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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第21章 リオン・ハル男爵

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第582話 人と物と金

 翌朝。


 アストン、ピコとトラウゼン侯爵領へ向かった。


 馬車で一日。


 これまで王宮、ヴァレスト公爵家、ハル家、ハーウェイ侯爵家と回ってきた。


 残る必要資金は金貨七千枚だ。


 ◇


「ミラ嬢との婚約が決まったそうだな」


「はい」


「王都でもダイヤモンドの婚約指輪は評判みたいじゃないか。おめでとう」


「ありがとうございます」


 トラウゼン侯爵が笑う。


 ハーウェイ侯爵家とは昔から付き合いがあるからか、とても嬉しそうだ。


「それで、今回は金の話だったな」


「はい」


 これまでの出資状況を説明する。


 王家から二万枚。


 ヴァレスト公爵家から一万枚。


 ハル家から五千枚。


 ハーウェイ侯爵家から八千枚。


「すごい金額と、顔ぶれだな。で、残り七千枚か」


「はい」


 侯爵が資料を見る。


「いいだろう。我が家で出そう」


「本当ですか?」


「ああ」


「ありがとうございます!」


 これで五万枚。


 必要としていた資金が全部決まった。


「ただ、金だけ出して終わりというのもつまらんな」


「え?」


「道路を作るのだろう?」


「はい」


「うちは王都に繋がる街道もあり、道路整備に慣れた者がいる。大工も何人か出そう」


「いいんですか?」


「人も必要なのだろう?」


「助かります」


 金だけじゃない。


 トラウゼン侯爵家からは、大工と道路整備に慣れた人たちにも来てもらえることになった。


「あ」


「どうした?」


「一つお見せしてもいいですか?」


「何だ?」


 持ってきた通信機を机の上に置く。


「共鳴石か?」


「はい。これを使って、俺の領と通信できます」


「……ここから?」


「はい」


 侯爵が通信機を見る。


「やってみますね」


 事前にトラウゼン侯爵邸から通信すると政務所へ伝えてある。


 共鳴石を三回押す。


 少し待つと、三回光った。


「今のは?」


「向こうからの返事です」


 符号表を見ながら送る。


《トラウゼンリョウ》


 しばらくして返事が来た。


《カクニンシマシタ》


 侯爵が身を乗り出す。


「本当に君の領から返事が来ているのか?」


「はい。うちの政務所とつながっています」


「馬車で一日離れているぞ?」


「そうですね」


「……」


 侯爵がしばらく通信機を見つめた。


「これはすごいな」


「まだ試作ですけど」


「十分すごい」


「この通信機は置いていきます」


「いいのか?」


「はい。何か急ぎの連絡がある時に使ってください」


 基本的な使い方と符号表を説明する。


「これで何かあれば、すぐ連絡できます」


「分かった。ありがたく使わせてもらおう」


 翌朝、トラウゼン侯爵領を出た。


 その日の夕方、リオン領へ戻った。


 ◇


 そのまま政務所へ向かう。


「トラウゼン侯爵家から金貨七千枚出してもらえることになった」


「七千枚……」


 ローレンが俺を見る。


「ということは」


「五万枚、全部決まった」


「……」


「どうしたの?」


「わずかこれだけの期間で、金貨五万枚を集められるとは思っておりませんでした」


「まだ全部届いたわけじゃないけどね」


 出資が決まっただけだ。


 実際にすべての金貨が届くまでは終わりじゃない。


「いまだに信じられません」


「そう?」


「はい」


 ローレンが小さく笑う。


「それと、大工と道路整備に慣れた人たちにも来てもらえる」


「それは助かりますな」


「うん」


 これから道路も家も倉庫も必要になる。


 人はいくらいても足りない。


「リオン様」


「何?」


「ちょうどハル領から第一陣が到着しております」


