第566話 山の名前
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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翌朝。
「リオン様」
「何?」
朝食を終えたところで、ルッツに呼び止められた。
「昨日の石なのですが」
「共鳴石?」
「はい。それと硬化石もです」
ルッツの手には、昨日渡した共鳴石がある。
「できれば、もう少し持ってきていただけないでしょうか」
「どれくらい?」
「できるだけ多く」
「そんなに?」
「はい」
返事が早い。
「硬化石は配合を変えて何度も試したいです。
共鳴石も、どこまで加工できるのか確認したくて」
「そっか」
「共鳴石は、大きなものもいくつかあると助かります」
「割ってないやつ?」
「はい。色々と試したいことがあります」
「分かった」
ちょうど、最初に共鳴石と硬化石を見つけた山も、もう少し調べたいと思っていた。
「じゃあ、今日は採ってくるよ」
「お願いします」
ルッツの顔が少し嬉しそうになる。
「そんなに楽しみ?」
「はい」
「まだ朝だよ?」
「ですから、一日使えます」
「……そっか」
やっぱり、この人はここに来て正解だったと思う。
◇
裏庭。
俺とアストン、テオ。
三頭の馬。
ピコはいつものように頭の上だ。
「ピー!」
「今日は大丈夫そうだね」
テオを見る。
「何がでしょうか」
「転移」
「昨日よりは」
「慣れた?」
「慣れてはおりません」
「男爵様、そんなすぐに慣れるものではございません」
アストンまで言う。
「二人とも同じこと言うね」
「ピー!」
ピコだけは完全に慣れていた。
「じゃあ行こう」
魔力を流す。
一瞬で景色が変わった。
馬に乗り、共鳴石と硬化石を見つけた山へ向かう。
しばらく進んだところで、ふと思った。
「そういえば」
「どうされました?」
「この山って名前ないよね?」
アストンが少し考える。
「少なくとも、私が確認した地図には記載されておりませんでした」
「やっぱり」
ノア山脈には、大小いくつもの山が連なっている。
そのすべてに名前が付いているわけではないらしい。
「毎回『共鳴石を見つけた山』って呼ぶのも面倒だよね」
「確かに」
「じゃあ、決めちゃおうか」
「山の名前をですか?」
「うん」
どうするかな。
こっちはノア山脈、こっちがレイ湿地か……。
「決めた!こっちはビダン山」
「ビダン山……」
「それで、昨日行ったあっちの山はアーシタ山」
アストンが俺を見る。
「何か由来があるのでしょうか?」
「由来?」
「はい」
「……」
ノア。
レイ。
ときたら、これしかないだろう。
まあ、この世界で説明しても絶対に通じないけど。
「なんとなく」
「なんとなく、ですか」
「響きがいいかなって」
テオを見る。
「どう?」
「私に聞かれましても……」
「ピー!」
「ピコは気に入ったみたい」
「そうなのでしょうか」
これでいい。
共鳴石と硬化石がある方がビダン山。
銅らしい鉱石が見つかった方がアーシタ山。
呼びやすくなった。
◇
ビダン山へ入り、馬を安全な場所につなぐ。
「今日はどれくらいの量が採れるか確認したい」
「共鳴石と硬化石の?」
「うん」
前回は、たまたま地表近くで見つけた。
少ししかないのか。
掘ればもっと出てくるのか。
まだ分からない。
「ルッツさんの実験に使う分も欲しいしね」
「承知しました」
亜空間収納から道具を出す。
テオがじっと見る。
「もう驚かない?」
「驚いておりますが、毎回口に出すのはやめました」
「成長したね」
「そういう問題ではない気がします」
三人で採掘を始める。
まずは、前回共鳴石を見つけた場所。
周囲の土と岩を慎重に取り除いていく。
しばらくして。
「リオン様」
「何?」
「こちらに」
テオが指した先を見る。
岩の間から、青白い結晶が顔を出していた。
「あった」
前回と同じ共鳴石だ。
「割らないように採ろう」
「はい」
周囲から少しずつ岩を削る。
しばらくして、拳より大きな結晶が外れた。
「大きいね」
「これも共鳴石でしょうか?」
「確認してみよう」
端の小さな部分だけを割る。
片方に触れる。
ふわっ。
二つとも光った。
「間違いないね」
大きい方はそのまま亜空間収納へ入れる。
さらに周囲を掘ると、また見つかった。
「こっちにもあります」
「本当?」
一つだけじゃない。
その奥にも。
少し離れたところにも。
岩の中に、いくつもの共鳴石が存在していた。
「思ったよりあるな」
「はい」
午前中だけで、大小かなりの数を採ることができた。
硬化石はもっと多かった。
前回見つけた灰色の岩と同じものが、周囲の岩盤にも続いている。
少し砕いて粉にし、土と水を混ぜて確認する。
やはり時間が経つと固くなった。
「こっちも間違いなさそう」
