表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第6章 アルスレイン王立学院一年生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/77

第62話 行き止まりの先

 洞窟の奥から、ほんのわずかにぬるい風が流れてくる。


 それは気のせいで片づけるには、妙に肌に残る温度だった。


 ガイルが剣を下ろさないまま、通路の先を睨む。


「行き止まりに見えるんだが」


 実際、俺たちの前にあるのはただの壁だ。

 白っぽい鉱質がまだらに走る岩壁。

 人一人通れるような裂け目はない。

 学院の管理札も、この壁の手前までで終わっている。


 だが、綻びの目ははっきり告げていた。


 《洞内構造:学院把握範囲と差異》

 《奥部:未記録反応あり》


「……風がある」


 俺が言うと、セレナが壁際へ寄ってきた。


「どこから?」


「このあたり」


 岩壁の右寄り、腰の高さあたりを指す。

 セレナは手をかざし、目を細めた。


「……たしかに、少しだけ空気が流れているわ」


 ナディアも静かに壁へ触れる。


「温度も違います。この部分だけ、内側から熱が来ているみたいです」


「じゃあ、裏に空間があるってことか?」


 ガイルがあっさり言う。


「壊してみるか?」


「待って」


 セレナがすぐ止めた。


「何でもかんでも斬ればいいわけじゃないでしょう。崩落したらどうするのよ」


「ならどうする」


「まず、壁の状態を見るの」


 言い返しながらも、セレナの声は少しだけ上ずっていた。

 たぶん、興奮している。


 それは俺も同じだった。


 ヴィクトルがしゃがみ込み、壁の根元を観察する。


「面白いな」


「何が」


「ここの粉だよ」


 指先で壁際の白い粉を拾い、光にかざす。


「手前の洞壁鉱粉より細かい。しかも、少し重い」


「わかるの?」


 思わず聞くと、ヴィクトルは肩をすくめた。


「見慣れてるからな。工房に出入りしてると、粉でも音でも違いは残る」


 エドガーは壁全体を見て、それから短く言った。


「一点だけ薄い場所がある」


 彼が指したのは、俺が風を感じた位置の少し上。

 たしかに、色が違う。

 周囲よりわずかに明るく、湿り方も異なる。


 視界の端に文字が浮かぶ。


 《岩質:後補修》

 《強度:低》

 《綻び:中央下部》


 後補修。


「ここ、自然の壁じゃない」


 俺が言うと、全員の視線が集まった。


「あとから塞がれた跡だ」


「学院が塞いだのか?」


 ガイルが聞く。


「そこまではわからない。でも、元からこうじゃない」


 ナディアが小さく頷いた。


「削れ方が周囲と違います。自然の割れではありません」


 エドガーは少しだけ考え、すぐに判断した。


「開けるぞ。ただし、無理に壊すな。最小限で様子を見る」


「異論ある?」


 ヴィクトルが聞く。


「ない」


 セレナは即答だった。

 ガイルも剣を肩から下ろす。


「なら俺がやる」


「斬るなよ」


「わかってる」


 ガイルは剣を鞘に戻し、代わりに腰の短い鉄棒を抜いた。

 柄尻で壁の薄い部分を、まず軽く叩く。


 ごつ、ごつ。


 鈍い音。


 だが三打目で、音が変わった。


 奥が空いている音だ。


「やっぱり空洞だな」


 ヴィクトルがにやりと笑う。


 ガイルは今度は力を込めて、しかし一点だけを狙って打ち込んだ。


 ばき、と亀裂が走る。


 粉が落ちる。

 その隙間から、たしかにぬるい空気が流れ出した。


 全員が少しだけ息を止める。


「……当たりね」


 セレナが低く言う。


 ガイルがもう一撃。

 今度は拳大の穴が開いた。


 そこから先を覗き込むと、向こう側は真っ暗だった。

 だが、壁一枚の先に小さな空洞があるのは間違いない。


「灯り」


 エドガーの声で、セレナが小さな火球を指先に灯す。

 それを穴へ近づけると、向こうの空間がわずかに照らされた。


