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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第21章 リオン・ハル男爵

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第593話 ドラン帝国侵攻開始

 それから数日。


 アナハイムでは、冒険者ギルド支部の設立準備が始まった。


 こちらで用意した土地に杭が打たれ、建物を建てる場所の測量も始まっている。


 領都では、聖教領ミラディア側と教会を建てる場所について相談を続けていた。


 人が集まりやすい場所。


 水を確保しやすい場所。


 今後、領都が広がった時にも使いやすい場所。


 いくつかの候補を絞っている。


 王都東地区からの移住者も、少しずつ到着していた。


 以前は日雇いなど不安定な仕事をしていた人たちだ。


 家族で来た人もいる。


 一人で来た若者もいる。


 住む場所と仕事を一つずつ調整し、道路、倉庫、工房などで働き始めた人もいた。


 その日の午前。


 政務所の執務室で、ローレンと一緒に報告書を確認する。


 ミラも教会の候補地について相談するために来ていた。


「王都東地区から来た人たちは?」


「今のところ大きな問題はございません」


 ローレンが答える。


「まだ仕事が決まっていない方もおりますが、順次調整しております」


「分かった。急がせすぎなくていいから、生活に困らないようにして」


「承知しました」


 次の紙を見る。


 教会の候補地だ。


「ミラはどこがいいと思う?」


「私はここかな」


 地図の一か所を指す。


「領都の中心からも遠くないし、これから家が増えても行きやすいと思う」


「俺もそこが――」


「男爵様!」


 扉が開いた。


「え?」


 通信室の文官だった。


 息を切らしている。


 普段はこんな入り方をしない。


「どうしたの?」


「王宮から緊急通信です」


 差し出された紙を受け取る。


 読む。


「……」


「リオン?」


 ミラが俺を見る。


「ドラン帝国が」


 もう一度確認する。


「サハルへ侵攻した」


 部屋の空気が変わった。


「始まりましたか」


 ローレンの表情が険しくなる。


「うん」


 続きを読む。


「確認されているだけで、二万近い兵が国境を越えたらしい」


「二万……」


 ミラが小さく呟いた。


 大軍だ。


 王宮からの通信にも、詳しい情報はまだ書かれていない。


 侵攻地点。


 部隊の構成。


 サハル側の被害。


 帝国軍が今後どこへ向かうのか。


 すべて現在確認中。


 ピコは俺の足元で、じっとしている。


 難しい話だから分からないのか。


 それとも部屋の空気を感じているのか。


「……一回整理しよう」


 机の上を片づける。


「今、分かってるのは三つ」


 指を一本立てる。


「ドラン帝国がサハルへ侵攻した」


 二本目。


「兵力は二万近い」


 三本目。


「王宮も、まだ詳しい戦況を把握できていない」


 ローレンが頷く。


「アルスレインへ直接軍を向けているという情報も、今のところございません」


「うん」


 なら、分からない部分まで想像して勝手に動くべきじゃない。


 でも。


「通信機は増やそう」


「追加注文を見越して、ですか?」


「うん」


 王宮へ十組納めたばかりだ。


 でも、二万規模の戦争になった。


 王宮。


 国境沿いの領地。


 軍。


 さらにサハルやセルヴァンとの連絡。


「必要になる通信機が十組で終わるとは思えない」


「私もそう思います」


「ルッツさんとヴィクトルに、増産できる数を確認してもらって」


「他の仕事を止めますか?」


「そこまではしない」


 通信機だけを作って、道路や鉱山の仕事が止まっても困る。


「今の人員と設備で増やせる範囲。それと量産工房の準備を少し早めよう」


「承知しました」


「王宮にも返事を送ろう」


 紙に書く。


《ツイカノ ツウシンキ》


《ヒツヨウスウガ ワカリシダイ》


《ハヤメニ シラセテホシイ》


「お願いします」


「はい!」


 文官が紙を受け取り、部屋を出ていった。


 もう一度、地図を見る。


 ドラン帝国。


 サハル王国。


 そしてアルスレイン王国。


「……ローレン」


「はい」


「これだけの規模なら、難民も出るよね」


 少し間があった。


「可能性は高いでしょうな」


 家が戦場になれば逃げる。


 町が危険になれば逃げる。


 子供を連れて逃げる人もいる。


「もし」


 地図を見る。


「アルスレインがサハルから来る人たちを受け入れることになったら」


 ローレンが俺を見る。


「うちの領でも、受け入れられないかな」


「現状では、賛成いたしかねます」


 即答だった。


「理由を聞いていい?」


「もちろんです」


 ローレンが机の上の報告書を見る。


「まず、財政です」


「うん」


「鉱山資金には余裕があります。しかし、領地の通常財政が十分に安定したとはまだ言えません」


「そうだね」


「それに住宅、食料、水、衛生、治安」


 一つずつ挙げていく。


「さらに仕事と、受け入れた方々を支える行政の人員も必要になります」


 その通りだ。


「すでに王都東地区から移住してきた方々もおります」


「うん」


「その方々の生活ですら、まだ全員が完全に落ち着いたわけではございません」


 今朝見ていた書類を思い出す。


 仕事が決まっていない人もいる。


「アナハイムも人が増えております。冒険者ギルドができれば、さらに人の出入りは増えるでしょう」


「そうだね」


「受け入れると決めること自体は簡単です」


 ローレンが俺を見る。


「ですが、来られたその日から食事と寝る場所が必要です。その先には仕事も必要になります」


「うん」


「そこまで用意できなければ、受け入れる側も、来られた方々も苦しむことになります」


 それはその通りだ。


「私も」


 ミラが口を開く。


「助けられるなら、助けたいと思う」


「うん」


「でも、まだ何も分かってないよね」