「かなりございますね」
「うん」
露出している部分だけでも相当ある。
今日は実験に必要な分だけ採り、亜空間収納へ入れていく。
「これくらいでいいかな」
「かなりの量ですが」
「ルッツさんなら使いそうでしょ?」
「……否定できません」
◇
「男爵様」
アストンの手が剣へ伸びた。
「来た?」
「はい」
茂みの向こうから大きな魔物が姿を現す。
「ガルムベアだ」
「ピー!」
「今日は食べるの待ってね」
「ピー……」
戦う前から残念そうにされても困る。
ガルムベアが吠えた。
「私が」
「お願い」
アストンが前へ出る。
昨日のアーシタ山では、午前中だけで何度も魔物が出た。
しかも、どれもかなり手強かった。
それに比べると、ビダン山では遭遇する数も少ない。
ガルムベアも危険な魔物だけど、アストンの相手にはならなかった。
何度か剣を交えただけで倒れる。
「終わりました」
「ありがとう」
「ピー!」
「待って」
「ピー……」
昨日から、魔物の素材が気になっている。
食べられる前に亜空間収納へ入れた。
「あとで、これも売れるか調べよう」
「この辺りの魔物であれば、素材を集めるのもそれほど難しくなさそうですね」
「そうだね」
アーシタ山とはかなり違う。
同じノア山脈でも、場所によって危険度が違うらしい。
山を下りる。
その先に見えるのは、レイ湿原。
ビダン山やアーシタ山と湿地の間には、比較的乾いた土地が広がっている。
「……この辺、使えそうだな」
「何にでしょうか?」
アストンが聞く。
「人が集まる場所」
「人が?」
「うん」
共鳴石。
硬化石。
アーシタ山の鉱石が本当に銅なら、そこでも採掘する人が必要になる。
さらに、アーシタ山には強い魔物も多い。
「いずれ冒険者も呼びたい」
「冒険者ギルドを誘致されるのですか?」
「できればね」
山の中に町を作る必要はない。
危険だし、土地も使いにくい。
でも、山とレイ湿原の間なら話は別だ。
比較的平らで、山にも湿地にも行きやすい。
「この辺に拠点を作れたらいいよね」
「採掘のための拠点ですか?」
「それだけじゃないよ」
冒険者ギルド。
宿。
食堂。
道具を売る店。
鍛冶場。
倉庫。
採掘する人たちの家。
それに、レイ湿原で米を作るようになれば、農業に関わる人も増える。
「山で働く人と、湿地で働く人の両方が使える場所にしたい」
「なるほど」
テオが周囲を見る。
「人が増えれば、商人も来そうですね」
「そう。それで店が増える」
「そこまでいけば、町になりますね」
「だよね」
まだ何もない。
草と土があるだけだ。
まともな道すらない。
でも、ハル領の西の森を思い出す。
あそこも最初は何もなかった。
少しずつ人が集まり、仕事が生まれ、景色が変わっていった。
ここもそうなるかもしれない。
山と湿地の間に、人が集まる。
そこから両方へ仕事に向かう。
「……楽しみだな」
「何がでしょうか?」
「ここに町ができるの」
アストンとテオも、山と湿地の間に広がる土地を見る。
今は何もない。
でも俺には、少しだけ違う景色が見える気がした。
◇
昼頃。
魔力印まで戻り、三頭の馬と一緒に屋敷へ転移した。
「おかえり」
「ただいま」
着替えて食堂へ行くと、ミラが待っていた。
「今日はどうだった?」
「かなりの量の硬化石と共鳴石が見つかったよ」
「本当?」
「うん。掘ったら思ったより出てきた」
「よかったね」
「これならルッツさんも実験できると思う」
「朝からずっと楽しみにしてたよ」
「もう何かやってた?」
「ずっと何かやってたよ?」
「やっぱり」
二人で昼食を食べる。
「そういえば、山に名前を付けた」
「名前?」
「共鳴石と硬化石がある方がビダン山」
「ビダン山」
「昨日の方がアーシタ山」
「アーシタ山」
ミラが少し考える。
「どうして?」
「なんとなく」
「両方とも?」
「うん」
「怪しい」
「何が?」
「絶対何かあるでしょ」
「ないよ」
ノア、レイ、ビダン、アーシタ。
説明しても分からない。
「まあ、いいけど」
「いい名前でしょ?」
「悪くはないと思うよ」
「よかった」
◇
昼食を終え、ルッツのところへ行く。
「ルッツさん」
「はい」
「持ってきたよ」
「本当ですか?」
「うん」
亜空間収納から共鳴石を出す。
一つ。
二つ。
三つ。
さらに並べる。
「……まだあるのですか?」
「あるよ」
大小の共鳴石を机の上へ置いていく。
「これくらい」
「十分です」
「足りる?」
「十分すぎます」
次は硬化石。
こちらは机に載せきれないので、庭の端へまとめて出した。
「こっちも」
ルッツが硬化石の山を見る。
「これなら何度でも試せます」
「でしょ?」
「配合もかなり細かく変えられます」
もう実験のことを考えている。
「共鳴石は、どの原石から分けたものか分かるようにしてね」
「はい。混ざらないように印を付けます」
「お願い」
