第59話 即席チーム
入学式から数日。
Sクラスの空気は、なんとなく固まり始めている。
セレナは相変わらず窓際の前方。
エドガー・アルスレイン第二王子は中央寄りの席で、背筋を崩さない。
ヴィクトル・ローデンは後方だが、あれは落ち着くからというより、教室全体を見やすい位置を選んでいるのだろう。
ナディア・セルヴァンは静かに見えて、授業中は誰よりも周囲を観察している。
そして俺は、その全部を見ながら、たぶんこの教室は毎日少しずつ面倒になっていくのだろうな、と思っていた。
実際、数日しか経っていないのに、すでに小さな火花は散っている。
魔法理論では、セレナが教師の補足の甘さを指摘した。
王国法制の授業では、ヴィクトルが「その制度は商人に不利すぎる」と食ってかかった。
軍事史では、エドガーが過去の敗戦の責任論を淡々と切り分けて、教室を妙に静かにした。
ナディアはあまり前に出ないが、たまに挟む一言が妙に核心を突く。
優秀な人間が集まると、もっと整然とするのかと思っていた。
全然違う。
優秀な人間が集まると、みんな勝手に正しいと思っているから、むしろ面倒だ。
その日の午前も、授業開始前からそんな空気が漂っていた。
「今日の演習、評価に入ると思う?」
文官家の娘、リシェル・ドゥエルが小さく呟く。
「入るでしょ」
セレナが即答する。
「ローヴェン先生が“参考程度”で済ませると思う?」
「済ませないな」
ヴィクトルが椅子の背にもたれたまま言う。
「むしろ、もうとっくに見られてる」
「見られている、ねえ」
ガイル・ベイルンが鼻を鳴らした。
王国東側の辺境伯家の嫡男。
剣も体格も、この年齢ではかなり抜けている。
そのぶん、考えるより先に身体が動くタイプでもあった。
「見られてるなら、なおさら簡単だ。強いところを見せればいい」
「そういう直線的な考え、嫌いじゃないよ」
ヴィクトルが笑う。
「ただ、学院は“強い”の中身を勝手に広く取るから面倒なんだ」
「遠回しだな」
「商人だからな」
「毎回それで逃げるなよ」
そこで、教室の扉が開いた。
ローヴェンが入ってくる。
いつもの無駄のない足取り。
出席簿を教壇へ置き、教室を一度見回しただけで、私語は自然に消えた。
「今日は班を組む」
最初の一言がそれだった。
教室の空気が一段、張る。
「お前たちのことを数日見てきたが、
知識、魔法、反応、視野、性格。
おおむね把握した」
この教師は、たぶん本当に見ていたのだろう。
そう思わせる目をしている。
「今日から数回、即席班での演習を行う」
ローヴェンは黒板に名前を書いていく。
第一班。
リオン・ハル
ヴィクトル・ローデン
ガイル・ベイルン
……嫌な予感しかしない組み合わせだ。
第二班。
セレナ・ヴァレスト
エドガー・アルスレイン
リシェル・ドゥエル
こっちも濃い。
第三班にナディアが入っている。
どの班も、明らかに意図して混ぜられていた。
「先生!」
すぐに手を挙げたのはガイルだった。
「何だ」
「なぜこの組み合わせですか」
「気に入らないか」
「いや。ただ、戦うなら戦える者同士で固めた方が速い」
「そう思うなら、その考えごと演習で証明しろ」
それで終わりだった。
ガイルは口を閉じる。
ローヴェンは続ける。
「現場では、組みたい相手とだけ組めるとは限らん。
むしろ組みにくい相手と組んだ時に、本質が出る」
そこで一瞬だけ、俺たち第一班を見た気がした。
「移動するぞ」
◇
午後の演習場は、数日前に見た時より広く感じた。
白い石壁で区切られた訓練区画。
低い障壁。
細い通路。
見張り台。
魔道具を埋め込んだ床。
奥には、小さな石造りの塔。
訓練場というより、縮小した実戦場だ。
ローヴェンは区画の前で足を止めた。
「課題は単純だ」
教師が指し示したのは、区画の奥に立つ三本の柱だった。
それぞれの上に木箱が乗っている。
「あの木箱の中に識別札が入っている。
三つのうち、本物は二つ。偽物は一つ。
本物二つを回収して持ち帰れ」