「本当?」


「はい」


「見に行こう」


 ◇


 政務所の外には何台もの荷馬車が並んでいた。


「おお……」


 荷台には見覚えのあるものが積まれている。


「井戸のポンプ」


「はい。こちらには街灯もございます」


「こんなに送ってくれたんだ」


 その横には大量の紙。


「これも助かるな」


 政務所で使う紙の量は以前より増えている。


「リオン様」


 一人の男が近づいてくる。


「ハル領より参りました。街灯などの設置を担当します」


「よろしくお願いします」


「はい」


 職人たちも来ている。


 さらに若い騎士が何人か並んでいた。


「研修で来た人たち?」


「はい!」


「ベイルン騎士団もいるから、かなり大変だと思うよ」


「望むところです!」


「……頑張って」


 少し離れたところには家族連れもいた。


「この人たちは?」


「以前、旧グレイヴ領からハル領へ移った方々です。こちらへ戻ることを希望されたそうです」


「あ」


 近づくと、年配の男が頭を下げた。


「リオン男爵様」


「無理に戻ってきたわけじゃないですよね?」


「もちろんです」


 男が笑う。


「ここが良くなると聞きましてな」


「まだ全然ですよ」


「だから戻ってきました」


「え?」


「仕事があるなら、もう一度ここで暮らしてみようかと」


「……ありがとうございます」


 少しだけ。


 領に人が戻り始めている。


「それから、こちらを」


 ハル領から来た文官が箱を示す。


「金貨五千枚です」


「分かりました」


 すぐに金庫室へ運んでもらう。


 金庫室も間に合った。


「通信室へ行こう」


「はい」


 ◇


 ローレンが用意した部屋には、各地とつながる通信機が並んでいた。


 まだ仮の運用だ。


 ハル領の通信機を呼び出す。


 三回。


 すぐに返事が来た。


《ブジトドイタ アリガトウ》


 送る。


 しばらくすると、


《ヤクニタテロ》


「……」


 短い。


 ローレンが笑う。


 俺も少し笑った。


「ローレン」


「はい」


「通信室の担当を決めよう」


「承知しました」


 候補になりそうな文官の資料を机へ並べる。


「仕事ができる者から選びますか?」


「いや。能力だけでは決めない方がいい」


「と申しますと?」


 ここには王宮からの連絡も入る。


 他領との話もある。


 鉱山。


 人事。


 金。


 これから重要な情報はもっと増えていく。


「まず身元がきちんと確認できること。他国や他領との親族関係や金銭的なつながりも確認しよう」


「全員ですか?」


「うん。親族がいるだけで駄目ってわけじゃない。でも、多少なりとも利害関係がある人には任せない方がいい」


「なるほど」


「次に口が堅いこと。読み書きが正確で、決められた手順を守れること。確認を面倒がらないこと」


 ローレンが書き留める。


「借金が多い人や賭け事で問題を起こしている人も外そう」


「金で動かされる可能性がありますか」


「うん」


 前世でもそうだった。


 重要な仕事ほど、単純に能力だけを見て配置してはいけない。


「噂話が好きな人も避けたい」


「確かに」


「六人選ぼう」


「六人ですか?」


「二人一組で三組。一人が通信機を扱って、もう一人が内容を記録して確認する」


「間違いも減りますな」


「一人だけで全部できるようにしない方が、不正もしにくい」


 朝、昼、夕方で交代する。


 夜は通常の通信を行わず、緊急時だけ宿直者が対応することにした。


「通信量が増えたら人数も増やそう」


「承知しました」


 資料を見ながら考える。


「……通信室だけじゃないな」


「何がでしょう?」


「重要な場所が増えてきた」


 金庫室。


 通信室。


 鉱山の資料。


 出資契約。


「場所と情報を、重要度で分けよう」


「重要度?」


「四段階くらいでいい」


 紙を一枚取る。


「レベル一は受付や面会室。領民や来客も入れる場所」


「はい」


