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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第21章 リオン・ハル男爵

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第600話 動くだけでは足りない

 それから数日後。


 ヴァレスト公爵領から、待っていた荷物が届いた。


「おお……」


 屋敷の前には何台もの荷馬車が並んでいる。


 実際の鉱山で使う大きさのトロッコ。


 鉄製の車輪と車軸。


 大きな滑車。


 鉄板。


 鉄棒。


 管。


 それから、線路へ加工するために頼んでいた長い鉄材。


「ずいぶんありますね」


 隣でルッツさんが荷物を見ている。


「これだけ重かったら、運ぶだけでも時間がかかるよね」


「そうですね」


 一台の荷馬車では到底運べない。


 ヴァレスト公爵が言っていた通り、準備するより運ぶ方が大変だったのかもしれない。


 荷物の中には手紙も入っていた。


 頼まれた物は一通り揃えた。


 足りない物があれば連絡してほしい。


 そして最後には。


 完成したら必ず見せるように。


 そう書かれていた。


「ちゃんと覚えてるな」


「何をです?」


「いや。こっちの話」


 手紙をしまう。


 今回は、ビダン山で採掘を見ているヴァレスト領の鉱山技師にも来てもらっていた。


 実際に鉱山で使うなら、現場を知っている人にも見てもらった方がいい。


「これを、本当に馬の代わりに使うのですか?」


「そのつもりです」


 鉱山技師が、大きなトロッコと鉄材を見る。


「まずビダン山へ運びますか?」


 ルッツさんが聞く。


「いや」


「え?」


「その前に、ここで試そう」


「……また庭ですか?」


「うん」


 後ろから視線を感じた。


「男爵様」


 ケーラだ。


「何?」


「今、庭とおっしゃいましたか?」


「言ったよ」


「そうでございますか……」


 ケーラが庭を見る。


 小さな斜面と木製レール。


 その周りを一周する試験用の線路。


 以前は何もなかった庭が、ずいぶん変わってしまった。


「今度は何をなさるのでしょうか」


「実物大のトロッコを動かす」


「実物大……」


「うん」


「前回より大きくなるということでございますね」


「そうなるね」


「……そうでございますか」


「ちゃんと戻すから」


「以前も同じお言葉を伺いました」


「……」


 ルッツさんが静かに目を逸らした。


 ◇


 庭で試すのには理由がある。


 ビダン山まで運んで。


 設置して。


 そこで初めて動かす。


 もし、それで失敗したら大変だ。


「失敗するなら、ここで失敗した方がいいからね」


「それはそうですね」


 鉱山技師も頷く。


 本物の坑道を再現する必要はない。


 実物大のトロッコに、鉱山で運ぶのと同じくらいの重量を載せて引き上げられるか。


 まずは、それを確認する。


 庭に作った斜面を広げ、木材で補強する。


 太い横木を並べ、その上へ木製レールを敷く。


 上部には、大きな滑車と巻き取り用の軸を固定した。


 一方、蒸気機関の方も大型化する。


 ヴァレストから届いた鉄板や鉄棒を熱する。


 切る。


 曲げる。


 叩いて形を整える。


 小型の試作機を参考に、少しずつ大きな物を組み上げていった。


 数日後。


「できました」


「おお……」


 庭に、大きな蒸気機関が置かれている。


 その先には、実物大のトロッコ。


「本当に作ったのですか……」


 鉱山技師が蒸気機関を見上げる。


「まだ動くか分かりませんけどね」


「これが動けば、鉱山は大きく変わります」


「そんなに?」


「馬を使っている時間も、人員も減らせます。何より、もっと重い物を安定して引けるようになれば……」


 技師がトロッコを見る。


「運び出せる量そのものが変わります」


「なるほど」


 やっぱり現場の人に言われると実感が湧く。


「じゃあ試してみよう」


「はい」


 まずは空のトロッコだ。


 薪に火をつける。


 火が安定してから石炭を入れる。


 黒い石炭が赤くなる。


 しばらくすると。


 ゴオオオ……。


「……煙、すごくない?」


 黒っぽい煙が上がっている。


「小さい時より、かなり出ますね」


「使ってる石炭の量も多いからかな」


 鉱山技師が石炭を一つ手に取った。


「それもあります。ただ、石炭は全部同じではありません」


「違うの?」


「採れる場所によって違います。よく燃える物もあれば、煙が多い物、灰が多く残る物もあります」


「へえ……」


「同じ山でも違うことがあります」