「罠は?」
ヴィクトルが聞く。
「ある」
「敵役は?」
エドガーが聞く。
「いる」
「減点条件は?」
今度はセレナ。
「魔力の無駄遣い。過剰破壊。班員の脱落。
あと、無意味な独断」
最後だけ少し言い方が強かった。
「制限時間は十五分。
速さだけではなく、どう取ったかも見る」
ローヴェンは全班を見回す。
「始めろ」
◇
開始と同時に、各班が一斉に動き出す。
だが、俺たち第一班は最初の三歩から噛み合わなかった。
「中央突破だ」
ガイルが迷いなく前へ出る。
「いや、待て」
ヴィクトルがすぐに止める。
「中央は見えすぎてる。見えすぎてる場所は、だいたい罠だ」
「だから何だ。壊せばいい」
「壊して減点されるのはそっちの趣味か?」
「ならお前はどうする」
「左だな」
ヴィクトルは左側の低い障壁と細い通路を見た。
「視線を集める中央と、移動に手間のかかる右。
なら左は“行かせるために残してる道”だ。
たぶん一番まし」
「それも罠じゃないのか」
「もちろん罠だ。問題は“どの程度の罠か”だよ」
開始数秒でこれだ。
「二人とも」
俺が口を挟む。
「中央はだめ」
「ほら見ろ」
ヴィクトルがすぐ言う。
「でも左も、そのままは危ない」
「じゃあどうする」
ガイルが俺を見る。
視界の端に、薄青い文字が浮かんでいた。
《中央通路:誘導》
《左右障壁:圧縮罠》
《綻び:左上段、魔力供給線》
左上段。
低い障壁の向こう、見張り台の支柱の根元に、わずかな魔力の偏りが見える。
「左に行く。でも通路は使わない」
「は?」
ガイルが眉をひそめる。
「障壁を越える」
「無駄だろ。だったら中央で――」
「中央は踏んだ瞬間に罠がある」
「わかるのか?」
「たぶん」
「またたぶんか」
ヴィクトルが笑う。
「だが、こいつの“たぶん”は放置しない方がいい」
ガイルは不満そうだったが、時間を考えたのか舌打ちだけで止めた。
「わかった。で、障壁を越えた後は?」
「俺が先に支柱の魔力線を切る。
ヴィクトルはその後ろで柱の位置を見て、偽物の匂いが強い箱を捨ててくれ。
ガイルは来る敵役を止めて」
「ようやくまともな役だな」
「最初からまともだったと思うけど」
「前衛が一番まともだ」
「その台詞、商人の前で言うと長い話になるぞ」
「今するか?」
「しない。後でな」
最低限の形だけはできた。
「行くぞ!」
◇
左側の障壁は、近くで見ると成人の胸くらいの高さだった。
ガイルが先に軽々と飛び越える。
そのまま着地しようとした瞬間、足元の石が淡く光った。
「っ!!」
横から風を叩きつけて、俺はわずかに身体をずらさせる。
次の瞬間、元いた位置の石畳から細い氷杭が突き出した。
「……危ねえな」
「だから通路も床も、まっすぐ行くなって言っただろ」
「先に言え」
「今言った」
そんなやり取りの間にも、ヴィクトルは飛び越えながら周囲を見ていた。
「右から来る」
その言葉と同時に、木箱の影から訓練用の自動人形が二体飛び出す。
木と金属でできた簡易兵形だが、動きはそこそこ速い。
「任せろ!」
ガイルが前に出る。
剣を抜く一歩目が速い。
派手さより、地面をしっかり踏む実戦寄りの踏み込みだった。
一体目の腕を弾き、二体目の進路へそのまま身体を差し込む。
強引だが、止まる。
やっぱり前衛性能は高い。
その間に、俺は見張り台の支柱へ手を向けた。
魔力が流れている。
でも、一本だけ継ぎが粗い。
火は使いすぎると減点対象になりかねない。
なら、小さく、鋭く。
細い火と風を重ねる。
赤白い線が一瞬だけ走り、支柱の根元の魔力線を焼き切った。
ぱち、と小さな音。
直後、左通路の先に張られていた透明な膜のような罠が、ふっと消える。
「やっぱりか」
ヴィクトルが笑った。
「お前、本当にそういうの見つけるな」
「そっちは箱、見える?」
「一番奥は偽物っぽい」
「早いね」
「軽い。たぶん見せ箱だ。
価値のあるものほど、見つけやすい場所に雑には置かない」
商人の理屈は、たまにすごく納得感がある。
