第621話 働くこと、楽しむこと
新連載はじめました!
『王女殿下、まずは拳をお下げください ~転生執事と最強王女の成り上がり~』という作品です。
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翌日。
政務所で書類を確認していると、ローレンがやってきた。
「リオン様。今月の収支について、報告がございます」
「うん。どうだった?」
「順調です。共鳴石通信機や硬化石の販売、それに鉱山関係の事業からの収入が増えております」
「おお!」
それは嬉しいな。
「アナハイムでも商人や職人が増え、経済活動が活発になっております」
「そっか!」
俺は資料を受け取った。
収入の項目が、以前よりずいぶん増えている。
領主になったばかりの頃は、領地の財政に余裕なんてほとんどなかった。
それが今では、複数の事業から収入が入るようになっている。
まだ財政に余裕があるというわけはない。
それでも……。
感慨深いな。
「ただし、支出も増えております」
「そうだよね」
「鉱山や道路の整備、工房の拡張など、今後も多くの費用が必要になります」
「うん」
「それでも、継続的な収入が増えてきたことで、以前より余裕を持った運営ができるようになりました」
「それはよかった!」
南部鉱山の開発では、金貨五万枚もの資金を集めた。
でも、あれは開発のための資金だ。
普段の領地運営に、好き勝手使えるお金じゃない。
だからこそ、事業からの収入が増えているのは大きい。
「ローレン」
「はい」
「だったら、そろそろ騎士団を増員できないかな?」
「……騎士団ですか」
「うん。最近、守らないといけない場所が増えてきたでしょ?」
「おっしゃるとおりです」
領都。
アナハイム。
鉱山。
街道。
それに、これから新しくできる施設もある。
人や物の行き来が増えれば、当然、警備の仕事も増える。
先日はスパイまで捕まった。
領地が豊かになっても、安全に暮らせなければ意味がない。
「騎士を増やすとなると、給料や装備など、毎年の費用も増えますな」
「うん。だから、今の収入で無理なく雇える人数を調べてほしいんだ」
「承知しました」
「それと、アストンたちにも相談したいな」
「すぐに手配いたします」
◇
しばらくして、アストン、ノル、テオの三人が政務所にやってきた。
「リオン様。お呼びでしょうか」
「うん。騎士団のことで相談したくて」
三人に椅子を勧める。
「最近、領地の事業収入が増えてきたんだ」
「それは何よりです」
アストンが頷く。
「それでね。そろそろ騎士団を増員したいと思っているんだけど、どうかな?」
アストンが少し驚いた顔をした。
「それはありがたいお話です」
「やっぱり、人手が足りない?」
「はい。領都の警備だけでなく、鉱山や街道の巡回にも人員を割いておりますので」
「そうだよね」
「今の人数では、何か事件が起きた際に余裕がありません」
普段の仕事が回っているからといって、十分な人数がいるとは限らないのか。
「ノルはどう思う?」
「増員には賛成ですな」
「本当?」
「はい。ただ、人数を増やせば、それだけで騎士団が強くなるわけではありません」
「ああ……」
「新人には訓練が必要です。それに、人数が増えれば、指揮する者の負担も大きくなります」
確かに。
騎士を十人増やしたからといって、すぐに十人分の戦力が増えるわけじゃない。
「それと、リオン様」
「何?」
「私とテオが、いつまでもこちらにいるわけではありませんので」
「あっ、そうだった!」
父上が二人を派遣してくれたのは、半年間だった。
ずっと頼り続けるわけにはいかない。
「二人が帰るまでに、新しく入る騎士たちの教育をお願いできるかな?」
「もちろんです」
ノルが頷いた。
「ですが、それだけでは足りませんな」
「えっ?」
「我々が帰った後、新人を教える者がいなければ困るでしょう?」
「うん」
そう、これからも騎士団は大きくなるかもしれない。
そのたびに、ベイルン騎士団から教官を呼ぶわけにはいかない。
「では、今いる騎士の中から、指導役を育てる必要がありますな」
アストンが口を開いた。
「そのとおりです」
ノルが頷く。
「技術だけではありません。訓練の組み立て方や、部下の状態を見極めることも教えたいと思っています」
「なるほど」
「テオには、引き続き若い騎士たちを見てもらいましょう」
