第601話 馬がいらない
数日後。
俺はルッツさんたちと一緒に、ビダン山にいた。
屋敷の庭で完成した蒸気機関を、実際の鉱山で試すためだ。
「男爵様、お待ちしておりました」
「おはようございます。準備はどうですか?」
「予定していた場所の整備は終わっております」
「ありがとうございます」
案内されたのは、試掘が進んでいる坑道の入口付近だった。
以前ここで、二頭の馬が円を描くように歩き、縄を巻き取ってトロッコを引き上げる装置を見た。
あれを見たのが、すべての始まりだった。
「蒸気機関はここに置くんですね」
「はい。坑道の外で、住居や休憩場所からも離れております」
「水は?」
「近くに貯水槽を用意しました」
「石炭は?」
「リンクス山から運び込んでおります」
準備は整っているらしい。
「じゃあ、始めましょう」
「はい!」
それから設置作業が始まった。
蒸気機関を固定する。
管をつなぐ。
回転軸と巻き取り装置を組み合わせる。
縄の張り具合も確認する。
庭で動いたからといって、ここでも同じように動くとは限らない。
坑道の長さも違う。
斜面の角度も違う。
運ぶ鉱石の量も違う。
何度も確認しながら、作業を進めた。
◇
翌日。
「では、始めます」
「お願いします」
ルッツさんが合図を出す。
炉に火が入り、石炭が燃え始めた。
ゴオオオ……。
高い煙突から煙が上がる。
庭で改良した炉と煙突を、そのまま持ってきている。
煙は上空へ抜けていった。
「煙の方は大丈夫そうですね」
「今のところはね」
蒸気が上がってきた。
「いきます!」
「はい!」
ガコン。
ガコン。
太い棒が動き、回転軸が回り始める。
縄が引かれた。
坑道の奥から、石を積んだトロッコがゆっくりと姿を現す。
「おお……!」
作業員たちから声が上がった。
だが。
ガコン。
ガ……。
「あれ?」
トロッコの動きが鈍くなった。
さらに。
ガコン。
止まった。
「……止まりましたね」
「うん」
ルッツさんが蒸気を止める。
「蒸気の圧力は十分にあるはずですが……」
蒸気機関そのものは動いていた。
ということは、問題はそこから先かもしれない。
装置へ目を向ける。
《回転軸:負荷過大》
《動力伝達:損失大》
あ、やっぱり。
蒸気機関が生み出した力を、うまく伝えられていないらしい。
「ルッツさん」
「はい?」
「この回転軸、ちょっと無理してないかな?」
巻き取り装置を指す。
「回す速さと、必要な力が合ってないとか」
ルッツさんが装置を見る。
鉱山技師も近づいてきた。
「確かに、庭で使った時より負荷が大きいですね」
「坑道も長くなっておりますからな」
「軸の回転を遅くして、その分、強い力で引けないかな?」
「歯車の組み合わせを変えるということですか?」
「うん。そういうこと」
ルッツさんが少し考える。
「できます。ただ、引き上げる速度は遅くなりますよ」
「それでもいいよ。まずは確実に動かしたいから」
「分かりました」
職人たちも集まってきた。
歯車を外す。
組み合わせを変える。
巻き取り軸の固定部分も見直す。
作業が終わる頃には、かなり時間が経っていた。
「もう一度やってみましょう」
「お願いします」
再び火を入れる。
蒸気が上がる。
ガコン。
ガコン。
縄が動いた。
坑道の奥から、トロッコがゆっくりと近づいてくる。
「……」
今度は止まらない。
ガコン。
ガコン。
少しずつ。
だが、確実に進んでいる。
「おお!」
鉱山技師が声を上げた。
「上がってきました!」
石を満載したトロッコが、ついに坑道の外へ出てきた。
「やった!」
作業員たちから歓声が上がる。
俺も思わず笑ってしまった。
「動いたね!」
「はい!」
ルッツさんも嬉しそうだ。
もう一度、回転軸を見る。
さっきの表示は消えていた。
よし。
これならいけそうだ。
◇
それから何度も試運転を繰り返した。
石を運び出す。
空のトロッコを戻す。
また石を積む。
途中で縄の張り具合を調整したり、金具を交換したりもした。
それでも、大きな問題は起きなかった。