俺たちは最初の柱へ辿り着いた。
ヴィクトルが迷わず二段目の箱を指さす。
「これ」
開ける。
中には金属札。
学院紋章入り。
ほんのり魔力が残っている。
「一つ目」
その瞬間、区画の奥で鐘が鳴った。
他の班も動いたらしい。
右手側から、今度は二体ではなく三体の自動人形が現れる。
「増えたぞ!」
ガイルが叫ぶ。
「時間経過で難度上げる気だ」
ヴィクトルが舌打ちする。
「嫌な学院だな」
「今さら」
俺は二つ目の識別札の位置を探る。
視界の端に、また文字が浮かぶ。
《本物:中央塔内》
《偽物:右見張台》
《綻び:塔基部、排出口》
中央塔。
やっぱり中央に本命がある。
ただし、正面突破させる気ではない。
「二つ目は中央塔」
「は?」
ガイルが人形を弾きながら叫ぶ。
「中央は罠だろ!」
「正面が罠。下から入る」
「下?」
ヴィクトルの目が細くなる。
「排出口か」
「うん」
「見えてるのか?」
「たぶん」
「だからその“たぶん”が――」
「いいから走るぞ!」
ヴィクトルが逆に割り切った。
商人のくせに、損切りが早い。
ガイルは文句を言いながらも後退戦で人形を引きつける。
俺たちは中央塔の側面へ回り込む。
石造りの塔の下、床近くに細い通気口のような隙間があった。
そこに、たしかに魔力が流れている。
「ここを壊す?」
ヴィクトルが聞く。
「壊しすぎると減点。
開けるだけ」
「細かい注文だな」
「できる?」
「誰に言ってる」
ヴィクトルは腰の小道具袋から細い金属具を取り出し、隙間へ差し込んだ。
……商会の息子って、そんなもの持ち歩くのか。
「お前、何なんだよ」
「商人だよ」
「商人万能すぎるだろ」
「準備がいいって言ってほしいな」
かち、と音がした。
排出口の格子がわずかに外れる。
そこへ俺が風を流し込む。
中の魔力の流れが揺れた。
次の瞬間、塔の正面に張られていた警戒光が弱まる。
「今だ」
ヴィクトルがするりと手を差し込み、中から二枚目の金属札を引き抜いた。
「取った」
同時に、背後で大きな音がした。
ガイルが三体目の人形を、障壁へ叩きつけていた。
「おい! 長えぞ!」
「終わった!」
俺が叫ぶ。
「戻る!」
◇
帰り道は、行きより速かった。
本物二枚を確保した以上、無理に残る理由はない。
ガイルが前を切り開き、俺が罠の残りを見て、ヴィクトルが最短で人形の薄い方を選ぶ。
行きの数分より、帰りの一分の方が、よほどチームらしかった。
出口直前、右側の見張り台の箱が開いて、そこから偽物の札がわざとらしく光った。
「……露骨だな」
ヴィクトルが苦笑する。
「最後に欲張らせる気だったんだろ」
「取らなくて正解だね」
「お前が最初に見抜いてなかったら、俺はたぶん行ってたぞ」
それを平然と言うのが、こいつらしい。
俺たちが区画を抜けた時、外で待っていた学院職員が札を確認した。
「第一班、本物二枚確認」
鐘が鳴る。
少し遅れて、別の区画からも音がした。
第二班か。
視線を向けると、セレナ、エドガー、リシェルがちょうど出てくるところだった。
セレナの髪が少し乱れている。
つまり、向こうも楽ではなかったらしい。
彼女はこちらを見るなり、開口一番こう言った。
「あなたたち、意外と早かったわね」
「そっちも」
「当然よ」
エドガーは余計なことを言わず、ただ俺たちの札を一度見た。
それから短く言う。
「正面から行かなかったな」
「そっちは?」
「必要なところだけ正面だ」
なんとなく想像がつく。
セレナとエドガーが、主導権を譲らずに最適解だけは共有した感じだろう。
ヴィクトルがにやりと笑う。
「班の相性はどうだった、第二王子」
「悪くはない」
「それはずいぶん高評価だ」
「そちらもな」
短いやり取りなのに、妙に火花が散る。
◇
結果発表は、全班が終わってからだった。
ローヴェンは札と記録板を確認し、簡潔に告げる。
「最速は第二班。
減点込みの総合一位は第一班」
教室の何人かが小さく息を呑む。
