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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第6章 アルスレイン王立学院一年生

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第60話 教室の外へ

 Sクラスの空気は、少しずつ変わり始めていた。


 入学式の日の緊張。

 初日の探り合い。

 即席チームでの衝突。


 そこを越えた今も、仲が良いとは言えない。

 でも、少なくとも「誰がどういう時に動く人間か」は、少しずつ見え始めている。


 セレナは負けず嫌いで、正面から完成度を詰めてくる。

 ヴィクトルは口が回るが、頭も回る。

 ガイルは前に出ることを恐れない。

 エドガー・アルスレイン第二王子は静かだが、静かなまま場の主導権を奪う。

 ナディア・セルヴァンは一歩引いて見ているようで、一番よく全体を見ている。


 そんな連中と、毎日同じ教室にいる。


 正直、楽ではない。

 でも、退屈もしない。


 その日の午前最後の授業が終わったあと、ローヴェンが出席簿を閉じて言った。


「今日はもう一つ、話しておくことがある」


 教室の空気が少し締まる。


「王立学院には、通常授業とは別に、課外活動選択制度がある」


 黒板にいくつかの言葉が書かれていく。


 剣術実習

 騎士戦技

 魔法研究

 魔道具研究

 工房見学

 素材研究

 野外探索

 文官補佐

 商業実務補助


 その並びを見ただけで、教室の空気が少し動いた。


「学院は、教室の中だけで優秀な人間を育てるつもりはない」


 ローヴェンは黒板の前に立ったまま続ける。


「剣を学びたい者は剣を学べ。

 魔法を深めたい者は深めろ。

 工房を見たい者、書類の山を見たい者、外へ出たい者もいるだろう」


 そこで教師の視線が一度だけ全員をなぞった。


「課外活動は遊びではない。

 もう一つの授業であり、将来の入口でもある」


 ……なるほど。


 学院がこの制度を置いている理由は、たぶん一つじゃない。

 生徒の適性を見るためでもあり、将来の進路を早めに見極めさせるためでもあり、机の上だけではわからない現実を踏ませるためでもある。


 Sクラスの何人かは、もう露骨に興味を示していた。


 ガイルが腕を組んだまま、黒板の左側を見る。


「剣術実習と騎士戦技の違いは?」


「剣術実習は個人技と基礎。騎士戦技は集団戦、対魔物戦、実戦運用寄りだ」


「なら騎士戦技だな」


 即答だった。


 いかにも、と思う。


 セレナは魔法研究の文字を見ている。

 表情は変わらないが、たぶん一番自然に興味が向くのはそこだろう。


 ヴィクトルは商業実務補助と工房見学、その両方を見ていた。

 あいつの場合、どちらを選んでもらしい。


 ナディアは素材研究と野外探索の間に視線を止めている。


 その時だった。


「では、一人ずつ聞く」


 ローヴェンが言った。


「現時点で、どの課外活動に最も興味があるか。

 理由も含めて答えろ。

 途中で変えることはできるが、最初の選択にはその人間の癖が出る」


 面倒なことをする教師だな、と思う。

 でも、嫌いではない。


「ベイルン」


「騎士戦技です」


 ガイルは立ち上がって、迷いなく答えた。


「剣だけじゃ足りない。

 どうせなら、複数で動く戦い方と、魔物相手の実戦に近いものをやりたい」


「理由は明確だな。座れ」


 次に指された文官家の娘リシェルは、少し考えてから答えた。


「文官補佐、です。

 王国の仕組みは教室で学べますが、実際の補佐業務は別物だと思うので」


「悪くない」


 ローヴェンの評価はいつも短い。


「ヴァレスト」


 セレナが立つ。


「高等魔法研究に興味があります。

 理論を詰めるなら、そちらが一番効率的でしょうから」


 やっぱり、そこか。


 まあ自然だ。

 セレナは努力家だし、魔法理論と実技の完成度を高める方向に向くのはわかる。


