第617話 守りたいもの
新連載はじめました!
『王女殿下、まずは拳をお下げください ~転生執事と最強王女の成り上がり~』という作品です。
お手すきの際に是非!
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領都に戻った俺は、王宮へ共鳴石通信を送った。
ノア山脈で不審な男を捕らえたこと。
男が武器を持って抵抗し、自害まで図ったこと。
そして、共鳴石通信機について調べていた形跡があること。
これらを国王に報告した。
『……なるほど。他国の間諜である可能性があるということか』
「はい。ただし、現時点では所属も目的も確認できていません」
『うむ。共鳴石通信機に関する情報を集めていたとなれば、放置するわけにはいかんな』
「私もそう考えています」
『その男は王都へ送ってもらおう。こちらで身元を調べ、取り調べを行う』
「承知しました」
『それと、リオン』
「はい」
『今後も同じような者が現れる可能性がある。警備には十分気をつけるように』
「はい。領内の警備体制を見直します」
共鳴石通信を終える。
……やれやれ。
まさか自分の領地で、スパイらしき人物を捕らえることになるとは思わなかった。
まずは対策だな。
ローレンと相談し、鉱山や工房、共鳴石通信機を設置している施設の警備を強化することにした。
ただし、何でも立ち入り禁止にすればいいというものでもない。
仕事に支障が出てしまっては本末転倒だ。
入山者の確認や施設への出入りを管理し、必要な場所に必要な警備を配置する。
それから、ヴィクトルを呼んだ。
「他国のスパイ?」
「うん。まだ確定したわけじゃないんだけどね」
今回の事件について、必要な範囲で事情を説明する。
「それで、共鳴石通信機を販売するときは、取引相手の素性をしっかり確認してほしいんだ」
「そんなの、言われなくてもやってるぞ」
「そうなの?」
「当たり前だろ。信用できる相手かどうか調べるのは、商人の基本だからな」
「そっか」
「ただ、今回は少し事情が違うな」
「どういうこと?」
「買った相手が、別の国に売ることだってあるだろ?」
「ああ、転売か」
「そういうこと。最初の相手だけ調べても、十分とは言えないな」
確かに。
共鳴石通信機は、単なる便利な道具ではない。
軍事的にも価値がある。
だからこそ、どこに売るのか慎重に考える必要がある。
「じゃあ、その辺りも含めてお願いできる?」
「ああ。任せろ!」
「ありがとう」
さすがヴィクトルだ。
やっぱり頼りになるな。
◇
「ふう……」
政務室で椅子に背中を預ける。
今日もいろいろあった。
領地が発展するのは嬉しい。
でも、発展すればするほど、考えなければならないことも増えていく。
そんなことを考えていると、扉を叩く音がした。
「どうぞ」
「リオン」
「あ、ミラ」
ミラが部屋に入ってきた。
「お仕事、まだ終わらない?」
「ううん。ちょうど一段落したところだよ」
「そっか」
ミラが微笑む。
……ん?
何だろう。
いつもより、少し顔色が悪いような気がする。
「ミラ、大丈夫?」
「え?」
「何だか疲れてるみたいだけど」
「そんなことないよ」
「本当に?」
「うん。ちょっと疲れただけ」
そう言って笑うけど、やっぱり気になる。
「今日はもう屋敷に戻ろうか」
「えっ?」
「俺の仕事も一段落したし。ミラも疲れてるなら、早めに休んだ方がいいよ」
ミラが少し考える。
「……そしたら、今日は休ませてもらおうかな」
「うん。そうして」
「ありがとう」
「医者を呼ぼうか?」
「ええっ? そこまでしなくても大丈夫だよ」
「でも、顔色が悪いよ?」
「本当に大丈夫。少し休めば元気になると思うから」
「……わかった。でも、よくならなかったらちゃんと言ってね」
「うん」
ミラが頷いた。
◇
その夜。
屋敷の自分の部屋で本を読んでいると、扉を叩く音がした。
「どうぞ」
扉が開く。
「リオン、起きてた?」
「ミラ?」
「うん」
昼間より顔色がよくなっている。
よかった。
「身体は大丈夫?」
「うん。少し休んだら楽になったよ」
「そっか。よかった」
「……ねえ、リオン」
「何?」
「ちょっと、お話ししてもいい?」
「もちろん」
ミラを部屋に招き入れる。
椅子を勧めると、静かに腰を下ろした。
……どうしたんだろう。
いつものミラと少し様子が違う。
何か言いたそうなのに、なかなか口を開かない。
「ミラ?」
「……あのね」
「うん」
「リオンに、話しておきたいことがあるの」
「何?」
ミラが膝の上で両手を重ねる。
一度、口を開きかけた。
でも、すぐに閉じてしまう。
……ずいぶん緊張してるな。
「ゆっくりでいいよ」
「……うん」
ミラが小さく息を吸った。
「私の……スキルのことなんだけど」
「……え?」
思わず聞き返してしまった。
スキル?