「……すごいですね」
鉱山技師が蒸気機関を見ている。
「そんなに違います?」
「ええ。これまでとは、運び出せる鉱石の量がまるで違います」
「どのくらい?」
「まだ試算ですが……」
技師が少し考える。
「この坑道なら、一日当たりの搬出量を三倍近くまで増やせるかもしれません」
「三倍!?」
「はい。ただ、採掘量そのものが三倍になるわけではありません」
「ああ、そうか」
「鉱石を掘る速度は変わりませんからな」
「なるほど」
「ですが、これまで運搬に使っていた人員を、採掘へ回すことができます」
「あ」
「それに、運搬が追いつかず採掘を止めることも減るでしょう」
「そうだね」
鉱石を掘っても、外へ運べなければ意味がない。
逆に、運べる量が増えれば、それに合わせて採掘も増やせる。
「これ、ほかの鉱山でも使えるかな?」
「十分可能性はあると思います」
「アーシタ山でも?」
「もちろんです。ただ、坑道の形や距離に合わせて調整する必要はありますが」
「そっか」
ビダン山には共鳴石と硬化石。
アーシタ山には銅。
リンクス山には石炭。
それらを効率よく運び出せるようになれば、領の産業そのものが大きく変わる。
ただ、まだ一か所で動いただけだ。
すぐに量産するのは早い。
「まずはここで、しばらく使ってみましょう」
「はい。耐久性や燃料の消費量も確認しておきます」
「お願いします」
そこで鉱山技師が、少し改まった表情になった。
「男爵様。一つお願いがございます」
「何でしょう?」
「この蒸気機関のことを、ヴァレスト公爵様へご報告してもよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ」
「よろしいのですか?」
「はい。そもそも、公爵様に材料を用意していただいたんですから」
俺だけで作れたものじゃない。
ルッツさんや職人たち。
ヴァレストから来た技師。
みんなの力があって、ようやくここまで来た。
「それに、公爵様からも完成したら見せるように言われていますし」
「ありがとうございます。早速ご報告いたします」
技師が深く頭を下げた。
◇
それから一週間。
ビダン山では、一か所の坑道で蒸気機関の運用が始まっていた。
もちろん、まだ試験運用だ。
長時間動かした時の問題。
石炭や水の消費量。
部品の摩耗。
そうしたものを記録してもらっている。
煙や煤についても、今のところ大きな問題は起きていない。
蒸気機関は住居から離れた場所に置き、煙突の掃除も定期的に行っている。
今後は稼働時間を増やしながら、周囲への影響も調べる予定だ。
ひとまず、最初の一歩は踏み出せた。
そして俺は今。
「……もう少しこっちかな」
屋敷の庭にいた。
「リオン様、車輪の位置はこれでよろしいですか?」
「うん。いいと思う」
ルッツさんと職人たちが、小さな車体を組み立てている。
庭には、以前作った試験用の線路がある。
その上に載っているのは、これまでのトロッコとは少し違うものだ。
小さな蒸気機関。
石炭と水を積む場所。
四つの鉄製車輪。
そして、その後ろには人が一人だけ乗れる小さな台車。
前世で見た、遊園地の乗り物みたいなものだ。
「本当に、これに乗るんですか?」
ルッツさんが聞く。
「そのつもりだけど」
「まだ動くかも分かりませんよ」
「だから試してみるんだよ」
「……そうですね」
今回作っているのは、蒸気機関車だ。
以前から、蒸気の力を乗り物に使えないかとは考えていた。
でも、ようやく形にできそうだ。
これまでの蒸気機関は、回転軸で縄を巻き取り、トロッコを引っ張るものだった。
でも。
その回転する力を車輪に伝えられれば。
縄がなくても、車体そのものが走れるんじゃないだろうか。
そう考えた。
もちろん、いきなり人が何人も乗れるものを作るつもりはない。
まずは小さなものだ。
前の車両には蒸気機関と、操縦する人が座る場所を設けた。
後ろには、もう一人が乗れる小さな台車をつなぐ。
二両編成だ。
操縦するのは俺かルッツさん。
乗客は一人だけ。
