第623話 見えない坂
新連載はじめました!
『王女殿下、まずは拳をお下げください ~転生執事と最強王女の成り上がり~』という作品です。
お手すきの際に是非!
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数日後。
俺は領都の外に来ていた。
今日は、上水道を建設するための測量を始める日だ。
目の前には、アナハイム方面へと続く広い土地がある。
少し離れたところには街道が通り、馬車がゆっくりと走っていた。
……うーん。
やっぱり平らに見えるな。
「リオン様。準備が整いました」
ローレンさんが声をかけてくれた。
「ありがとう。今日はどこを測るの?」
「まずは、この辺りからアナハイム方面へ向かって測量いたします」
「街道沿いじゃないんだね」
「はい。水路を造ることを考えますと、街道から離れた場所も調べる必要があるかと」
「なるほど」
確かに、馬車が通りやすい道と、水が流れやすい場所は違うもんな。
街道の近くには畑もある。
水路を造るなら、そうした土地への影響も考えないといけない。
「それに、街道を横切る場所が増えれば、橋なども必要になります」
「ああ、そうだね」
「ですので、まずは水路を通せそうな土地を、いくつか候補として調べていきます」
「うん。それがいいと思う」
近くでは、測量を担当する職人たちが道具を準備していた。
先日試作した、二本のガラス管をつないだ測量器具もある。
もちろん、従来の水盛りや目盛りのついた棒も持ってきている。
そして、ヴァイスさんも来ていた。
「おはようございます、ヴァイスさん」
「ああ、おはよう」
「今日は苔の研究じゃないんですか?」
「午後には戻るつもりだ。まずは測量の様子を見ておきたくてな」
「そうなんですね」
「何しろ、あの道具を実際の土地で使うのは、これからだからな」
ヴァイスさんが測量器具を見つめる。
「試験場でうまくいったからといって、現場でも同じように使えるとは限らない」
「確かに!」
「ただ、うまくいけば面白いことになりそうだ」
……楽しそうだな。
◇
測量が始まった。
職人たちが二本の棒を少し離れた場所に立てる。
管の中に空気が残っていないことを確認し、水面が落ち着くのを待った。
「測定します」
職人が目盛りを読み上げる。
別の職人が記録用紙に数字を書き込んだ。
続いて、従来の道具でも高さを確かめる。
「……ほぼ同じですね」
「うん。今のところ問題はなさそうだ」
ヴァイスさんが頷いた。
……よかった。
前の試験では、気泡が入ったり、目盛りがずれていたりしたからな。
今日は、最初から慎重に確認しているようだ。
「じゃあ、どんどん先へ進めるね!」
俺が言うと、職人が少し困った顔をした。
「リオン様。測量だけなら進めますが、水路を通せるかどうかも確かめなければなりません」
「……あっ、そうか」
「途中に畑や建物がないか、地面が崩れやすくないか。そうしたことも調べる必要がありますので」
「なるほど」
そうだよな。
高さだけわかっても、実際に工事できなければ意味がない。
「じゃあ、今日はどのくらい進めそう?」
「まずは、この周辺を詳しく調べたいと思います。先の区間は別の日になりますね」
「うん。無理せずお願い!」
職人たちは測る場所を移し、作業を続けた。
俺も近くで見学する。
◇
しばらくして、測量を担当している職人が声を上げた。
「リオン様。少し面白い結果が出ています」
「えっ? 何?」
「こちらをご覧ください」
差し出された記録用紙には、測定した地点ごとの数字が並んでいた。
「今回測った区間では、アナハイム方面へ向かうにつれて、少しずつ土地が高くなっています」
「……えっ?」
俺は顔を上げた。
目の前に広がっているのは、ほとんど平らな土地だ。
「本当に?」
「はい。こちらの二つの地点をご覧ください」
職人が記録の一部を指さした。
「およそ百メートル離れた地点で、二十センチほどの高低差がありました」
「……二十センチ?」
