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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第6章 アルスレイン王立学院一年生

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第59話 即席チーム

 入学式から数日。


 Sクラスの空気は、なんとなく固まり始めている。

 セレナは相変わらず窓際の前方。

 エドガー・アルスレイン第二王子は中央寄りの席で、背筋を崩さない。

 ヴィクトル・ローデンは後方だが、あれは落ち着くからというより、教室全体を見やすい位置を選んでいるのだろう。

 ナディア・セルヴァンは静かに見えて、授業中は誰よりも周囲を観察している。


 そして俺は、その全部を見ながら、たぶんこの教室は毎日少しずつ面倒になっていくのだろうな、と思っていた。


 実際、数日しか経っていないのに、すでに小さな火花は散っている。


 魔法理論では、セレナが教師の補足の甘さを指摘した。

 王国法制の授業では、ヴィクトルが「その制度は商人に不利すぎる」と食ってかかった。

 軍事史では、エドガーが過去の敗戦の責任論を淡々と切り分けて、教室を妙に静かにした。

 ナディアはあまり前に出ないが、たまに挟む一言が妙に核心を突く。


 優秀な人間が集まると、もっと整然とするのかと思っていた。


 全然違う。


 優秀な人間が集まると、みんな勝手に正しいと思っているから、むしろ面倒だ。


 その日の午前も、授業開始前からそんな空気が漂っていた。


「今日の演習、評価に入ると思う?」


 文官家の娘、リシェル・ドゥエルが小さく呟く。


「入るでしょ」


 セレナが即答する。


「ローヴェン先生が“参考程度”で済ませると思う?」


「済ませないな」


 ヴィクトルが椅子の背にもたれたまま言う。


「むしろ、もうとっくに見られてる」


「見られている、ねえ」


 ガイル・ベイルンが鼻を鳴らした。


 王国東側の辺境伯家の嫡男。

 剣も体格も、この年齢ではかなり抜けている。

 そのぶん、考えるより先に身体が動くタイプでもあった。


「見られてるなら、なおさら簡単だ。強いところを見せればいい」


「そういう直線的な考え、嫌いじゃないよ」


 ヴィクトルが笑う。


「ただ、学院は“強い”の中身を勝手に広く取るから面倒なんだ」


「遠回しだな」


「商人だからな」


「毎回それで逃げるなよ」


 そこで、教室の扉が開いた。


 ローヴェンが入ってくる。


 いつもの無駄のない足取り。

 出席簿を教壇へ置き、教室を一度見回しただけで、私語は自然に消えた。


「今日は班を組む」


 最初の一言がそれだった。


 教室の空気が一段、張る。


「お前たちのことを数日見てきたが、

 知識、魔法、反応、視野、性格。

 おおむね把握した」


 この教師は、たぶん本当に見ていたのだろう。

 そう思わせる目をしている。


「今日から数回、即席班での演習を行う」


 ローヴェンは黒板に名前を書いていく。


 第一班。

 リオン・ハル

 ヴィクトル・ローデン

 ガイル・ベイルン


 ……嫌な予感しかしない組み合わせだ。


 第二班。

 セレナ・ヴァレスト

 エドガー・アルスレイン

 リシェル・ドゥエル


 こっちも濃い。


 第三班にナディアが入っている。

 どの班も、明らかに意図して混ぜられていた。


「先生!」


 すぐに手を挙げたのはガイルだった。


「何だ」


「なぜこの組み合わせですか」


「気に入らないか」


「いや。ただ、戦うなら戦える者同士で固めた方が速い」


「そう思うなら、その考えごと演習で証明しろ」


 それで終わりだった。


 ガイルは口を閉じる。


 ローヴェンは続ける。


「現場では、組みたい相手とだけ組めるとは限らん。

 むしろ組みにくい相手と組んだ時に、本質が出る」


 そこで一瞬だけ、俺たち第一班を見た気がした。


「移動するぞ」


 ◇


 午後の演習場は、数日前に見た時より広く感じた。


 白い石壁で区切られた訓練区画。

 低い障壁。

 細い通路。

 見張り台。

 魔道具を埋め込んだ床。

 奥には、小さな石造りの塔。


 訓練場というより、縮小した実戦場だ。


 ローヴェンは区画の前で足を止めた。


「課題は単純だ」