「じゃあリンクス山の石炭も調べないと駄目か」


「はい。燃料として使うのであれば、どこの石炭が向いているのか調べた方がよいでしょう」


 また調べることが増えた。


 でも、それは後だ。


「蒸気、上がってきました!」


「よし」


 ルッツさんが金具を操作する。


 ガコン。


 太い棒が動く。


 ガコン。


 巻き取り軸が回り始める。


「動いた!」


 縄が巻かれていく。


 斜面の下にあるトロッコが、ゆっくり上がってきた。


「おお……!」


 鉱山技師が声を上げる。


「本当に馬がいない……」


 ガコン。


 ガコン。


 空のトロッコが一番上まで上がった。


「成功!」


「やりましたね!」


「いや、まだ」


「え?」


「空だからね」


 トロッコを見る。


「石を載せよう」


 ◇


 石を載せる。


 まずは少し。


 問題なく上がった。


 さらに増やす。


 それでも上がる。


「もっと載せよう」


「まだですか?」


「鉱山で使う量までやらないと意味ないでしょ?」


 実際の採掘を想定して石を積んでいく。


 トロッコがずっしりと重くなった。


「このくらいです」


 鉱山技師が言う。


「本当に?」


「はい。これだけ引き上げられれば、十分意味があります」


「じゃあ、やってみよう」


 再び蒸気を送る。


 ガコン。


 ガコン。


 トロッコが動いた。


「おお!」


 歓声が上がる。


 だが、思ったより遅い。


 途中で何度か動きが鈍くなっている。


「……ん?」


 蒸気機関へ目を向ける。


《蒸気漏出:小》

《動力損失:中》


 あ。


 力が逃げているのか。


 装置を順番に見ていく。


 すると、一本の管の継ぎ目に別の文字が浮かんだ。


《接合部:密閉不足》


 ここか。


「ルッツさん」


「はい?」


「一度止めてもらっていい?」


「どうしました?」


「ここの接合部、ちょっと気になるんだ」


 管の継ぎ目を指す。


「蒸気が漏れてないかな?」


 ルッツさんが少し離れた場所から確認する。


「ああ……確かに」


「やっぱり?」


「ほんの少しですが、白い蒸気が見えますね」


「直せそう?」


「はい。ただ、十分に冷えてからですね」


「お願い」


 一度火を落とす。


 圧力が下がるのを待ち、ルッツさんが接合部を締め直した。


 それから再び火を入れる。


「もう一度いきますよ」


「うん」


 ガコン。


 ガコン。


「おお……!」


 さっきより動きがいい。


 トロッコが途中で鈍ることなく斜面を上がっていく。


「すごいですね」


 鉱山技師が驚いている。


「あんな小さな漏れで、これほど違うとは」


「俺もびっくりしたよ」


 もう一度、蒸気機関を見る。


 さっきの表示は消えていた。


 よし。


 やっぱり、小さな問題でも放っておくと大きな損失になるんだな。


 ガコン。


 ガコン。


 石を満載したトロッコが、一番上まで来た。


「やった!」


 俺も思わず声を上げた。


 小さな模型じゃない。


 本物の大きさだ。


 本物と同じくらいの重さだ。


 それを蒸気の力だけで動かした。


「もう一回やろう」


「もう一回ですか?」


「一回だけじゃ分からないから」


 ルッツさんが笑う。


「そう言うと思いました」


 ◇


 二回。


 三回。


 何度も動かした。


「順調ですね」


 ルッツさんが言う。


「うん。でも、もう少し続けたいな」


 鉱山では、一日に何度もトロッコを動かす。


 一回動いただけでは意味がない。


 どれくらい続けて使えるのか。


 それも確認しておきたい。


 蒸気機関を見る。


 その時だった。


《接合部:負荷集中》

《破損危険:上昇》


「……あ」


 表示が浮かんだのは、円盤につながる金属棒の根元だった。


 何度も動かしているうちに、負担が集中したらしい。


「ルッツさん、止めよう」


「え?」


「一回確認したいところがある」


「分かりました」


 蒸気を止め、機械が完全に停止するのを待つ。


「ここなんだけど」


 金属棒の根元を指した。


「ずっと動かしてたら、負担が大きくならないかな?」


 ルッツさんがしゃがみ込む。


 鉱山技師も隣から覗く。


「……確かに」


 ルッツさんが金具を確かめる。


「この部分だけ、かなり力がかかっていますね」


「やっぱり?」


「はい。今すぐ壊れるとは限りませんが、このまま使い続けるのは怖いです」


「補強できる?」


「できます。ただ、ここだけ頑丈にすると、別のところへ負担が移るかもしれません」


「なるほど」


 単純に鉄を厚くすればいいわけじゃないのか。