「はい。緩やかな傾斜ですが、測量すれば確認できます」
俺はもう一度、辺りを見渡した。
……全然わからない。
百メートル先の地面が、たった二十センチ高い。
数字で聞けばわかるけど、見た目ではほとんど気づかないな。
「ほかの場所も同じなの?」
「今日調べた範囲では、おおむね同じ傾向が見られます。ただ、測った区間はまだ短いので、先まで続くかはわかりません」
「なるほど」
でも、これは嬉しい知らせだ。
「ヴァイスさん!」
「何かね?」
「アナハイム方面の方が高いなら、逆向きには水が流れるってことですよね?」
「ああ。少なくとも、今調べた区間では、自然に水を流すための高さを確保できる可能性がある」
「いいですね!」
「ただ、地面の傾きと、実際に造る水路の傾きは別だ」
「そうなんですか?」
「水路は、水が流れる高さを考えて造らなければならない。途中で地面が上下していても、水路まで同じように上下させるわけにはいかないからな」
「ああ……」
なるほど。
地面の高さを調べるのは、水路を造るための最初の段階なんだ。
職人も頷いた。
「場所によっては深く掘る必要がありますし、逆に水路を支えるために土を盛ることもあるでしょう」
「そっか」
「それに、今の測量だけでは、川の取水候補地点の方が本当に高いかどうかもわかりません」
「そうだよね」
まだ始まったばかりだ。
それでも、わずかな傾斜がある。
それが数字として確認できた。
「ローレンさん」
「はい」
「このまま測量を続けてもらえる?」
「もちろんです。ただ、全体を調べるには、かなりの日数が必要になるかと」
「どのくらいで考えればいい?」
「人員や天候にもよりますが、数週間以上は見ていただいた方がよろしいでしょう」
まあ、そうだよな。
取水候補地点までは、かなり離れている。
一日や二日で終わる仕事じゃない。
「じゃあ、測量する場所を決めて、少しずつ進めていこう」
「承知しました」
「それから、測った場所には目印を残して、結果を全部記録してほしいんだ」
「はい。後から確認できるようにいたします」
ヴァイスさんも頷いた。
「途中で測り直す場所も決めておいた方がいいだろう」
「そうですね!」
まだ上水道ができると決まったわけじゃない。
でも、最初の測量で、少し希望が見えてきた。
◇
その日の午後。
政務所へ戻ると、俺はローレンさんに声をかけた。
「ローレンさん。もう一つ相談したいことがあるんだけど」
「何でしょう?」
「領都で催しを開きたいんだ」
「催し、ですか?」
「うん。リバーシ大会とか、子供たちが遊べるものとか、食べ物の屋台とか」
ローレンさんが少し驚いた顔をした。
「ずいぶん賑やかな催しになりそうですな」
「そうだね」
俺は、先日ミラと領都を散歩したときのことを話した。
酒場でリバーシを楽しむ人たちが、盛り上がっていたこと。
それを見て、大会を思いついたこと。
そして、子供も大人も楽しめる催しを開きたいこと。
「なるほど。領民の娯楽を増やしたいということですな」
「うん」
「確かに、最近は仕事のために移り住んでくる者も増えております。そうした人々が交流する機会にもなるでしょう」
「そうなんだよね」
「それで、どのような催しをお考えですか?」
「まずはリバーシ大会かな。子供の部と大人の部を作って、優勝者には景品を用意したいんだ」
「なるほど」
「それから、輪投げとか的当てとか。食べ物の屋台も出したいな」
「それでしたら、商人たちにも声をかけられそうです」
「うん。領民からも出し物を募集したいんだ」
全部を俺たちで考える必要はない。
領民自身が、やってみたいと思う催しを考えてくれたら嬉しい。
「ただ、いきなり大きな催しにするのは大変そうだよね」
「そうですな。まずは領都の広場を使った、小規模な催しから始めるのがよろしいかと」
「うん。俺もそう思う」
最初から何千人も集まるような催しにする必要はない。
やってみて、うまくいかなかったところを直せばいい。
「会場の広さや警備については、アストン殿とも相談しておきましょう」
「お願い!」
