表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル「綻びの目」で領地を立て直します  作者: コバチ
第6章 アルスレイン王立学院一年生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/66

第61話 管理林区の異変

 課外活動の初日は、朝から妙に空気が澄んでいた。


 王都の北西門近く。

 学院生用の集合場所には、すでに何人もの生徒が集まっている。

 剣術実習へ向かう者。

 文官補佐の説明を受ける者。

 工房見学用の馬車に乗り込む者。


 その中で、俺たちは少しだけ目立っていた。


 エドガー・アルスレイン第二王子。

 セレナ・ヴァレスト。

 ヴィクトル・ローデン。

 ガイル・ベイルン。

 ナディア・セルヴァン。

 そして俺。


「朝から濃い顔ぶれだな」


 ヴィクトルがそう言いながら肩をすくめる。


「自分もその中に入ってる自覚はある?」


「当然ある。だから言ってるんだ」


 その横でガイルは、肩に担いだ剣の具合を確かめていた。


「顔ぶれがどうでも、やることは同じだろ。森へ行って、採って、戻る」


「それで済めばいいけどな」


 ヴィクトルが言う。


「済まないと思ってるの?」


「学院の実習で、“ただ行って帰るだけ”では済まないだろう」


 それはたしかにそうだった。


 ローヴェン先生が管理している以上、何かしら見るつもりなのは間違いない。

 しかもこの顔ぶれで一緒に動かすということは、素材採取の腕だけではなく、現場で何を考えるかまで見たいのだろう。


 少し離れた位置にいたセレナが、こちらへ歩いてくる。


「遅れてないわね」


「おはよう、が先じゃない?」


「今したでしょう」


「してないけど」


「したことにしておきなさい」


 相変わらずだ。


 でも、こうして自然にこっちへ来るあたり、もう初日の距離感ではなかった。


 ナディアは一歩後ろで、今日の班用に配られた簡易地図を見ている。


「管理林区から第二実習洞ダンジョンまで、思ったより距離がありますね」


「半日で往復できるはずだ」


 エドガーが静かに答える。


「だが、寄り道や判断の遅れは想定しているだろう。訓練としてはその方が自然だ」


 その時、ローヴェンが現れた。


 相変わらず無駄のない足取りで、全員を一度見回す。


「揃ったな」


 それだけで、場の空気が引き締まる。


「今日の課外活動は、王都北西・管理林区、および第二実習洞で行う」


 学院職員が手際よく小袋を配る。

 中には簡易記録札、小型ナイフ、採取用の布、そして回収目標一覧。


 俺は一覧に目を通した。


 薄青苔

 灰葉草

 洞内白晶茸

 小型魔石片

 洞壁鉱粉


 薬用もある。

 工房用もある。

 洞内素材も混じっている。


「全部回収する必要はない」


 ローヴェンが言う。


「だが、何を優先し、何を捨てるかの判断は見る。

 加えて、採取経路、危険判断、班行動も評価対象だ」


「質問」


 ヴィクトルが手を挙げる。


「目標以外の素材を拾ったら?」


「価値を説明できるなら減点しない」


「いいね」


 ヴィクトルが笑う。


 ガイルは鼻を鳴らした。


「結局、見つけたもの勝ちですか。」


「そうとも言える」


 ローヴェンは否定しなかった。


「ただし、無理に奥へ入るな。

 管理区域を外れるな。

 そして何より――“授業だから安全だ”と思うな」


 短いその一言が、妙に重かった。


「では行ってこい」


 ◇


 管理林区へ入ってすぐ、森の空気が王都の外と少し違うことに気づいた。


 深い森ではない。

 人の手が入っている。

 細い管理道も通っているし、危険な区域には目印も立っている。


 それでも、森は森だ。


 湿った土の匂い。

 葉擦れ。

 遠くの鳥の声。

 木漏れ日。

 その全部の下に、王都の近くとは思えない静けさがある。


「これなら素材採取の訓練としてはちょうどいいな」


 ガイルが前方を見ながら言った。


「戦うにも狭すぎず、見通しも悪すぎない」


「君はすぐ戦いの話になるね」


 セレナが言う。


「戦えるかどうかは大事だろ」


「否定はしないけど、今日は採取よ」


「採りながら戦うこともある」


「だからあなたは脳筋寄りなのよ」


「何だと?」


「静かに」


