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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第6章 アルスレイン王立学院一年生

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第57話 王立学院入学式

 入学式の朝は、妙に静かだった。

どこか張りつめたような静けさだ。


 机の上には、昨日のうちに整えておいた制服。

 深い紺を基調にした上着に、王立学院の紋章。

 新しい布の匂いが、まだ少し残っている。


 俺はそれを手に取り、ゆっくり袖を通した。


 鏡の前に立つ。

 少しだけ、背筋が伸びる。


 今日から俺は、王立学院の生徒だ。

 前世の大学以来の学生生活。

 その事実が、昨夜よりずっとはっきりした形で胸の中に落ちてきた。


「……よし」


 小さく呟き、部屋を出る。


 廊下には、すでに同じ制服を着た新入生たちが何人もいた。

 緊張した顔。

 落ち着き払った顔。

 親と一緒に動いている者。

 一人で歩いている者。


 みんな今日から始まるのだと思うと、少し不思議な感じがした。


 ◇


 まず向かったのは、校舎前の掲示板だった。


 朝から人だかりができている。

 自分がどこのクラスへ振り分けられるのかを知ろうとする、新入生たちが集まっている。


 王立学院のクラスは、S、A、B、C、Dまでに分かれている。

 各クラス20名の計100人で1学年となる。


 クラス分けはSクラスだけ例外で、入試成績上位者のみ。

 AからDは、おおむね均等に振り分けられる。

 貴族か平民かではなく、あくまで学院内での扱いは実力基準。

 それがこの学校の看板でもあった。


 人波をかき分けるようにして前へ出る。


 掲示板の最上段。


 そこに書かれていた文字を見て、俺は小さく息を吐いた。


 Sクラス


 一番上に、俺の名前。

 その次に、セレナの名前。


 そして続くのは、見覚えのある名、聞いたことのある名ばかりだった。


 エドガー・アルスレイン第二王子。

 ヴィクトル・ローデン。

 ナディア・セルヴァン。

 そのほかにも、各地で「優秀」と言われていた名前が並んでいる。


「やっぱり、ね」


 横から声がして振り向くと、セレナがいた。


 いつも通り整った姿勢で立っているが、今日の制服姿はやはり少し印象が違った。

 公爵令嬢というより、学院の生徒に見える。


「やっぱりって?」


「あなたと私がSなのは、だいたい予想していたでしょう?」


「まあ、それはそうか」


「でなければ、あの試験は何だったのって話よ」


 言い方はいつものように少し強い。

 でも、機嫌が悪いわけではなさそうだった。


 その時、周囲のざわめきが少し変わった。


「やっぱりあいつか」


「入試であの魔法を使ったって……」


「公爵令嬢も同じクラスだぞ」


「Sクラスのメンバー、濃すぎないか」


 聞こえてくる。

 まあ、そりゃそうだろう。


 俺は入試の実技でだいぶ目立った。

 セレナはもともと神童として有名だ。

 その上で王族や商家の有名人間まで同じ枠に入っていれば、ざわつかない方がおかしい。


「……早速、目立ってるわね」


 セレナが小さく言う。


「そっちもでしょ」


 そこで、すぐ後ろから別の声がした。


「ハル領のリオン・ハルだな」


 振り返る。


 そこに立っていたのは、年の頃は俺たちと同じくらいの少年だった。

 髪も制服もきっちり整っている。

 けれど、貴族らしい気取った感じより、鋭い目つきが先に来る。


「そうだけど」


「やっぱりか」


 彼は小さく笑った。


「ハル領を立て直しかけてるって話と、公爵領で鍛冶場に妙な新技術を持ち込んだって話、両方聞いてる」


 思わず眉が動く。


「……もう情報が外部に回ってるのか」


「商いは情報の精度と速度が命だからな」