「じゃあ、力が偏らない形にできるか考えてもらっていい?」


「分かりました」


 ルッツさんが紙を取り出す。


 鉱山技師も意見を出し始めた。


 二人の話は、だんだん専門的になっていく。


 正直、俺には半分も分からない。


 でも、それでいい。


 問題を見つけることと、解決することは別だ。


 そこは専門家に任せよう。


 しばらくして、補強方法が決まった。


 金具の形を変え、接続部分の負担を減らす。


 それでも、長い時間使ってみなければ本当に安全かは分からない。


「今度はもっと長く試したいね」


「ええ。ただし、無理は禁物ですよ」


「もちろん」


 少なくとも、今の状態のまま鉱山へ持っていくのは危険だった。


 動いた。


 だから完成。


 そんな簡単な話じゃない。


 ◇


 ほかにも問題は出てきた。


「水がかなり減っています」


「もう?」


「はい」


 蒸気として外へ出ている。


 当然、水は減る。


「鉱山で長く使うなら、水をどう確保するか考えないと駄目だね」


「そうですね」


「石炭も追加します」


「こっちも結構使うな……」


 火力を維持するには燃料も必要だ。


 さらに。


「灰がかなり溜まっていますな」


 年配の職人が炉の下を見る。


「あ、本当だ」


「これでは下から空気が入りにくくなります」


「それで煙が増える?」


「その可能性はあります」


 炉を見る。


《燃焼効率:低下》

《煤煙排出:増大》


 ああ。


 やっぱり燃え方にも問題があるのか。


「空気が足りないのかもしれないね」


「そうですね」


「だったら、炉の下からもっと空気を入れられないかな?」


 ルッツさんが炉を確認する。


「灰を取り出しやすくして、空気の通り道も広げましょう」


「お願い」


 すぐに職人たちも集まる。


「こっちから空気を入れた方がよさそうです」


「灰を出す場所も作りましょう」


 また改良することになった。


 何度も使っているうちに、俺たちの顔はだんだん黒くなっていた。


「ルッツさん」


「何です?」


「顔、真っ黒だよ」


「男爵様もです」


「え?」


 頬を拭う。


 手が黒くなった。


「うわ」


 鉱山技師も笑う。


「私も同じですよ」


 全員、煤だらけだ。


 その時。


「男爵様」


「何?」


 振り返る。


 ケーラが立っていた。


「……」


「どうしたの?」


 ケーラは俺たちではなく、その後ろを見ていた。


「壁が」


「壁?」


 振り返る。


「あ」


 屋敷の壁の一部が、黒く汚れている。


 風に流された煙と煤が付いたらしい。


「……」


「……」


「これは……」


「男爵様」


「はい」


「元に戻していただけるのでございますね?」


「……はい」


 ルッツさんと鉱山技師が、また静かに目を逸らした。


 ◇


「でも、これは笑って終わりじゃないな」


 壁を見る。


 俺たちの顔も黒い。


 少しくらいなら洗えば落ちる。


 壁だって掃除すればいい。


 でも。


「これを毎日吸ってたら、身体によくないよね」


「煙ですか?」


「うん」


 前世でも、工場や煙の多い場所では健康への影響が問題になっていた。


 詳しいことまでは分からない。


 でも、こんな煙と煤を毎日吸っていて何の影響もないとは思えない。


「鉱山では地上に置く予定ですよね?」


 鉱山技師が聞く。


「うん。坑道の中に置くつもりはないよ」


「それならまだ良いと思います。ただ、働く者が煙を吸い続けるのは避けたいですね」


「そうだよね」


 煙を見上げる。


 前世の風景を思い出す。


 蒸気機関。


 工場。


 高い煙突。


「あ」


「どうしました?」


「煙突だ」


「煙突?」


「煙を、もっと高いところから出したらどうかな?」


 地面近くに吐き出すから、俺たちがまともに煙を浴びる。


「ここから高い管を伸ばして、上から出すんだ」


 地面に簡単な絵を描く。


「こんな感じ」


「なるほど……」


 ルッツさんがしゃがみ込む。


「これなら煙を人から離せそうですね」


「うん」


「ただ」


 年配の職人が言う。


「煙をなくしているわけではありませんな」


「そうなんだよね」


 上へ出しているだけだ。


「風向きによっては、結局どこかへ流れます」


 鉱山技師も言う。


「だったら、機械を置く場所そのものも考えないと駄目だね」


「住居から離した方がよいでしょう」


「風向きも見る?」


「はい」


 さらに職人たちは炉を見る。


「火の粉も飛んでいますな」


「あ」


 確かに小さな赤い火の粉が煙と一緒に上がっている。


 この世界は木造の建物が多い。


 これは怖い。