「はい。お任せください」
テオが答えた。
「それから、新しく入る者についてですが」
「うん」
「最初から剣の腕が立つ者ばかりを探す必要はないと思います」
「そうなの?」
「はい。もちろん、体力や技量は大切です。でも、規律を守れることや、仲間と協力できることも重要です」
「ああ、そうだね」
「技術は訓練で伸ばせます。しかし、勝手な行動ばかりする者がいれば、仲間を危険にさらすことになりますから」
確かに、強いだけじゃ騎士は務まらないよな。
「アストン、今の騎士団で指導役を任せられそうな人はいる?」
「何人か候補はおります。ただ、実際に指導できるかは、確認する必要があります」
「じゃあ、その人たちの育成もお願いできる?」
「承知しました」
ノルが頷いた。
「アストン殿と相談して、訓練の計画を作りましょう」
「助かるよ!」
ふと、昨日クルストと話したことを思い出した。
学校でも、教師が替わっても同じ内容を教えられるように、授業の記録を残すことにしたんだった。
「そうだ。訓練の内容も、記録に残してもらえるかな?」
「記録ですか?」
「うん。何を、どの順番で教えるのか。それから、どこまでできるようになったら次へ進むのか」
ノルが目を細めた。
「なるほど。訓練の手引きを作るわけですな」
「そういうこと!」
「それなら、我々が帰った後にも役立ちます」
テオも頷く。
「新人ごとの成長も記録しておけば、指導する者が替わっても困りませんね」
「うん!」
……いいね。
これなら、二人が帰った後も騎士団が成長していける。
「それじゃあ、増員の募集を進めようか」
「はい」
「ただし、一度に大勢を採用するんじゃなくて、教えられる人数に合わせて増やしていこう」
アストンが頷いた。
「その方がよろしいかと」
「ローレンには、継続して給料を払える人数を調べてもらうよ」
「承知しました」
これで騎士団も、もう一段強くできそうだ。
◇
その日の夕方。
仕事を終えて、ミラと領都を散歩していた。
「今日は少し早く終わったんだね」
「うん。たまにはこういう時間もいいよね」
「ふふ。そうだね」
ミラが笑った。
夕暮れの通りには、仕事を終えた人たちの姿があった。
買い物をする人。
酒場へ向かう人。
家族で歩いている人。
以前と比べて、ずいぶん賑やかになったな。
「最近、街を歩く人が増えたね」
ミラが言った。
「うん。鉱山や工房で働く人が増えてるからね」
「知らない顔も多くなった気がする」
「他領から来た人もいるみたいだしね」
ミラが通りを見渡す。
「みんな、ここで楽しく暮らしてくれるといいね」
「そうだね」
そういえば。
「ミラ」
「何?」
「教会での訓練はどう?」
「ああ、あれね」
ミラが少し笑った。
「なかなか難しいよ」
「そうなんだ」
「うん。今は、魔力を細かく調整する練習をしてるの」
「なるほど」
「教会の人にも、焦らずに基礎を続けるように言われたよ」
「そっか。治癒魔法はまだ?」
「うん。まだ使えない」
ミラが少し残念そうに笑った。
「でも、前より魔力を安定させられるようになってきたの」
「おお! すごいじゃない!」
「ふふ。ありがとう」
「やっぱり、《光聖》ってすごいスキルなのかもしれないね」
声を落として言う。
このスキルのことは、ミラが俺を信頼して打ち明けてくれた秘密だ。
誰にでも話していいことじゃない。
「そうだといいな」
「無理はしてない?」
「大丈夫だよ。教会の人も、少しずつでいいって言ってくれてるから」
「そっか」
「でもね、リオン」
「何?」
「私、治癒魔法を使えるようになりたいって気持ちは、前より強くなったかもしれない」
「そうなの?」
「うん。領内には病気や怪我で困っている人もいるでしょ?」
「……そうだね」
「少しでも、その人たちの力になれたらいいなって」
ミラらしいな。
「応援してるよ」
「ありがとう」
「でも、頑張りすぎないでね」
「ふふ。リオンもね」
「えっ?」
「最近、また仕事が増えてるでしょ?」
「……あはは」
言い返せないな。
すると、ミラが俺の手を取った。
「だから、こういう時間も大切にしようね」
「うん」
俺も、その手を握り返した。
◇
しばらく歩いていると、通り沿いの酒場から大きな声が聞こえてきた。
「おおっ!」
「そこに置くのか!」
「まだ逆転できるぞ!」
……ん?
