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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第21章 リオン・ハル男爵

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第588話 先に動く

 ガイルとナディアが領都を発った翌日。


「……」


 政務所の執務室。


 机の上に地図を広げる。


「ピー?」


「考え事」


「ピー」


 ピコが机の横で跳ねる。


 昨日から、新しい情報はまだ入っていない。


 分かっているのは、ドラン帝国の帝都で軍に大きな動きがあったことだけ。


 目的は分からない。


「……でも、サハルは警戒した方がいいよな」


 前にもドラン帝国はサハルへ侵攻している。


 今回も同じとは限らない。


 アルスレインへ向かう可能性だってある。


 そもそも、どちらにも向かわないかもしれない。


 俺は軍事の専門家じゃない。


 予想が外れる可能性も十分にある。


「リオン」


「ん?」


 ミラが入ってきた。


「まだ地図見てたの?」


「うん」


「昨日からずっと考えてるね」


「ちょっとね」


 もう一度、地図を見る。


「戦争になるかどうか分からない」


「うん」


「でも、分かってから準備したんじゃ遅い気がする」


 前世でも同じだった。


 材料が足りなくなる。


 取引先が止まる。


 人が足りなくなる。


 問題が起きてから初めて対応を考えていたら、間に合わないことがある。


 だからといって、起きるかどうかも分からないことに金を使い続けるわけにもいかない。


「外れても無駄にならないことからやろう」


「外れても?」


「うん。戦争になっても必要。ならなくても必要。そういうことだけ先にやる」


 ミラが少し考える。


「それなら、今から動いても無駄にはならないね」


「でしょ?」


「何をするの?」


「いろいろ」


 立ち上がる。


「みんなに集まってもらおう」


 ◇


 しばらくして。


 執務室に人が集まった。


 ローレン。


 ミラ。


 ミア。


 ヴィクトル。


 ルッツさん。


 アーロン。


「急に集めてごめん」


「何か新しい情報が?」


 ローレンが聞く。


「いや。まだない」


「では?」


「準備しておきたい」


 全員を見る。


「俺は、ドラン帝国がサハルへ動く可能性は高いと思ってる」


 ヴィクトルが腕を組む。


「理由は?」


「前にも攻めてるから。それくらい」


「それだけか」


「うん」


「かなり弱いな」


「俺もそう思う」


「じゃあ、なんで動くんだ?」


「外れても困らないことだけやるから」


「……なるほど」


 ヴィクトルが少し笑った。


「お前らしいな」


「そうかな?じゃあ、まずは政務所から」


 ◇


「今、この領には人が増え続けてる」


「はい」


 ローレンが頷く。


「領都だけではありません。アナハイムもかなり増えております」


「そう。鉱山もある。道路も工房もある。これからはレイ湿原で働く人も増える」


 そう。仕事は増え続けている。


 そこへ戦争の影響まで加わったら、さらに増えるはず。


「だから、俺がいないと止まる仕事をもっと減らしたい」


「今以上にですか?」


「うん」


 少し前までの政務所を思い出す。


 人は多かった。


 でも同じ仕事を何人も確認していた。


 誰が決めるのか分からない仕事もあった。


 そこを整理した。


 人も減らした。


 最初は不安そうな人も多かった。


 でも今は違う。


「最近は、政務所の雰囲気もかなり変わりましたな」


 ローレンが言った。


「そうだね」


「ミラ様とミアさんのおかげも大きいかと」


「私ですか?」


 ミアが自分を指す。


「ええ」


 ローレンが笑う。


「朝の打ち合わせを始めてから、担当同士で話す機会が増えました」


「確かに」


 ミラが担当同士をつなぐ。


 ミアが前の日までの記録を見比べる。


