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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第21章 リオン・ハル男爵

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第583話 動き始める

 数日後。


 朝から領都を歩く。


「人、増えたね」


 隣を歩くミラが言った。


「うん」


「ピー!」


 ピコも元気よく跳ねる。


 以前とは明らかに違う。


 荷馬車が行き交い、見覚えのない人も増えた。


 空き家では大工が屋根を直し、倉庫の前では荷物の積み下ろしが続いている。


「前より賑やかになりましたね」


 ミアも辺りを見回す。


「そうだね」


 ハル領から来た人たち。


 ハーウェイ侯爵領でタントに紹介してもらい、こちらを見に来た人たち。


 トラウゼン侯爵領からも大工や道路整備に慣れた人たちが来始めている。


 これからヴァレスト公爵家からも人が来る。


 金だけじゃない。


 人と物も、本当に動き始めた。


「リオン様!」


「ん?」


 一人の文官が走ってきた。


「政務所へお願いします」


「何かあった?」


「受け入れの窓口が少し大変なことになっております」


「分かった」


 ローレンのところへ向かった。


 ◇


 政務所の入口には人が並んでいた。


「大工の仕事があると聞いたんだが」


「家族で来たんです。住む場所はどこでしょう?」


「荷運びでも何でもやります」


「……多いな」


 人が増えることは分かっていた。


 それでも予想以上だ。


 執務室へ入る。


「ローレン」


「はい」


「かなり来てるね」


「人が増えることは予想しておりましたので、受け入れの準備も進めておりました。ただ……」


 ローレンが窓の外を見る。


「予想以上ですな」


「俺も」


 人材台帳もすでに作らせている。


 名前、出身地、家族構成、住居、これまでの仕事、できること、希望する仕事、読み書きや計算の程度。


 一人につき一枚。


 新しく来た人には、まずこれを記入してもらっている。


「台帳は使えてる?」


「はい。ただ、そこで時間が掛かっています」


「読み書き?」


「その通りです」


 ローレンが何枚か台帳を見せる。


「ハル領から来た者は、自分で記入できる者がかなりおります。ですので受付も早いのですが……」


「他の領から来た人は違う?」


「読み書きのできない者が、リオン様が想定されていたより多いかと。

 文官が一人ずつ話を聞き、代わりに記入しております」


「なるほど」


 台帳の仕組みが悪いわけじゃない。


 聞き取りが必要な人が多くて、窓口が詰まっている。


「じゃあ窓口を増やそう」


「何か所にしますか?」


「まず三か所」


 少し考える。


「自分で書ける人と、聞き取りが必要な人も分けた方がいいね」


「なるほど」


「書ける人は記入してから提出。書けない人は文官が聞き取って記入する」


「それならかなり早くなりそうですな」


「書式は全部同じままで」


「承知しました」


 ミアが台帳を見る。


「読み書きができるだけで、こんなに違うんですね」


「うん」


 ハル領では、読み書きを学べる場所を増やしてきた。


 その差が、こんなところにも出ている。


「……学校も欲しいな」


「学校?」


 ミアが俺を見る。


「うん。ハル領みたいに、大人が仕事のあとに読み書きや計算を学べる夜間学校」


「あ」


「それとは別に、子供たちが通える学校も欲しい」


「この領のですか?」


「うん。それに、これから他領から家族で来る人も増えるでしょ。その子供たちも一緒に通えるようにしたい」


 ミアが嬉しそうに笑う。


「いいですね」


「まだ先だけどね」


 今は、目の前の仕事からだ。


 ◇


「一度、この領に今どんな仕事があるのか整理したいね」


 ローレンと机に資料を広げる。


「仕事の方をですか?」


「うん。人の台帳だけあっても、どこで働いてもらうか分からなかったら意味ないから」


 増えている仕事を書き出す。


 住宅や宿舎の修繕と建築。


 倉庫。


 荷運び。