 教師が指し示したのは、区画の奥に立つ三本の柱だった。

 それぞれの上に木箱が乗っている。


「あの木箱の中に識別札が入っている。

 三つのうち、本物は二つ。偽物は一つ。

 本物二つを回収して持ち帰れ」


「罠は?」


 ヴィクトルが聞く。


「ある」


「敵役は?」


 エドガーが聞く。


「いる」


「減点条件は?」


 今度はセレナ。


「魔力の無駄遣い。過剰破壊。班員の脱落。

 あと、無意味な独断」


 最後だけ少し言い方が強かった。


「制限時間は十五分。

 速さだけではなく、どう取ったかも見る」


 ローヴェンは全班を見回す。


「始めろ」


 ◇


 開始と同時に、各班が一斉に動き出す。


 だが、俺たち第一班は最初の三歩から噛み合わなかった。


「中央突破だ」


 ガイルが迷いなく前へ出る。


「いや、待て」


 ヴィクトルがすぐに止める。


「中央は見えすぎてる。見えすぎてる場所は、だいたい罠だ」


「だから何だ。壊せばいい」


「壊して減点されるのはそっちの趣味か?」


「ならお前はどうする」


「左だな」


 ヴィクトルは左側の低い障壁と細い通路を見た。


「視線を集める中央と、移動に手間のかかる右。

 なら左は“行かせるために残してる道”だ。

 たぶん一番まし」


「それも罠じゃないのか」


「もちろん罠だ。問題は“どの程度の罠か”だよ」


 開始数秒でこれだ。


「二人とも」


 俺が口を挟む。


「中央はだめ」


「ほら見ろ」


 ヴィクトルがすぐ言う。


「でも左も、そのままは危ない」


「じゃあどうする」


 ガイルが俺を見る。


 視界の端に、薄青い文字が浮かんでいた。


 《中央通路:誘導》

 《左右障壁:圧縮罠》

 《綻び:左上段、魔力供給線》


 左上段。


 低い障壁の向こう、見張り台の支柱の根元に、わずかな魔力の偏りが見える。


「左に行く。でも通路は使わない」


「は?」


 ガイルが眉をひそめる。


「障壁を越える」


「無駄だろ。だったら中央で――」


「中央は踏んだ瞬間に罠がある」


「わかるのか?」


「たぶん」


「またたぶんか」


 ヴィクトルが笑う。


「だが、こいつの“たぶん”は放置しない方がいい」


 ガイルは不満そうだったが、時間を考えたのか舌打ちだけで止めた。


「わかった。で、障壁を越えた後は?」


「俺が先に支柱の魔力線を切る。

 ヴィクトルはその後ろで柱の位置を見て、偽物の匂いが強い箱を捨ててくれ。

 ガイルは来る敵役を止めて」


「ようやくまともな役だな」


「最初からまともだったと思うけど」


「前衛が一番まともだ」


「その台詞、商人の前で言うと長い話になるぞ」


「今するか?」


「しない。後でな」


 最低限の形だけはできた。


「行くぞ!」


 ◇


 左側の障壁は、近くで見ると成人の胸くらいの高さだった。


 ガイルが先に軽々と飛び越える。

 そのまま着地しようとした瞬間、足元の石が淡く光った。


「っ!!」


 横から風を叩きつけて、俺はわずかに身体をずらさせる。


 次の瞬間、元いた位置の石畳から細い氷杭が突き出した。


「……危ねえな」


「だから通路も床も、まっすぐ行くなって言っただろ」


「先に言え」


「今言った」


 そんなやり取りの間にも、ヴィクトルは飛び越えながら周囲を見ていた。


「右から来る」


 その言葉と同時に、木箱の影から訓練用の自動人形が二体飛び出す。

 木と金属でできた簡易兵形だが、動きはそこそこ速い。


「任せろ!」


 ガイルが前に出る。


 剣を抜く一歩目が速い。

 派手さより、地面をしっかり踏む実戦寄りの踏み込みだった。


 一体目の腕を弾き、二体目の進路へそのまま身体を差し込む。

 強引だが、止まる。

 やっぱり前衛性能は高い。


 その間に、俺は見張り台の支柱へ手を向けた。


 魔力が流れている。

 でも、一本だけ継ぎが粗い。


 火は使いすぎると減点対象になりかねない。

 なら、小さく、鋭く。


 細い火と風を重ねる。

 赤白い線が一瞬だけ走り、支柱の根元の魔力線を焼き切った。


 ぱち、と小さな音。


 直後、左通路の先に張られていた透明な膜のような罠が、ふっと消える。


「やっぱりか」


 ヴィクトルが笑った。


「お前、本当にそういうの見つけるな」


「そっちは箱、見える?」