アルスレイン王国では、自分のスキルを他人に教えることはほとんどない。
どんな能力を持っているのか。
何ができて、何ができないのか。
それを知られることは、自分の身を守る手段を知られることにもなる。
だから、親しい相手でも簡単には話さない。
俺だって、ミラのスキルを知らない。
ミラも同じだ。
婚約してからも、それについて尋ねたことはなかった。
「……ミラ」
「うん」
「本当に、話してくれるの?」
ミラが頷いた。
「リオンには、知っておいてほしいから」
「でも、無理に教えてくれなくてもいいんだよ?」
「……うん。わかってる」
ミラが小さく笑った。
「だから、自分で決めたの」
「……そっか」
その言葉を聞いて、胸の奥が少し温かくなった。
ミラが俺を信頼してくれている。
それが、何より嬉しかった。
「私のスキルはね」
「うん」
「《光聖》なの」
「……《光聖》?」
「うん。だから光属性の魔法とか使えるの」
「うん。」
光聖。
レアスキルだ。
「今までは、光を出したり、みんなを支援したりする魔法を使ってきたんだけどね」
「うん」
「この前、教会で聞いたの。もっと鍛錬を重ねれば、病気や怪我の治療に役立つ魔法も使えるようになるかもしれないって」
「そうなんだね」
「うん。でも、必ず使えるようになるわけじゃないみたい。覚えるのも難しいんだって」
「そうなんだ……」
この領地では、医者も治療を受けられる場所も十分ではない。
病気や怪我で困っている人は少なくない。
もしミラが治癒魔法を使えるようになったら、助けられる人が増えるかもしれない。
「それでね」
「うん」
「最近、教会で少しずつ教えてもらってるの」
「えっ、そうだったの?」
「うん。まだ基礎的なことばかりなんだけど」
ミラが照れくさそうに笑う。
「政務所のお仕事もあるし、研究もしたいし……ちょっと欲張りすぎちゃったかな」
「ああ……」
なるほど。
今日、疲れていたのは、それも関係しているのかもしれない。
「ミラ、頑張りすぎだよ」
「……そうかな?」
「そうだよ。身体を壊したら大変でしょ?」
「うん。ごめんね」
「謝らなくてもいいよ。心配なだけだから」
「……ありがとう」
ミラが少し俯く。
それから、ゆっくりと顔を上げた。
「あのね、リオン」
「何?」
「私、この領地に来てよかったと思ってるの」
「……え?」
「最初はね、リオンのそばにいたかったから来たんだ」
「うん」
「もちろん、今もそれは変わらないよ」
ミラが少し恥ずかしそうに笑う。
「でもね、今はそれだけじゃないの」
「……うん」
「ここで暮らしている人たちのことも、大切になったんだ」
ミラが続ける。
「毎日、一生懸命働いている人がいるでしょ?新しい仕事を覚えようとしている人もいるし、家族のために頑張っている人もいる」
「そうだね」
「みんな、少しずつ暮らしがよくなってきてる。でも、病気になったり、怪我をしたりする人もいるんだよね」
「……うん」
「教会に行ったとき、そういう人たちを見たの」
ミラの声が少し小さくなった。
「怪我をして、仕事ができなくなった人がいたの。家族の人も、すごく心配してて……」
「……そうだったんだ」
「そのとき、何もできなかったのが悔しかったんだ」
ミラが自分の手を見つめる。
「私には《光聖》っていうスキルがあるのに、光を出すことくらいしかできなくて」
「……」
「それで、教会の人に聞いてみたの。もっと何かできるようにならないかって」
なるほど。
だから、魔法の鍛錬を始めたのか。
「リオンは、みんなが安心して暮らせるように、毎日いろんなことをしてるでしょ?」
「そんなことないよ。みんなに助けてもらってるし」
「うん。でも、私も何かしたいんだ」
「ミラだって、十分やってくれてるよ」
「ありがとう」
ミラが微笑む。
「でもね、私にしかできないことがあるなら、挑戦してみたいの」
「……そっか」
「今すぐ誰かを治せるわけじゃないし、使えるようになるかもわからないけど」
「うん」
「それでも、やってみたいんだ」
ミラの目は真剣だった。
……嬉しいな。
自分の婚約者が、この領地の人たちのことを、そこまで考えてくれている。
しかも、自分の意思で新しいことに挑戦しようとしている。
「ミラ」
「何?」