 道路。


 農業。


 湿原の水路。


 街灯と水車。


 そして、これから本格的に始まる鉱山関係。


「かなり増えましたな」


「うん」


 今、この領では新しい仕事が次々に生まれている。


「あ、どの職場でも新しく来た人だけで班を作らないようにしたい」


「なぜです?」


「昔からいる領民も一緒に入れる」


「技術を覚えてもらうためですか?」


「それもある」


 ただ、この領には年配の人が多い。


 若い人たちは仕事を求めて領外へ出ていった。


「でも、年を取ってるから働けないって決めるのはもったいないよ」


「と申しますと?」


「経験があるから」


 俺は立ち上がる。


「町を見てみよう」


 ◇


 空き家の修繕現場。


 トラウゼン侯爵領から来た大工が、古い家を調べていた。


「この柱は替えた方がいいですね」


「全部?」


「そうですね」


「いや、裏の二本はまだ使えるぞ」


「え?」


 近くで見ていた老人が言った。


「分かるんですか?」


「ああ。この家は昔、俺が直したからな」


「大工だったんですか?」


「昔はな。もう腰が駄目で、屋根には上がれんが」


 大工が裏側へ回って柱を調べる。


「……確かに。こちらはまだ使えそうです」


「だろ?」


 老人が少し得意そうに笑った。


「お名前は?」


「俺か?」


「はい」


 名前を聞く。


「よければ、この人たちと一緒に家を見てもらえません?」


「俺が?」


「はい。木を運んだり屋根に上がったりしなくていいです。

 どこを直したか、どんな材料を使ったか、それを教えてもらえるだけでも助かります」


「それくらいならできるが……」


「お願いします」


「分かった」


 また一人。


 できる仕事が見つかった。


 ◇


 次は倉庫へ向かう。


「朝になると、この辺りが荷馬車で詰まるんです」


 若い作業員が説明する。


 倉庫の前には、荷物を積んだ荷馬車が何台も並んでいた。


「荷馬車が増えたから?」


「はい。倉庫へ入る馬車と、荷物を降ろして出ていく馬車が同じ道を使っているので」


「なるほど」


「昔は、あっちの道を使ってたぞ」


 近くにいた老人が口を挟んだ。


「あっち?」


 老人が倉庫の北側を指す。


 建物の向こうに、今使っている道より少し広い道が見えた。


 ただ、入口には木の柵が置かれている。


「あの道?」


「ああ。昔は荷物を持ってきた馬車はこっちから入って、空になった馬車はあっちから出してたんだ」


「一方通行みたいにしてたんだ」


「そうだ。だから詰まらなかった」


 若い作業員が柵を見る。


「でも、今は塞がれています」


「あれは倉庫を使わなくなった時に置いただけだ。道そのものは残ってる」


「使えるかな」


 みんなで確認しに行く。


 草は伸びていたが、道幅は十分ある。


「ここを整備して、出口側にすればいいんだ」


「はい。それなら荷馬車同士がぶつかりません」


 老人が頷く。


「昔はそうしてた」


「ローレン」


「はい」


「こういうことを知ってる人、もっといるよね」


「いるでしょうな」


「人材台帳に、今の仕事だけじゃなくて昔やっていた仕事も入れよう」


「過去の経験ですか?」


「うん。何年くらいやっていたかも」


 大工。


 農業。


 荷運び。


 商売。


 家畜。


 水路。


 昔の役人。


 この土地に何十年も住んできたからこそ分かることもある。


「体力だけで人を見たら、この領は不利だよ」


「年配の者が多いですからな」


「逆に言えば、何十年分も経験がある人が多いってことでしょ」


 ローレンが少し考えてから頷く。


「確かに」


「若い人に仕事を教える役もできる」


 隣にいたミラが頷いた。


「それなら、できる人はたくさんいそうだね」


「うん」


 教えることも仕事だ。


 経験を次の人へ渡せる。


 いずれ学校を作った時にも、力を借りられる人がいるかもしれない。


 ◇


 政務所へ戻る。


「次は鉱山だね」


「はい」


 ローレンが別の帳簿を出す。


 今回集めた金貨五万枚。


 これは領の通常会計とは完全に分けてある。


「この五万枚は、今まで決めた通り鉱山開発に関係することだけに使おう」


