第632話 馬のいらない乗り物
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翌朝。
俺たちはアナハイムを出発し、領都へ戻ることにした。
「ガイル。騎士団のみんなはどうする?」
「引き続き、ビダン山で訓練を続けさせよう!」
「うん。そうだね」
「昨日のようなこともあるからな!魔物の警戒も兼ねて、実戦経験を積ませるぞ!」
ガイルが力強く頷いた。
俺も賛成だ。
ビダン山にいるベイルン騎士団とハル領騎士団の約二十人には、引き続き鉱山周辺の警戒と魔物討伐訓練をお願いすることになった。
もちろん、レイ湿原で工事を担当している約二十人は、そのまま仕事を続けてもらう。
「ハガー!ノル!頼んだぞ!」
「はっ!」
「承知しました」
ガイルの声に、二人が返事をした。
これで安心して領都へ戻れそうだ。
◇
俺たちは馬車でアナハイムを出発した。
途中、レイ湿原に立ち寄る。
先日完成した温水路には、今日も水が流れていた。
農民たちは水田を確認し、騎士たちは来年以降の水田拡張に向けた整地を手伝っている。
「リオン様!温水路は順調です!」
アーロンが嬉しそうに報告してくれた。
「よかった!引き続きよろしくね!」
「はい!」
みんな頑張ってくれているなぁ。
その後、俺たちは穀倉地帯を通って領都へ向かった。
街道の両側には、青々とした農地が広がっている。
しばらく進むと、ナディアが馬車の窓から顔を出した。
「リオンさん。あちらの方々は、何をしているのでしょうか?」
ナディアが指さした先では、職人たちが地面の高さを調べていた。
「ああ、あれは上水道の測量だよ!」
「上水道?」
「うん。ビダン山の方から領都まで、きれいな水を引こうと思ってるんだ」
「……領都までですか?」
ナディアが驚いたように目を丸くした。
「うん。取水する予定の場所から、領都の端まで四十数キロメートルくらいかな」
「四十数キロ!?」
今度はガイルが声を上げた。
「そんな長い水路を造るのか!」
「まだ測量しているところだけどね」
俺たちは少しだけ馬車を止め、作業の様子を見せてもらった。
職人たちは、新しく開発した測量器具を使い、土地の高さを慎重に調べている。
「リオン様!測量は順調に進んでおります!」
「ありがとう!」
ただし、まだ調査が必要な区間も多いらしい。
「これだけ長い距離だと、大変そうですね」
ナディアが言った。
「うん。でも、完成すれば領都でもきれいな水をたくさん使えるようになると思うんだ」
「それは素晴らしいですね!」
「はっはっは!リオンは本当にいろいろ考えるな!」
実際に工事を進めてくれる人たちには、頭が下がるばかりだ。
◇
その後も街道を進み、俺たちは領都へ戻ってきた。
見慣れた建物が増え、やがて屋敷が見えてくる。
屋敷に到着すると、ケーラが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、男爵様」
「ただいま、ケーラ!」
「ミラ様、ガイル様、ナディア殿下も、お帰りなさいませ」
「お世話になります」
「おう!また世話になるぞ!」
ガイルが元気よく答えた。
荷物を運んでもらいながら、屋敷の奥を見ると。
「……あれ?」
庭の奥に、見慣れない建物ができていた。
木造で、かなり大きい。
屋根も高く、正面が大きく開いている。
「ケーラ?」
「はい」
「あれ、何?」
俺が尋ねると、ケーラが微笑んだ。
「ポロリのための小屋でございます」
「……ポロリの?」
「はい」
……ええっ!?
いつの間に!?
「男爵様たちがご不在の間に、大工の皆さんが造ってくださいました」
「そうなの!?」
「はい。以前、ポロリが庭で休んでいる姿をご覧になって、専用の休む場所がないのは気の毒だとおっしゃっていたそうです」
……ああ。
そういうことか。
「それで、私に相談がございまして。皆さんで相談しながら、造ってくださったんです」
「すごい!」
俺は改めて小屋を見た。
太い柱で屋根を支え、ポロリが出入りしやすいように入口を広く取ってある。
中にも、ポロリがゆっくり体を休められる場所が用意されていた。
……よく考えてあるなぁ。
「ポロリ!」
ナディアが空に向かって声をかけた。
上空を飛んでいたポロリが、ゆっくりと降りてくる。
そして、新しくできた小屋を見つけると、首を傾げた。
「ふふっ。あなたのお家ですよ」
ナディアが優しく声をかける。
ポロリは小屋へ近づき、中を覗き込んだ。
それから、ゆっくりと入っていく。
ちゃんと入れた!