子供の遊具みたいだけど、今回試すには十分だ。
「じゃあ、やってみよう」
「はい」
まずは誰も乗せずに試す。
薪に火をつける。
石炭を入れる。
蒸気が上がるのを待つ。
シュウウウ……。
「準備できました」
「お願いします」
ルッツさんが外側から操作用の金具を動かす。
ガコン。
ガコン。
小さな蒸気機関が動き始めた。
車輪が回る。
「おお!」
だが。
「……あれ?」
車体が動かない。
車輪だけが、その場で空回りしている。
「駄目ですね」
「うん」
蒸気を止めてもらう。
線路を見る。
車輪は回っていた。
でも、前へ進まなかった。
何が問題なんだろう。
小さな車体へ目を向ける。
《駆動輪:空転》
《牽引力:不足》
なるほど。
車輪が線路をうまく捉えられていないのか。
「ルッツさん」
「はい?」
「車輪が軽すぎるのかな?」
「軽すぎる?」
「うん。回ってるのに滑ってたでしょ?」
「そうですね」
「だったら、動力を伝える車輪にもう少し重さがかかるようにできないかな?」
ルッツさんが車体を見る。
「蒸気機関の位置を変えてみますか?」
「できる?」
「はい。前後の重さのかかり方を調整してみましょう」
職人たちも集まる。
蒸気機関の位置を少し動かす。
車軸の固定部分も調整する。
さらに、車輪とレールの接触部分を確認した。
「これでどうでしょう」
「やってみよう」
再び蒸気を送る。
ガコン。
ガコン。
車輪が回る。
そして。
ガタン。
「あ」
車体が少し前へ動いた。
「動いた!」
「はい!」
ガタン。
ガタン。
ゆっくり。
本当にゆっくりだ。
それでも、小さな蒸気機関車が線路の上を進んでいく。
「おお……!」
思わず声が出た。
縄で引っ張っているわけじゃない。
馬が押しているわけでもない。
蒸気の力で、自分の車輪を回して走っている。
「すごいね!」
ルッツさんも興奮している。
それから何度か試運転を繰り返した。
止める。
動かす。
また止める。
ブレーキも確認する。
蒸気を送る金具やブレーキは、前の車両の操縦席から動かせるようにした。
線路は庭を一周する短いものだ。
速度はまだ遅い。
人が歩くより遅いくらいだ。
でも、今はそれで十分。
「じゃあ、次は乗ってみようか」
「リオン様がですか?」
「うん。でも、最初はルッツさんに操縦してもらおうかな」
「私がですか?」
「うん。俺は後ろに乗るから」
ルッツさんが少し驚いた顔をした。
「では、念のため、もう一度確認してからにしましょう」
「お願い」
何度も試運転を繰り返し、異常がないことを確かめた。
いよいよだ。
ルッツさんが前の車両の操縦席に座る。
俺は後ろの小さな台車にまたがった。
足が地面につきそうなくらい低い。
まるで子供の遊具だ。
「準備はいいですか?」
「うん!」
「では、動かします」
シュウウウ……。
ガコン。
ガタン。
車体が動いた。
「おお……!」
ゆっくりと線路の上を進んでいく。
庭の景色が少しずつ動く。
たったそれだけなのになんだか妙に嬉しい。
前世では、当たり前のように走っていた鉄道。
でも、この世界にはまだない。
その小さな第一歩を、自分たちの手で作った。
「ルッツさん!」
「はい!」
「これ、すごいよ!」
「私もそう思います!」
職人たちも笑っている。
ガタン。
ガタン。
短い線路を一周して、ゆっくり止まった。
「……楽しいね!」
「ええ!」
ルッツさんも嬉しそうだ。
「じゃあ、次は俺が操縦してみるよ」
「分かりました」
操縦方法を教えてもらい、何度か練習する。
蒸気を送る量。
速度の調整。
停止する時の操作。
一通り確認したところで、後ろから声がした。
「リオン!」
振り返る。
ミラが立っていた。
足元にはピコもいる。
「何してるの?」
「あ、ミラ」
小さな蒸気機関車を指す。
「乗ってみる?」
「いいの?」
「もちろん」
「じゃあ、ピコも一緒にいい?」
「ピー!」
どうやらピコも乗りたいらしい。
「いいよ。ミラが抱いててね」
「分かった!」
ミラがピコを抱え、小さな台車にまたがった。
