第585話 つながる領地
それから二週間が経った。
朝。
領都を歩く。
「また増えたな」
「ピー?」
「何が?」
隣を歩くミラが聞く。
「南へ行く人」
「ああ」
街道を見る。
荷馬車に、職人や作業員。
以前は領都へ入ってくる人の方が目立っていた。
今は、その人たちの一部がさらに南へ向かっている。
「アナハイムへ行く方はこちらです!」
「鉱山関係の方は、先に登録をお願いします!」
案内する声まで聞こえる。
「アナハイムへ行かれる方もだいぶ増えましたね」
アストンが笑う。
「俺も今思った」
「ピー!」
ピコが街道を行く荷馬車を見送る。
ローデン商会から運び込まれた商品も、領都の商店へかなり行き渡った。
以前より店先の商品が増え、人も増えている。
ほんの少し前までとは、町の空気そのものが違った。
◇
「リオン様」
「ん?」
政務所へ入ると、ローレンが待っていた。
「ちょうどよかったですな」
「何かあった?」
「まずはこちらを」
帳簿を渡される。
「おお……」
この二週間で、出資を約束してもらっていた金貨が次々に届いた。
王家。
ヴァレスト公爵家。
ハーウェイ侯爵家。
トラウゼン侯爵家。
そしてハル家。
「五万枚、全部入ったんだ」
「はい」
「すごいな……」
金貨五万枚。
少し前なら、こんな金額を自分が動かすことになるとは思っていなかった。
「でも、帳簿は今まで通り完全に分けてね」
「もちろんです」
「金があるからって、何にでも使い始めたら駄目だから」
「承知しております」
鉱山調査。
加工工房。
輸送用の道路。
倉庫。
宿舎。
鉱山事業に必要な人員。
使うのは、直接でも間接でも鉱山開発に関係するものだけ。
金額が増えても、そこは変えない。
「それと、もう一件ございます」
「何?」
ローレンが別の書類を出した。
「冒険者ギルド本部からです」
「冒険者ギルド?」
「アナハイムに支部を設置できないか、相談したいとのことです」
「本当?」
思わず身を乗り出す。
「かなり前向きな内容ですな」
「ぜひ来てほしい」
「即答ですか」
「だって、ノア山脈には魔物が多いでしょ」
「はい」
「鉱山に入る人も増えてる。護衛も必要になるし、周辺の魔物を減らしてもらえれば安全にもなる」
冒険者が来れば、それだけでは終わらない。
泊まる場所。
食事。
武器や防具の修理。
物資。
そこからまた新しい仕事が生まれる。
「できれば早く来てもらいたいな」
「では、その方向で返事を出します」
「よろしく。必要な土地や建物の条件も聞いておいて」
「承知しました」
今のアナハイムにいる冒険者は、まだ少ない。
でもギルドができれば変わる。
また一つ、人が南へ向かう理由が増えそうだ。
◇
政務所の通信室へ入る。
「増えたな……」
机の上には、共鳴石通信機が並んでいた。
それぞれに札が付いている。
アナハイム。
レイ湿原。
ビダン山。
アーシタ山。
騎士団。
領都倉庫。
「リオン様」
「お疲れさま」
通信担当の文官が頭を下げる。
その時、一つの通信機が光った。
「アナハイムからです」
「何て?」
文官が符号を読み取る。
《モクザイ フソク》
「木材不足?」
「続きます」
《アスノゴゼンマデニ ヒツヨウ》
「倉庫にあるかな」
「確認します」
文官が別の通信機へ移る。
領都倉庫へ送信。
少し待つ。
《ザイコアリ》
「あります」
「送れる?」
さらに確認する。
《ゴゴ ハッソウカノウ》
「今日の午後には出せます」
「……早いな」
思わず声が出た。
ローレンが笑う。
「以前なら、まず人を走らせるところですな」
「返事をもらうだけでも時間掛かってたもんね」
「場所によっては二日でしょう」
それが数分。
人が動かなくても、情報が先に動く。
情報が早く届けば、その分だけ判断も早くなる。
「通信機、まだ増やす予定?」
「必要な場所を整理しております」
「一気には増やさないでね」
「修理や担当者の育成も必要ですからな」
「うん。それに通信機を無暗に増やしたくないしね」
便利だからといって、増やせばいいわけじゃない。
◇
通信室を出る。
政務所の入口には、以前ほど長い列ができなくなっていた。
「おはようございます」
「おはよう」
受付の男性が頭を下げる。
白髪だ。
「どうですか?」
「午前だけなら、まだまだ働けますよ」
笑っている。
以前、この政務所で文官として働いていた人だ。
六十を超えている。
人材台帳を作ったことで、こうした経験を持つ人が何人も見つかった。
昔、文官だった人。
商人の帳簿を付けていた人。
村で記録を任されていた人。
ただ、一日中働くのは難しい人もいる。
