第628話 広がる道
新連載はじめました!
『王女殿下、まずは拳をお下げください ~転生執事と最強王女の成り上がり~』という作品です。
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その日の夕食は、ガイルとナディアを招いて、ミラと四人で食べることにした。
食卓には、ハル領で採れた野菜やワイルドボアの肉料理が並んでいる。
それに、セルヴァンから持ってきた米も用意してもらった。
ガイルは早速、米と肉を口へ運んだ。
「うまい!」
「あはは。よかった!」
ナディアも嬉しそうに微笑む。
「ふふっ。ガイルさんは本当にお米がお好きですね」
「ああ!肉にもよく合うからな!」
……相変わらずよく食べるなぁ。
俺も負けじと肉に手を伸ばした。
しばらくすると、ガイルが何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、リオン!」
「何?」
「ヴィクトルはどうした?」
「ヴィクトル?」
「ああ!あいつもいると思っていたんだが!」
「ヴィクトルなら、今はセルヴァンに行ってるみたいだよ」
「セルヴァン?」
ガイルがナディアを見た。
「ナディア、何か聞いているか?」
「いいえ。私も存じません」
ナディアも不思議そうに首を傾げた。
「でも、ヴィクトルさんのことですから、何か新しい商売の機会でも見つけたのかもしれませんね」
「ああ、ありそうだね!」
ヴィクトルは昔から商売の話になると、目の色が変わる。
きっと何か考えがあるんだろう。
「はっはっは!あいつらしいな!」
ガイルが豪快に笑った。
その後は、ガイルとナディアが婚約に至るまでの話を聞いた。
いろいろ大変だったらしい。
それでも、二人とも本当に嬉しそうだった。
学院時代の思い出話にも花が咲き、気づけばガイルの米のおかわりは三杯目だ。
……よく入るなぁ。
「リオン、お前ももっと食べろ!」
「食べてるよ!」
「はっはっは!」
ミラとナディアが顔を見合わせて笑っていた。
……こういう時間もいいな。
◇
翌朝。
まだ朝食前だというのに、騎士団の訓練場には大勢の騎士たちが集まっていた。
今日から、ベイルン騎士団との合同訓練が始まる。
今回、ガイルが連れてきたのは、若手を中心とした二十人ほどの騎士たち。
ハガーとコディが指導役を務め、ガイル自身も参加する。
ハル領側も、アストンとノルをはじめ、多くの騎士団員が集まっていた。
新しく採用された騎士たちの姿もある。
「アストン。いよいよだね」
「はい。私も楽しみにしておりました」
「以前の訓練から、どれくらい強くなったかな?」
「それを確かめるよい機会ですな。新人たちにも、多くを学んでもらいたいと思っております」
「うん。よろしくね!」
俺は訓練場の端で、騎士たちが整列する様子を眺めていた。
……楽しみだな。
そのときだった。
「おお、リオン!」
ガイルが俺に気づいた。
「ちょうどいい!お前も参加しろ!」
「……えっ?」
「合同訓練だ!一緒にやろう!」
「俺も?」
「当然だ!」
……いや、見学するつもりだったんだけど。
「さあ、早く準備しろ!」
「……わかったよ」
まあ、体を動かすのは嫌いじゃない。
それに、ガイルたちの訓練を実際に受けられる機会なんて、そうそうないからね。
俺は訓練用の装備を身につけ、騎士たちの列に加わった。
「それでは、始めるぞ!」
ハガーの声が訓練場に響いた。
◇
最初は走り込みだった。
訓練場の外周を、隊列を崩さずに走っていく。
ベイルン騎士団の若手たちが先頭に立ち、ハル領騎士団が後に続いた。
俺も何とかついていく。
……うん。
これくらいなら大丈夫だ。
普段から鍛えているおかげで、新人騎士たちの何人かよりは余裕がある。
ところが。
「よし!次は装備を持って走るぞ!」
「……えっ?」
コディの指示で、盾と荷物が配られた。
それを持ったまま、再び走るらしい。
……なるほど。
実際の戦場では、身軽な格好で走れるとは限らないもんな。
そう思って走り始めたけど……。
「はぁ……はぁ……!」
……きつい!