「じゃあ、動かすよ」
「うん!」
蒸気を送る。
ガコン。
ガタン。
「わあ!」
後ろからミラの声が聞こえた。
「動いた!」
「ピー! ピー!」
ピコも嬉しそうに鳴いている。
ガタン。
ガタン。
ゆっくりと庭を進んでいく。
「すごいね、リオン!」
「でしょ?」
「本当に馬がいないのに走ってる!」
「うん!」
後ろを振り返ると、ミラが笑っていた。
ピコも腕の中で跳ねようとしている。
「ピコ、危ないからじっとしててね」
「ピー!」
分かっているのかどうかは分からない。
それでも楽しそうだ。
線路を一周して止まる。
「どうだった?」
「面白かった!」
「よかった」
「これ、もう一回乗っていい?」
「もちろん」
「やった!」
もう一周することになった。
◇
その後は、ちょっとした試乗会になった。
「皆さんも乗ってみませんか?」
職人たちへ声をかける。
「我々も、ですか?」
「もちろん。皆さんが作ったんですから」
年配の職人が、少し照れくさそうに笑った。
「では、お言葉に甘えまして」
俺が操縦席へ座る。
職人が後ろへまたがった。
「いきますよ」
「お願いします」
ガタン。
ガタン。
「おお……!」
職人が声を上げた。
「これは面白い!」
「でしょ?」
「まさか、自分たちの作ったものに乗って走るとは……」
短い線路を一周して戻る。
「次は俺も乗せてくれ!」
「いや、俺が先だ!」
さっきまで真剣な顔で作業していた職人たちが、子供のようにはしゃいでいる。
何度も交代して乗ってもらった。
ルッツさんにも、今度は客車に乗ってもらう。
「どうですか?」
「……不思議な気分ですね」
「何が?」
「私は作る側でしたから。こうして乗せてもらうと、また違います」
ルッツさんが小さく笑う。
「作ってよかったです」
「うん。本当に」
その時だった。
「……おい」
庭の向こうから声がした。
見ると、ヴィクトルが立っていた。
「リオン」
「あ、ヴィクトル」
「お前……」
ヴィクトルが近づいてくる。
「乗せろ!」
「え?」
「俺にも乗らせろ!」
ずいぶん早いな。
「いいよ」
ヴィクトルが後ろの台車にまたがる。
「じゃあ、いくよ」
「おう!」
ガコン。
ガタン。
「おおお!」
ヴィクトルが声を上げた。
「すげえ!」
「でしょ?」
「本当に動いてる!」
「だから言ったでしょ」
ガタン。
ガタン。
「リオン!」
「何?」
「もっと速くならねえのか!?」
「まだ無理だよ!」
「そうか!」
線路を一周して止まる。
「どうだった?」
「……もう一周」
「え?」
「もう一周だ!」
思わず笑ってしまった。
結局、ヴィクトルも二周することになった。
そして台車を降りると、急に真剣な顔になった。
「……リオン」
「何?」
「これ、もっと大きくできるのか?」
「いずれはね」
「人も荷物も運べるようになるのか?」
「そのつもりだけど」
「……」
ヴィクトルが黙った。
庭の線路を見る。
「どのくらい運べる?」
「え?」
「だから、もっと大きくしたら、一度にどれだけの荷物を運べるんだ?」
「まだ分からないよ」
「馬車一台分か? 二台分か?」
「機関車の大きさや力によると思うけど」
「……」
ヴィクトルが考え込む。
「こいつは石炭と水で動くんだろ?」
「うん」
「だったら、もっと大きくして、荷車を何台もつなげたら……」
そこでヴィクトルが言葉を止めた。
再び小さな蒸気機関車を見る。
「……とんでもねえな」
「まだこんなに小さいけどね」
ヴィクトルが興奮している。
「おまえの言ってた通りのことになりそうだな!」
「うん。そうなったらいいよね」
「いいよね、じゃねえ!」
ここまで興奮するヴィクトルも珍しい。
ヴィクトルは考え込んだ。
商人として、いろいろな可能性が頭に浮かんでいるのだろう。
「ただ、すぐには無理だよ」
「何が?」
「大きくするには、もっと丈夫な車体も必要だし、線路もたくさん作らなきゃいけない」
「そりゃそうだろうな」
「石炭も水も必要だし、安全に止める方法ももっと考えないと」
「分かってる」
