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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第6章 アルスレイン王立学院一年生

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第56話 王都での支度

 王都の城壁をくぐった時、最初に思ったのは「やっぱり人が多いな」だった。


 これからここで準備をして、学院へ入る。

 しばらくの間、この街を生活の拠点として見ることになる。


 そう思って眺める王都は、以前よりずっと細かく目に入った。


 人の流れ。

 店の並び。

 荷車の多さ。

 通りごとに違う空気。


 王都は大きい。

 でも、大きいだけじゃない。

 いろんなものが詰まっている。


 ◇


 門を抜けてしばらく進んだところで、隊列が分かれた。


 セレナと侍女、そして公爵家の護衛二人は、そのまま王都の公爵邸へ向かう。

 冒険者三人組も、ここで依頼はひとまず終了だった。


 道中の魔物騒ぎがあったせいか、別れ際の空気は少しだけ前より柔らかい。


 槍の冒険者がこちらを見て言った。


「王都の中なら、さすがにもう大きな護衛はいらんだろうが、気をつけろよ」


「はい。道中、助かりました」


「助けられたのはこっちもだ」


 双剣の男が、少しだけ苦笑する。


 三人が去っていくのを見送りながら、俺は小さく息を吐く。

 短い旅だったが、道中の危険を越えて一緒に王都まで来たとなると、ただの雇われ護衛という感じでもなくなる。


「じゃあ、私たちもここで」


 セレナが言った。


 彼女はいつものようにきちんとしている。

 でも、道中ずっと同じ馬車に乗ってきたせいか、別れの言葉がいかにも事務的という感じではなかった。


「うん。そっちは公爵邸だよね」


「ええ。あなたは宿でしょう?」


「そう。入寮までの間だけだけど」


 セレナは少しだけ間を置いてから言う。


「入学式の当日、時間には遅れないでよ」


「いきなりそこ?」


「大事なことでしょ」


「まあ、そうだけど」


「それと――」


 そこでほんの少しだけ言葉を選ぶようにしてから、彼女は続けた。


「何か足りないものがあったら、無理しないで言いなさい。王都は見栄を張ると面倒な街だから」


 その言い方が、いかにもセレナらしかった。


「わかった」


「ならいいわ」


 素っ気なく見えるけど、たぶんこれでも十分気を回している方なのだろう。


 ミアが横で丁寧に頭を下げる。


「道中、ありがとうございました」


 セレナ付きの侍女も礼を返し、そこで自然に一行は分かれた。


 公爵家の馬車が王都邸の方へ向かっていく。

 それを見送りながら、俺は少しだけ肩の力を抜いた。


 ◇


 俺たちが向かった宿は、王立学院へも行きやすく、公爵邸からも離れすぎていない場所にあった。


 表通りに面した、木と石でできた三階建ての宿。

 豪華すぎるわけではない。

 でも、入口も廊下もきちんと掃除が行き届いていて、客層も悪くなさそうだ。


 宿主は、公爵家の紹介だとわかると態度をすっと整えた。


「お待ちしておりました。二部屋、ご用意しております」


 その言葉に、ミアがほんの少しだけ目を瞬かせる。


 二部屋。


 つまり、俺の部屋とミアの部屋が分かれている。


 当然といえば当然だ。

 でも、昔のハル領なら、こうはいかなかっただろう。


 ミアも同じことを考えたらしく、小さな声で言った。


「……少し前なら、こういう宿に二部屋なんて、考えられませんでしたね」


「うん」


 俺も短く頷く。


 別に贅沢をしたいわけじゃない。

 でも、こういうところで「以前より少しまともになった」という実感が来る。


 宿の部屋は、どちらも広すぎず狭すぎずだった。

 机があり、衣装棚があり、窓からは王都の通りの一部が見える。


 ミアは荷を置くなり、すぐに動き始めた。


「リオン様、まず今日のうちに宿の周辺と、学院までの大まかな道だけ確認しておきたいです」


「うん。あと、制服の採寸の予定もだね」


 こういう時のミアは本当に頼りになる。


 道中では少し怯えていたが、宿に入るころにはいつもの調子に戻っていた。


 ◇


 王都での日々は、思っていたより忙しかった。


 まず制服の採寸。

 学院指定の仕立て屋には、同じような年頃の子どもや、その家の者らしき人たちが何人も来ていた。


 貴族らしい者もいれば、裕福な商家らしい者もいる。

 王立学院へ入る人間は、やはりそれなりに多いのだと実感する。


「肩幅、もう少し上ですね」


 仕立て屋が布を当てながら言う。


「成長も見越して、少しだけ余裕を持たせます」


「お願いします」