「それから、リバーシ大会に必要な盤ですが、何組ほど用意しましょうか?」
「参加者が集まってから決めようか」
「承知しました」
「ローデン商会に在庫を確認しておいてもらえる?」
「はい。手配しておきましょう」
ハル領で製造して、ローデン商会が販売しているリバーシだ。
必要な分を購入すればいい。
もちろん、大会が終わった後も使える。
子供たちの遊びや、次の大会にも役立つだろう。
「ところで、リオン様」
「何?」
「参加者や出店者を募集するには、事前に知らせる必要がありますな」
「ああ、そうだね」
「領都の広場や市場、それから酒場などに告知を掲示してはいかがでしょう?」
「うん! それがいいね」
「アナハイムや周辺の村にも知らせましょうか?」
「そうだね。できれば、いろんな人に参加してほしいな」
「承知しました」
ただ催しを開くだけじゃない。
領都に住んでいる人も、最近移り住んできた人も、周辺の村で暮らしている人も。
みんなで楽しめる機会にしたい。
「告知には、絵も入れてほしいな」
「絵ですか?」
「うん。リバーシの盤とか、輪投げとか。文字を読むのが苦手な人にも、楽しそうな催しだって伝わるようにしたいんだ」
「なるほど。それはよい考えですな」
「でしょ?」
「それでしたら、木版印刷で用意するのがよろしいでしょう」
「うん。そうしよう」
「ただ、絵や文字を細かく彫るとなると、版を作るのに少々時間がかかります」
「そうだよね」
木版印刷は、この世界でも使われている。
同じ内容を何枚も印刷できるのは便利だけど、文章や絵を変えるとなると、新しい版を作らなければならない。
前世ならなぁ。
パソコンでパワーポイントを開いて、文字や絵を配置するだけだった。
気に入らなければ、その場で大きさや色を変えられたし、完成したらプリンターで印刷すればよかった。
でも、この世界ではそうはいかない。
もっと簡単に印刷できる方法があれば、学校の教材なんかも作りやすくなるんだけどな。
まぁ、今考えても仕方ない。
俺は印刷機の仕組みなんて知らないし、今すぐ何とかできるものでもない。
まずは今回は大会の準備が先だ。
「ローレンさん。まずは告知に何を書くか決めよう」
「承知しました」
「日程と場所、それから参加方法かな」
「出店を希望する商人の募集についても記載した方がよろしいでしょう」
「ああ、そうだね!」
「それから、リバーシ大会の参加資格も決めなければなりませんな」
「うん。子供の部と大人の部を分けるなら、年齢も決めないとね」
「はい」
「あと、参加費なんだけど」
「参加費ですか?」
「うん。できれば、子供たちには無料で参加してほしいんだ」
「承知しました」
「大人の部も、最初は気軽に参加できるようにしたいな」
「では、まずは参加費を取らない場合の費用を調べてみましょう」
「うん。お願い!」
参加者が多くなれば、対戦の順番や試合数も考えないといけない。
でも、最初から完璧にしようとすると、いつまで経っても開催できないかもしれない。
まずは小さく始めよう。
「ローレンさん。最初は試しにやってみるくらいの規模でいいと思うんだ」
「その方が良いですな」
「それで、みんなが楽しんでくれたら、次はもう少し大きくしてもいいし」
「確かに、その方が費用も抑えられますな」
「うん!」
ローレンさんが書類に何かを書き込んだ。
「では、会場、警備、リバーシの盤、景品、告知。それぞれの費用を調べておきましょう」
「ありがとう!」
……楽しみだな。
みんなが広場に集まって、笑ったり、応援したり。
そんな光景が見られたら、きっと嬉しい。
◇
その日の仕事を終える前に、俺は机の上の書類を眺めた。
午前中は、上水道のための測量。
午後は、領民が楽しめる催しの準備。
やることは多いけど、楽しみも大きい。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
作者自身、子供の頃からリバーシをやっていましたが、老若男女問わずできる良い遊びだと思います。