「そうだね」


「どこまで戦争が広がるのか。逃げる人が何人出るのか。アルスレインまで来るのか」


「うん」


「今から受け入れるって決めるのは、ちょっと危ないと思う」


 ローレンとは違う理由。


 でも、ミラも正しい。


「それとね」


「何?」


「今ここに住んでいる人たちのことも考えた方がいいと思う」


「領民?」


「うん」


 ミラが少し考えてから続ける。


「今だって、家も仕事も増やしてる途中でしょ?」


「そうだね」


「そこへ外からたくさん人が来て、その人たちに家や仕事を用意したら」


「……元からいる人が不満に思うかもしれない?」


「うん」


 もちろん、全員がそう思うわけじゃない。


 助けたいと思う人もいるだろう。


 でも、反対する人だっている。


 他国から移住してくると言うだけで反発する人もいるだろう。


「……二人とも正しいね」


 椅子へ深く座る。


「受け入れるって決めるのは、まだ早い」


「はい」


「うん」


「でも」


 二人を見る。


「受け入れられないって決めるのも、まだ早いと思う」


 ローレンが俺を見る。


「では?」


「先に知っておきたい」


「何をでしょう?」


「今のこの領が、どこまでなら受け入れられるのか」


 紙を一枚取った。


『五百人』


 その下に。


『二千人』


 さらに。


『五千人』


 ローレンが紙を見る。


「五千人、ですか」


「多すぎる?」


「現在の領の人口を考えれば、非常に大きな人数です」


「だから知っておきたい」


 五百人なら何が必要なのか。


 二千人なら。


 五千人なら。


「食料、家、水、便所、医療、治安、仕事、必要な役人、それに金」


 一つずつ書く。


「人数ごとに、何が足りなくなるか調べよう」


 ローレンがしばらく紙を見る。


「受け入れることを決めるのではなく」


「うん」


「受け入れ可能な限界を先に把握するということですな」


「そう」


 今の段階で無理なら無理でいい。


 大事なのは、どこから無理になるのか知ることだ。


「実際に人が来てから考え始めたら遅いから」


「分かりました」


 ローレンが頷く。


「各部署から数字を集めましょう」


「お願い」


「ただし、現時点では概算になります」


「それでいい。まずは目安が欲しい」


「承知しました」


「ミラ」


「うん?」


「ミラにもお願いしていい?」


「何?」


「もし本当に大勢の人が来たら、今いる領民とうまく暮らしていくにはどうすればいいか、考えてほしい」


「私が?」


「うん」


 ミラが紙を見る。


「家とか食料の方じゃなくて?」


「そっちは俺とローレンで考える」


「じゃあ、私は?」


「人の方」


「人?」


「家があって、仕事があって、食べ物があっても」


 それだけで知らない人同士が一緒に暮らせるとは限らない。


「元からいる領民が何を不安に思うのか」


「うん」


「新しく来た人たちが何に困るのか」


 ミラが少し考える。


「だったら」


「何?」


「王都東地区から来た人たちにも話を聞いてみる」


「あ」


「実際に外から来て暮らし始めた人たちでしょ?」


「そうだね」


「それから、元からこの領に住んでる人にも聞いてみる」


 それがいい。


「お願い」


「分かった」


 ローレンが紙を見ながら聞く。


「では、住居の建設も始めますか?」


「難民用の?」


「はい」


「いや。それはまだやめておこう」


「よろしいのですか?」


「何人来るかも分からないから」


 一人も来ない可能性だってある。


 今から専用の住宅を大量に造るのは早い。


「でも、水、道路、食料の備蓄は進める」


「はい」


「空いている家や土地がどれくらいあるかも調べよう」


「承知しました」


「あと、どれくらい仕事を増やせるかも」


 王都東地区からの移住者。


 アナハイムで働く人。


 これから来る冒険者。


 難民が来なくても、領の人口は増えていく。


「そこはやっておいて無駄にはならない」


「確かに」


 ローレンが頷いた。


「では、その方向で整理いたします」


「お願い」


 話がまとまった。


 机の上を見る。


 冒険者ギルドの設立準備。


 教会の候補地。


 王都東地区から来た人たちの報告。


 その上にドラン帝国侵攻の紙が置かれている。


 少し前までドランでの出来事は遠い国の話だった。


 でも、二万近い兵が動けば、そこで終わるはずがない。


 物流。


 物価。


 人。


 どこから影響が来るか分からない。


 足元を見る。


 ピコはまだ静かにしていた。


 しゃがんで頭を撫でる。


「……怖いよね」


 ピコは鳴かなかった。


 少しだけ俺の手に体を寄せる。


 戦争そのものを止めることは、俺にはできない。


 でも、王国が難民を受け入れることになって。


 その一部をこの領で引き受けることになった時、準備していなかったから助けられない。


 それだけは避けたい。


「まず、できることを調べよう」


「はい」


「うん」


 ローレンとミラが頷いた。


 俺はもう一度、地図へ目を戻した。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

いつも感想を頂きありがとうございます。

なかなか返信できていませんが全部読ませて頂いています。

感想の中には今後の展開やノア山脈の次の名前などを言い当てられていることがあり、ドキッとしています。

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― 新着の感想 ―
王都東地区の怪我をして働けなくなったお父さんとその家族がこっちに来てたらいいな~怪我をしていても何かしら仕事をしてるのではと想像しております。
難民って陸路で繋がっている状況下では、男爵領の受入限界やリオン君の都合を弁えず津波が如く押し寄せて来るものじゃないの? 難民規模によっては領民が蹂躙され暴力や略奪行為の横行も不可避でしょう。 最悪を想…
地図が欲しい。ロアの話に出てくる程度でよいから地図がほしい〜よ。
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