「直接、間接を問わずですな」


「うん」


 鉱山の調査。


 採掘設備。


 鉱石を運ぶための道路。


 倉庫。


 輸送設備。


 鉱山開発のために他領から来てもらった技術者や職人の宿舎。


 鉱山事業を管理する人員。


 そうしたものには使う。


「でも、普通の住宅修繕や、領都全体の行政費には使わない」


「承知しております」


「街灯も通常会計だね」


「はい」


 出資してもらった金だ。


 金があるからという理由で何にでも使い始めたら、帳簿を分けた意味がない。


「それで……」


「何でしょう?」


「鉱山を担当する文官を新しく雇おう」


「専任ですか?」


「うん」


 これから五万枚もの資金を動かす。


 人も物資も契約も増える。


 通常の政務をやりながら片手間で管理できる量ではない。


「……」


 ローレンが黙った。


「どうしたの?」


「リオン様。一つよろしいでしょうか」


「うん」


「つい先日、政務所の人員を減らしたばかりです」


「あ」


「その直後に新たな文官を採用すれば、辞めてもらった者や、現在残っている者から反発が出るのではないでしょうか」


「……確かに」


 ローレンの言う通りだ。


 前は人が多すぎた。


 同じ仕事を何人もやっていた。


 責任の所在も曖昧だった。


 だから減らした。


 その直後にまた採用する。


 説明しなければ、おかしいと思う人もいるだろう。


「でも、採用はしよう」


「よろしいのですか?」


「うん」


「あの時と今では、仕事の量も種類も違うから」


「……」


「状況が変わったのに、批判されるのが怖いから人を増やさない。

 そのせいで今いる人たちに無理をさせる方が嫌だよ」


「リオン様……」


「それで俺が批判されるくらいなら、別にいい」


 領主なんだから。


「ただし、説明はちゃんとする」


「説明ですか?」


「どうして前は減らしたのか。どうして今は採用するのか」


「なるほど」


「同じ仕事をする人を増やすわけじゃない。新しく生まれた鉱山の仕事をする人を採る」


「それなら、納得する者も多いでしょうな」


「うん」


 紙を取る。


「まず採用基準を決めよう」


「どのように?」


「最低限、読み書きと計算ができること」


「はい」


「次に正確性。金額、物資の数、在庫を扱うから、記録が雑な人は困る」


「なるほど」


「決められた手順を守れることも必要」


 鉱山では大きな金と物が動く。


 勝手な判断で記録を変えられたら困る。


「それから人と話せること」


「対人能力ですか?」


「うん。職人、商人、騎士、他領から来た人とも話すことになるから」


「他には?」


「誠実さ」


「やはり重要ですか」


「一番大事かもしれない」


 読み書きや計算は、ある程度なら教えられる。


 でも、金や物をごまかす人を重要な仕事には置けない。


「鉱山、物流、会計、建築なんかの経験がある人は評価を上げよう」


「推薦や勤続年数は?」


「参考にはする。でも、それだけでは決めない」


「承知しました」


 まず採用基準。


 その次は、採用した人をどう評価するか。


 どう育てるか。


 そこまで作る必要がある。


 ◇


「リオン様」


「何?」


 政務所の外へ出ると、ハル領から来た職人たちが荷馬車から木材や部品を降ろしていた。


「あ、水車」


「はい。部品はすべて届いております」


「領都の用水路は見た?」


「はい。候補を三か所確認しました」


「どこがいい?」


「最初に試すなら、市場近くの用水路がよいかと。水量も安定しております」


「じゃあ、そこにしよう」


 以前、ハル領で俺たちが作った仕組みだ。


 水車の回転を使い、純石と導魔線を通して街灯を光らせる。


「ハル領と同じように、まず一基で一つの区画を試そう」


「承知しました」


「地元の大工にも入ってもらってください」


「組み立て方を覚えてもらうためですね」


「うん。壊れるたびにハル領から来てもらうわけにはいかないから」


「分かりました」


 技術だけ持ってきても駄目だ。


 この領で作れて、直せるようにしたい。


 ◇


 市場近くの用水路へ向かう。


 水が一定の速さで流れている。


「この辺りです」