 困っていることを口にすれば、別の担当から解決策が出てくることもある。


 政務所の中で、以前よりずっと会話が増えた。


「それに最近は、仕事のやり方を変えることにも前ほど抵抗がなくなりましたな」


「うん」


 無駄な書類を減らす。


 同じ確認を何度もしない。


 担当をはっきりさせる。


 最初は仕事を奪われると思った人もいた。


 でも、実際には自分たちの負担が減った。


 それが少しずつ伝わってきたんだと思う。


「だから、もう一段進めたい」


「どのように?」


「誰がどこまで決めていいのか、もっとはっきりさせよう」


 日常的な資材補充。


 小規模な修繕。


 宿舎の割り当て。


 決められた範囲での人員配置。


「そういうことまで全部、俺やローレンに確認しなくていいようにする」


「大きな支出や契約は?」


「今まで通り」


 鉱山資金。


 大きな契約。


 重要な採用。


 土地に関すること。


 そこは勝手に決めない。


「現場で決めていいこと。ローレンまでで決めていいこと。俺まで上げること。分けよう」


「承知しました」


「通信も同じ」


「通信?」


「急ぎじゃない報告まで、その都度送らなくていいと思う」


 緊急ならすぐ送る。


 通常報告はまとめる。


「通信機が増えたからって、全部その場で送ってたら、今度は読む方が詰まるから」


「確かに」


 ローレンが頷く。


「整理いたしましょう」


 ◇


「次」


 ヴィクトルを見る。


「共鳴石を最優先にしたい」


「やっぱり来たか」


「何が?」


「通信機だよ」


「ああ」


「昨日、王宮から十セットだっただろ」


「うん」


「本当に戦争になるなら、それで終わるとは思えない」


「俺も」


 王宮。


 国境沿いの領地。


 軍。


 さらにサハルやセルヴァン。


 必要になる場所はいくらでもある。


「王宮から追加の要請が来る可能性は高いと思う」


「だろうな」


「だから共鳴石の採掘を増やしたい」


「分かった」


「加工も」


 ルッツさんを見る。


「今の工房で、どこまで増やせそう?」


「多少なら」


「大量には?」


「難しいですね」


「やっぱり?」


「人は増えました。ただ、ここでは試作や改良も行っています」


 確かに。


 政務所内の工房では、通信機だけを作っているわけじゃない。


 硬化石。


 セキュリティー装置。


 新しい試作品。


「同じ通信機を大量に作るなら、量産する場所を別にした方がよいと思います」


「それなら」


 地図を見る。


 アナハイムの北。


 穀倉地帯。


 ただ、その全てで農業が続いているわけではない。


「この辺りに、農業をやめてそのままになってる場所があったよね」


「ああ」


 ヴィクトルが頷く。


「使われていないところがあります」


「そこを工房にできないかな」


「今使ってる農地は?」


「もちろん使わない」


 農業が放棄され、今のところ再開する予定もない場所だけ。


「アナハイムにも近い。ビダン山から共鳴石も運びやすい」


「悪くないな」


 ルッツさんも地図を見る。


「こちらで基本の形を決めて、向こうで同じものを作る形ならいけます」


「じゃあ、それで」


 政務所の工房は研究と改良。


 新しい工房は量産。


「ヴィクトル」


「分かった。建物と人はこちらで動く」


「最優先でお願い」


「ああ」


「セルヴァンやサハルにも売るの?」


 ミラが聞いた。


「たぶん、そのうち王宮から話が来ると思う」


「来なかったら?」


「その時は勝手には売らない」


 共鳴石通信は普通の商品とは違う。


 軍でも使える。


「国外へ出す時は、先に王宮と話を合わせる」


「それがよろしいでしょうな」


 ローレンが頷いた。


「必要になる前に、作れる体制だけは用意しておこう」


 ◇


「でも」


 地図を見る。


「共鳴石を掘っても、運べなかったら意味がない」


「道路ですな」


「うん」


 ビダン山。


 アナハイム。


 その北に作る予定の工房。


 そこをつながないといけない。


