第577話 受け入れる準備
翌朝。
ピコを連れて屋敷を出る。
一緒に騎士団の訓練場へ向かった。
まだ朝早い。
それでも、訓練場からは大きな声が聞こえてくる。
「前へ!」
「はい!」
「遅い! もう一度!」
「はい!」
中へ入る。
「おお……」
以前とは雰囲気が違う。
男爵領騎士団の騎士たちが、いくつかの組に分かれて訓練していた。
剣。
盾。
走り込み。
隊列を組んでの移動。
その周りをベイルン騎士団の騎士たちが見ている。
「もう一周!」
「は、はい!」
「疲れてからが訓練だ!」
厳しいな。
「あ」
アストンとテオだ。
二人とも盾を持って走っている。
「アストン、元気だな」
「ピー」
昨日、王都から帰ってきたばかりなのに。
「リオン様」
「あ、ノル」
ノルがこちらへ来た。
「おはようございます」
「おはよう」
訓練している騎士たちを見る。
「どう?」
「どう、とは?」
「うちの騎士団」
ノルも訓練場へ視線を向けた。
「まだまだですな」
「やっぱり?」
「はい」
即答だった。
「ですが、悪くありません」
「本当?」
「若い者が多い」
「ああ」
「経験も技術も足りません。体力もまだまだです」
「結構足りないね」
「その代わり、伸びます」
「なるほど」
「教えたことを吸収するのも早い」
訓練場を見る。
若い騎士がベイルン騎士団の騎士から何かを指摘され、すぐに構えを直した。
「半年も鍛えれば、今とは随分違う騎士団になるでしょう」
「半年か」
「はい」
「楽しみだね」
「私もです」
ノルが少し笑った。
「それに、アストン殿とテオがよく動いております」
「そうなんだ」
「若い者たちも二人を見ていますからな」
中心になる人間も必要だ。
「引き続きお願いします」
「お任せください」
◇
政務所へ入る。
「おはようございます」
「おはよう」
ローレンはすでに書類を広げていた。
「昨日の王都はいかがでしたか?」
「かなりうまくいったよ」
「それは何よりです」
「まず、お金の話なんだけど」
「はい」
椅子へ座る。
「王家から金貨二万枚」
「……はい?」
「ヴァレスト公爵家から一万枚」
「……」
「合わせて三万枚を出してもらえることになった」
「……三万枚?」
「うん」
ローレンの動きが止まった。
「昨日一日で、ですか?」
「そう」
「……」
「その顔、昨日のアストンと同じだよ」
「アストン殿も?」
「領の年間予算四年半分以上だって」
「その通りですが」
「やっぱり?」
「そこではありません」
昨日も聞いたな。
「ただ、一度に全部来るわけじゃないよ」
「そうなのですか?」
「準備できた分から順次送ってもらうことになってる」
「なるほど」
ローレンが少し息を吐いた。
「それでも大金です」
「うん」
「これだけあれば――」
「だから」
「はい?」
「来る前に使い道を決めたい」
ローレンが少し考えた。
「金が来る前に、ですか?」
「うん。来てから考えると、余計なものに使いそうだから」
「確かに」
「それに、これから人が増える」
「南部開発で?」
「うん」
ヴァレスト公爵領から鉱山に詳しい人が来る。
王立研究所からも人が来るだろう。
道路を造る人。
鉱山で働く人。
商人。
冒険者。
それに移住者。
「人だけ増えて、住む場所も食べ物もなかったら困るでしょ?」
「おっしゃる通りです」
「午後、ミアたちも呼んで相談しよう」
「承知しました」
「あ、それと手紙をお願い」
「どちらへ?」
「父上とトラウゼン侯爵」
「出資のお話ですね」
「うん」
机の上の資料を渡す。
「南部鉱山の共同出資について話したいこと。それと、都合のいい日を聞いて」
「どちらも同じ内容で?」
「基本は同じでいいよ」
「承知しました」
父上のところは、返事が来れば転移ですぐ行ける。
トラウゼン侯爵にも、できるだけ早く話をしたい。