 鏡の前に立ちながら、俺は何とも言えない気持ちになった。


 制服を作る。

 教材を揃える。

 寮へ入る。

 こういう一つ一つが、いよいよ学院が現実になる感じを強くしていく。


 教材もまた、なかなかの量だった。


 本。

 ノート。

 地図。

 計算板。

 魔法理論の初級教材。


「教材は学院の入寮する予定の部屋へ送る様に手配します。」


 全部を抱えて宿へ戻るわけにもいかないので、ミアの気遣いはありがたい。


 ミアは帳面を見ながら、ひとつずつ確認していく。


「これで主要なものは揃いました。あとは細かい文具と、入寮後すぐ使う日用品ですね」


「王都って、金が飛ぶのが早いね」


「そうですね……」


 ミアも少し苦笑した。


「でも、必要なものを必要な時に揃えられるだけ、今はだいぶましです」


 その通りだった。


 金がかかる。

 でも、払えないわけじゃない。


 それだけでも、今のハル領が少しずつ前に進んでいる証拠だ。


 ◇


 準備の合間、俺は王都近郊で受けられる簡単な冒険者依頼もいくつかこなした。


 王都の冒険者ギルドは、ハル領のそれよりずっと大きくて整理されている。

 依頼の種類も細かく分かれていた。


 薬草採取。

 街道近くの害獣まがいの弱小魔物の討伐。

 農地周辺の見回り。

 荷運び補助。


 どれも危険は低い。

 でも、そのぶん管理が行き届いている感じがした。


「王都近郊は、依頼の切り分けが上手いんだな」


 掲示板を見ながら俺がそう言うと、受付の男が答える。


「中心に近いほど、危険は早めに潰しますからね。大きな問題に育てない方が得なんですよ」


 なるほど。

 それはそれで、すごく王都らしい考え方だ。


 大きな魔物討伐のような派手さはない。

 でも、街の近くを“安全なまま保つ”ための細かい仕事がきちんとある。


 薬草採取の依頼で王都郊外の草地へ出た日は、風がよく抜けて気持ちがよかった。


 ミアは採取依頼にはついてこず宿で待っていたが、戻るとすぐに成果を確かめる。


「これはちゃんと指定されたものですか?」


「たぶん」


「たぶん、は駄目です」


「……大丈夫。たぶんじゃなくて合ってる」


 そんなやり取りを何度か繰り返すうちに、王都での仮住まいにも少しずつ慣れていった。


 朝、宿の食堂で食事を取る。

 その日の予定を確認する。

 仕立て屋へ行く。

 ギルドへ寄る。

 教材を揃える。

 夕方には宿へ戻る。


 公爵家の庇護の外側で、自分で動いて準備をしている感じが、思ったより悪くなかった。


 ◇


 前々日、俺たちは王立学院の寮へ入った。


 宿屋での仮住まいはこれで終わりだ。


 寮は、以前見た時よりもずっと“住む場所”として目に入ってきた。

 廊下。

 部屋割り。

 共有の水場。

 規則の張り紙。

 生活の音。

 ミアが手配してくれた教材も無事に届いている。


 入試の時にはただ通り過ぎたような場所が、今はこれから毎日使う場所になる。


 案内役の学院職員が淡々と説明していく。


「消灯はこの時間。外出の届けはここ。寮内での私物管理は自己責任です」


 ミアは寮には入れないので入寮後はハル領へ戻ることになる。

 入寮の日を境に、生活はまた少し変わる。


 部屋に荷を運び終えたあと、ミアはいつも通りきちんと立っていたが、その顔には少しだけ寂しさが出ていた。


「ここから先は、しばらく毎日お世話できないんですね」


「まあ、完全に会えなくなるわけじゃないけどね」


「それでもです」


 そう言いながら、彼女は最後に机の上と衣装棚を整えた。


「必要なものはすぐわかるようにしておきました。足りないものが出たら、遠慮なく知らせてください」


「うん。ありがとう」


 そう言うと、ミアは小さく頭を下げた。


「リオン様なら大丈夫だと思います。でも……無理はしないでください」


「そこまで信用されてる感じでもないね」


「半分は信用です」


「残り半分は?」


「心配です」


 それには、少しだけ笑ってしまった。


 ◇


 そして、入学式の前日。


 制服は整っていた。

 教材も揃っている。

 部屋の中も、最低限はもう生活できる形になっている。


 窓の外では、夕方の光が王都の屋根を薄く染めていた。


 ここへ来るまでに、公爵領で学んだこと。

 王都へ来てからの支度。

 道中の魔物。

 宿屋での仮住まい。

 冒険者依頼。

 入寮。


 一つずつは小さくても、積み重なるとちゃんと「ここまで来た」という感覚になる。


 机の上に置いた制服へ目をやる。

 明日からは、王立学院の生徒だ。


「……明日は入学式か」


 小さく呟く。


 部屋の中には、もう俺一人しかいない。

 静かな夜だった。



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