 狭い。

 だが、自然にできた小空洞というより、岩の裂け目が奥へ続いているように見える。


 そして、壁の向こうの岩肌には、こちら側にはない鉱質の光沢が走っていた。


 白ではない。

 灰でもない。

 青みを帯びた、鈍い金属光沢。


 ヴィクトルの目が変わる。


「……おい」


「なに?」


「見えるか、あれ」


 俺も穴へ顔を寄せる。


 視界の端に、文字が浮かぶ。


 《鉱質:高魔力伝導反応》

 《純度:不明》

 《綻び:奥へ続く》


 高魔力伝導。


 胸の奥が、どくんと鳴った。


 普通の洞壁鉱粉じゃない。

 魔石とも少し違う。

 でも、もしこの反応通りなら――


「リオン?」


 セレナが呼ぶ。


「……これ、普通の鉱石じゃないかもしれない」


「価値があるのか」


 エドガーが聞く。


「たぶん、かなり」


 そう答えた瞬間、ヴィクトルが低く笑った。


「それはいいな。“かなり”はお前の中では高評価だ」


 ガイルはもう半分、身体を穴へ向けていた。


「だったら中を見ようぜ。こんなところで止まる理由がない」


「慎重に、って言ってるでしょう」


 セレナがぴしゃりと言う。


「ここから先は学院の管理外かもしれないのよ」


「でも行かなきゃ何もわからない」


「それはそうだけど、勢いだけで入るなって話!」


「二人とも」


 エドガーがまた短く止める。


 それだけで、妙に空気が整う。


「狭い。全員では入れないな」


 たしかにそうだった。

 壁の穴をもう少し広げても、一度に並んで進める幅はない。


「先に俺とリオンが見る」


 エドガーが言う。


「必要ならすぐ戻る。後ろはセレナとナディアが灯りと索敵。ヴィクトルは記録と回収判断。ガイルは入口側を抑えろ」


「了解」


 返事は揃った。


 この短さで決まるのは、やっぱりエドガーの資質なんだろう。


 壁の穴を人が通れる程度まで広げ、俺とエドガーが先に入る。

 狭い裂け目だ。

 肩をすぼめるようにして通る。


 向こうへ抜けた先は、小さな空洞だった。


 天井は低い。

 でも奥に向かって、ゆるく下っている。

 岩肌には、さっき見えた青みのある鉱質が断続的に露出していた。


 足元には白い殻のようなものが散らばっている。


「これ……抜け殻か?」


 俺がしゃがみ込む。


 乾いている。

 だが新しくはない。

 何かがここに棲んでいたか、今も棲んでいる。


 エドガーが低く言う。


「匂いが変わったな」


 その瞬間だった。


 空洞の奥、さらに下へ続く暗がりの向こうから、ずるり、と何かを引きずるような音が響いた。


 反射的に背筋が固まる。


 セレナの火球の光が届くぎりぎりの暗がりで、岩肌に沿うように長い影が動いた。


「……下がれ!」


 エドガーが鋭く叫ぶ。


 次の瞬間、暗闇の奥からそれは現れた。


 太い。

 長い。

 蛇に似ている。

 だが頭部の左右から、洞窟の岩を引っかくような鉤爪じみた角が伸びている。

 目は濁った金色。

 喉元の奥で、熱を含んだ音が鳴る。


「なっ……」


 ガイルが穴の向こうで息を呑む。


「洞窟の主かよ!」


 そいつは頭をもたげ、俺たちを見た。


 その視線だけで、わかる。


 強い。


 授業用の小型魔物なんかじゃない。

 この場所に棲みついて、この空洞ごと縄張りにしている側の生き物だ。


 視界の端に、文字が浮かぶ。


 《脅威:高》

 《属性:熱》

 《綻び:喉元深部》

 《警告:単独対処非推奨》


 喉元。

 だが、そこへ届く前にこっちがやられる。


 蛇型の主が、喉奥を赤く光らせた。


「まずい!」


 俺が叫ぶのと、セレナが火球を散らして光を増やすのが同時だった。

 ガイルが剣を抜き、エドガーが俺の肩を強く引く。


 次の瞬間――


 洞窟の主が、ぬるい風の正体みたいな熱い息を吐いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