 少年は、当然のようにそう言った。


「ヴィクトル・ローデン。ローデン大商会の跡取りだ」


 なるほど。

 それなら納得だ。


 ローデン大商会。

 王都でもかなり大きい名だと、俺でも知っている。


「鋳造って言ったか?」


 ヴィクトルが少し声を落として言う。


「まだ試作の入口だよ」


「今度詳しく聞かせてくれよな」


 その目は笑っているのに、頭の中では別の計算が回っている感じがした。


 面白いな、と思う。


 その横を、もう一人が通り過ぎる。


 金に近い髪。

 真っ直ぐな背筋。

 取り巻きなし。

 でも、人が自然と道を空ける。


「エドガー第二王子だ」


 誰かが小さく囁いた。


 国王の次男。

 掲示板にあった名と顔が一致する。


 彼は一度だけこちらを見た。

 俺とセレナを順に見て、それから短く言う。


「Sクラスで会うことになるな」


 それだけだった。

 だが、妙に無駄のない言い方だった。


「ええ」


 セレナが自然に返す。


 王族にも気圧されないあたり、さすがというべきか。


 さらに少し離れた位置では、異国風の装飾を入れた制服姿の少女が静かに掲示板を見上げていた。


「セルヴァンの王女だって」


 また誰かが囁く。


 他国の王族までいる。

 王立学院が王国の学校でありながら、それだけでは終わらない場所だということがよくわかる顔ぶれだった。


 ◇


 入学式前、新入生たちはそれぞれのクラスの教室へ集められた。


 教室はそこまで広くはないが、整えられている。

 そこに、今年のSクラスに名を連ねた面々が揃う。


 改めて見ると、濃い。


 セレナは当然として。

 ヴィクトルは、立っているだけで「何か考えている」顔をしている。

 エドガー第二王子は王家の風格みたいのが漂っていて所作に無駄がない。

 他国の王女ナディアは、静かだが周囲をよく見ている。


 そして、その中の何人かが、すでにこちらを知っている目をしていた。


 学院職員が形式的な説明をしていく。


「Sクラスは、学院内でも特別課程を含む場合があります。ですが、まずは他クラスと同じ基礎課程から始まります」


 誰も余計な口は挟まない。

 でも、空気は決して穏やかではなかった。


 競うつもりがない者は、たぶんここにはいない。


 その空気の中で、ヴィクトルが小さく言った。


「今年は面白そうだな」


「何が?」


 俺が聞くと、彼は肩をすくめる。


「王族。公爵令嬢。地方の目立つ新星。異国の王女。商家の跡取り。絵としてはかなり揃ってる」


「自分で自分をその中に入れるんだ」


「事実だからな」


 そこに遠慮はなかった。


 たぶん、こいつはこういうやつなんだろう。


 ◇


 式場は、すでに新入生とその家族で埋まっていた。


 高い天井。

 磨かれた床。

 壇上に掲げられた学院の紋章。

 左右に並ぶ教師陣。

 そして、その奥には王家や大貴族のための席まで設けられている。


 王立学院は学校だ。

 でも、ただの学校じゃない。


 ここには王国の未来の官僚も、軍人も、貴族も、商人も集まる。

 そういう場所だと、入ってすぐにわかる。


 俺たち新入生が席につくと、やがて式が始まった。


 学院長が壇上へ上がる。


 年配だが、声はよく通った。


「諸君、入学を歓迎する」


 式場が静まる。


「アルスレイン王立学院は、身分の高さを誇る場所ではない。

 ここで問われるのは、何を学び、何を積み、何を成すかだ」


 簡潔で、無駄のない言葉だった。


「貴族であれ、平民であれ、王族であれ、ここでは学ぶ者として同じ列に立つ。

 だが、同じ列に立つことと、同じ高さに届くことは違う。

 諸君には、それぞれの力でそこへ届いてもらう」


 悪くない、どころかかなり好きな挨拶だった。


 甘くない。

 でも、はっきりしている。


「では、新入生代表」


 来た。


 俺は立ち上がり、壇上へ向かう。