「ありがとう」
「……え?」
「この領地の人たちのことを、そこまで大切に思ってくれて」
「……」
「本当に嬉しいよ」
ミラが少し驚いたように俺を見る。
それから、柔らかく笑った。
「だって私、リオンの婚約者だもん」
「……うん」
そうだね。
これから、二人で生きていくんだ。
「それに、リオン」
「何?」
「私、リオンに隠し事をしているみたいで、少し気になってたんだ」
「……スキルのこと?」
「うん」
ミラが頷く。
「隠しているのが普通だって、わかってるよ。でも、いつかはちゃんと話したかったの」
「……そっか」
「これからずっと一緒にいる人だから」
……。
胸が熱くなった。
ミラは、ただスキルを教えてくれたわけじゃない。
俺とこれから先の人生を一緒に歩いていくつもりだから、話してくれたんだ。
それが、何より嬉しい。
「……ありがとう、ミラ」
「うん」
「俺のことを信じてくれて」
ミラが静かに微笑む。
「当たり前だよ」
……当たり前、か。
ミラにとってはそうなのかもしれない。
でも、俺にとっては、決して当たり前のことじゃない。
「ミラ」
「何?」
「俺からも、話していい?」
「うん。もちろん」
「……俺のスキルのことなんだけど」
「……え?」
ミラが目を大きくした。
「リオンのスキル?」
「うん」
「……いいの?」
「もちろん」
「でも、私が話したからって、無理に教えてくれなくてもいいんだよ?」
「うん。わかってる」
俺は頷いた。
「俺も、自分で決めたんだ」
ミラが黙って俺を見つめる。
「これからずっと一緒にいる人だから、知っていてほしいんだ」
「……リオン」
少し照れくさいな。
でも、ちゃんと伝えたい。
「俺のスキルは、《綻びの目》っていうんだ」
「……綻びの目?」
「うん」
ミラが首を傾げた。
「どんなスキルなの?」
「綻びが見えるんだ」
「……綻び?」
「そう。例えば、建物の傷んでいるところとか、道具が壊れそうになっているところとか」
「……そんなことがわかるの?」
「うん。でも、見えるだけなんだ」
「見えるだけ?」
「そう。そのままにしていたらどうなるのか、どうすれば直せるのか。そういうことは自分で考えないといけないんだ」
「……そうなんだ」
「十二歳のときにこのスキルを授かったんだけどね」
「うん」
「ハズレスキルだって言われたんだ」
「……えっ?」
ミラが驚いた顔をした。
「どうして?」
「だって、壊れそうな場所が見えるだけだからね。剣が強くなるわけでも、魔法が使えるようになるわけでもないし」
「……」
「でも、俺はこのスキルを気に入ってるんだ」
「……うん」
「壊れる前に気づけば、修理できるかもしれない。問題を見つければ、誰かに相談することもできる」
前世の経営者としての経験がなければ、俺もこのスキルの価値に気づけなかったかもしれない。
何かを改善するには、まず問題を発見する必要がある。
その点では、俺にとってありがたいスキルだった。
「それに、このスキルのおかげで、いろんな人と出会えたからね」
「……そっか」
ミラが静かに頷く。
そして、しばらく考えてから口を開いた。
「ねえ、リオン」
「何?」
「ハズレスキルなんかじゃないよ」
「……え?」
「だって、そのスキルがあったから、今のリオンがいるんでしょ?」
「……うん」
「だったら、すごく大切なスキルだと思う」
ミラが俺を見つめる。
「私は、リオンのスキル、素敵だと思うよ」
……。
嬉しいな。
ミラにそう言ってもらえることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
「……ありがとう」
「うん!」
ミラが嬉しそうに笑う。
それから、少し考え込んだ。
「ねえ、リオン」
「何?」
「私たちのスキルって、少し違うけど、目指していることは同じなのかもしれないね」
「……どういうこと?」
「リオンは、悪くなる前に見つけることができるんでしょ?」
「うん」
「私は、病気や怪我で苦しんでいる人を助けられるようになりたい」
「……うん」
「どっちも、誰かが困らないようにするための力だと思うんだ」
……なるほど。
確かに、そうかもしれない。
「そうだね」
「でしょ?」
ミラが笑った。
