第592話 ここにいてほしい
王宮を出た後、アストンと宿へ戻った。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい」
領都の屋敷裏に転移した。
「ピー!」
「あ」
屋敷の方からピコが跳ねてくる。
「ピー!」
「ただいま」
抱き上げる。
ピコが腕の中で何度も跳ねた。
「そんなに長く離れてなかったでしょ?」
「ピー!」
「お帰り」
ミラも出てきた。
「ただいま」
「王宮、どうだった?」
「うん。色々と話があったよ」
「やっぱり」
「納品するだけのつもりだったんだけどね」
「だから言ったでしょ」
「……言ってたね」
ミラが笑う。
「ローレンにも聞いてもらった方がいい?」
「うん。話せることだけ共有しておきたい」
◇
ローレンを呼び、ミラと一緒に話をする。
ピコは俺の膝の上だ。
「まず、通信機十組は王宮に渡してきた」
「無事に納品できましたか」
「うん。安全対策も説明した。国内での商業利用も、このまま進めていいって」
「それは何よりですな」
ローレンが頷く。
「量産工房の準備も予定通り進めましょう」
「お願い」
そして、ドラン帝国についても話す。
「サハルへ?」
ミラの表情が曇った。
「まだ決まったわけじゃない。でも、王宮はその可能性が高いと見てる」
「そう……」
ローレンの顔も少し険しくなる。
「でしたら、こちらも今進めている準備を継続した方がよろしいでしょうな」
「俺もそう思う」
食料。
道路。
通信機。
戦争が起きなくても無駄にならないものばかりだ。
「今のところ、うちの領から兵を出すよう求める予定はないって」
ミラが少しだけ安心した顔をする。
「ただ、共鳴石通信機と硬化石については、今後さらに協力を求められるかもしれない」
「承知しました」
「そっちは準備を続けよう」
「はい」
王宮の話はこれくらいだ。
ただ、俺にはもう一つ大事な話があった。
「ローレン」
「はい?」
「今日、王宮でもう一つ聞いたんだ」
ローレンが俺を見る。
「ローレンと、アストンと、ケーラの今後について」
「……そうでしたか」
「三人とも、この領で働き続けたいって希望してるって」
「はい」
やっぱり本当なんだ。
「三人と、一人ずつちゃんと話したい」
「でしたら」
ローレンが少し笑う。
「私は今でも構いません」
「いいの?」
「もちろんです」
ミラを見る。
「ミラも一緒にいてもらっていい?」
「うん」
◇
「改めて聞くけど」
ローレンを見る。
「これからも、この領で働きたいって本当?」
「はい」
迷いのない返事だった。
「王宮からも、本人たちの意思を優先するって言われた」
「ありがたいことです」
「でも」
少し姿勢を正す。
「王宮がそう言ってるから、そのまま残ってもらうのは違うと思って」
ローレンが俺を見る。
「男爵様?」
「俺からお願いしたい」
立ち上がる。
ローレンへ向き直った。
「ローレン」
「はい」
頭を下げる。
「これからも、俺と一緒にこの領を立て直してください」
「男爵様」
「お願いします」
「どうか頭をお上げください」
顔を上げる。
「まだ全然途中だけどね」
農村。
財政。
騎士団。
これから作る町。
問題はいくらでも残っている。
「でも、ここまで来られたのはローレンがいてくれたからだと思ってる」
「そのようなことは」
「あるよ」
政務所へ来たばかりの頃を思い出す。
書類。
人員整理。
仕事の整理。
俺が領都を空けている時の判断。
「ローレンがいなかったら、俺は今でも政務所から出られてなかったかもしれない」
「それはさすがに大げさかと」
「そうかな?」
ミラが笑った。
「私からも、ありがとうございます」
「ミラ様まで」
「リオンが山や湿原へ行けるのも、政務所を任せられる人がいるからですよね?」
「まあ……そうですな」
「だから私も感謝しています」
ローレンが少し困ったように笑った。
「ありがとうございます」
それから、俺を見る。
「私も正直に申し上げてよろしいでしょうか」
「もちろん」
「男爵様がこの地へ来られた時、これほど短期間で状況が変わるとは思っておりませんでした」
「やっぱり?」
「はい」
即答された。
「もう少し迷ってくれてもよくない?」
「事実ですので」
ミラがまた笑う。
「もちろん、問題はまだ多くございます」
「うん」
「ですが、以前とは明らかに違います」
山を調べる人がいる。
道路を造る人がいる。
商人が来る。
冒険者ギルドも来る。