「ルッツさん」


「はい」


「硬化石道路を最優先にしたい」


「どこからでしょう?」


「全部じゃない」


 指で地図をなぞる。


「荷馬車が一番通りにくいところから」


「湿地に近い区間ですね」


「うん」


 トラウゼン侯爵領から来ている道路職人にも見てもらう。


 地盤。


 排水。


 砕石。


 その上に硬化石を使った材料を敷く。


「湿原の米作りに影響が出ないようにしてね」


「もちろんです」


「騎士団も回す」


「騎士団をですか?」


 ミアが聞く。


「ベイルン騎士団とずっと一緒にやってたから、かなり慣れたと思う」


 土を掘る。


 石を運ぶ。


 合図に合わせて大人数で動く。


 ガイルたちがいる間に、かなり経験を積んだ。


「ガイルが帰ったから少し楽になると思った騎士がいたら、残念だったな」


 ヴィクトルが笑う。


「もっと忙しくなるかも」


「本人には言うなよ」


「通信機でばれるかも」


「ノル経由でな」


「ありそうだね」


 ◇


「次は食料」


 アーロンを見る。


「はい」


「今の領内の食料、どこまで分かってる?」


「各村の状況は、以前より把握できています」


「すぐ増やすのは?」


「無理です」


 即答だった。


「やっぱり?」


「はい」


 アーロンが資料を開く。


「小麦は、今から急に収穫量を増やすことはできません」


「うん」


「米はまだ試験段階です」


「そうだね」


「芋も、試験結果から効果のある方法は見えてきていますが、広げられるのは次の作付けからです」


「今すぐ食料が増えるわけじゃない」


「はい」


 その通りだ。


 畑は工房とは違う。


 人を増やしたからといって、明日から生産量が倍になるわけじゃない。


「なら、短期は買うしかないね」


「そうなります」


 ヴィクトルを見る。


「食料の仕入れ、増やせる?」


「できる」


「ただ、一気に買い占めたくない」


「ああ」


 ヴィクトルもすぐに分かった。


「一か所から大量に買えば、それだけで値段を上げる可能性がある」


「うん」


「仕入先と時期を分ける」


「お願い」


 戦争になれば、国境沿いへ兵が集まる。


 兵も食べる。


 馬にも飼料がいる。


 アルスレインがサハルへ食料支援をする可能性だってある。


 供給が減れば、値段が上がる。


「人口が増えてる今、値段が上がってから慌てて買うのは避けたい」


「まずどのくらい買う?」


「今の在庫を確認してから決めよう」


「分かった」


「アーロンは?」


「各村の収穫見込みと備蓄量をまとめます」


「お願い」


「それから、来期以降の増産計画も続けます」


「うん。それはそのまま進めて」


 短期は輸入と備蓄。


 中長期は領内生産。


 両方必要だ。


 ◇


「あと」


 南側へ視線を移す。


「アナハイムを予定より早く大きくしたい」


「さらにですか?」


 ローレンが聞く。


「うん」


「今でもかなりの速度で人が増えておりますぞ」


「だからだよ」


 鉱山労働者。


 加工職人。


 文官。


 運送をする人。


 商人。


 その家族。


 冒険者ギルドまで来るかもしれない。


「どのみち住む場所がもっと必要になる」


「それは確かですな」


「予定していた整備を前倒ししよう」


 宿。


 長屋。


 共同炊事場。


 水。


 厠。


 倉庫。


「鉱山で働く人たちと、その家族が暮らすために必要な分は、鉱山事業の費用として出せるよね?」


「その範囲であれば問題ないでしょう」


「じゃあ進めよう」


 ただし、それだけじゃない。


「それと、建物を増やせる土地を先に決めておきたい」


「まだ建てるのですか?」


「すぐには建てない」


「では?」


「もしサハルで大きな戦争になったら、人が逃げてくる可能性もあるから」


 部屋が少し静かになった。


「避難民ですか」


 ローレンが言う。


「うん」


「両国の関係を考えればアルスレインが受け入れることになるでしょう。

そうなれば、各領にも話が来るかもしれませんな」


