第587話 帝都の動き
それから数日後。
「リオン様!」
「何?」
政務所の執務室。
文官が慌てて入ってきた。
「王都から通信です!」
「王都から?」
「はい」
すぐに立ち上がる。
「行こう」
「はい!」
◇
通信室へ入る。
王宮とつながっている共鳴石通信機の前に、文官たちが集まっていた。
「何て?」
「こちらです」
紙を受け取る。
《ドランテイコク テイトニテ グンニオオキナウゴキ》
「帝都で……」
ドラン帝国の帝都で、軍に大きな動きがある。
続き。
《モクテキ フメイ》
「何をしようとしてるかまでは分からないのか」
「そのようです」
さらに通信は続いていた。
《キョウメイセキツウシンキ ジュッセット シキュウオウトヘ》
「十セット?」
「はい」
ローレンも通信文を見る。
「かなり急いでおりますな」
「うん」
王宮が一度に十セット。
ただ情報を集めるだけなら、こんな数は必要ない。
「戦争に備えてるのかな」
「その可能性は高いでしょうな」
ローレンが地図を広げる。
アルスレイン王国の北にドラン帝国。
そして、ドラン帝国の東にサハル王国。
ドラン帝国帝都で大規模に軍が動く。
訓練や配置換えかもしれない。
でも王宮は、そうではない可能性を警戒している。
「侵攻するとしたら……」
「サハル、あるいは我が国でしょうな」
「うん」
どちらもあり得る。
ただ。
「俺はサハルの可能性が高いと思う」
「前にも侵攻しておりますからな」
「うん。でも確信はない」
分かっているのは、帝都で軍が動いていることだけだ。
「ローレン」
「はい」
「ルッツさんに連絡して。通信機を十セット、できるだけ早く用意してもらおう」
「承知しました」
「王都へ送る手配もお願い」
「すぐに」
そしてもう一つ。
「どこへ向かうにしても、ベイルン領は動かないと駄目だよね」
「でしょうな」
ベイルン領はドラン帝国と国境を接している。
ドラン軍がサハルへ向かうとしても、アルスレインへ向かうとしても、警戒しないわけにはいかない。
「ナディアもだ」
「はい」
もしアルスレインが戦場になる可能性があるなら、ナディアをいつまでもここに置いておくわけにはいかない。
セルヴァン王国も対応を考えるはずだ。
「ナディアもセルヴァンへ戻るように言われるかもしれない」
「可能性は高いかと」
「ローレン」
「はい」
「ガイルとナディアを呼んで」
「至急ですな」
「うん。二人とも」
◇
「ドランが?」
ガイルの顔から、いつもの明るさが消えた。
「帝都で軍に大きな動きがあるらしい」
「どこへ向かってる?」
「まだ分からない」
「サハルか?」
「俺はその可能性が高いと思ってる。でも、アルスレインの可能性もある」
「……そうか」
ガイルが地図を見る。
ナディアも黙っている。
「王宮から、共鳴石通信機を十セット送ってほしいって連絡も来た」
「十セット……」
ナディアが呟く。
「王宮もかなり警戒してるんだと思う」
少しの沈黙。
先に口を開いたのはガイルだった。
「リオン」
「うん」
「悪い。俺、帰る」
迷いがない。
「ベイルン領へ?」
「ああ」
「うん。その方がいいと思う」
「ドランがどこへ向かうか分からない以上、うちは警戒しないと駄目だ」
「そうだね」
ナディアも顔を上げる。
「私も王都へ戻ります」
「まだ大使館から連絡は来てないよ?」
「ですが、遠くないうちに来ると思います」
「やっぱり?」
「はい」
ナディアが地図へ目を落とす。
「ドラン帝国が本格的に動くのであれば、アルスレインと同盟関係のセルヴァンも無関係ではいられません」
「うん」
「まず王都の大使館へ戻ります。その後は父上たちの判断に従います」
「分かった」
二人とも判断が早い。
ガイルはベイルン家の人間として。
ナディアはセルヴァン王国の王女として。
自分がどこにいるべきなのか、すぐに分かっている。
◇
「リオン」
「何?」
「本当に悪い」
ガイルが言う。
「まだ途中だ」
「何が?」
「お前の騎士団だよ」
「ああ」
「前よりかなり良くなった。体力もついた。連携もできるようになった」
「うん」
「俺がいなくても、今やってる訓練は続けられる」
「本当?」
「ノルもいるからな」
「それなら安心だ」
「でも、まだ教えたいことはある」
「やっぱり?」
「当然だ!」
少しだけ、いつものガイルに戻る。
「だから向こうが落ち着いたら、また来る」
「本当?」
「ああ!」
「また鍛えに?」
「当然だ!」
「ほどほどにね」
「何を言ってる!」
「やっぱりそうなるんだ」
「もっと強くするぞ!」
「分かった、分かった」
思わず笑う。
「待ってるよ」
「おう!」
◇
「リオンさん」
「何?」
今度はナディアが紙を差し出した。
「レイ湿原のことです」
「もうまとめたの?」
「はい」
紙を見る。
水路。
水位。
田の区画。
今後確認する場所。
「米作りについては、アーロンさんにも一通り伝えてあります」
「ありがとう」
「セルヴァンから来た専門家の方々にも、今後について話しました」