「一番奥は偽物っぽい」


「早いね」


「軽い。たぶん見せ箱だ。

 価値のあるものほど、見つけやすい場所に雑には置かない」


 商人の理屈は、たまにすごく納得感がある。


 俺たちは最初の柱へ辿り着いた。

 ヴィクトルが迷わず二段目の箱を指さす。


「これ」


 開ける。


 中には金属札。

 学院紋章入り。

 ほんのり魔力が残っている。


「一つ目」


 その瞬間、区画の奥で鐘が鳴った。

 他の班も動いたらしい。


 右手側から、今度は二体ではなく三体の自動人形が現れる。


「増えたぞ!」


 ガイルが叫ぶ。


「時間経過で難度上げる気だ」


 ヴィクトルが舌打ちする。


「嫌な学院だな」


「今さら」


 俺は二つ目の識別札の位置を探る。

 視界の端に、また文字が浮かぶ。


 《本物:中央塔内》

 《偽物:右見張台》

 《綻び:塔基部、排出口》


 中央塔。


 やっぱり中央に本命がある。

 ただし、正面突破させる気ではない。


「二つ目は中央塔」


「は?」


 ガイルが人形を弾きながら叫ぶ。


「中央は罠だろ!」


「正面が罠。下から入る」


「下?」


 ヴィクトルの目が細くなる。


「排出口か」


「うん」


「見えてるのか?」


「たぶん」


「だからその“たぶん”が――」


「いいから走るぞ!」


 ヴィクトルが逆に割り切った。


 商人のくせに、損切りが早い。


 ガイルは文句を言いながらも後退戦で人形を引きつける。

 俺たちは中央塔の側面へ回り込む。


 石造りの塔の下、床近くに細い通気口のような隙間があった。

 そこに、たしかに魔力が流れている。


「ここを壊す?」


 ヴィクトルが聞く。


「壊しすぎると減点。

 開けるだけ」


「細かい注文だな」


「できる?」


「誰に言ってる」


 ヴィクトルは腰の小道具袋から細い金属具を取り出し、隙間へ差し込んだ。

 ……商会の息子って、そんなもの持ち歩くのか。


「お前、何なんだよ」


「商人だよ」


「商人万能すぎるだろ」


「準備がいいって言ってほしいな」


 かち、と音がした。


 排出口の格子がわずかに外れる。


 そこへ俺が風を流し込む。

 中の魔力の流れが揺れた。

 次の瞬間、塔の正面に張られていた警戒光が弱まる。


「今だ」


 ヴィクトルがするりと手を差し込み、中から二枚目の金属札を引き抜いた。


「取った」


 同時に、背後で大きな音がした。


 ガイルが三体目の人形を、障壁へ叩きつけていた。


「おい! 長えぞ!」


「終わった!」


 俺が叫ぶ。


「戻る!」


 ◇


 帰り道は、行きより速かった。


 本物二枚を確保した以上、無理に残る理由はない。

 ガイルが前を切り開き、俺が罠の残りを見て、ヴィクトルが最短で人形の薄い方を選ぶ。


 行きの数分より、帰りの一分の方が、よほどチームらしかった。


 出口直前、右側の見張り台の箱が開いて、そこから偽物の札がわざとらしく光った。


「……露骨だな」


 ヴィクトルが苦笑する。


「最後に欲張らせる気だったんだろ」


「取らなくて正解だね」


「お前が最初に見抜いてなかったら、俺はたぶん行ってたぞ」


 それを平然と言うのが、こいつらしい。


 俺たちが区画を抜けた時、外で待っていた学院職員が札を確認した。


「第一班、本物二枚確認」


 鐘が鳴る。


 少し遅れて、別の区画からも音がした。

 第二班か。


 視線を向けると、セレナ、エドガー、リシェルがちょうど出てくるところだった。

 セレナの髪が少し乱れている。

 つまり、向こうも楽ではなかったらしい。


 彼女はこちらを見るなり、開口一番こう言った。


「あなたたち、意外と早かったわね」


「そっちも」


「当然よ」


 エドガーは余計なことを言わず、ただ俺たちの札を一度見た。

 それから短く言う。


「正面から行かなかったな」


「そっちは?」


「必要なところだけ正面だ」


 なんとなく想像がつく。

 セレナとエドガーが、主導権を譲らずに最適解だけは共有した感じだろう。


 ヴィクトルがにやりと笑う。


「班の相性はどうだった、第二王子」


「悪くはない」


「それはずいぶん高評価だ」


「そちらもな」


 短いやり取りなのに、妙に火花が散る。


 ◇


 結果発表は、全班が終わってからだった。


 ローヴェンは札と記録板を確認し、簡潔に告げる。