「そう思う」


 何人来るのか。


 そもそも来るのか。


 何も分からない。


「だから避難民のために鉱山のお金を使って家を建てるわけじゃないよ」


「はい」


「今後どのみち必要になるアナハイムの住宅は前倒しする。それとは別に、必要になったらすぐ建てられる場所だけ決めておく」


「なるほど」


 戦争が起きなければ、その土地は将来のアナハイム拡張に使える。


 起きれば受け入れにも使える。


「それなら無駄にはなりにくいですな」


「うん」


 ミラが少し考えてから話し始めた。


「一気に外から人が増えたら、今いる人たちとうまくいかないこともあると思うの」


「うん」


「建物を作って終わりにはならないよ」


 その通りだ。


 もし違う国の人が来ることになったら文化、習慣が変わる。


 住民同士の揉め事なども増えるかもしれない。


「その辺、ミラにも手伝ってもらっていい?」


「もちろん」


「ありがとう」


 ミラが笑った。


 ◇


「これで終わりか?」


 ヴィクトルが聞く。


「もう一つ」


「まだあるのか」


「最後」


 ノア山脈を見る。


 ビダン山。


 アーシタ山。


 そして、まだ本格的に調査していない山々。


「残りの山も調べたい」


「今から?」


「うん」


「共鳴石を増やして、工房を作って、道路を作って、食料を買って、アナハイムまで広げるんだぞ?」


「だから調査だけ」


「掘らないのか?」


「本格的にはね」


「じゃあ、何をするんだ?」


「何があるのか確認するだけ」


 ヴィクトルが眉を上げる。


「それだけ?」


「それが大事だから」


 ビダン山からは共鳴石と硬化石が見つかった。


 アーシタ山にも資源がある。


 それなのに、残りの山に何があるのか分かっていない。


「使うかどうかは後で決めればいい」


「でも、何があるかだけは知っておきたい?」


「うん」


 戦争になれば、必要なものが変わるかもしれない。


 物流が変わるかもしれない。


 産業も変わるかもしれない。


「知らないままなのが一番困る」


「なるほどな」


 ヴィクトルが笑った。


「本当に先回りするな」


「全部外れるかもしれないけどね」


「全部外れたら?」


「それならそれでいいよ」


 政務所をもっと動きやすくする。


 通信機を作れるようにする。


 道路を整える。


 食料を備蓄する。


 アナハイムを住みやすくする。


 山を調べる。


 どれも戦争がなくても、この領には必要なことだ。


「なら、やろう」


「承知しました」


 ローレンが頷く。


「こちらも進めます」


 アーロン。


「工房は任せてください」


「こっちも動く」


 ルッツさんとヴィクトル。


「私も手伝うよ」


「私もです」


 ミラとミアも続く。


「ありがとう」


 まだ何も起きていない。


 俺の予想が全部外れるかもしれない。


 それなら、それでいい。


 必要になってから慌てるより、必要になるかもしれないものを少し早く用意しておく。


「じゃあ、始めよう」


「ピー!」


 ピコが大きく跳ねた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

ミアとミラ、たまに書き間違えそうになりそうです。

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― 新着の感想 ―
何があるか? より、なんて名前になるのか? の方が気になる読者様たちであった。。。
そういう配置ですか・・・じゃあ国の中央に山脈というか山地がある感じになりますね そして山地としてはあまり高くない感じですね かといってリオン(エドガー含む)くんちからハル領とハーウェイ領に王都からの…
短期間に、期待以上(?)の働きをしてくれているルッツくん。 元は工房の若手だった彼が、リオン領の重要人物になりましたね。 そして、王宮からのヘルプだったはずのローレンさん。 色々と見せられ、体験させら…
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