「良さそうだね」


 職人たちが水車の部品を並べる。


 そこへ一人の老人が近づいてきた。


「そこに水車を置くのか?」


「はい」


「なら、少し気をつけた方がいいぞ」


「何がですか?」


「今の時期は水が多い。大雨の後は、さらに増えることもある」


 職人が水路を見る。


「どのくらいまで?」


「多い時は、その石の辺りまで来る」


 老人が石積みの位置を指す。


 職人が少し考える。


「それなら、水車の軸はもう少し高い位置にした方がよさそうですね」


「俺もその方がいいと思うぞ」


 俺は老人を見る。


「この水路に詳しいんですか?」


「五十年以上見てるからな」


「じゃあ、しばらく手伝ってもらえません?」


「俺が?」


「水量が変わる時期とか、この水路の癖を教えてください」


「そんなことでいいのか?」


「それが必要なんです」


「……なら、やるよ」


「お願いします」


 ハル領の技術。


 この土地で長く暮らしてきた人の経験。


 どちらも使えばいい。


 ◇


 水車の組み立てが始まった。


 ハル領の職人だけではない。


 地元の大工。


 若い作業員。


 水路を知る老人。


 みんなで作っていく。


「そこを持ち上げます!」


「ゆっくり!」


「軸を入れるぞ!」


「はい!」


「ピー!」


 ピコが近くを跳ねている。


「ピコ、そっちは危ないよ」


「ピー……」


 ミラに言われて戻ってくる。


「こっちにいようね」


「ピー!」


 ミアは、組み上がっていく水車をじっと見ていた。


「どうしたの?」


「ハル領にあったものが、ここにもできるんですね」


「うん」


「なんか不思議です」


「俺もだよ」


ハル領の職人、地元の大工、若い作業員たちによって水車の組み立てが始まった。


 ◇


 二日後。


「準備できました!」


「じゃあお願いします」


 水を通す。


 水車がゆっくり動き始める。


 回転が少しずつ安定していく。


「問題ありません!」


 職人たちが純石と導魔線を確認する。


 今日は試験なので、市場へ続く道沿いの数本だけだ。


「点けます!」


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 街灯に光が灯った。


「おお……」


 周囲から声が上がる。


「明るい!」


「ピー!」


 ピコが街灯の下を跳ね回る。


「ピコ、気に入ったみたい」


 ミアが笑う。


 市場からも人が集まってきた。


「夜でも歩きやすくなるな」


「店も少し長く開けられそうだ」


 ミラが俺の隣へ来る。


「また変わったね」


「うん」


 周りを見る。


 新しく来た人がいる。


 昔から住んでいる人もいる。


 若い人もいれば、年を取った人もいる。


 それぞれが、自分のできることで町を動かし始めている。


 まだ貧しい。


 問題も山ほどある。


 でも、


「少し、町らしくなってきたな」


「少し?」


 ミラが笑う。


「私はかなり変わったと思うよ」


「そうかな」


「うん」


「ピー!」


「ピコもそう思うって」


 ミアも笑った。


 金を集めた。


 人も来た。


 物も届いた。


 ようやく、それぞれが領の中でつながり始めていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

会社員時代は会社の方針がコロコロ変わることに抵抗していましたが、経営者になったら自分自身が会社の方針をコロコロ変えていました。

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恐ろしいスピードで寂れた町が変わっていきますねぇ。所でこの国に教会とかあるのかな?いやね、ミラと結婚する時に何処で結婚式するのかなぁと思っててね、できればこの発展途上の領地でみんなに祝福されて結婚でき…
三か所というより出身地別だろうなぁ 出戻り、ハル領、王都、セレパパ、ミラパパ、なんとか侯爵、その他 前の6つは身元が判り易く確認が取りやすい 今更だけど領主による推薦状、紹介状、送り出し状があればよか…
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