ただ、既にミラが手紙を送っているハーウェイ侯爵も含めて返事がいつ届くかは分からない。
「日程は返事を見て決めよう」
「分かりました」
◇
政務所内の工房へ向かう。
「ルッツさん」
「リオン様」
「硬化石、どう?」
「ちょうどお見せしたいものがあります」
「本当?」
ルッツが奥へ行き、大きな灰色の塊を持って戻ってきた。
作業台へ置く。
ドンッ。
「道路用のものとは配合を変えました」
「どう違うの?」
「こちらの方が厚く作れます。割れにくさも上がっています」
触る。
硬い。
「それと、火にもかなり強いです」
「火にも?」
「長い時間、火に当ててみましたが、ほとんど変化しませんでした」
「へえ」
金槌を借りる。
コンッ。
もう一度。
コンッ。
割れない。
……コンクリートみたいだな。
思った以上に使えそうだ。
「ルッツさん」
「はい?」
「これで部屋を作れる?」
「部屋?」
「地下に」
「地下ですか?」
「政務所の下」
ルッツが首を傾げる。
「何に使うんです?」
「金庫室」
「金庫室?」
「うん」
「なぜ突然?」
「これから金貨が何万枚も来るから。それに防犯もしないとね」
「……」
ルッツが止まった。
「金貨は何万枚来るのですか?」
「まずは三万枚」
「……」
「まだ増える予定」
「……それは確かに、置き場所が必要ですね」
「でしょ?」
灰色の塊を見る。
「壁も床も天井も、これで厚くしたい」
「できます。ただ、先に場所を決めて、地下の状態も確認した方がいいです」
「分かった」
「穴はどうします?」
「ベイルン騎士団とうちの騎士団にお願いする」
「騎士団にですか?」
「掘るのと土を運ぶのを」
「……」
「体力訓練にもなるでしょ?」
「ノル様に怒られませんか?」
「聞いてみる」
ルッツが少し笑った。
「とりあえず、こちらでも設計を考えてみます」
「お願い」
◇
昼前。
アストンとピコを連れて南へ向かった。
馬を走らせる。
しばらくすると、小さな村が見えてきた。
イレーナたちがいる村。
「おや、坊やじゃないか」
「あ、イレーナ」
村へ入ると、すぐに気づかれた。
「今日は何だ?」
「仕事の相談」
「また?」
「また」
「この前の支払いは?」
「ああ。文官が来て払っていった」
「よかった」
報酬はちゃんと処理されている。
「それで」
「うん」
「最近、仕事減ってるでしょ?」
イレーナが眉を上げた。
「分かってるなら聞くな」
「ごめん」
「あんたが連れてきた騎士たちが、道路を片っ端から直してるからね」
「ベイルン騎士団ね」
「強いし、働くし。こっちの仕事がなくなるよ」
「だから、次の仕事」
「何?」
「山を守ってほしい」
「山?」
「ノア山脈」
イレーナの表情が少し変わる。
「アーシタ山とビダン山か?」
「うん」
「色々と見つかったそうじゃないか?」
「うん。そのうち詳しく話すよ」
「怪しいね」
「そのうち分かるよ」
「それで、何をすればいい?」
「山の周辺を巡回してほしい」
「魔物退治?」
「それもできれば」
指を折る。
「魔物。不審な人。それから勝手に山へ入る人がいないか」
「盗賊も?」
「いたらお願い」
「随分広いね」
「だから何人かで分けて」
「報酬は?」
「ちゃんと払う」
「ならいいよ」
「あと」
「まだあるの?」
「冒険者ギルドができるまでは、倒した魔物を領都で買い取る」
「領都が?」
「うん」
「素材も?」
「使えるものなら」
「肉も?」
「食べられるなら」
今までは素材も肉も気にしてこなかったけど、今はそんなこと言ってられない。
イレーナが俺を見る。
「随分、景気がいいじゃないか」
「これからもっと良くするよ」
「フッ」
イレーナが少し笑った。
「なら期待してるよ」
「うん。」
イレーナたちは強い。
でも、それだけじゃない。