さっきとは全然違う。
腕も足も重くなってきた。
それでも、ベイルン騎士団の若手たちは、一定の速度を保って走っている。
さすがだなぁ。
「リオン!まだまだいけるだろう!」
ガイルが横から声をかけてきた。
「いけるけど……!」
「よし!その調子だ!」
……ガイルは元気だなぁ。
その後、水分を補給して短い休憩を取ると、今度は集団行動の訓練が始まった。
数人ずつ組を作り、盾を構えながら移動する。
前方からの攻撃を防ぐだけでなく、左右の仲間とも動きを合わせなければならない。
「前だけを見るな!」
ハガーの声が響く。
「隣の騎士の動きも見ろ!一人だけ前に出ても意味がないぞ!」
「はい!」
ベイルン騎士団の動きは見事だった。
一人が速度を落とせば、周囲の騎士も自然に歩調を合わせる。
盾の位置もほとんど乱れない。
一方、ハル領騎士団はというと……。
「おい!前に出すぎだ!」
「す、すみません!」
「左側が空いているぞ!」
どうしても動きにばらつきが出てしまう。
特に新人騎士たちは、目の前のことに精いっぱいのようだ。
「落ち着け!周囲をよく見ろ!」
アストンの声が響いた。
アストンも盾を持ち、部下たちと一緒に動いている。
「一人で守ろうとするな!仲間を信じろ!」
「はい!」
その声に応えるように、騎士たちが隊列を整え直す。
……おお。
さっきより、ずいぶんよくなったな。
俺も隣の騎士に歩調を合わせた。
剣の腕がよくても、集団で戦うときには別の難しさがある。
これは勉強になるなぁ。
◇
「さすがベイルン騎士団ですな」
訓練が一段落したところで、ノルが感心したように言った。
「やっぱり、すごい?」
俺が尋ねる。
「はい。個々の体力や剣の技量も優れていますが、それ以上に連携が見事です」
「確かにね」
「疲労がたまっても、動きが乱れません。日頃から相当な訓練を積んでいるのでしょう」
……なるほど。
強い騎士が何人もいるだけじゃ駄目なんだ。
全員が協力して動けることが、騎士団としての強さにつながるんだな。
「リオン様」
アストンが額の汗を拭いながら声をかけてきた。
「よい訓練になっております」
「うん。俺もそう思うよ」
「新人たちには厳しいでしょうが、得るものは大きいはずです」
「そうだね。でも、アストンもずいぶん頑張ってるね」
「私が動けなくては、部下に示しがつきませんからな」
アストンが笑った。
……頼もしいな。
そのとき、ガイルがやってきた。
「リオン!以前よりよくなっているぞ!」
「本当?」
「ああ!まだまだだが、動きにまとまりが出てきた!」
「それは嬉しいな!」
「アストン!日頃の訓練の成果だな!」
「ありがとうございます。しかし、まだ課題は多いですな」
「はっはっは!課題があるなら、これから強くなれるということだ!」
……そうだね。
ベイルン騎士団との差は、まだ大きい。
でも、ハル領騎士団も確実に成長しているんだ。
これからが楽しみだな。
◇
訓練が終わる頃には、俺もすっかり汗だくになっていた。
……疲れた。
でも、気持ちのいい疲れだ。
「どうだ、リオン!いい汗をかいただろう!」
「うん。かなりね!」
「はっはっは!また一緒にやろう!」
「うん。ぜひ!」
その後、俺たちは汗を流して朝食をとった。
今日は、この後レイ湿原へ向かう予定だ。
ナディアが稲の生育状況を確認したいと言っていたから。
もちろん、ガイルたちも同行する。
今回の移動には、ナディアの護衛騎士や侍女たちも加わる。
さらに、ベイルン騎士団とハル領騎士団の一部が、一緒に移動することになった。
領都の警備が手薄になってはいけないので、残る騎士たちには普段どおりの任務をお願いしている。
そして道中では、ハガーとコディが若手騎士たちに護衛や隊列の指導をするそうだ。
もちろん、ナディアたちの安全を最優先にして、無理のない範囲で行う。
……なるほど。
移動すること自体も、いい訓練になるんだな。
◇
朝食を終えると、俺たちはレイ湿原へ向けて出発した。
ナディアとミラは馬車に乗り、俺とガイルはその近くを馬で進む。
周囲には、両騎士団の騎士たちがいる。
前方を警戒する者、馬車の左右につく者、後方を守る者。
それぞれ役割を分担していた。
ナディアの護衛騎士たちも、馬車の周囲を固めている。
ポロリは、少し離れた上空を飛んでいた。
ピコはミラと一緒に馬車に乗り、ナッシュはガイルの肩にいる。
「ピー!」
「キュ!」
……あはは。
今日も元気だな。
しばらく進むと、道の様子が変わってきた。
地面が平らになり、馬車の車輪が滑らかに転がっていく。
硬化石で舗装された区間に入ったんだ。
「まあ!」
馬車の窓から、ナディアが声をかけてきた。
「リオンさん、とてもいい道ですね!」
「ありがとう!」
「以前より、ずいぶん揺れが少なくなった気がします」
「うん。硬化石を使って、通りにくかった場所から少しずつ整備してるんだ」