ポロリは中を確かめるように歩くと、落ち着いた場所で翼をたたんだ。
どうやら、気に入ってくれたみたいだ。
「……ありがとうございます」
ナディアが小さく呟いた。
見ると、嬉しそうにポロリを見つめている。
「ナディア?」
「ポロリのことまで考えてくださるなんて……」
ナディアがケーラに向き直った。
「大工の皆さんに、私からもお礼をお伝えいただけますか?」
「もちろんでございます」
「本当に、ありがとうございます」
……うん。
俺も嬉しいな。
「ケーラ。材料代や大工さんたちの仕事の分は?」
「まだ精算しておりません。皆さんは、お礼のつもりだとおっしゃっておりましたが……」
「そっか。でも、ちゃんと払わせてもらおう」
「承知しました」
気持ちはありがたい。
でも、これだけ立派な小屋を造るには、材料も手間もかかったはずだ。
そこは、きちんとお礼をしないとね。
「ピー!」
「キュ!」
そのとき、小屋の中から声がした。
……ん?
見ると、ピコとナッシュが中で追いかけっこをしていた。
ポロリの周りを、ぐるぐると走り回っている。
「こらこら!ポロリが休んでるんだから!」
「ピー!」
「キュウ!」
……聞いてないな。
でも、ポロリは気にしていないようだった。
大きな翼をたたんだまま、のんびりしている。
「あはは!」
ミラが笑った。
「みんな、楽しそうだね!」
「はい!」
ナディアも嬉しそうに微笑んでいる。
◇
翌朝。
俺たちは朝食を終え、庭へ出ていた。
今日は、ガイルとナディアに蒸気機関車を見てもらう予定だ。
ルッツさんたちにも、準備をお願いしてある。
「リオンさん」
屋敷の玄関を出たところで、ナディアが不思議そうに声をかけてきた。
「ん?」
「前も気になっていたのですが、これは何ですか?」
ナディアが指さした先には、庭に敷かれた線路があった。
楕円形に続く、二本の線。
その上には、小さな車両が載っている。
「ああ、それね!」
俺は嬉しくなった。
「蒸気機関車っていうんだ!」
「蒸気機関車?」
「うん。馬がいなくても動く乗り物なんだよ」
「……えっ?」
ナディアが目を丸くした。
「馬がいらないんですか?」
「そう!」
すると、ガイルも近づいてきた。
「何だ何だ!面白そうな話をしているな!」
「ガイル。これ、馬を使わずに走るんだ」
「……何だと!?」
ガイルが車両を覗き込んだ。
「どうやって動くんだ!?」
「あはは。簡単に説明するね」
俺は車両の前についている小さな蒸気機関を指さした。
「水を熱して蒸気を作って、その力で車輪を動かすんだ」
「……ほう!」
「それで、この二本の線の上を走る。これを線路っていうんだよ」
「なるほど!」
ガイルが大きく頷いた。
「つまり、馬が引っ張らなくても勝手に走るんだな!」
「そういうこと!」
……まあ、石炭や水は必要だけど。
「でも、リオンさん。どうしてそんな乗り物を造ろうと思ったんですか?」
ナディアが尋ねた。
「元々は、鉱山で使う機械を造っていたんだ」
「そういえばビダン山でも煙が出ている場所がありましたね」
「うん。あれは蒸気の力で縄を巻き取って鉱石を載せたトロッコを引っ張る機械だよ」
「……なるほど」
俺は目の前の小型蒸気機関車を見た。
「それで、蒸気の力を車輪に伝えたら、乗り物も動かせるんじゃないかと思ったんだ」
「それが、この蒸気機関車なのですね」
「そう!」
もちろん、実際に製作してくれたのはルッツさんたちだ。
俺は前世の知識を参考に、いろいろ相談しただけだ。
「それで、二人とも!」
「うん?」
「今日は実際に乗ってもらおうと思ってるんだ!」
「……えっ?」
ナディアが驚いた。
「これに乗れるんですか?」
「うん!」
「おおおっ!」
ガイルが大きな声を上げた。
「それは面白そうだな!」
二人とも、いい反応だなぁ。
◇
「リオン様。準備が整いました」
ルッツさんが声をかけてきた。
「ありがとう!」
職人たちが、蒸気機関車や線路の状態を確認してくれている。
まずは、ナディアに乗ってもらうことにした。
「こちらへどうぞ」
「はい」
ナディアが小さな客車へ腰を下ろした。
「それじゃあ、動かすね!」
「はい!」
ルッツさんが準備を進める。
やがて。
シュウウウ……。
白い蒸気が上がり始めた。
「……おお!」
ガイルが声を上げる。
ガコン。
ガタン。
小さな機関車が、ゆっくりと動き出した。
「……えっ!?」
ナディアが驚いたように前を見る。
ガタン。
