第567話 米のある食卓
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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その日の夜。
「……米だ」
食卓に置かれた白いご飯を見る。
湯気が立っている。
「リオン、さっきからそればっかり言ってるよ」
向かいに座るミラが笑った。
「だって米だよ」
「うん。でも前にも食べたでしょ?」
「セルヴァン王国の大使館で食べたおにぎりは美味しかったな~」
「喜んでもらえて光栄です」
ナディアが言う。
セルヴァンから一緒に来た料理人が炊いてくれた。
一口食べる。
「……うまい」
「そんなに?」
「うん」
懐かしい味だ。
前世では当たり前のように食べていた。
でも、この世界では当たり前じゃない。
「おかわりある?」
「まだ半分くらい残ってるでしょ」
「予約」
「……」
ミラが呆れたように俺を見る。
「リオンさんは、本当にお米がお好きなのですね」
「好きじゃないんだよ、大好きなんだよ」
もう一口食べる。
「あ」
「どうしました?」
「ナディア」
「はい?」
「セルヴァン王国に醤油ってある?」
「ショウユ?」
「……やっぱりないか」
「どういうものですか?」
「大豆と塩を使って作る、黒っぽい調味料なんだけど」
「黒い調味料ですか?」
「うん。米にも合うし、魚とか肉にも使える」
ナディアが少し考える。
「聞いたことがありません」
「そっか」
米があるからといって、前世の食文化がそのまま存在するわけじゃないらしい。
大豆があれば作れるのかな。
作り方まで正確に覚えているわけじゃないけど。
「リオン」
「何?」
「また何か考えてるでしょ?」
「ちょっとだけ」
「その顔、ルッツさんと同じだよ」
「そんな顔してる?」
「してる」
ナディアが小さく笑った。
「場所が変わっても、お二人は変わりませんね」
◇
ナディアには、しばらく屋敷で過ごしてもらうことにした。
今の領内には王女を迎えられるような宿も、他の領みたいな迎賓館もない。
でも、屋敷なら部屋だけはいくらでもある。
ナディアの侍女や護衛にも、空いている部屋を使ってもらう。
「ご迷惑ではありませんか?」
「全然。せっかく来てくれたんだから、うちに泊まってよ」
「ありがとうございます」
「ケーラも大丈夫だよね?」
「もちろんでございます」
ケーラはすぐに答えた。
ルッツが来て。
今度はナディアたちが来た。
大きすぎると思っていた屋敷だけど、最近はその広さに助けられてばかりだ。
「こうしてミラさんと一緒に食事をするのも、懐かしいです」
ナディアが言った。
「女子寮の時?」
「はい」
ミラが笑う。
「二年くらい、ほとんど毎日一緒だったよね?」
「そうですね」
「朝も夜も、よく一緒に食べてた」
「懐かしいです」
「そっか」
二人は同じ女子寮だった。
俺の知らない時間もかなり長い。
「二人だけの思い出、結構ありそうだね」
「あるよ」
「あります」
同時に答えた。
「なんか気になるな」
「秘密」
ミラが笑う。
「ナディア?」
「秘密です」
「ナディアまで?」
教えてくれる気はないらしい。
◇
食事が一段落したところで、明日の話をする。
「まず、レイ湿原を実際に見てもらいたい」
「はい」
ナディアが頷く。
「そのために、稲作に詳しい者と、水の管理に詳しい者にも来てもらっています」
「具体的には何を見るの?」
「水の深さや流れ、土の状態ですね。それから、水を入れたり抜いたりしやすい場所があるかも確認します」
「なるほど」
「湿地だから、そのまま水田にできるとは限りません」
「そうだよね」
専門家に来てもらって良かった。
「まず、作れそうな場所を探そう」
「はい。それがよいと思います」
「アーロンとミアにも一緒に来てもらおう」
二人とも農業には積極的だ。
「あと、実際に米を作ってみたい領民にも来てもらいたい」
「それがいいと思う」
ミラが言った。
「自分たちが作る場所なら、最初から見てもらった方がいいよね」
「うん」
「それなら、ミアさんとアーロンさんに声を掛けてもらおうか」
「お願いする」
「私はどうしましょう?」