「何だろう?」
ミラと顔を見合わせる。
「ずいぶん盛り上がってるね」
「うん。ちょっと覗いてみようか」
酒場の入口から中を見る。
何人もの男たちが、一つの卓を囲んでいた。
酒を飲んでいる人もいる。
でも、みんなの視線は卓の上に集まっていた。
リバーシだ。
盤の上には、黒と白の石が並んでいる。
「そこだ!」
「いや、待て! 角を取られるぞ!」
「もう遅い!」
石が置かれる。
続けて、いくつもの石が裏返った。
「おおおっ!」
店の中から歓声が上がる。
すごいな、こんなに盛り上がってるんだ。
「リオン、見て」
「うん」
「あっちの卓でもやってるよ」
ミラが指さした先では、別の二人もリバーシをしていた。
まさか、ここまで広まっているとは。
「リオンが広めた遊びだよね?」
「うん。でも、みんなの方がずっと真剣にやってる気がする」
「ふふ。そうかも」
しばらく眺めていると、また歓声が上がった。
勝った男が両手を上げ、負けた男が悔しそうに頭を抱えている。
でも、どちらも楽しそうだ。
仕事を終えた人たちが、こうして笑い合っている。
何だか、嬉しくなった。
「ねえ、ミラ」
「何?」
「リバーシ大会を開いたら面白くないかな?」
「……大会?」
「うん。こうやって遊ぶだけじゃなくて、参加者を集めて優勝者を決めるんだ」
「それは楽しそう!」
「でしょ?」
「でも、大人ばかりにならない?」
「ああ、そうだね」
確かに、子供たちも楽しんでいるはずだ。
「だったら、子供の部と大人の部を分けようか」
「うん! それなら小さな子も参加できるね」
「親子で出場しても面白そうだな」
「ふふ。お父さんが子供に負けちゃうかもしれないね」
「それはありそう」
二人で笑った。
すると、ミラが何かを思い出したように言った。
「ねえ、リオン」
「何?」
「こういうの、何だか文化祭みたいじゃない?
言われてみれば、そうだな。
「三年生のとき、みんなで遊び場を作ったよね」
「うん。覚えてる?」
「もちろん!」
輪投げ。
的当て。
札合わせ。
重さ当て。
魔法を使わない遊び場。
「最初は地味だって言われたんだよね」
「ふふ。そうだったね」
「でも、最後はすごく賑わった」
「小さな子たちも楽しそうだったよね」
「うん。大人も結構夢中になってたし」
「あのときの重さ当て、意外と難しかったよね」
「そうそう。見た目だけじゃわからないからね」
ミラが笑った。
「景品の焼き菓子も、途中で足りなくなりそうだったよね」
「ああ! そうだった!」
「みんなで慌てて準備したの、覚えてる?」
「もちろん」
楽しかったな。
「それから、五年生の文化祭もね」
ミラが続けた。
「お好み焼き!」
「ふふ。そう!」
「六百六十五枚も売ったんだよね」
「よく覚えてるね」
「忘れないよ。あんなに忙しかったんだもの」
「あはは。確かに」
朝からずっと焼いていたな。
クラスのみんなで協力して、たくさんのお客さんに食べてもらった。
「今度は、いろんなお店に食べ物を出してもらってもいいかもしれないね」
「うん。料理を作るのが得意な人もいるだろうし」
「音楽や踊りもあったら楽しそう」
「それもいいね!」
そうか。
領都で文化祭みたいな催しを開けばいいんだ。
「ミラ」
「何?」
「子供が楽しめる遊びと、大人が楽しめる催し。それから、家族で一緒に参加できるものも用意しようか」
「うん!」
「リバーシ大会だけじゃなくて、輪投げや的当てもできるし」
「食べ物の屋台もね」
「音楽も呼びたいな」
「それなら、踊りたい人もいるかもしれないね」
「おお。それも楽しそう!」
考え始めると、次々に案が出てくる。
これは面白いな。
すると、ミラが俺の顔を覗き込んだ。
「でもね、リオン」
「何?」
「五年生の文化祭で、一番よく覚えているのは、お好み焼きじゃないよ」
「え?」
「もう忘れちゃった?」