ガタン。
機関車は、楕円形の線路に沿って進んでいく。
「……すごい!」
ナディアが声を上げた。
「本当に、馬がいなくても動いています!」
「うん!」
「ふふっ!」
ナディアが嬉しそうに笑った。
……よかった。
喜んでくれたみたいだ。
機関車は線路を一周すると、ゆっくりと止まった。
「いかがでしたか?」
ルッツさんが尋ねる。
「とても楽しかったです!」
ナディアが笑顔で答えた。
「ありがとうございました!」
……おお。
ナディアがこんなに喜んでくれるとは思わなかったなぁ。
「よし!次は俺だな!」
ガイルが大きな声を上げた。
……あっ。
そうだった。
「ガイル。ちょっと待って」
「何だ!?」
「その客車、少し小さくない?」
俺はガイルを見上げた。
二メートル近いガイルが、あの小さな客車に乗れるんだろうか。
すると、ルッツさんが笑った。
「ガイル様には、こちらをお使いいただきましょう」
「……ん?」
職人たちが、別の台車を運んできた。
以前、荷物を載せて試験していた頑丈な台車だ。
「昨日、重い資材を載せて走行試験を行い、問題がないことを確認しております」
「おお!助かる!」
職人たちは台車を連結し、車輪や接続部分をもう一度確認した。
それから、ガイルに腰を下ろしてもらう。
「……はっはっは!」
ガイルが嬉しそうに笑った。
「何だか、子どもの頃に戻った気分だな!」
「ガイル、ちゃんと座っててね!」
「おう!」
準備が整い、ルッツさんが慎重に機関車を動かした。
ガタン。
ガタン。
台車が、ゆっくりと進み始める。
「おおおおっ!」
ガイルが大きな声を上げた。
「動いたぞ!リオン!」
「うん!」
「本当に馬がいらないんだな!」
……あはは。
さっき説明したんだけどね。
でも、実際に乗ると感動するんだろうなぁ。
ガイルは楽しそうに笑いながら、線路を一周した。
降りてくると、すぐに俺のところへやってくる。
「リオン!」
「何?」
「これ、もっと速くできないのか!?」
やっぱり、そう来るか。
「今は安全を優先してるからね。でも、将来的にはもっと速く走れるものを造りたいと思ってるよ」
「おお!それは楽しみだな!」
……ガイルは乗り物が好きなんだなぁ。
◇
「実はね」
俺は二人に声をかけた。
「今、これよりずっと大きな蒸気機関車を造ろうとしてるんだ」
「……大きな?」
ナディアが首を傾げた。
「うん。別の場所に試験場も造ったんだよ」
「おお!それも見られるのか!?」
「もちろん!」
俺たちは屋敷を出て、政務所の裏手にある試験場へ向かった。
そこには、庭とは比べものにならないほど広い土地がある。
線路を敷くための場所。
大きな鉄材を加工する工房。
そして、職人たちが作業する建物。
「……おお!」
ガイルが周囲を見渡した。
「ここで、あれを造っているのか!」
「うん!」
「すごいですね……」
ナディアも驚いている。
「これほど大きな施設まで造られたのですね」
「ヴィクトルとヴァレスト公爵様が協力してくれてるんだ」
「ヴィクトルさんと、公爵様が?」
「うん。ヴィクトルは資金を出してくれたし、ローデン商会も設備の手配をしてくれてるんだ。公爵様からも出資していただけることになったんだよ」
「それは心強いですね」
ナディアが頷いた。
……本当にそうだ。
みんなの協力があったから、ここまで進められた。
◇
工房の中では、職人たちが大きな車輪や金属の部品を加工していた。
その奥には、試作中の蒸気機関が置かれている。
「……おお」
ガイルが感心したように声を上げた。
「庭にあったものとは、ずいぶん違うな!」
「うん。まだ完成してないけどね」
ルッツさんが説明してくれた。
「今は、より大きな力を出せる蒸気機関を研究しております。ただ、安全に動かすためには、まだ解決しなければならない問題もございます」
「問題?」
「はい。蒸気を作る部分の強度や、部品の接合などです」
ルッツさんが試験装置を示した。
「新しい材料も試しておりますが、加熱と冷却を繰り返すと、接合部分に隙間ができることがありまして」
「それは危険ですね」
ナディアが言った。
「はい。ですので、まだ実際の蒸気機関車には採用しておりません」
「うん。安全に使えるようになってからだね」
……そうなんだよね。
蒸気機関は便利だけど、事故が起きたら大変だ。
だからこそ、慎重に開発を進めたい。
「それにしても、リオンさん」
ナディアが大きな車輪を見つめていた。