周囲を見るのも、人を見るのも上手い。
山を守ってもらうには向いている。
◇
午後。
政務所へ戻る。
会議室にはローレン、ミア、それから何人かの文官が集まっていた。
机の上には領内の地図と帳簿。
「じゃあ、始めよう」
「はい」
地図を見る。
「これから領都へ来る人が増える」
「はい」
「鉱山の技術者。職人。商人。それに移住者」
ミアが聞く。
「冒険者も?」
「増やしたい」
「かなりの人数になりますね」
「だから、今のうちに受け入れる準備をしたい」
「具体的には?」
「まず住む場所」
領都を指す。
「空き家は?」
文官の一人が資料を見る。
「そのまま使えるものは少ないですが、修繕すれば使える家はいくつかあります」
「直そう」
「はい」
「長屋も増やしたい」
「ベイルン騎士団が建てたものと同じような?」
「そう。もっと簡単でもいい」
次。
「食べ物」
「現在も不足気味となっています」
「このままだと大変だね」
人が増えれば変わる。
「商人には、人が増えることを先に伝えよう」
ローレンが頷く。
「仕入れを増やしてもらうのですな」
「うん」
「売れると分かれば、商人も動くでしょう」
「そのために倉庫と市場を整える」
「なるほど」
「衣服や寝具、靴なんかも増やしてもらいたい」
「日用品もですね」
「うん」
外から人が来る。
食べる。
住む。
物を買う。
そこまで準備しないと、人だけ呼んでも意味がない。
「それと」
地図を見る。
「この仕事は、できるだけ今いる領民にお願いしたい」
「空き家の修繕などを?」
「うん」
家を直す。
家具を作る。
荷物を運ぶ。
倉庫で働く。
市場を広げる。
「仕事が増えれば、領民の収入も増える」
ミアが頷く。
「そこで稼いだお金を、また領内のお店で使う」
「そういうこと」
「お金が領内を回るんですね」
「うん」
ローレンが少し笑った。
「そうなれば税収も期待できますな」
「そうなるようにしていかないとね」
「はい。ただし――」
ローレンが帳簿を見る。
「今回いただく金貨は南部開発への出資金です」
「うん」
「領都の整備へどこまで使うのかは、決めておく必要があります」
「俺もそう思う」
紙を一枚取る。
「南部開発のために必要なもの」
書く。
鉱山技術者の住居。
南部用の資材倉庫。
食料の備蓄。
道路。
運搬。
「こういうのは出資金から」
「はい」
「でも、関係ないものは今までの予算から」
「帳簿も分けますか?」
「そのつもり」
「南部開発専用の帳簿を?」
「うん」
王家。
ヴァレスト公爵家。
これから他の家にも出資してもらう。
「何にいくら使ったのか、いつでも説明できるようにしたい」
「承知しました」
その方が俺自身も分かりやすい。
「あと」
「はい」
「領都の店には、早めに人が増えることを知らせよう」
「どの程度増えるかも?」
「分かる範囲で」
売れると分かれば、商人は商品を増やす。
領が商品を全部買うより、その方がずっといい。
「市場の空いている場所も確認しておいて」
「新しい店を?」
「出店したい商人が来た時に、すぐ使えるように」
「分かりました」
人が来たから食べ物がない。
泊まるところがない。
服も日用品もない。
そんなことにはならない様にする。
「リオン様」
ミアが手を上げる。
「何?」
「ミラ様とナディア王女は?」
「あ」
「今日も広場です」
「米の試食会?」
「はい。それと湿原で米作りをしたい人の募集です」
「集まってる?」
「昨日より増えているそうです」
「本当?」
「はい」
「順調だね」
よかった。
俺がいなくても、ちゃんと進んでいる。
◇
夕方、再びルッツの工房へ行く。
「また来たんですか?」
「また来ました」
「今日、二回目ですよ?働き過ぎでは?」
「でも、思いついたから」
「次は何ですか?」
小さな共鳴石をいくつか机へ並べる。