 次に指されたヴィクトルは、少し笑いながら立ち上がった。


「商業実務補助と工房見学で迷ってます」


「迷う理由は」


「商いの流れも見たいし、作る側の現場も見たいからです。

 売る人間が作る現場を知らないのは弱い。

 でも、作る人間が売り方を知らないのも弱い」


 教室のあちこちから、小さく息が漏れる。


 ヴィクトルらしい。

 どこまでも商人の頭だ。


「セルヴァン」


 ナディアは静かに立ち上がった。


「素材研究です。

 ただし、可能なら野外探索と結びついた形が望ましいです」


「理由は」


「素材は机の上で名前だけ覚えても、本質が抜けることがあるからです。

 どこで採れ、どう傷み、何と混じるか。

 その場で見る方が、理解は深いと思います」


 それを聞いて、少しだけ目を見張ったのは俺だけじゃなかったはずだ。


 ナディアはやっぱり、ただ静かなだけじゃない。


 そして、ローヴェンの視線がこっちへ来る。


「ハル」


 俺は立ち上がった。


 少しだけ教室の空気が変わる。

 この数日で、もうみんな薄々わかっているのだろう。

 俺が普通に「魔法研究です」とか言わないことくらいは。


「僕は、野外探索と素材研究に興味があります」


 数人の視線が強くなる。


 構わず続けた。


「王都近郊の森やダンジョンで、素材を見たいです。

 冒険者として採るだけじゃなくて、それがどんな使い道を持つのか知りたい。

 薬になるのか、武具になるのか、工房で使えるのか、領地へ持ち帰れるのか」


 そこで一度だけ息をつく。


「学院で学ぶなら、採るところから、使うところまで繋げて考えたいです」


 教室が静かになった。


 数秒だけ、完全に止まる。


 それから最初に口を開いたのは、やっぱりヴィクトルだった。


「なるほどな」


 面白そうに笑っている。


「素材を“拾う”んじゃなく、“価値ごと見に行く”ってことか。

 それは嫌いじゃない」


 ガイルも腕を組んだまま言う。


「外へ出るなら、少なくとも退屈はしなさそうだ」


 ナディアは、少しだけ目を細めた。


「素材を産業へ繋げる視点は、国によっては非常に重要です。

 私も興味があります」


 そこへ、セレナがすっと立ち上がった。


「……私も変更します」


 教室の空気がまた揺れた。


「高等魔法研究でもよかったのだけれど、リオンが現場へ出るなら、そちらにするわ」


「へえ」


 ヴィクトルが即座に反応する。


 セレナは顔色一つ変えずに続けた。


「素材の性質を見るなら、理論側から検証できる人間がいた方が効率的でしょう。

 魔力反応、属性との相性、加工時の安定性。

 その場で判断できる人間が増えるのは悪くないはずよ」


 理屈としては、たしかにその通りだ。


 でも教室の空気としては、そんな綺麗な話だけでは終わらない。


 ヴィクトルがにやりと笑う。


「なるほど。そういうことにしておくんだな」


 セレナが即座に睨んだ。


「何か問題でも?」


「いや、別に。

 ただ“理論担当”って言い方、便利だなと思っただけだ」


「商人は余計なことまで口にするのね」


「情報の精度と速度が命だからな」


「その理屈、今ここで使う?」


「使う」


 隣でガイルが面倒くさそうに言う。


「やるなら森でもダンジョンでもいいが、口喧嘩は現地でやるなよ」


「できるだけ努力するわ」


 セレナはそう言った。

 “やらない”とは言わないあたりが、いかにもセレナだった。


 そして、そのタイミングで思いもよらない声が来た。


「なら、私もその班がいい」


 エドガー・アルスレインが立ち上がっていた。


 教室が本当にざわつく。


 王族。

 第二王子。

 それが、野外探索と素材研究に乗ってきた。


「理由は?」


 ローヴェンが聞く。


「現場を知らずに上へ立つのは危うい。

 それに、素材がどう採られ、どう使われるのかを知るのは、軍備にも政にも無関係ではない」


 短いが、重い。


 たしかにそうだ。

 武具、薬、工房、流通。