「この蒸気機関車が完成したら、何を運ぶおつもりなんですか?」
「まずは鉱石かな」
「鉱石を?」
「うん。でも、将来的には食料や木材、それに人も運びたいと思ってるんだ」
「……人も?」
「そう!」
俺は地面に簡単な絵を描いた。
先頭に蒸気機関車。
その後ろに、いくつもの車両をつなぐ。
「こんな感じで、何台も車両を引っ張れるようになったらいいなって」
「おお!」
ガイルが絵を覗き込んだ。
「それなら、一度に大勢の人を運べるな!」
「うん!」
もちろん、そこまでできるようになるには、まだまだ時間がかかる。
「それにね」
俺は近くに敷かれた線路を指さした。
「これを実現するには、蒸気機関車だけじゃなくて、線路も長く延ばしていかないといけないんだ」
「……線路を?」
「うん。まずは鉱山とアナハイムをつなぐ。それから、アナハイムと領都。さらに、ほかの町へも延ばせたらと思ってるんだ」
「……なるほど」
ナディアが頷いた。
「つまり、町と町を鉄の道でつなぐのですね」
「そういうこと!」
ナディアは、しばらく地面の絵を見つめていた。
◇
「……リオンさん」
「うん?」
「それなら、アルスレインとセルヴァンの間にも線路を延ばすことができるのでしょうか?」
……おお。
さすがナディアだな。
「もちろん!両国が協力してくれればね!」
「……本当ですか?」
「うん。国境を越えるから簡単ではないと思うけど、技術的には目指せるはずだよ」
ナディアが目を輝かせた。
「それが実現したら、両国の行き来がずっと便利になりますね」
「そうだね!」
「……ガイルさん」
ナディアが隣のガイルを見た。
「私たちも、セルヴァンへ帰りやすくなりますね」
「おお!そうだな!」
ガイルが嬉しそうに笑った。
「それなら、セルヴァンの皆にも会いに行きやすくなるぞ!」
「ふふっ。はい!」
……そっか。
二人にとっては、そういう意味もあるんだな。
結婚してからも、ナディアはセルヴァンにいる家族や友人たちに会いたいだろう。
鉄道があれば、その負担を減らせるかもしれない。
「それにね」
俺は二人に声をかけた。
「俺は、アルスレインとセルヴァンだけじゃなくて、もっと遠くの国々まで線路を延ばせたらいいなって思ってるんだ」
「……遠くの国々、ですか?」
「うん!いつか、この大陸のいろいろな国が鉄道でつながったら、すごいと思わない?」
ナディアが驚いたように目を丸くした。
「……大陸の国々を?」
「もちろん、すぐには無理だよ。山も川もあるし、国同士の協力だって必要だからね」
線路を造るには、莫大なお金もかかる。
でも、実現すれば、大量の食料や物資を遠くまで運べるようになるかもしれない。
それだけじゃない。
「離れた場所に住む家族や友達にも、もっと会いやすくなると思うんだ」
「……そうですね」
「それに、鉄道は一つの領地だけじゃ、遠くまで延ばせないでしょ?」
「はい」
「だから、国同士が協力して何かを造るきっかけにもなってくれたら嬉しいな」
ナディアは、しばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「……リオンさんは、相変わらず、とんでもないことを考える方ですね」
「……あはは。そうかな?」
「はい」
ナディアが嬉しそうに微笑んだ。
「私は、アルスレインとセルヴァンがつながる未来を想像していました」
「うん」
「でも、リオンさんは、そのずっと先まで見ているのですね」
「いやいや!まだ夢みたいな話だよ!」
「ふふっ。でも、いつか実現しそうな気がします」
……そう言ってもらえると嬉しい。
「はっはっは!」
ガイルが大きな声で笑った。
「リオン!それなら、俺の領地にも線路を延ばしてくれ!」
「うん!いつかね!」
「楽しみにしているぞ!」
俺は、工房の中に置かれた試作品を見つめた。
今はまだ、小さな蒸気機関車を走らせるのが精一杯だ。
でも、ルッツさんたちは毎日研究を続けてくれている。
たくさんの人たちも協力してくれている。
いつか、この機械が多くの人や荷物を運び、遠く離れた国々を結ぶ日が来るかもしれない。
……楽しみだな。
俺は、そんな未来を思い描きながら、目の前の蒸気機関車を見つめていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
蒸気機関車をセルヴァン王国へつなぐ場合、ラグナ河という大きな河をどう渡るかが課題になります。