「これなんだけど……」
「共鳴石を並べてどうされたんですか?」
一つを押す。
離れた石が光る。
「人が押さなくても、押す方法はないかな?」
「どういうことです?」
糸。
棒。
小さな板。
机の上で簡単に組み合わせる。
「例えば、道に糸を張る」
「はい」
「そこを誰かが通る」
糸を引く。
棒が倒れる。
石を押す。
離れた共鳴石が光った。
「あ」
「こんな感じ。他にもあるんだけどね」
ルッツが顔を近づける。
「つまり、誰かが通ったことが離れた場所でも分かるということですか?」
「そう」
「でも」
「何?」
「人以外が通っても反応しますよ?」
「するね」
「いいんですか?」
「最初はそれでいいよ」
「最初は?」
「まず、何かが通ったことが分かればいい」
「なるほど」
「使ってみて問題があれば直す」
石を並べる。
一。
二。
三。
四。
「例えば一ケ所に通信機を並べて、同じ結晶を色々なところに置こう」
「場所ごとに別の石ですか?」
「そう」
一番。
アーシタ山北側。
二番。
南側。
三番。
ビダン山。
四番。
湿原側。
「警備所に対となる共鳴石を全部置いておけば……」
ルッツが言う。
「どの場所で反応したか分かる」
「そういうこと」
「面白いですね」
「でしょ?」
「警備所はどこに?」
「ベイルン騎士団が作った長屋の一室を使おうと思ってる」
「なるほど」
山を警備するイレーナたちにも場所を知らせておけばいい。
「リオン様」
「何?」
「どうして、そこまでして山を守るんです?」
「昨日、王宮で話したから」
「王宮で?」
「山で何が見つかったか」
「……」
「共鳴石。硬化石。銅」
「はい」
「それに、これから鉱山を開発することも」
ルッツが少し黙った。
「今は知ってる人が少ない」
「はい」
「でも、そのうち広がる」
「他の領にも?」
「たぶん。いずれは他国にも知られるだろう」
「そんなにすぐですか?」
「すぐかどうかは分からないよ」
一か月後かもしれない。
一年後かもしれない。
「でも」
「はい」
「来てから守るんじゃ遅いでしょ?」
「……」
「盗みに来る人がいるかもしれない。山を調べに来る人もいるかもしれない」
「なるほど」
「だから今から準備する」
ルッツが机の上の仕掛けを見る。
「分かりました」
「作れそう?」
「ちょっと考えてから、やってみます」
「頼んだよ。あ、でも働き過ぎは良くないから」
◇
工房を出る。
外は薄暗くなっていた。
政務所の執務室へ戻る。
「リオン様」
「あ、ローレン」
「先ほどの手紙ですが」
「うん」
「ハル子爵様、トラウゼン侯爵様へ出しておきました」
「ありがとう」
「どちらも隣の領ですが、返事には数日かかるかと思います」
「そうだね」
父上のところなら、返事が来ればすぐ行ける。
自分の部屋に転移印が残っている。
トラウゼン侯爵は、返事で示された日程に合わせればいい。
やや遠いハーウェイ侯爵領は、その後になるかな。
机を見る。
南部開発の資料。
鉱山。
道路。
住居。
食料。
市場。
警備。
そして、まだ必要な金貨二万枚。
「……」
「どうされました?」
「いや」
椅子へ座る。
「金が入ってくる前から、やることが増えてるなって」
ローレンが少し笑った。
「これから、もっと増えるのでは?」
「そうなるよね?」
「おそらく」
「ピー」
ピコまで鳴いた。
「ピコもそう思う?」
「ピー!」
「そっか」
手紙の返事を待つ間にも、領は止まらない。
まずは、これから来る人たちを受け入れる準備だ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
お金が入ったからすぐ使うのではなく、使い道を決め、帳簿も分ける。
この辺りは前世で社長だったリオンらしさを感じます。