だから勤務時間を短くした。
午前だけ。
午後だけ。
週に数日。
担当も受付や一般書類、聞き取り、台帳への記入などに限っている。
重要な契約や鉱山資金には触れない。
「疲れたら無理しないでね」
「分かっております」
「うん」
「昔から文官は座っている時間の方が長いですから」
「それなら大丈夫かな」
「任せてください」
経験は、年を取ったからといって消えるわけじゃない。
できる範囲で力を貸してもらえばいい。
◇
「では始めますぞ」
朝の短い打ち合わせ。
ローレンが皆を見る。
「今日やることと、困っていることだけお願いします」
一人ずつ簡潔に報告する。
「住宅担当です。アナハイムへ今週さらに十八名入る予定です」
「食料担当にも伝えた方がいいね」
ミラがすぐに言う。
「十八名全員、単身ですか?」
「家族連れが三組です」
「なら寝具も必要だね」
「確認します」
次。
「道路担当です。東側の硬化石道路ですが、予定より工事が進んでおります。ただ、来週以降の資材が少し不安です」
「それ、さっきアナハイムからも似た連絡が来てました」
ミアが言う。
「まとめて確認した方がいいかも」
「そうですな」
ローレンが書き込む。
以前の政務所なら、
住宅は住宅。
道路は道路。
倉庫は倉庫。
それぞれが自分の仕事だけを見ていた。
今は、困っていることを共有する。
それだけでも、
「あ、それならこっちでできます」
ということが増えた。
ローレンが進める。
ミラが担当同士をつなぐ。
ミアが昨日までの記録と照らし合わせる。
人を減らした政務所なのに、以前より話が早くなっている。
◇
政務所の奥へ向かう。
ルッツさんの工房。
入口には騎士が立っている。
「お願いします」
入室記録に名前を書く。
工房のセキュリティレベルを四へ引き上げたのは俺だ。
共鳴石通信。
硬化石の配合。
セキュリティ装置。
鉱山関係の試作品。
重要な技術が一か所に集まりすぎた。
以前のように誰でも出入りできる状態にはしておけない。
中へ入る。
「おお……」
人が増えていた。
共鳴石を選別する人。
部品を加工する人。
硬化石の試料を作る人。
「リオン様」
「ルッツさん。かなり増えたね」
「はい。これ以上一人では無理です」
「そうだよね」
「リオン様が仕事を増やしますから」
「……そこは、ごめん」
近くにいた職人が笑う。
「でも、前よりは楽になりました」
「本当?」
「同じ形の部品を作る作業は任せられます」
ルッツさんが作業台を見る。
「私は硬化石の配合や、新しい装置の試作に時間を使えるようになりました」
「それはよかった」
「通信機も以前より早く作れます」
「無理そうになったら言ってね」
「分かりました」
少し前まで、ルッツさんしか作れなかったものが多かった。
今は違う。
技術を教え、仕事を分ける。
ルッツさん本人は、次のものを考える。
まだまだ仕事を引き継げてないところもある様だ。
でも、少しずつだけど工房も組織になってきている。
◇
「リオン様」
「アーロン」
午後。
政務所へ戻ると、アーロンが資料を持って待っていた。
「村の調査がまとまりました」
「見せて」
机に広げる。
小麦。
豆。
野菜。
家畜。
種。
堆肥。
村ごとに数字が並んでいる。
「今回は何を調べたの?」
「今の生産量と、領内で消費している量です」
「消費量?」
「人が増えておりますので」
「ああ」
「今までと同じ量を作っていても、食べる人が増えれば余る量は減ります」
「そうだね」
「ローデン商会から食料が入っている今のうちに、領内の生産も増やした方がよいかと」
「俺もそう思う」
外から買えるから大丈夫とはいかない。
人口が増え続ければ、買わなければならない量も増え続ける。
「増産できそう?」
「村によります」
アーロンが資料をめくる。
「畑を広げられるところもあります。家畜を増やした方がよい村もあります」
「堆肥は?」
「まだ足りません」
「やっぱりか」
「ただ、家畜が増えれば少しずつ改善できます」
「湿原は?」
「そちらも確認しています」
レイ湿原の米作りは、まだ始まったばかりだ。
すぐに食料問題を解決してくれるわけではない。
だから今ある農地も大事になる。
「引き続きお願いします」
「承知しました」
◇
翌日。
転移でアナハイムへ向かった。
「また増えたな……」
宿舎。
倉庫。
共同炊事場。
作業場。
硬化石と共鳴石の加工工房も、かなり形になっている。
その一角には、文官が働く小さな建物までできていた。
「リオン様」
「お疲れさま」
中へ入る。
領都から移ってきた文官が数名働いている。