「そうなんですね!」
ナディアが嬉しそうに微笑んだ。
「これなら、荷物を運ぶ人たちも助かりますね」
「うん。特に雨が降った後なんかは、違いが大きいと思うよ」
以前の街道には、雨が降るとぬかるんでしまう場所があった。
荷馬車の車輪がはまり、動けなくなることもあったらしい。
でも、硬化石で舗装すれば、そうした問題を減らせる。
もちろん、まだすべての道が完成したわけじゃない。
今も荷馬車が通りにくい場所から、優先して工事を進めているところだ。
「そういえば、リオン!」
ガイルが横から声をかけてきた。
「ベイルン領でも、硬化石を使った道が増えてきたぞ!」
「えっ、本当?」
「ああ!まだ一部だがな!荷馬車がよく通る道から整備している!」
「へえ!」
「それに、こっちへ来る途中にも、硬化石を使った道があったぞ!」
「そうなんだ!」
……おお。
それは嬉しいな。
硬化石の道路が、ハル領だけじゃなく、ほかの領地にも広がっているんだ。
「やっぱり、使いやすい?」
「もちろんだ! 馬車が通りやすくなるし、荷物も運びやすいぞ!」
「よかった!」
「俺たち騎士団にとってもありがたいぞ!」
「そうなの?」
「ああ!遠征するときには、道の状態が重要だからな!兵や物資を運ぶのも楽になる!」
……なるほど。
俺は主に商人や領民の暮らしを考えていたけど、ガイルは軍事面から見ているんだ。
「確かに、道がよければ移動もしやすいもんね」
「ああ!いい道は、国を強くするぞ!」
ガイルが力強く頷いた。
……そっか。
硬化石の道路は、いろいろなところで役に立っているんだな。
なんだか嬉しくなってきた。
◇
道中では、硬化石の舗装工事をしている場所も見かけた。
職人たちが地面を整え、領民たちが資材を運んでいる。
馬車の通行を妨げないように、作業する場所も分けられていた。
「おお!あそこでも工事をしているのか!」
ガイルが言った。
「うん。今はいくつかの場所で同時に進めてるんだ」
「ほう!順調そうだな!」
「おかげさまでね」
そういえば、領都からアナハイムへ向かう道も、工事がずいぶん進んだ。
約四十キロある街道のうち、硬化石で舗装し終えた区間を合わせると、だいたい三分の一くらいになる。
もちろん、端から順番に整備しているわけじゃない。
だから、まだ舗装されていない区間も多い。
それでも、街道の使い勝手は少しずつよくなっているらしい。
「リオン!騎士団も工事を手伝えば、もっと早く進むんじゃないか?」
ガイルが尋ねた。
「それも考えたんだけど、今は領民たちに任せようと思ってる」
「ほう?」
「道路工事は、領民たちの大切な仕事にもなっているからね」
農業の合間に工事を手伝って、収入を得ている人もいる。
仕事を求めてハル領に来た人たちも、工事に参加してくれているそうだ。
工事を早く終わらせることも大切だ。
でも、今は順調に進んでいる。
わざわざ騎士団を大勢投入して、領民たちの仕事を減らす必要はないと思う。
「なるほどな!」
ガイルが頷いた。
「それなら、俺たちは俺たちの仕事をすればいい!」
「うん!」
「今はナディアたちを安全に送り届けることだな!」
ガイルが馬車の方を見た。
……そうだね。
騎士団には、騎士団にしかできない仕事もある。
今回の旅では、しっかり護衛の経験を積んでもらおう。
そう考えていると、前方からコディの声が聞こえてきた。
「前方の確認が終わりました!異常ありません!」
「よし!このまま進むぞ!」
ハガーが指示を出す。
ハル領騎士団も、その動きに合わせて進んでいく。
……うん。
これもいい訓練になりそうだな。
◇
その日の夕方。
俺たちは、あらかじめ宿泊の手配をしていた宿場へ到着した。
レイ湿原までは、もう少しだ。
ナディアやミラ、それに侍女たちには宿で休んでもらう。
騎士たちは交代で周辺の警戒にあたり、残りの者は休息を取ることになった。
朝から訓練して、その後も長い距離を移動してきたんだ。
新人騎士たちは、さすがに疲れているようだ。
でも、誰も弱音を吐いていない。
……頑張ってるなぁ。
俺も少し足が重い。
今日は早く休んで、明日に備えよう。
ガイルは相変わらず元気そうだけどね。
◇
翌日。
俺たちは再び馬車と馬に乗り、レイ湿原を目指した。
朝からよく晴れている。
街道の両側には、緑の草原が広がっていた。
しばらく進むと、遠くに見覚えのある景色が見えてきた。
レイ湿原だ。
広い湿原には、背の高い草が生い茂っている。
ところどころに水辺があり、その周囲には葦のような植物が群生していた。
その向こうには、ノア山脈の山々が見える。
……やっぱり、広いなぁ。
でも、以前と少し景色が違っていた。
湿原の一角に、四角く区切られた水田が見える。
低い畦がいくつも伸び、その間には水が張られていた。
そして、水面からは鮮やかな緑色の稲が伸びている。
……おお!