ミラが少しだけ頬を膨らませた。
……あ。
そういうことか。
「あの中庭?」
「うん」
ミラが嬉しそうに笑った。
「二人で文化祭を回って、串焼きのお肉を食べたよね」
「ああ。覚えてるよ」
「それで、少し休もうって長椅子に座って……」
「……うん」
あの日。
ずっと自分でもよくわからなかった気持ちを、ようやく言葉にした。
ミラには、これからも近くにいてほしい。
友達としてだけじゃなくて。
「リオンが、私に好きだって言ってくれた日だよ」
「……うん」
「それから、付き合ってほしいって」
「そうだったね」
ミラが俺の手を、少し強く握った。
「私、すごく嬉しかったんだから」
「……ありがとう」
「ふふ。何のお礼?」
「いや、あのとき、付き合ってくれて」
ミラが目を丸くする。
それから、楽しそうに笑った。
「こちらこそ、ありがとう」
……何だか照れるな。
あのときは、文化祭でこんなふうに気持ちを伝えることになるなんて、考えてもいなかった。
でも、あの日があったから今こうしてミラと並んで歩いている。
そう考えると、文化祭は特別な思い出だ。
「ねえ、リオン」
「何?」
「領都でも、みんなにそんな思い出ができたらいいね」
「うん」
そうだな。
家族で楽しく過ごした思い出。
友達と遊んだ思い出。
仕事仲間と笑い合った思い出。
もしかしたら、俺たちみたいに、特別な相手との思い出ができる人もいるかもしれない。
「いいね。そういう催しにしよう!」
「ふふ。楽しみ!」
◇
酒場を離れて、再び通りを歩き始めた。
「でも、準備は大変そうだね」
ミラが言った。
「そうだね。会場も必要だし、出店する人も集めないと」
「警備も必要だよね」
「うん。そこはアストンたちにも相談しないと」
……そういえば。
今日は騎士団の増員について話したばかりだったな。
領地が発展すると、守るべきものも増える。
でも、それだけじゃない。
人々が楽しめる場所や時間も、もっと増やしていきたい。
「まずはローレンに相談してみようかな」
「うん。いきなり大きな催しにしなくてもいいと思うよ」
「そうだね。最初は領都の広場で、小さく始めてみようか」
「それなら、みんなも参加しやすそう」
「それに、俺たちだけで全部決めなくてもいいよね」
「うん。みんながやりたいことを聞いてみたいな」
なるほど。
領民からも出し物を募集するのか。
それはいいな。
「じゃあ、最初はリバーシ大会を中心にして、ほかの催しも募集してみようか」
「うん!」
「子供の部と大人の部に分けて、優勝者には何か景品も用意したいね」
「ふふ。リオンも出るの?」
「えっ? 俺?」
「だって、リバーシを広めたんでしょ?」
「いや、それと強いかどうかは別だよ」
「そうなの?」
「うん。たぶん、今の領民の方がずっと上手だと思う」
あの酒場の様子を見る限り、かなり研究していそうだしな。
「じゃあ、私も出ようかな」
「おお。いいね!」
「リオンには負けないから」
「……えっ?」
「ふふ。三年生の文化祭でも勝負したでしょ?」
「ああ、そうだったね」
「今度も負けないよ」
ミラが楽しそうに笑った。
これは、練習しておいた方がいいかもしれないな。
夕暮れの領都を、二人で歩いていく。
酒場からは、まだリバーシを楽しむ人たちの歓声が聞こえていた。
領地が豊かになることは、収入が増えることだけじゃない。
安心して働けて、家族と暮らせて、好きなことを楽しめる。
そんな場所になっていくことも、大切なんだと思う。
よし。
領都でも、文化祭みたいな催しを開こう。
みんなが笑顔になれるような。
そして、いつか思い出して、楽しかったと言ってもらえるような。
そんな催しにしたいな。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回はエンターテイメントの話でした。