人員登録。
宿舎の割り当て。
資材の受け入れ。
入山記録。
物資の出入り。
領都への報告。
「イレーナとは連携できてる?」
「はい」
ちょうどイレーナも入ってくる。
「本日の入山者は三十二名だ」
「戻った人は?」
「今のところ三十名。残り二名は調査班で、今夜は山側の宿舎に泊まるみたいだ」
文官が帳簿を見る。
「こちらの記録とも一致しています」
「よし」
警備だけでも駄目。
記録だけでも駄目。
誰が山へ入り、誰が戻ったか。
何を持って入り、何を持ち出したか。
両方で確認する。
「忙しい?」
「まぁな。ただ、共鳴石通信機にはかなり助けられてるよ」
「共鳴石通信?」
「ああ。すごいものを作ったな」
「ありがとう」
領都から離れた場所にも、少しずつ政務所の仕組みが伸び始めている。
◇
レイ湿原へ向かう。
「そっちはもう少し広げろ!」
「はい!」
遠くからガイルの声が聞こえる。
「ガイル」
「おお、リオン!」
「忙しそうだね」
「当然だ!」
ベイルン騎士団は今、いくつもの班に分かれていた。
湿原。
アナハイムの建築。
鉱山周辺の警戒。
リオン騎士団の訓練。
「最近、自分で全部やらなくなったね」
「何?」
「前は自分が一番先に掘ったり運んだりしてたでしょ」
「今もやるぞ!」
「でも、今は人に任せる仕事も増えたんじゃない?」
「……まあな」
「その方がもっと多くの場所を見られるもんね」
「当然だ!」
少し得意そうだ。
少し離れたところでは、ナディアがセルヴァンから来た人たちと話していた。
水路。
水位。
田の区画。
用水。
排水。
それぞれの報告を聞いている。
「ナディア!」
ガイルが声を掛ける。
「はい?」
「昼は食ったか?」
「まだです」
「またか!」
「もう少しで終わりますので」
「終わってからじゃ遅い。先に食え!」
「ガイルさんもまだでしょう?」
「俺はあとでいい!」
「それでは私もあとで」
ナディアが笑う。
……相変わらずだな。
前から二人はこうだ。
ミラとも話したことがある。
どう見ても、お互いに特別な相手だと思う。
ただ、ナディアは王女で婚約者もいる。
ガイルは公爵家の息子とはいえ、簡単にどうこうできる話でもない。
「リオン」
「何?」
「何で笑ってる?」
「別に」
「ピー!」
◇
夜。
領都へ戻る。
ヴィクトルもまだこちらに残っていた。
物流拠点の建設や商人との話で忙しいらしい。
三人で屋敷の一室にいる。
「疲れた」
ヴィクトルが椅子に座る。
「今日はずっと商人と話してたの?」
「ああ。店を出したいって連中が増えてきたからな」
「本当?」
「まだ早いって言ってる」
「なんで?」
「人が増えたからって、何でも店を出せば儲かるわけじゃないからな」
「確かに」
「お前も少しは断れ」
「俺?」
「来る人を全部歓迎してるだろ」
「必要ならね」
「その『必要なら』の範囲が広すぎるんだよ」
「いいじゃん」
「まあ、領主さまがやりたいようにやれば良いけどな」
その隣。
ガイルが妙に静かだ。
「ガイル」
「……」
「どうしたの?」
「何でもない」
「何でもない顔じゃないだろ」
ヴィクトルが言う。
「言いたいことがあるなら言え」
「なんでお前は分かるんだ?」
「何年の付き合いだと思ってるんだ」
ガイルが腕を組む。
黙る。
俺たちを見る。
また黙る。
「……ガイル」
「何だ」
「ナディアのこと?」
「なっ!」
ガイルが俺を見る。
「なんで分かった!?」
「いや……前から」
「前から!?」
ヴィクトルが吹き出す。
「むしろ気づいてないの、お前くらいじゃないか?」
「俺が!?」
「かなり分かりやすいぞ」
「嘘だろ……」
ガイルが頭を抱える。
しばらくして、
「……じゃあ言う」
顔を上げた。
いつもより真剣な顔だ。
「うん」
「笑うなよ」
「笑わないよ」
「ヴィクトルもだぞ」
「分かった」
少し間が空く。
「俺……ナディアが好きだ」
「……うん」
「なんだその反応!」
「いや。やっぱりそうなんだなって」
「やっぱり!?」
「俺もそう思ってた」
ヴィクトルが言う。
「お前ら知ってたのか!?」
「知ってたというか……」
「見れば分かる」
「そんなにか?」
「うん」
「……」
ガイルがもう一度頭を抱えた。
でも、しばらくすると顔を上げる。
「じゃあ、一つ聞いていいか?」
「何?」
「俺、どうしたらいい?」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
「俺、どうしたらいい?」
こんな風になかなか人に言えないことを言える友人がいるって良いですね。