「最速は第二班。

 減点込みの総合一位は第一班」


 教室の何人かが小さく息を呑む。


 ガイルが「よし」と短く拳を握った。

 ヴィクトルは口元だけで笑っている。

 俺はというと、少しだけ肩の力が抜けた。


「第一班」


 ローヴェンがこちらを見る。


「最初の連携は最悪だった」


 いきなりそれか。


「だが、途中で役割を切り分けた。

 前衛、観察、判断。

 それが噛み合った後は無駄が少なかった」


 教師の視線が、ガイル、ヴィクトル、俺の順に移る。


「ガイル・ベイルン。前に出る判断は悪くない。

 ただし、前に出る以外の選択肢を捨てるな」


「はい」


「ヴィクトル・ローデン。視点は面白い。

 だが、口を動かすより先に足も動かせ」


「耳が痛いですね」


 そこから、最後に俺を見る。


「リオン・ハル。

 見抜く力は認める。

 だが、お前の見えたものを他人が見えていると思うな」


 ――それは、妙に刺さった。


「自分の中で答えが見えている者ほど、他人への伝達を省きやすい。

 班で動くなら、それは弱点になる」


 たしかにそうだった。


 今回うまく行ったのは、ヴィクトルが途中で割り切り、ガイルが前に立ってくれたからだ。

 もし噛み合わなければ、俺の“見えている”はそのまま埋もれていたかもしれない。


「覚えておけ。

 優秀であることと、人をうまく使えることは違う」


 ローヴェンはそこで全員へ視線を向けた。


「お前たちは優秀だ。

 だが、優秀なだけでは足りん。

 Sクラスならなおさらだ」


 教室は静かだった。


 誰も反発しない。

 反発できないのではなく、今の言葉がそれぞれに当たっていたのだろう。


 そこへヴィクトルが、小さく笑って言う。


「先生、容赦ないな」


「お前たち相手に、容赦する理由があるか?」


 ローヴェンは真顔で返した。


 そして、ほんのわずかだけ口元が動く。


「少なくとも、今年は退屈しなさそうだ」


 それを聞いて、教室の空気が少しだけ緩んだ。


 たぶんあれが、この教師なりの高評価なのだろう。


 ◇


 演習のあと、俺たちは教室へ戻っていた。


 まだ授業は残っている。

 でも、空気は朝とはまったく違った。


 仲良くなったわけじゃない。

 けれど、誰がどんな時にどう動くのか、その輪郭が少し見えた。


「最初、お前のこと気に食わなかった」


 ガイルがいきなり言った。


「今も半分は気に食わない」


「半分は減ったんだ」


「だが、後ろで見てるだけのやつじゃないのはわかった」


 それはたぶん、こいつなりの認め方なんだろう。


「そっちも、真正面から潰す以外できないやつじゃなかった」


 そう返すと、ガイルは鼻を鳴らす。


「当然だ」


 ヴィクトルは椅子へ座りながら笑う。


「いい班だったな」


「最初は最悪だったけど」


「最初からいい班なんて、たぶん面白くないぞ」


 それも一理ある。


 少し離れた席では、セレナが本を開き直していた。

 だが、ページをめくる前にこっちを見て言う。


「あなた、やっぱり正面から戦わないのね」


「褒めてる?」


「半分は」


 最近それ多いな、と思う。


 エドガーは窓際に立ったまま、短く一言だけ残した。


「次は負けん」


「勝ち負けの話だったんだ」


「最初からそうだ」


 やっぱり王子様でも、そこは熱いらしい。


 ナディアはそんな教室の空気を見て、小さく笑った。


「静かな教室の方が怖い、と思いましたけれど」


「今は?」


 俺が聞くと、彼女は答える。


「今は、静かじゃない方が少し安心します」


 それはたしかに、そうかもしれない。


 静かなまま探り合うより、ぶつかって輪郭が見える方がまだいい。


 窓の外では、春の風が白い雲をゆっくり流していた。


 王立学院Sクラス。


 優秀な人間が集まった場所。

 でも、それだけじゃない。


 噛み合う者。

 噛み合わない者。

 組めば強くなる者。

 組むと面倒になる者。


 その全部が、この教室にいる。


「……やっぱり、簡単じゃないな」


 小さく呟くと、すぐ横でヴィクトルが笑った。


「だから面白いんだろ」


 それには、少しだけ笑ってしまった。


 「たしかにその通りだ。」



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