がかかりますし、途中で停車することもあります。線路の距離も、まだ正確には決まっていません」
「……そうだね」
「でも、将来的には四時間から五時間くらいで王都へ行けるようにしたいんです!」
しばらく、誰も口を開かなかった。
……あれ?
みんな、どうしたんだろう?
「……リオン」
「はい?」
アルフレッド殿下が、ゆっくりと口を開いた。
「それはつまり……」
「はい」
「朝、王都を出発すれば、昼過ぎにはこの領地に到着できるということかい?」
「そうなりますね!」
「……何ということだ」
アルフレッド殿下が、再び図面へ目を落とした。
セリカさんも驚いている。
「馬車で二日かかる距離を、わずか数時間で……」
「はい!」
「そのうえ、荷馬車十台分もの荷物を運べるかもしれないのですね」
「そうなんです!」
ガイルも興味深そうに図面を覗き込んでいた。
「おい、リオン!それなら、王都まで訓練に行くのも楽になるな!」
「……あはは。ガイルは、また訓練のこと?」
「当然だ!」
ガイルが豪快に笑った。
「それだけ速く行き来できるなら、騎士団同士の合同訓練も増やせるじゃないか!」
「……確かにね!」
ナディアも微笑んだ。
◇
「リオン様」
セリカさんが口を開いた。
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「はい!」
「この蒸気機関車は、鉱石だけでなく、食料や建築資材なども運べるのですよね?」
「もちろんです!」
俺は頷いた。
「貨車の形を工夫すれば、いろいろな荷物を運べると思います!」
「……そうですか」
セリカさんは、図面を見つめた。
「もし、サハルにもこのようなものがあれば……」
その声が、少し小さくなった。
「戦争で被害を受けた町へ、食料や建築資材を運ぶのも、ずいぶん楽になるのでしょうね」
「……はい」
俺は頷いた。
サハル王国は、ドラン帝国との戦争で大きな被害を受けている。
町や村が破壊され、住む場所を失った人も多い。
復興には、膨大な量の物資が必要になるはずだ。
「線路を造るには時間もお金もかかります。でも、一度整備できれば、たくさんの荷物を繰り返し運べるようになると思います」
「……なるほど」
セリカさんが静かに頷いた。
「それに、人も運べるんですよね?」
「はい!客車を造れば、人も乗れるようになります!」
「……そうですか」
セリカさんは、アルフレッド殿下へ目を向けた。
「アルフレッド様。これは、想像していた以上のものかもしれませんね」
「ああ」
アルフレッド殿下が頷いた。
「僕も、そう思うよ」
「しかし、リオン」
「はい?」
アルフレッド殿下が、改めて図面を見つめた。
「これほどのものを、本当に実現するつもりなんだね?」
「はい!」
「大変なことになると思うよ」
「そうですね!」
俺は頷いた。
「今はまだ、大きな蒸気機関を安定して動かすための試験をしている段階ですから」
「うん」
「貨車を引くには、もっと力を出せる機関が必要ですし、車輪やブレーキも考えなければなりません」
「なるほど」
「それに、線路を造らなければ走れませんからね!」
アルフレッド殿下が笑った。
「確かに。そこが一番大変かもしれないね」
「はい!」
線路には大量の鉄が必要になる。
橋を造る場所も出てくるだろう。
山や川をどう越えるかも考えなければならない。
それに、王都まで線路を延ばすなら、途中にある領地の協力も必要だ。
……まだまだ、先の長い話だ。
「でも、まずは領内で使えるものを完成させたいと思っています!」
「うん。それがいいね」
アルフレッド殿下が頷いた。
「小さな成功を積み重ねていくことが大切なんだろうね」
「はい!」
そう言っていただけると、嬉しいな。
◇
アルフレッド殿下は、しばらく図面を眺めていた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……リオン」
「はい?」
「今日、ここへ来てよかったよ」
「本当ですか?」
「ああ。ヴァレスト公爵から話を聞いたときは、正直、ここまでのものだとは思っていなかった」
「……あはは」
「でも、実物を見て、君たちが本気で取り組んでいることがよくわかった」
「ありがとうございます!」
殿下は、隣にいるセリカさんを見た。
セリカさんも、小さく頷く。
「実はね、リオン」
「はい?」
アルフレッド殿下が、少し真剣な表情になった。
「今日、君の領地を訪ねたのは、婚礼の招待状を渡すためだけじゃないんだ」
「……えっ?」
「君に、ぜひ相談したいことがある」
……相談?
アルフレッド殿下が、わざわざ俺の領地まで来て?
俺は思わず姿勢を正した。
「……どのようなお話でしょうか?」
アルフレッド殿下は、もう一度セリカさんと顔を見合わせた。
そして、静かに口を開いた。
「それはね――」
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