「レベル二は普通の執務室や一般の書庫。基本的に政務所の職員だけ」


「なるほど」


「レベル三は会計、人事、重要な契約書、それから俺の執務室。

 入れる人を決めて、誰が出入りしたかも残す。ここからは事前申請が必要」


「はい」


「一番上のレベル四は通信室、金庫室。鉱山の詳しい資料や出資契約の原本もここ」


「最高機密ということですな」


「うん。金庫室への出入りや大きなお金を動かす時は、原則二人以上で確認する」


 ローレンが紙を見る。


「ここまで分けますか」


「金庫だけ固くしても駄目だからね」


「情報ですか?」


「うん。知られたら困る情報は、金貨と同じくらい価値がある」


「……なるほど」


 これから領が大きくなれば、守るものも増える。


 ◇


 翌日。


 アストンとレイ湿原へ転移した。


「……」


 以前と景色が変わっている。


 今回、米作りに挑戦する北西部。


 水と草ばかりだった場所に、何本もの溝が伸びていた。


「すごいな」


「リオンさん」


「ナディア」


 ナディアがこっちへ来る。


「戻ったんですね」


「うん。水路、かなり進んだね」


「予定よりずっと早いです」


「ベイルン騎士団?」


「はい。リオン騎士団の方々も手伝っています」


 少し離れたところでは、騎士たちが泥だらけになって土を運んでいる。


「レコア川まで掘ったわけじゃないよね?」


レイ湿原の東にはレコア川がある。


「もちろんです」


「だよね」


 レコア川までは馬車で一日近い距離がある。


 ナディアの隣にいたセルヴァンの専門家が地図を広げる。


「こちらをご覧ください」


 北西部の試験区。


 その少し北には穀倉地帯があり、その手前を小川が東へ流れている。


「この小川は最終的にレコア川へ合流します」


「そこへ流す?」


「はい」


「自然に?」


「調べました。平常時なら、こちらの水面より小川の水面の方が低く、十分に勾配を取れます」


「じゃあ、ここから小川まで排水路を作ればいいんだ」


「はい。レコア川まで新しく掘る必要はありません」


「なるほど」


 地形を使う。


 その方がずっと早い。


「ただし、問題もあります」


「何ですか?」


「大雨などで小川の水位が上がった時です。場合によっては、こちらへ逆流します」


「あ」


「そのため接続部分に簡単な水門を設けます」


「どんなものですか?」


「溝に厚い板を落とし込んで水を止める程度のものです。複雑な仕組みではありません」


「それなら早く作れる?」


「はい」


「じゃあ最優先でお願いします」


「承知しました」


「ベイルン騎士団にも手伝ってもらおう」


 セルヴァンの専門家が頷く。


 構造を専門家が決め、ベイルン騎士団が木材の加工や据え付けを手伝う。


 できるだけ短期間で完成させることになった。


 ◇


 さらに試験区の中へ進む。


「これは?」


「田んぼの区画です」


「もう作ってるんだ」


「排水が進んだところから少しずつです」


 専門家たちが杭を打ち、その線に沿って騎士たちが土を動かしている。


 畦になる部分。


 田ごとに水を抜くための細い溝。


 まだ完成した田んぼには程遠い様だが、少しずつ四角い区画が見え始めている。


「湿原全部をやるわけじゃないんだよね?」


「もちろんです。まずは北西部の試験区だけです」


「そうだよね」


 最初から全部開発しようとしたら、何年掛かるか分からない。


「土はどうでした?」


「かなり良いです」


「本当?」


「はい。ここは厚い泥炭地ではありません。山から流れてきた細かな土が長い間堆積しています。

 粘土分もあり、水を保つ力があります」


「じゃあ、米には向いてる?」


「排水と揚水がきちんとできれば、かなり良い土地だと思います」


「揚水?」


「水を抜くだけでは米は作れません」


「あ」


「必要な時には入れる必要がありますから」


「そっか」


 水を抜く。


 田を作る。


 必要な時には水を入れる。


 そしてまた抜く。


「水はどこから?」


「候補があります」


 専門家が南を見る。