「煙突の上に、何か付けられないかな?」


「細かな金網なら、大きな火の粉は止められるかもしれません」


「それもやろう」


 ただし、金網が煤で詰まれば煙が逆流するかもしれない。


 定期的に掃除できる形にする必要もある。


 また調べることが増えた。


「その前に壁を掃除しなきゃ」


 風と水を組み合わせ、高圧洗浄機のようにした魔法で壁を綺麗にした。


「男爵様の魔法は便利ですな」


「本当にね」


 ◇


 数日後。


 蒸気機関の横には、以前よりずっと高い煙突が立っていた。


 炉の下には空気が通る隙間。


 灰を取り出す場所も作った。


 煙突の先には、火の粉を止めるための金網。


 金網は取り外して掃除できるようになっている。


 金属棒の接合部も補強した。


 ただし、これで長期間の使用に耐えられるかは、まだ分からない。


「もう庭じゃないね」


 俺が言う。


「男爵様がそれをおっしゃいますか?」


 後ろからケーラの声がした。


「……すみません」


 もう一度、火を入れる。


 薪。


 石炭。


 炎が安定する。


「前より燃え方がいいですね」


 ルッツさんが炉を見る。


「煙は?」


 見上げる。


 高い煙突から、煙が出ている。


 でも。


「さっきまでみたいに、こっちには来ないね」


「はい」


 地面近くを漂っていた黒い煙がかなり減った。


 燃え方が良くなったからか、煙そのものも前より少ない。


「灰も取り出しやすいです」


「いいね」


 蒸気が上がる。


 満載のトロッコをつなぐ。


「いきます!」


 ガコン。


 ガコン。


 軸が回る。


 トロッコが上がってくる。


「やっぱり、すごい……」


 鉱山技師が呟いた。


「これ、本当に鉱山で使えると思います?」


「まだ改良は必要でしょう」


「うん」


「ですが」


 技師は動いているトロッコを見る。


「これまで馬にさせていた仕事を、石炭と水でできることは分かりました」


 そして煙突を見る。


「これなら、置く場所をきちんと選べば使えると思います」


「よかった」


「ただし、石炭についてはもっと調べさせてください」


「リンクス山の?」


「はい。火力だけでなく、煙や灰がどれくらい出るのかも調べたいです」


「お願いします」


 燃えるかどうかだけじゃない。


 何に使うのかによって、必要な性質も違う。


 それも今回分かったことだ。


 もう一度、蒸気機関を見る。


 先ほどまで浮かんでいた綻びは、今は見えなくなっていた。


 少なくとも、見つかった問題はいくつか解決できたらしい。


 でも、これで完成というわけではない。


 まだ見つかっていない問題もあるだろう。


 何度も動かして、初めて分かることだってある。


 庭を見る。


 前より煙は減った。


 俺たちも今日は真っ黒になっていない。


 これならかなり良くなった。


 でも、煙が消えたわけじゃない。


 高いところへ逃がしただけだ。


 一台なら大きな問題にならないかもしれない。


 だが、これが十台、百台。


 町のあちこちで動くようになったら、どうなるんだろう。


「ルッツさん」


「はい」


「これから蒸気機関を増やすなら、煙のことも考えよう」


「分かりました」


「それと、壊れずに長く動かせるかも」


「はい」


 便利だから使う。


 動いたから増やす。


 それだけでは駄目だ。


 長く使えば、人の身体に影響が出るかもしれない。


 部品が壊れて、事故が起きるかもしれない。


 まだ、この世界では誰も気にしていないことかもしれない。


 それでも、一度気づいたなら考えないわけにはいかない。


 次は人が安心して使い続けられる形にしたい。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

リオン、久しぶりに転移魔法以外を使った気がします。

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― 新着の感想 ―
排煙対策も知識があっても難しいだろうな、排煙水噴射もこの世界でもいけるか?と思ったが制御が難しそうだし何よりそれを動かす機械からも排煙出るんだよなぁと頭抱えた。まぁ、石炭の宿命だよなこればかりは。 あ…
このスキル便利だなぁ(´・ω・`) でも実機動かす前に安全確保できる閉鎖空間で負荷かけてブラッシュアップしたほうがいいと思うんだが・・・人命がかかりまくった挙句に事故一発で信用無くすのが一番怖い 馬っ…
作者さんが子供の時代に夢中になって庭で遊んでいたような光景ですねw お好きなようでそれが文章に込められているようで、此方も読んでワクワクします。
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