 エドガーの一言で、二人とも口を閉じた。


 短い。

 だが効く。


 先頭はガイル。

 その少し後ろにエドガー。

 俺とセレナとナディアが中央。

 ヴィクトルが最後尾寄りで周囲を見ている。


 自然とそうなった。

 誰かが決めたわけじゃない。

 でも、悪くない並びだった。


「最初の採取地点はこの先の沢沿いです」


 ナディアが地図を見ながら言う。


「灰葉草がまとまって取れるはずですが――」


 そこで、彼女は少しだけ眉を寄せた。


「どうしたの?」


「いえ。少し、湿り方が違う気がして」


 その言い方に、俺も周囲を見る。


 たしかに、沢へ近づいているわりに、土が思ったほど湿っていない。

 逆に、少し乾いている。


 目的の場所へ出た。


 浅い沢。

 石。

 低木。

 本来なら、このあたりに灰葉草が群れているはずだ。


 だが――少ない。


「少ないな」


 ガイルが先に口にした。


「一覧では“容易”になっていたぞ」


 ヴィクトルもしゃがみ込んで、草を指で避ける。


「採られた跡じゃないな。そもそも生えてない」


 セレナが一本だけ見つけた灰葉草を摘み、葉裏を確認する。


「枯れてはいないわね。

 でも、育ちが悪い」


 ナディアは沢の上流側を見る。


「水の質が少し変わったのかもしれません」


「水?」


「ええ。湿地系の草は、水が変わると露骨に出ます」


 そこへ俺の視界の端に、薄青い文字が浮かんだ。


 《灰葉草:生育不足》

 《沢水:微量鉱質増》

 《綻び:上流側、流入変化》


 上流側。


「原因は上の方かも」


 俺が言うと、ヴィクトルがすぐ反応する。


「そうなのか?」


「たぶん、水の流れが少し変わってる」


「また“たぶん”か」


「でも、外れてる感じはしない」


 エドガーが沢へ視線を向けた。


「第二実習洞はこの沢の上流寄りにあるな」


「繋がってるってこと?」


 セレナが聞く。


「可能性はある」


 エドガーは短く答える。


「なら、先へ進む価値はある」


 最初の採取地点から、もう違和感が出た。


 ローヴェンがこれを完全に把握していたのか、それともあえて選んだのかはまだわからない。

 だが少なくとも、目録通りに回収するだけで終わる実習ではなさそうだった。


 ◇


 第二実習洞の入口は、岩場の陰にひっそりとあった。


 人工的に整えられてはいる。

 入口には学院の管理札も打たれているし、外から見れば訓練用の小規模洞窟に見える。


 だが、近づいた瞬間に違和感があった。


 空気が少しぬるい。


「……あれ?」


 俺が足を止める。


「どうした」


 エドガーがすぐに聞く。


「ちょっと温かい」


 セレナも洞口に立って、息を吸い込んだ。


「言われてみれば、少しだけ」


 ナディアは壁面に触れる。


「内部の湿度も、資料より高そうです」


「ただの洞窟って感じじゃないな」


 ヴィクトルが呟く。


「いいね。面白くなってきた」


「お前は何でも面白がるな」


 ガイルが言う。


「面白くないよりはいい」


 そう返しながら、ヴィクトルは洞口の脇にしゃがみ込んだ。


「足跡がある」


「学院生のじゃないの?」


 セレナが言う。


「それもある。けど、それだけじゃないな」


 俺もしゃがみ込む。


 踏み荒らされた土。

 靴跡。

 獣の爪痕に近いもの。

 そして、壁際にこすれた痕。


 視界の端に文字が浮かぶ。


 《出入り:複数》

 《学院記録外反応:微》

 《綻び:洞内奥部、流入あり》


 学院記録外。


 胸の奥が少しだけざわつく。


「普通の実習洞にしては、出入りが雑だ」


 俺が言うと、エドガーが短く頷く。


「入る。だが、速度は落とす」


 ガイルが先頭。

 エドガーがそのすぐ後ろ。

 俺たちは中央。

 ヴィクトルが最後尾。


 洞窟の中は、思ったより広かった。


 狭い一本道ではない。

 奥に行くほど枝分かれするタイプだ。

 壁には白っぽい鉱質の筋が走っている。

 ところどころに薄青苔がついているが、目録にあった洞内白晶茸はあまり見当たらない。


「資料と生え方が違うわね」


 セレナが壁際を見ながら言う。


「こっちは減って、代わりにこっちの苔が増えてる」


「条件が変わったんだろうな」


 俺が答える。


 足元で小石が転がる。


 その瞬間、前方でガイルが低く声を出した。


「止まれ」