ナディアが聞く。
「ナディアには、領都で領民に米の良さを知ってもらう方をお願いしたい」
「お米の良さを、ですか?」
「うん。せっかく大量に持ってきてくれたんだから、領民のみんなにも食べてもらおう」
「分かりました」
「ミラもお願いしていい?」
「もちろん」
「ケーラにも手伝ってもらいたい」
「承知いたしました」
明日は二つに分かれる。
俺たちはレイ湿原へ。
ナディアたちは領都で米を振る舞う。
「美味しいって思ってもらえるといいな」
「大丈夫ですよ」
ナディアが言う。
「お米は美味しいですから」
「俺もそう思う」
「リオンはすっかり米に夢中だね」
ミラが笑った。
◇
翌朝。
屋敷の前には、何人かの領民が集まっていた。
「この方々です」
ミアが紹介してくれる。
年配の男女が五人。
全員、農業をしているらしい。
「おはようございます」
「お、おはようございます。男爵様」
一人の男性が頭を下げる。
「米作りに興味があるって聞いたんだけど」
「はい。ただ……」
「何?」
「米というものを見たことも、食べたこともなくて」
「ああ」
それはそうだ。
「今日は途中で食べてもらうよ」
「食べられるんですか?」
「うん。セルヴァンのみんなが用意してくれたから」
五人の表情が少し明るくなる。
「じゃあ、行こうか」
今日のメンバーは多い。
俺。
アストン。
テオ。
アーロン。
ミア。
セルヴァンから来た稲作の専門家。
水路や水量の管理に詳しい人たち。
そして、米作りに興味を持ってくれた農家五人。
「結構な人数ですね」
テオが言う。
「そうだね」
今日は転移は使えない。
転移魔法を知らない人が多すぎる。
荷物は荷車に載せ、みんなで歩く。
領都からレイ湿原までは、馬なら一日ほど。
この人数で歩けば二日は掛かる。
長い道のりだ。
◇
領都を出てしばらく歩いた。
「なんか懐かしいですね」
隣を歩いていたアーロンが言った。
「何が?」
「新しいやり方を試すことです」
「ああ」
「ハル領南部の村で、イモを植えた時を思い出しました」
「懐かしいね」
あの時も、ちゃんと育つかどうか分からなかった。
「テオもいたよね?」
「はい」
「一緒に鍬を振ってた」
「……よく覚えておられますね」
「もちろん」
「今回は鍬を振られるのでしょうか?」
アーロンがテオを見る。
「必要であれば」
「前みたいに最初から飛ばしすぎない方がいいよ」
「リオン様まで……」
少し笑う。
あの時の試験が今につながっている。
イモ。
堆肥。
そして今度は米だ。
「おい」
前の方から声がした。
「ん?」
街道脇に何人かいる。
中央には見覚えのある女性。
「イレーナさん」
「ずいぶん大人数だな」
イレーナが俺たちを見る。
「どこへ行くんだ?」
「レイ湿原」
「あんなところに何しに?」
「米を作る」
「コメ?」
「新しい作物だよ」
「新しい作物?」
イレーナの目が少し細くなる。
「うまくいけば、レイ湿原がこの領の一大生産地になるかもしれない」
「そんなにか?」
「俺は可能性があると思ってる」
「……」
「この領にとって、宝になるかもしれないよ」
イレーナが少し考える。
「面白そうじゃないか」
「そう?」
「ああ」
「イレーナさんたちは何してるの?」
「男爵様には関係ないだろ?」
「関係ないわけないじゃん。イレーナさん達だって領民なんだ」
イレーナが呆れたように笑う。
「どうしようもないお人好しだね」
「そうかな。まあ、言いたくないなら無理に聞かないけど」
それ以上は聞かず、そのまま横を通り過ぎようとする。
「新しい仕事を探してる」
「仕事?」
「お前が来てから税が軽くなっただろ」
「うん」
「仕事をもらえる奴も少しずつ出てきた」
「まだ全然だけどね」
「前ほど金を借りに来る奴がいなくなって、こっちは商売あがったりなんだよ」
「ああ」
そういうことか。
「いいことじゃない?」
「領民にはな」
「イレーナさん達には厳しいんじゃないの?」
「まあ、だからって困っちゃいないさ。私らはどうとでも食っていける」
イレーナはそう言って笑った。
「そっか」
でも、本当にそうだろうか。
俺がこの領へ来てから、イレーナたちが違法なことをしたという話は聞いていない。