 素材の入口を知らずに、その先だけ見ても歪む。


 ヴィクトルが呟く。


「……急に王都の上澄みが全部乗ってきたな」


「嫌なの?」


 俺が聞くと、ヴィクトルは口元だけで笑った。


「逆だよ。

 こういうのは面倒な方が面白い」


 だろうな、と思う。


「先生」


 ナディアも続いた。


「人数制限があるのでなければ、私も同行したいです」


 ローヴェンは数秒だけ黙っていた。


 たぶん最初から、多少の偏りは想定していたのだろう。

 でも、ここまで濃い顔ぶれが一方向へ集まるのは、さすがに予想以上だったらしい。


「……ずいぶん濃い顔ぶれになったな」


 ぽつりとそう言ったのは、教師にしては珍しく、少しだけ本音っぽかった。


 教室の何人かが笑う。


 でも、ローヴェンはすぐに表情を戻した。


「いいだろう」


 その一言で、空気が変わる。


「ただし、課外活動は遊びではない。

 貴族の遠足でも、Sクラスの社交でもない。

 行くなら結果を持ち帰れ」


 エドガーが短く頷き、ナディアも静かに一礼する。

 ヴィクトルはもう何か考えている顔だ。

 ガイルは露骨にやる気が上がっている。

 セレナは当然のように座り直しているが、口元が少しだけ上がっていた。


「初回は学院管理区域の実地確認から始める」


 ローヴェンが黒板の端に新しく書く。


 王都北西・管理林区

 第二実習洞


「王都近郊の森と、小規模ダンジョンだ。

 魔物の危険度は抑えられている。

 だが、素材も罠も本物だ。

 教室の外へ出れば、知識は雑に試される」


 教師の視線が、俺たちの方へ向く。


「準備しておけ。

 特にハル、お前は“使い道まで見る”と言ったな」


「はい」


「なら、採って終わるな。

 見つけて、選んで、持ち帰れ」


 短い言葉だったが、妙に胸に残った。


 ◇


 授業後、教室を出ると、案の定セレナが当然のように隣へ来た。


「勘違いしないで」


 出たな、と思う。


「別にあなたと一緒にいたいわけじゃないの。

 素材の性質を見るなら、私がいた方が効率がいいだけ」


「うん。半分くらいは信じる」


「半分なの?」


「全部信じると、あとで危ない気がして」


「失礼ね」


 そこへ、後ろからヴィクトルが入ってくる。


「俺は全部信じないけどな」


「黙りなさい」


「ほらな」


 さらにガイルまで来た。


「お前ら、現地でもこんな調子なのか」


「どうだろうね」


「なら先に言っとく。

 戦う時にくだらない口喧嘩で足を止めるなら、俺は置いていく」


「安心して」


 セレナが涼しい顔で言う。


「くだらない話をしている時ほど、私はちゃんと見てるわ」


「説得力あるような、ないような……」


 俺がそう言うと、ナディアが少し遅れて合流した。


「でも、少し楽しみです」


「課外活動が?」


 俺が聞くと、彼女は頷く。


「ええ。

 教室の中では見えないものが、外ではよく見えることがありますから」


 その言い方が、なんだか少しだけ好きだった。


 教室の外へ出る。

 森へ行く。

 ダンジョンへ入る。

 素材を見る。

 採る。

 持ち帰る。

 そして、それが何に繋がるのか考える。


 それはたぶん、普通の学院生の“課外活動”とは少し違う。

 でも、俺にとってはたぶん、その方が自然だ。


 廊下の窓から、春の陽射しが差し込んでいた。


 王立学院Sクラス。

 その中でも、また少し変わった顔ぶれができ始めている。


 王族。

 公爵令嬢。

 商会の跡取り。

 辺境伯家の嫡男。

 異国の王女。

 そして、俺。


 冷静に並べると、かなり面倒だ。

 でも、面倒なものほど面白いこともある。


 学院生活は教室の中だけでは終わらない。

 王立学院の新しい学びは、教室の外から本格的に動き出そうとしていた。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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