「いつか、二人でいろんな人を助けられたらいいね」
「うん。俺もそう思う」
もちろん、俺たちだけでできることには限界がある。
医者や教会の人たちの力も必要だし、病気や怪我を防ぐための環境を整えることも大切だ。
でも、だからこそ。
いろんな人が協力できる領地にしていきたい。
「ミラ」
「何?」
「一緒に頑張ろうね」
「うん!」
ミラが嬉しそうに頷く。
……さて。
「でも、一つだけ約束してほしいんだ」
「何?」
「無理はしないこと」
「……あ」
「今日みたいに顔色が悪くなるまで頑張らなくてもいいんだよ」
「……うん」
「ミラが病気や怪我の人を助けたいと思う気持ちは、すごく嬉しい。でも、ミラ自身が身体を壊したら、俺は悲しいよ」
ミラが俺を見つめる。
「……心配かけちゃったね」
「うん。すごく心配した」
「ごめんね」
「謝らなくてもいいよ。ただ、何かあったらちゃんと言ってほしい」
「……わかった」
ミラが頷く。
「じゃあ、これからはちゃんと休みながら頑張るね」
「うん。それなら安心」
「……ありがとう」
ミラが微笑んだ。
それから、少しだけ静かになった。
「……リオン」
「何?」
「今日、話してよかった」
「……俺もだよ」
「リオンのスキルのことも知れて、嬉しかった」
「うん」
「何だか、前よりもっとリオンのことを知れた気がする」
「……そうだね」
俺も同じ気持ちだった。
ずっと一緒に過ごしてきた。
でも、まだ知らないこともたくさんある。
これから先も、きっとそうなんだろう。
少しずつお互いのことを知っていく。
そうやって、一緒に生きていくんだと思う。
「……ねえ、リオン」
「何?」
「隣に行ってもいい?」
「もちろん」
ミラが立ち上がり、俺の隣に来た。
そっと腰を下ろす。
肩が触れた。
ミラが少しだけ俺に寄りかかる。
「……今日は、ありがとう」
「何が?」
「ちゃんと聞いてくれて」
「俺の方こそ、ありがとう」
ミラの手が、俺の手に触れた。
俺はそっと握り返す。
温かい。
そのまま、しばらく何も話さなかった。
窓の外には、静かな夜が広がっている。
「……リオン」
「何?」
「私ね、リオンと結婚するのが、もっと楽しみになった」
「……え?」
思わずミラを見る。
ミラは少し頬を赤くしていた。
「だって、これからはもっといろんなことを一緒に考えたり、話したりできるでしょ?」
「……うん」
「嬉しいなって」
……そうか。
ミラは、そんなふうに思ってくれているのか。
「俺も楽しみだよ」
「本当?」
「もちろん」
ミラが嬉しそうに笑った。
「……大好きだよ、リオン」
……。
何度聞いても嬉しいな。
「俺も大好きだよ、ミラ」
俺はミラをそっと抱き寄せた。
ミラも俺の背中に腕を回してくる。
しばらく、そのままでいた。
……守りたいもの。
今日、俺は領地の技術を守るために、いろいろなことを考えた。
でも、守りたいのは技術そのものじゃない。
その技術を使って、少しでも豊かに、安心して暮らせるようになった人たちだ。
そして、今、腕の中にいるミラも。
……いや。
ミラは、俺に守られるだけの人じゃない。
自分の力で誰かを助けようとしている。
自分の意思で、この領地をよくしようとしている。
そんなミラを、俺は心から尊敬している。
「……ミラ」
「何?」
「これからも、よろしくね」
「うん」
ミラが俺を見上げた。
「こちらこそ、よろしくね」
そう言って、微笑む。
……本当に、ミラと出会えてよかった。
俺はそっと顔を近づけた。
ミラも少し頬を赤くして、目を閉じる。
そして、唇が触れ合った。
ほんの短いキスだった。
顔を離すと、ミラが照れくさそうに笑った。
「……大好きだよ、リオン」
「俺もだよ」
もう一度、ミラを抱き寄せる。
……守りたいもの。
今日、俺たちは互いの秘密を打ち明けた。
これから先、きっと大変なこともあるだろう。
でも、一人じゃない。
ミラと一緒なら、どんな問題にも向き合っていける気がする。
……この幸せを、大切にしていこう。
心から、そう思った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日は新作を書いた後にこの話を書いていたのですが、書きながら涙が出ました。
新作は来週を予定しています。