金を借りに来る人が減っているなら、今までの商売もこのままでは立ち行かなくなる。
それに、イレーナ一人じゃない。
何人もの仲間がいる。
「じゃあ、一緒に来てよ」
「なんで私たちが行かなきゃいけないんだよ」
「悪い話じゃないと思うんだけどな」
「あ?」
「仕事をお願いすることになるかもしれない」
イレーナの目が変わる。
「どんな仕事だ?」
「現地を見てから話すよ」
「……怪しいな」
「そんなことないって」
「まぁ、いいさ。付き合ってやるよ」
イレーナたちも加わり、さらに人数が増えた。
◇
昼過ぎ。
街道脇で休憩する。
セルヴァンの人たちが、包みを配っていく。
「これが米?」
農家の一人が不思議そうに見る。
白いおにぎりだ。
「そう」
「これを食べるんですか?」
「うん」
俺も一つ受け取る。
やっぱりいい。
イレーナがおにぎりを見る。
「これが、さっき言ってた宝か?」
「宝になるかもしれないもの」
「随分地味だな」
「食べてみれば?」
「……」
イレーナが一口食べる。
表情は変わらない。
「どう?」
「……」
「美味しい?」
「悪くない」
「そっか」
もう一口。
さらにもう一口。
明らかに最初より食べるのが速くなっている。
気に入ったらしい。
でも言わないでおこう。
「うまいな、これ」
年配の農家が言った。
「麦とは全然違う」
「柔らかいねえ」
隣の女性も食べている。
「これを、南の湿原で作れるんですか?」
「それを今から調べます」
セルヴァンの専門家が答える。
「条件が合えば、作れると思います」
「そうですか」
農家の人たちが、もう一度おにぎりを見る。
出発した時よりも興味が強くなったのが分かる。
やっぱり、食べてもらってよかった。
◇
二日目の午後。
ようやくレイ湿原へ着いた。
「ここです」
目の前に広大な湿地が広がる。
セルヴァンの人たちの表情が変わった。
「かなり広いですね」
「うん」
「まず水の流れを確認したいです」
「お願いします」
荷物を置き、すぐに調査が始まった。
水の深さを測る。
土を掘る。
水の流れを見る。
土地の高さも確認する。
「ここは深すぎます」
「こっちは?」
「こちらは比較的浅いですね」
少し場所を移す。
「水を抜くなら、こちらの方向がよさそうです」
「なるほど」
アーロンは専門家の話を熱心に聞いている。
ミアは内容を紙へ書いていく。
農家の人たちも、自分たちの足で湿地へ入り、地面の感触を確かめていた。
「ここはかなり沈むな」
「こっちは固いぞ」
実際に農業をしてきた人たちの感覚も役に立つ。
◇
翌日も、その次の日も湿原を歩いた。
水深。
土。
水の流れ。
水路を通せそうな場所。
比較的地盤の安定している場所。
セルヴァンの専門家たちと一つずつ確認していく。
そして。
「最初に試すのであれば、この辺りがよいと思います」
専門家が地図を指した。
湿原の中でも西側の領都に近いエリアだ。
水が比較的浅く、地盤も安定している。
近くには水の流れもある。
「ここなら、水を入れることも抜くことも考えやすいです」
「広さは?」
「最初は狭い範囲にした方がよいでしょう」
「分かった」
農家の人たちを見る。
「どう?」
一人が湿地を見る。
「やってみたいです」
「私も」
「失敗するかもしれないよ?」
「それでも、あの米が作れるなら試してみたいです」
「そっか」
その言葉が聞けただけでも、連れてきた意味はあった。
「アーロン」
「はい」
「一緒にお願いしていい?」
「もちろんです」
「ミアも」
「はい。私もお手伝いします」
二人とも返事が早い。
「なんか、イモの時みたいだね」
アーロンが笑う。
「今度は、もっと大きな試験になりそうですが」
「そうだね」
◇
調査が一段落した夕方。
イレーナを呼んだ。
「イレーナさん」
「何だ?」
「さっき仕事の話したでしょ」
「ああ」
「家って建てられる?」
「家?」
「うん。もちろん、ただで頼むつもりはないよ。相応のお金は払う」
イレーナが俺を見る。
「どんな家だ?」
「こういうの」
持ってきていた設計図を広げる。
「これは?」
「長屋」
「ナガヤ?」
「ハル領の西の森で作った住宅だよ」
設計図を指す。