 全員が止まる。


 通路の先。

 曲がり角の向こうから、かすかな音がした。

 擦れる音。

 爪のようなものが石を引っかく音。


 次の瞬間、小型の魔物が飛び出してきた。


 犬ほどの大きさ。

 だが身体は細く、洞窟向きに四肢が長い。

 目がやけに明るい。


「資料にある洞穴鼠型じゃないぞ!」


 ガイルが叫ぶ。


 飛びかかってきた一体目を、ガイルが剣の腹で横へ弾く。

 そこへ二体目が壁を蹴って頭上から来る。


 セレナの火弾が一瞬で走り、魔物の進路をずらした。

 着地したところへ、エドガーが短剣で喉元を正確に突く。


「右壁!」


 ナディアの声が飛ぶ。


 見ると、壁の窪みからもう一体這い出そうとしていた。

 しかも一体じゃない。二体。


 ヴィクトルが舌打ちする。


「数が多いな!」


「下がるな!」


 エドガーの声が鋭い。


「ここで下がると通路が詰まる!」


 その判断が速い。


 たしかにこの幅では、後退すると逆に動きにくい。

 前衛が前で止めて、後ろが捌く方がいい。


 俺は風を細く走らせる。

 洞窟内で火を使いすぎるのは危険だ。

 なら、まずは足を止める。


 風刃が魔物の前脚を払う。

 体勢を崩したところへ、ガイルが踏み込んで斬り下ろした。


「いい連携だ!」


 ガイルが叫ぶ。


「お前が言うか」


 ヴィクトルが言いながら、足元の石を拾って奥へ投げる。


 石が壁に当たる。

 その反響で、さらに一体が潜んでいた位置がわかった。


「左奥にもいる!」


「助かる」


 エドガーが短く返す。


 ナディアは洞窟の壁面に目を走らせ、すぐに言う。


「右側へ寄りすぎないで! 床が脆いです!」


 その言葉に、ガイルが咄嗟に踏み込みを修正する。

 次の瞬間、右側の石がぱきりと割れた。


「……危なっ」


「どうしたの?」


 セレナが聞く。


「色が違いました」


 ナディアは静かに答える。


 その間にも、最後の一体が通路の奥から飛び出してくる。

 速い。

 だが、一直線だった。


 視界の端に、綻びが走る。


 《跳躍軌道:固定》

 《綻び:眉間直下》


 右手を出す。

 火を小さく。

 そこへ風を細く重ねる。


 赤白い線が一瞬だけ走り、魔物の額を貫いた。


 乾いた音とともに、魔物が地面へ落ちる。


 洞窟の中が静かになった。


 荒い息。

 焦げた匂い。

 石の冷たさ。

 その全部が、数秒遅れて戻ってくる。


「……予定外の“戦闘”にしては、十分すぎるな」


 ヴィクトルが息を吐く。


「授業用の実習洞に、あんなのがまとまって出るの?」


 セレナが眉を寄せる。


「普通は出ないだろう」


 エドガーが即答した。


「少なくとも、学院側の想定通りではないはずだ」


 ガイルが剣についた血を払う。


「なら、やっぱりおかしいな」


 ナディアはしゃがみ込み、倒れた魔物の爪先を見た。


「足裏が削れています」


「何が言いたい」


 ガイルが聞く。


「浅い洞窟を歩き回った個体というより、もっと岩の多い場所を通ってきた個体に見えます」


 俺はその言葉に、洞窟のさらに奥を見た。


 暗い。

 曲がっている。

 学院の管理札が立っているのは、今いるこのあたりまでだ。


 その先は、資料より少し長い気がした。


 そして、その時だった。


 視界の端に、薄青い文字が浮かぶ。


 《洞内構造:学院把握範囲と差異》

 《奥部:未記録反応あり》

 《綻び:奥にまだ何かある》


 ――奥にまだ何かある。


 背筋が、ぞくりとした。


「リオン?」


 セレナの声が近くで響く。


 俺はすぐには答えられなかった。


 洞窟の奥から、ほんのわずかにぬるい風が流れてくる。

 管理された実習洞の空気じゃない。

 もっと奥で、何かが変わっている空気だ。


「……この洞窟」


 小さく呟く。


「学院が把握してる実習洞と、少し違う」


 全員の視線が奥へ向いた。


 暗い通路。

 見えない先。

 そして、説明にない異変。


 課外活動初日。

 ただの素材採取実習のはずだったが

そんな空気はもうどこにも残っていなかった。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

続きが気になったら、ブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