「ミラ!見て!」
「わあ!」
ミラが馬車の窓から外を眺める。
「リオン!稲が大きくなってる!」
「うん!」
田植えをした頃は、まだ小さくて頼りない苗だった。
それが今では、しっかりと根を張り、葉を何枚も伸ばしている。
風が吹いた。
サワサワと音を立てて、稲の葉が揺れる。
水面には、青い空と白い雲が映っていた。
その間から、細長い緑の葉がまっすぐに伸びている。
……綺麗だな。
水田の脇には、小さな水路が流れている。
畦の上では農民たちが腰をかがめ、水の深さや稲の様子を確認していた。
少し離れた場所では、数人が水路の泥を取り除いている。
遠くを見れば、まだ手つかずの湿原が広がっていた。
背の高い草が風に揺れ、水辺では鳥たちが羽を休めている。
さらにその向こうには、緑に覆われたノア山脈。
広大な自然の中に、人の手で作られた小さな水田がある。
その景色が、何だかとても印象的だった。
◇
俺たちは水田の近くで馬車を止めた。
ナディアが降りてきて、目の前の景色を見つめる。
「……綺麗ですね」
「うん」
「セルヴァンでは見慣れた景色のはずなのに、ここで見ると、何だか特別に感じます」
ナディアが嬉しそうに微笑んだ。
……そうかもしれないな。
少し前まで、ここでは米なんて作っていなかった。
それが今では、セルヴァンから来てくれた人たちと、ハル領の農民たちが協力して稲を育てている。
「みんな、頑張ってくれたんだね」
ミラが言った。
「うん。本当にそうだね」
俺は水田を見渡した。
まっすぐに並んだ稲。
畦を歩く農民たち。
水路を流れる水。
風が吹くたび、若い稲の葉が一斉に揺れている。
……なんだか、日本の田舎を思い出すな。
前世では、田んぼなんて珍しくもなかった。
でも、この世界で見ると、こんなにも嬉しくなるんだな。
「これが米になるのか!」
ガイルが声を上げた。
「うん。順調に育てば、秋には収穫できると思うよ」
「それは楽しみだな!」
「あはは。ガイルは食べる方が楽しみなんでしょ?」
「当然だ!」
ガイルが豪快に笑った。
ナディアもミラも、つられて笑う。
……本当に、ガイルらしいな。
でも、俺だって収穫が楽しみだ。
まだ試験栽培だから、どれだけ米が取れるかわからない。
この土地に合った育て方も、これから見つけていかなければならない。
それでも、少し前までただの湿原だった場所に、今は稲が育っている。
セルヴァンの人たちと、ハル領の人たちが力を合わせて作った水田だ。
これがうまくいけば、いつかもっと広い場所で米を作れるようになるかもしれない。
そして、ハル領で育てた米を、領民たちの食卓に届けられる日が来るかもしれない。
……秋になったら、ここはどんな景色になるんだろう。
俺は、風に揺れる緑色の稲を見つめながら、そんなことを考えていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
最近、まったく訓練をしていなかったリオンですが、ベイルン騎士団の訓練についていけるのは若さなんだろうなと思います。