「一つの建物を何軒かに分ける。壁と屋根を共有するから、一軒ずつ家を建てるより木材も少なくて済むし、早く建てられる」
「ほう」
「単身者用と家族用もある。井戸と厠、排水も最初から考える」
イレーナが設計図をじっと見る。
「まずは二棟作りたい」
「どこに?」
「まずはそこ」
これから試験栽培をする場所に近い、湿地ではない土地を指さす。
「で、そのあとはあっち」
山とレイ湿原の間に広がる平地を指す。
「まずはここで手伝ってくれる人たちが生活できる場所を作って、その後、山で働く人も使える場所にしたい」
「……」
「いずれ人が増えたら、宿も店も必要になると思う」
イレーナが俺を見る。
「坊や」
「何?」
「お前、まさか初めからそのつもりで私をここまで連れてきたんじゃないだろうな?」
「さぁ。どうだろう」
「……」
「でも、イレーナさん達ならできそうだなとは思った」
「ほう?」
「嫌なら他を当たるけど」
「……」
「これだけの仲間を食べさせていくにも、お金は必要でしょ?」
イレーナの眉が少し動く。
「俺は建物が欲しい。イレーナさんたちは仕事が欲しい」
「……」
「ちゃんと対価も払う。お互い悪くないと思うけど」
しばらく俺を見る。
それから鼻で笑った。
「坊やだと思ってたら」
「何?」
「貧乏領主が、偉そうに言うようになったな」
「貧乏は余計だよ」
「違うのか?」
「……違わないけど」
イレーナが笑う。
「で?」
「何?」
「まずは二棟でいいんだな?」
「やってくれるの?」
「金を払うんだろ?」
「もちろん」
「なら仕事だ」
「お願い」
これで住宅も動き始める。
◇
帰りにも二日掛かった。
出発から六日目の夕方。
ようやく領都へ戻った。
「おかえり」
屋敷へ着くと、ミラが迎えてくれた。
「ただいま」
「どうだった?」
「場所は決まったよ」
「本当?」
「うん。最初に試す場所を絞れた。米を作ってみたいって言ってくれる人もいる」
「よかったね」
「そっちは?」
ミラが笑う。
「何回か領民に集まってもらったけど、大人気」
「本当?」
「うん。最初はみんな不思議そうにしてたけど」
ナディアもやって来る。
「おかわりをされる方も多かったです」
「そんなに?」
「子どもなんて何回も並んでたよ」
「本当に?」
「途中からケーラが、一人一回までって決めたくらい」
「皆様に食べていただく分がなくなってしまいますので」
ケーラが当然のように答える。
「でも、評判はよかったんだ」
「はい」
ナディアが頷く。
「お米を買えないかと聞かれたこともありました」
「もう?」
「販売するために持ってきたものではありませんので、お断りしましたが」
「そっか」
作れそうな場所。
作りたい人。
そして、食べたい人。
少しずつ揃い始めた。
あとは実際に育てるだけだ。
「リオン様」
ミアが声を掛けてくる。
「何?」
「お客様がいらしております」
「俺に?」
「はい」
「誰?」
「ローデン商会のヴィクトル様です」
「あ!」
来たか。
◇
屋敷の外へ出る。
馬車の横にヴィクトルが立っていた。
「久しぶりだね、ヴィクトル!」
「おう」
「来てくれて嬉しいよ」
「お前があんな手紙を寄越すからだろ」
「そんな変なこと書いた?」
「『大きな商売になるかもしれない』って書いてあったぞ?」
「そうだね」
「だから急いで来たんだ。父さんにも早くいけって言われたぞ」
ヴィクトルが俺の横を見る。
ミラがいる。
「まぁ、ミラはいると思ったけど……」
その向こうからナディアが歩いてくる。
「お久しぶりです、ヴィクトルさん」
「……ナディアもいるのか?」
「うん」
ヴィクトルが俺を見る。
「お前、卒業してから何してるんだ?」
「色々」
「相変わらずだな」
呆れたように言う。
「それで?」
「何?」
「あるんだろ?儲け話が」
ヴィクトルの顔が変わる。
友人ではなく、商人の顔になった。
「今度は何をやるんだ?」
「明日、見てほしいものがある」
「何を?」
「山」
「……山?」
「うん」
ヴィクトルが眉をひそめる。
「手紙に書いた、大きな商売の話だよ」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ついにヴィクトルが来ました。