教会も建てようとしている。
「この領へ来る人が増えました」
「そうだね」
「今後、どのように変わっていくのか」
ローレンが少しだけ表情を緩めた。
「可能でしたら、これからもお近くで見させていただきたいと思っております」
「ありがとう」
本当に嬉しい。
「たぶん、これからもっと変わると思う」
「でしょうな」
「だから、ローレンの仕事も変わると思う」
「私の仕事も?」
「うん。今みたいに何でも自分で確認するんじゃなくて、もっと下の人に任せてもらう」
政務所が大きくなれば、人も増える。
仕事も増える。
ローレン一人に集めるわけにはいかない。
「ローレンには、自分で仕事をするより、人を動かす方をお願いすることが増えると思う」
「なるほど」
「それでも、よろしくお願いします」
「承知しました」
ローレンが頭を下げる。
「あ、それと」
「まだございますか?」
「家族」
ローレンの表情が少し変わる。
「家族も、この領へ呼んで良いから」
「……よろしいのですか?」
「もちろん」
ローレンは長く家族と離れて、この領で働いてくれている。
「今までずっと一人で頑張ってもらったから」
「ですが、住居なども必要になります」
「用意するよ」
「男爵様」
「家族が不自由なく暮らせるように準備する。必要なものがあったら遠慮なく言って」
ミラも頷く。
「私もお手伝いします」
「ミラ様まで……」
「一緒に暮らせる方がいいですよね?」
ローレンは少し黙った。
やがて、ゆっくり頭を下げる。
「ありがとうございます。家族とも相談してみます」
「うん」
ずっと仕事の話ばかりしてきた。
でも、ここで働いてくれる人にも生活がある。
「今まで、本当にありがとう」
「こちらこそ」
ローレンが笑った。
「これからも、よろしくお願いいたします」
「お願いします」
◇
「次はアストンを呼んでもらっていい?」
「承知しました」
しばらくして、アストンが入ってきた。
「男爵様。お呼びでしょうか」
「うん。座って」
「失礼いたします」
ミラもそのまま残っている。
ピコは今度はミラの膝の上だ。
「ピー」
「アストン」
「はい」
「今日、王宮で聞いた」
アストンがこちらを見る。
「これからも、この領で働きたいって」
「はい」
「本当に?」
「はい」
こちらも即答だった。
「そっか」
「何か問題がございましたか?」
「逆だよ」
少し笑う。
「ありがとうって言いたくて」
「お礼、ですか?」
「うん」
領都にいたと思ったら、山。
次は湿原。
今度は王都。
「俺、かなり振り回してるでしょ?」
「私は職務を全うしているだけです」
「馬まで転移させたし」
「……あれは驚きましたな」
「しかも屋敷の中に入れた」
ミラが笑った。
「ケーラさんに怒られてたよね」
「注意されただけだよ」
「同じでは?」
「違うと思う」
「ピー」
アストンが少し笑った。
「でも、本当に助かってる」
どこへ行く時も、アストンは当然のようについてきた。
「俺が危ない場所にも行けるのは、アストンがいるからだ」
「私からも、ありがとうございます」
ミラが頭を下げる。
「リオンが無事に帰ってきてくれるのは、アストンさんのおかげです」
「私は当然の務めを果たしているだけでございます」
「それでも、ありがとう」
「ありがとうございます」
アストンが頭を下げた。
ここからが本題だ。
「それで、アストン」
「はい」
「俺から、もう一つお願いしたい」
立ち上がった。
「正式にこの領に残ってくれるなら」
アストンをまっすぐ見る。
「騎士団長をお願いしたい」
アストンの表情が変わった。
「……私が、ですか?」
「うん」
頭を下げる。
「この領の騎士団を任せたい。お願いします」
「男爵様、頭をお上げください」
顔を上げた。
「今の騎士団はまだ作り直してる途中だ」
以前の騎士団長は辞めた。
残った騎士たちは訓練を続けている。
でも。
これからは、それだけでは足りない。
「アナハイムにも人が増える。鉱山も増える。冒険者も来る」
領内を行き来する人も増える。
「騎士団も、今の人数のままじゃないと思う」
「はい」
「俺には騎士団を一から作る経験なんてない」
王宮騎士団。
ベイルン騎士団。
ノルから教わった訓練や考え方。
「アストンは全部見てる」
「……」
「だからお願いしたい」
アストンはしばらく黙っていた。
「一つ、確認してもよろしいでしょうか」
「うん」
「騎士団長となれば、これまでのように常に男爵様のお側にいることは難しくなります」