 視線が集まる。

 教師。

 新入生。

 家族たち。

 王族。

 大貴族。


 壇上に立つと、ほんの一瞬だけ空気が変わるのがわかった。


 緊張しないわけじゃない。

 でも、不思議と足は止まらなかった。


 一礼して、顔を上げる。


「新入生代表、リオン・ハルです」


 自分の声が、思っていたよりはっきり響く。


「本日、私たちは王立学院へ入学いたしました。

 ここに立つ者の出自も、育った場所も、それぞれ違います。

 けれど、今日この場で同じ学院の生徒として学び始めることに、変わりはありません」


 式場は静かだった。


 俺は続ける。


「学ぶということは、答えを受け取ることだけではないと、私は思います。

 見えていないものを見ること。

 知らないものを知ること。

 そして、自分の力が何に使えるのかを考え続けること。

 それもまた、学ぶことの一つです」


 少しだけ、息を整える。


「この学院には、多くの知識があり、多くの人が集まっています。

 だからこそ、私たちはただ与えられるだけではなく、互いに磨き合い、自分の立つ場所へ持ち帰るものを見つけていくべきだと思います」


 ここで、少しだけ視線を上げた。


「学ぶことを誇りにし、努力することを怠らず、

 それぞれが、この学院で得たものを未来へ繋げていけるよう――

 新入生一同、励んでまいります」


 一礼する。


 この日一番の拍手が起こった。


 壇上を降りながら、ようやく少しだけ身体の力が抜ける。


 やりきった。


 ◇


 式が終わったあと、しばらくは会場のあちこちで家族や関係者との言葉が交わされた。


「立派だった」


 最初にそう言ったのはユリウスだった。


 やわらかい笑みのままだが、目は本気でそう言っている。


「ありがとうございます」


「言葉を飾りすぎないのが、君らしくてよかった」


 そのあと、父と母の方を見る。


 父はいつものように大きく表情を変える人ではない。

 でも、今日ははっきりと目がやわらいでいた。


「よくやった」


 短い。

 けれど、それで十分だった。


 母は、少し目元を赤くしていた。


「立派だったわ、リオン」


「ありがとう」


「でも、ここで終わりじゃないのよ。これからしっかり学ぶのよ」


「うん。わかってる」


 そう答えると、母は少しだけ笑った。


 ルークも来ていれば騒いでいただろうな、と少しだけ思う。


 セレナは少し離れたところで、その様子を見ていた。

 目が合うと、小さく言う。


「悪くなかったわ」


「ずいぶん上からだね」


「仕方ないでしょ。私は二番だったんだから」


「そこ関係ある?」


「あるわよ」


 でも、その口元は少しだけ緩んでいた。


 ヴィクトルが横を通りながら、ぼそっと言う。


「挨拶までうまいのは反則だな」


「そっちはやらなかったの?」


「やれと言われてたらやったさ。でも、ああいうのは目立つだろ」


「十分目立ってると思うけど」


「商人は、目立ち方を選ぶんだ」


 なるほど。

 それはたしかに、こいつらしい。


 少し離れたところでは、エドガー第二王子が誰かと短く話していた。

 こちらをちらりと見たが、何も言わずに視線を戻す。


 ああいうタイプは、あとから来るのかもしれない。


 ◇


 会場の熱気が少しずつ引いていく。


 今日だけで、ずいぶんいろんな顔を見た。


 Sクラス。

 王族。

 公爵令嬢。

 商家の跡取り。

 異国の王女。


 ここは間違いなく、ただ勉強するだけの場所じゃない。


 知識も、身分も、野心も、全部が集まる。


 でも、それでよかった。


 簡単じゃない場所の方が、きっと面白い。


 俺は壇上の方を一度だけ振り返ってから、静かに息を吐いた。


 王立学院に入った。

 そして、ここから本当に始まるのだと、ようやく実感した。


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