 ノア山脈。


「ビダン山から流れてくる水です」


「あれ?」


「はい。山から流れた水が湿原を通り、そのままレコア川へ向かっています」


「それを使う?」


「流量と高さをもう少し調べます。

 自然に引ける場所もあるでしょうし、高さが足りない場所では揚水が必要になります」


「なるほど」


 排水は北側の小川へ。


 用水はビダン山から流れてくる水を候補にする。


 全部を一つの水路で済ませるわけじゃない。


「よく考えてますね」


 リオンは専門家に顔を向ける。


「そのために来ましたから」


「ありがとうございます」


 専門家が笑った。


 ◇


「うおおおお!」


「……」


 遠くから大きな声が聞こえた。


「何?」


「ガイルさんですね」


「やっぱり?」


 声の方へ向かう。


「もっと運べ!」


「は、はい!」


「足を止めるな!」


「はい!」


 泥の中。


 ガイルが大きな籠を担いで歩いている。


 その後ろには、泥だらけのリオン騎士団。


「ガイル!」


「おお! リオン!」


「何やってるの?」


「見れば分かるだろ!」


「土運び?」


「最高の訓練だ!」


「……これが?」


「ああ!」


 ガイルが楽しそうに笑う。


「足場が悪い! 足を取られる! 重い物を持つ! 全身を使う!」


「そうなんだ」


「こういう場所でも体勢を崩さず動けるようになれば、戦場でも役に立つぞ!」


 後ろを見る。


「はあ……はあ……」


「もう……無理……」


 リオン騎士団は全然楽しそうじゃない。


 アストンが小さく笑う。


「皆さんは、ガイル殿ほど楽しんでいないようですな」


「そうみたい」


「リオン!」


「何?」


「お前もやるか?」


「やらない」


「いい訓練だぞ!」


「今日は見るだけ」


「そうか!」


 ガイルがまた泥の中へ戻っていった。


 元気だな。


 ◇


 主排水路の終点へ向かう。


 北側の小川までは、あと少しだった。


「今日つなげるんですか?」


「はい。ただし、最初から大量には流しません」


 セルヴァンの専門家が答える。


「少しずつ流して、水路が崩れないか、小川の水位がどう変わるか確認します」


「なるほど」


 最後に残していた土を、ベイルン騎士団が少しずつ取り除いていく。


「ゆっくり!」


「はい!」


 土が削られる。


 やがて、


「あ」


 水が動いた。


 湿原側から主排水路へ。


 ゆっくり。


 でも確実に流れていく。


「流れた……」


「はい」


 掘った水路を通り、水が北へ向かう。


「これで水位が下がる?」


「少しずつです」


「全部抜くわけじゃない?」


「もちろんです。抜きすぎても駄目です。土の状態を見ながら調整します」


「分かりました」


 まだ田んぼには見えない。


 畦も途中。


 水門もこれから。


 用水の準備も必要だ。


 それでも、湿原の水が初めて俺たちの作った道を流れていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

昔、家の近所に田んぼがあり、そこでおたまじゃくしを100匹以上捕まえました。

玄関前で飼っていたのですが、ほぼすべてのおたまじゃくしがカエルに育ちました。


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― 新着の感想 ―
ガイル本当に楽しそうw田植え稲刈りの時期にリオン領に訓練と称して遊びに来るのも良いかもね あと100匹以上のカエルは悲鳴が上がるのでガチでやめてください
妖怪がいる・・・誰のこととは言ってない(´・ω・`) 全身金属鎧で湿地帯横断マラソンしそうだとか思ってませんよがいる君 まあこの世界だといくら調べても調べきれるもんじゃありませんけどね 人に取りて敵…
今後の再建ストーリーが楽しみです。ドラン帝国がアルスレイン王国へ侵攻しないことを祈ってます。平和が一番です。
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