「分かってる」
「それでも?」
「うん」
迷う必要はない。
「これからは俺一人じゃなくて、この領を守ってほしい」
アストンが黙る。
「お願いします」
もう一度、頭を下げた。
少しして。
「承知しました」
顔を上げる。
「お引き受けいたします」
「本当?」
「はい」
アストンがまっすぐこちらを見る。
「王宮騎士団には規律がありました」
「うん」
「ベイルン騎士団には、実戦に強い連携があります」
「うん」
「そして、この領の騎士たちはノル殿たちから多くを学んでおります」
静かに頷く。
「それぞれの良いところを取り入れ、この領に必要な騎士団を作ります」
「お願いします」
「私からも、よろしくお願いします」
ミラも頭を下げる。
「お任せください」
頼もしい。
「正式な任命の手続きはローレンと進めるね」
「承知しました」
「ただし」
今度はアストンが言った。
「何?」
「騎士団長になったからといって、男爵様の護衛を完全にやめるつもりはございません」
「そうなの?」
「必要な時には同行いたします」
「団長なのに?」
「団長が屋敷から出てはいけないという決まりはございませんので」
「それはそうだけど」
「それに」
「何?」
「男爵様は、放っておくとどこへ行かれるか分かりません」
ミラが吹き出した。
「私もそう思う」
「ミラまで?」
◇
最後はケーラだ。
部屋へ入ってきたケーラが一礼する。
「お呼びでしょうか」
「うん。座って」
「失礼いたします」
ケーラが席につく。
「ケーラにも、最初に言っておきたいことがあって」
「何でしょう?」
「ごめん」
「……何がでございますか?」
「この領に来てもらった時のこと」
あの頃、屋敷専属の使用人は一人もいなくなった。
「広い屋敷をほとんど一人で任せちゃったから」
「できる範囲で行っていただけでございます」
「それでもだよ」
掃除。
食事。
洗濯。
来客。
客室。
それだけじゃない。
俺自身、屋敷にほとんどいない。
「俺が山へ行っても、湿原へ行っても、王都へ行っても」
必ず帰る場所がある。
「戻ってきた時に、この屋敷がちゃんと動いてる」
ケーラを見る。
「それはケーラが守ってくれてるからだよ」
「そのような……」
「本当にそう思ってる」
「私からも、ありがとうございます」
ミラが続けた。
「私が急に来ても、いつも何も困らないようにしてくださってますよね」
「当然のことでございます」
「それが当然にできるのがすごいんです」
少し前には、多くの人がこの屋敷へ来た。
俺の同級生たち。
その時も、大きな問題は起きなかった。
「だから」
俺は立ち上がった。
「ケーラにも、改めてお願いしたい」
頭を下げる。
「これからも、この屋敷を任せたい。お願いします」
「男爵様!」
「俺が安心して外へ出られるように、これからもここを守ってほしい」
「どうか頭をお上げください!」
顔を上げる。
「引き受けてくれるかな?」
「もちろんでございます」
「ありがとう」
「こちらこそ、そのように言っていただき光栄でございます」
「それと」
まだある。
「これからは、ケーラ一人にはしないから」
「一人?」
「屋敷で働く人を少しずつ増やす」
以前のように必要以上の人数を抱えるつもりはない。
でも、一人で維持するのもおかしい。
「人が増えたら、ケーラにみんなをまとめてもらいたい」
「私が、でございますか?」
「うん」
この屋敷を一番分かっている。
俺の生活も。
来客への対応も。
「お願いできる?」
「はい」
ケーラが深く頭を下げる。
「喜んでお引き受けいたします」
「私からもお願いします」
ミラが言う。
「ケーラさんがいてくださると、私も安心します」
「ありがとうございます」
「あ、そうだ」
「はい?」
「サンドイッチ」
ケーラが少しだけ首を傾げる。
「ミラに作り方教えてくれてありがとう」
「ああ」
「すごく美味しかった」
ミラを見る。
「本当?」
「本当だよ」
「よかった」
ミラが嬉しそうに笑う。
「ケーラさんに細かいところまで教えてもらったの」
「私は少しお手伝いしただけでございます」
「それでもありがとう」
少し空気が柔らかくなる。
「これからも俺、屋敷にいないことが多いと思うけど」
「はい」
「よろしくお願いします」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
リオンは「人」に恵まれていると思います。