「そっか」
「それと」
「何?」
「二名、このままリオン領に残りたいという者がいます」
「セルヴァンから来た人?」
「はい。二人とも米作りの専門家です」
「本当に?」
「この土地で最初の収穫まで見届けたいそうです」
「それは助かる」
正直、かなりありがたい。
ナディアが帰った後も、専門家が二人残ってくれる。
アーロンたちも引き続き学べる。
「本人たちの希望なんだよね?」
「はい。私からも確認しました」
「だったら、ぜひ残ってもらいたい」
「分かりました」
「ありがとう」
「いえ」
ナディアが湿原の方を見る。
「私も、ここで米ができるところを見たかったです」
「また来ればいいよ」
「はい」
「いつでも歓迎するから」
「ありがとうございます」
◇
「あ、そうだ」
「何だ?」
「二人とも、ちょっと待ってて」
「どこ行くんだ?」
「すぐ戻る」
通信室へ向かう。
王宮へ送る十セットとは別に、予備の共鳴石通信機を二台用意してもらった。
それを持って戻る。
「これ」
「通信機?」
ガイルが受け取る。
「ガイルとナディアに一台ずつ」
「俺にも?」
「うん」
ナディアも通信機を見る。
「リオン領とつながっているのですか?」
「うん」
「ベイルン領からでも?」
「使えるはずだよ」
ガイルが目を丸くする。
ナディアも聞く。
「セルヴァン王国からでも?」
「大丈夫。国外で使うことも国王陛下から許可をもらってる」
「では、セルヴァンからこちらへ連絡できるのですね」
「うん」
離れていても、連絡できる。
「何かあったら送って」
「ああ!」
「はい」
「こっちからも送るから」
ガイルが通信機を眺める。
「これなら離れてても話せるのか」
「文字だけだけどね」
「十分だ!」
ナディアも大事そうに通信機を持つ。
「ありがとうございます」
「ここまで手伝ってくれたお礼ってほどじゃないけど」
「十分すぎます」
「それとさ」
「はい?」
「いずれアルスレインの王宮からセルヴァンにも正式な話がいくはずだ」
「共鳴石通信についてですか?」
「うん」
「アルスレインとセルヴァンの王宮同士を直接つなぐということですか?」
「そう」
今回みたいなことが起きた時。
使者を走らせていたら、その分だけ遅くなる。
「王宮同士で直接連絡できた方がいいと思うしね」
「父上も興味を持たれると思います」
「本当?」
「はい。今回のような状況であれば、なおさらです」
「じゃあ、その時はお願いしていい?」
「もちろんです」
共鳴石通信があれば、国と国の連絡まで変わる。
その価値が、今回のことで一気に大きくなった気がした。
◇
出発の準備は早かった。
ガイルはベイルン騎士団へ指示を出す。
ナディアもセルヴァンから来た人たちと話をする。
翌朝。
領都の東側。
馬車と騎士たちが並んでいた。
「本当にもう行くんだね」
「ああ」
ガイルが答える。
「早い方がいいからな」
「うん」
「リオン」
「何?」
「騎士団、ちゃんと鍛えろよ」
「分かった」
「サボったら分かるからな!」
「どうやって?」
「通信機でノルに聞く!」
「ああ……」
それなら本当に分かりそうだ。
「ナディアも気を付けて」
「はい」
「湿原はアーロンたちに任せて」
「お願いします」
「ちゃんと続けておくから」
「楽しみにしています」
ナディアが笑う。
「王都までは一緒?」
「はい」
「おう」
ガイルが答える。
「そこから俺はベイルン領へ向かう」
「私は王都の大使館に残ります。その後は、セルヴァンからの指示次第です」
「そっか」
王都までは一緒。
その先は別々だ。
「じゃあな、リオン!」
ガイルが手を上げる。
「うん。また」
「ピー!」
「ピコも元気でな!」
「ピー!」
「キュウ!」
「あ」
ガイルの肩からナッシュが顔を出した。
「ナッシュも元気でね」
「キュ!」
ピコがぴょんと跳ねる。
「ピー!」
「キュウ!」
ナッシュもガイルの肩の上で鳴いた。
「ナッシュもピコと別れるのが寂しいのかな」
「また連れてくるぞ!」
「ピー!」
「キュ!」
ナディアもこちらへ頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
「こっちの台詞だよ」
「また来ます」
「うん。待ってる」
ナディアが馬車へ乗る。
ガイルも馬へ跨がった。
一行がゆっくりと動き出す。
ガイルとナディア。
二人がこの領に来てから、いろいろなことが進んだ。
レイ湿原。
騎士団。
アナハイム。
鉱山。
本当に助けてもらった。
街道を進む一行を見る。
王都までは一緒。
でも、その先は別々だ。
少し前まで「いつか」だったはずなのに。
その時は、思っていたよりずっと早くやってきた。
二人の姿が見えなくなるまで、俺たちは街道を見送った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ガイルもナディアも帰ってしまいました。
王都に戻る道中、二人はどんな話をするのでしょうか。