ガイルが「よし」と短く拳を握った。
ヴィクトルは口元だけで笑っている。
俺はというと、少しだけ肩の力が抜けた。
「第一班」
ローヴェンがこちらを見る。
「最初の連携は最悪だった」
いきなりそれか。
「だが、途中で役割を切り分けた。
前衛、観察、判断。
それが噛み合った後は無駄が少なかった」
教師の視線が、ガイル、ヴィクトル、俺の順に移る。
「ガイル・ベイルン。前に出る判断は悪くない。
ただし、前に出る以外の選択肢を捨てるな」
「はい」
「ヴィクトル・ローデン。視点は面白い。
だが、口を動かすより先に足も動かせ」
「耳が痛いですね」
そこから、最後に俺を見る。
「リオン・ハル。
見抜く力は認める。
だが、お前の見えたものを他人が見えていると思うな」
――それは、妙に刺さった。
「自分の中で答えが見えている者ほど、他人への伝達を省きやすい。
班で動くなら、それは弱点になる」
たしかにそうだった。
今回うまく行ったのは、ヴィクトルが途中で割り切り、ガイルが前に立ってくれたからだ。
もし噛み合わなければ、俺の“見えている”はそのまま埋もれていたかもしれない。
「覚えておけ。
優秀であることと、人をうまく使えることは違う」
ローヴェンはそこで全員へ視線を向けた。
「お前たちは優秀だ。
だが、優秀なだけでは足りん。
Sクラスならなおさらだ」
教室は静かだった。
誰も反発しない。
反発できないのではなく、今の言葉がそれぞれに当たっていたのだろう。
そこへヴィクトルが、小さく笑って言う。
「先生、容赦ないな」
「お前たち相手に、容赦する理由があるか?」
ローヴェンは真顔で返した。
そして、ほんのわずかだけ口元が動く。
「少なくとも、今年は退屈しなさそうだ」
それを聞いて、教室の空気が少しだけ緩んだ。
たぶんあれが、この教師なりの高評価なのだろう。
◇
演習のあと、俺たちは教室へ戻っていた。
まだ授業は残っている。
でも、空気は朝とはまったく違った。
仲良くなったわけじゃない。
けれど、誰がどんな時にどう動くのか、その輪郭が少し見えた。
「最初、お前のこと気に食わなかった」
ガイルがいきなり言った。
「今も半分は気に食わない」
「半分は減ったんだ」
「だが、後ろで見てるだけのやつじゃないのはわかった」
それはたぶん、こいつなりの認め方なんだろう。
「そっちも、真正面から潰す以外できないやつじゃなかった」
そう返すと、ガイルは鼻を鳴らす。
「当然だ」
ヴィクトルは椅子へ座りながら笑う。
「いい班だったな」
「最初は最悪だったけど」
「最初からいい班なんて、たぶん面白くないぞ」
それも一理ある。
少し離れた席では、セレナが本を開き直していた。
だが、ページをめくる前にこっちを見て言う。
「あなた、やっぱり正面から戦わないのね」
「褒めてる?」
「半分は」
最近それ多いな、と思う。
エドガーは窓際に立ったまま、短く一言だけ残した。
「次は負けん」
「勝ち負けの話だったんだ」
「最初からそうだ」
やっぱり王子様でも、そこは熱いらしい。
ナディアはそんな教室の空気を見て、小さく笑った。
「静かな教室の方が怖い、と思いましたけれど」
「今は?」
俺が聞くと、彼女は答える。
「今は、静かじゃない方が少し安心します」
それはたしかに、そうかもしれない。
静かなまま探り合うより、ぶつかって輪郭が見える方がまだいい。
窓の外では、春の風が白い雲をゆっくり流していた。
王立学院Sクラス。
優秀な人間が集まった場所。
でも、それだけじゃない。
噛み合う者。
噛み合わない者。
組めば強くなる者。
組むと面倒になる者。
その全部が、この教室にいる。
「……やっぱり、簡単じゃないな」
小さく呟くと、すぐ横でヴィクトルが笑った。
「だから面白いんだろ」
それには、少しだけ笑ってしまった。
「たしかにその通りだ。」
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