「それに……」
「何だ?」
「お金もかかるよ」
ヴィクトルが笑った。
「それは俺の仕事だろ?」
「……あ」
そうだった。
でも、ヴィクトルはすぐに続けた。
「もっとも、本当に商売になるかは別だ。作る金も、運ぶ量も、全部計算しなきゃならねえ」
「そうだね」
「だから、早く大きいのを作れ」
「え?」
「そしたら計算できるだろ!」
「いや、そんな簡単には……」
「分かってる!」
全然分かってなさそうだ。
◇
「男爵様」
今度はケーラがやってきた。
「あ、ケーラ」
庭を見ている。
線路。
蒸気機関車。
石炭。
水。
工具。
以前より、さらに庭らしくなくなってしまった。
「……また増えましたね」
「何が?」
「いろいろと、でございます」
「……」
何も言い返せない。
「ケーラも乗ってみる?」
「私が、ですか?」
「うん。結構面白いよ」
「しかし、仕事がございますので」
「一周だけならすぐだよ」
「……」
ケーラが小さな台車を見る。
「では、一度だけ」
「もちろん!」
俺が操縦席に座る。
ケーラが後ろへまたがった。
「いくよ」
「お願いいたします」
ガタン。
ガタン。
「……!」
後ろから小さな声が聞こえた。
「どう?」
「これは……」
ケーラが周囲を見ている。
「不思議でございますね」
「でしょ?」
「馬もいないのに、人が運ばれております」
「うん」
ゆっくり庭を一周する。
止まった。
「どうだった?」
「……大変興味深いものでございました」
「よかった」
ケーラが台車から降りる。
「ですが、男爵様」
「何?」
「庭は元に戻していただきますからね」
「……はい」
「それから」
「うん?」
ケーラが少しだけ視線を逸らした。
「もう一度だけ、乗ってもよろしいでしょうか」
「……え?」
「一度では、よく分からなかったものですから」
「あはは!」
思わず笑ってしまった。
「もちろん!」
結局、ケーラも二周した。
◇
ガタン。
ガタン。
小さな蒸気機関車が庭を走る。
ミラも。
ピコも。
ヴィクトルも。
ルッツさんも。
職人たちも。
そしてケーラも。
みんな笑っていた。
最初は、鉱山で馬の代わりになるものを作りたかっただけだ。
それが、いつの間にか人を乗せて走るようになった。
しかも、こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
……作ってよかったな。
その時だった。
「男爵様!」
屋敷の方から声がした。
通信室の文官だ。
「どうしたの?」
「ヴァレスト公爵様から通信が届いております」
「ヴァレスト公爵から?」
「はい」
差し出された紙を受け取る。
どうやら、ビダン山の鉱山技師から蒸気機関の報告を受けたらしい。
鉱石の搬出能力が大きく向上する可能性があること。
馬を使わず、石炭と水で動くこと。
そして、すでに一か所で試験運用が始まっていること。
それらを聞いて、かなり興味を持ってくれたようだ。
通信の最後には、こう書かれていた。
実物を見に行きたい。
「……あ」
「何だ?」
ヴィクトルが聞く。
「公爵様が、蒸気機関を見に来たいって」
「ヴァレスト公爵が?」
「うん」
ルッツさんも驚いている。
「公爵様が、こちらへお越しになるのですか?」
「そうみたい」
紙をもう一度見る。
まあ、材料もたくさん送ってもらったしね。
直接見てもらうのもいいだろう。
「それにしても……」
俺は庭の小さな蒸気機関車を見た。
ヴァレスト公爵は、鉱山で使う蒸気機関を見に来るつもりなんだろう。
でも、馬も縄も使わず人を乗せて走るこっちを見たら、どんな反応をするだろう。
「……楽しみだな」
「何がだ?」
ヴィクトルが聞く。
「いや。こっちの話」
小さな蒸気機関車は、まだ白い蒸気を上げていた。
600話突破しました!
いつも読んで頂いてる読者様には感謝です。
感想も賛否両論頂いていますが、非常にありがたいです。
引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。