昨日話した通信の仕組みを作るなら、管理は重要だ。
「テオ」
「はい」
「午後はルッツさんを手伝ってもらっていい?」
「承知しました」
「今日の午後だけで大丈夫。騎士団の方もあるから」
「はい」
ルッツはすぐに共鳴石を一つ手に取った。
「まずは、この石が何に反応するのか調べてみます」
「人の手以外でも?」
「はい。木や金属を使っても反応するのか。それによって作れる仕組みが変わります」
「分かった。結果を教えて」
「はい」
「じゃあ、俺は政務所へ行ってくる」
「ピー!」
「ピコもこっち」
「ピー?」
ルッツについていこうとしたピコを抱える。
「実験材料は食べちゃ駄目だからね」
「ピー……」
◇
午後。
政務所で書類を確認する。
「こちらは本日中にお願いします」
「うん」
ミアから書類を受け取る。
一枚確認して署名する。
「これは?」
「明日でも問題ありません」
「じゃあ後にしよう」
「はい」
仕事のない領民にお願いする簡単な作業も、少しずつ増えていた。
政務所の外では草刈り。
倉庫では荷物の整理。
屋敷でも今日は二人に掃除をお願いしているらしい。
まだ小さな変化だ。
でも、昨日仕事がなかった人が、今日は働いて収入を得ている。
こういうことを積み重ねていけばいい。
「男爵様!」
入口から声がした。
「何?」
一人の文官が慌てて入ってくる。
「馬車が参りました」
「馬車?」
「はい。セルヴァン王国のものです」
「セルヴァン?」
思わず立ち上がる。
「お?ナディアが米の専門家を連れてきてくれたかな?」
「それが……十台ほどなのですが……」
「十台?」
何だそれ。
「リオン」
ミラも立ち上がった。
「行こう」
「うん」
政務所の外へ出る。
「……本当に十台ある」
街道に馬車が並んでいる。
先頭から後ろまで、ずっと続いていた。
セルヴァン王国の紋章。
周囲には護衛もいる。
何事かと領民たちまで集まり始めていた。
「誰が来たんだろう」
そう言った時。
先頭の馬車の扉が開いた。
一人の女性が降りてくる。
「……え?」
「ナディア?」
「リオンさん」
ナディアが柔らかく笑った。
「ご無沙汰しています」
「ナディア!」
「ミラさんもご無沙汰しています」
「どうしてここに?」
「以前、お話しいただいた件です」
「以前?」
「リオンさんの手紙にあったレイ湿原のことです」
「あ」
「お米を作りたいとおっしゃっていましたよね」
「うん」
もちろん覚えている。
ナディアに、セルヴァンから米作りに詳しい人を呼べないか相談した。
「少し準備に時間が掛かってしまいました」
「いや、それはいいけど……」
後ろを見る。
「これ、全部?」
「はい」
「十台あるよ?」
「必要なものを揃えたら、多くなってしまいました」
「必要なもの?」
ナディアが後ろを振り返る。
「まず、稲作に詳しい者たちです」
別の馬車から何人もの男女が降りてくる。
「こんなに?」
「稲を育てる者だけでは足りませんから」
「え?」
「水路や水量の管理に詳しい者も連れてきました」
「ああ」
湿地を水田に変える。
言われてみれば、稲の育て方だけ知っていても駄目だ。
「種籾と農具もあります」
別の馬車を見る。
農具や大きな袋が積まれていた。
「しばらく滞在してもらう予定ですので、生活に必要なものも持ってきています」
「しばらく?」
「はい。レイ湿原を確認して最初の準備ができるまでは」
「そこまでしてくれるの?」
「そのつもりで来ました」
ナディアはいつもの落ち着いた声で言った。
「ありがとう」
「いえ」
それだけ言うと、ナディアはもう一台の馬車を見る。
「それと、もう一つあります」
「まだあるの?」
「はい」
馬車の荷台に掛けられた布をめくる。
中には袋がびっしりと積まれていた。
「これ何?」
「お米です」
「米?」
「はい」
「これ全部?」
「はい。セルヴァン王国の南部で生産されているお米です。ほかの馬車にもあります」
「そんなに?」
ナディアが小さく頷く。
「領民の皆さんに食べていただこうと思いまして」
「領民に?」
「はい」
ナディアが米の袋を見る。
「これから育てるものが、どんな食べ物なのか分からないままでは、領民の皆様も頑張りにくいと思います」
「……なるほど」
「美味しいと思ってもらえれば、作りたいと思う方も増えるかもしれません」
確かにそうだ。
いくら俺が米を作りたいと言っても、領民は米そのものを知らない。
まず食べてもらう。
その方がずっと分かりやすい。
「種籾とは別だよね?」
「……。もちろんです。こちらは食べるために持ってきました」
「すごい量だね」
「できるだけ多くの方に食べていただきたかったので」
十台の馬車。
稲作に詳しい人たち。
水の管理に詳しい人。
種籾。
農具。
生活用品。
そして大量の米。
俺がお願いしたのは、米作りに詳しい人を紹介してほしいということだった。
まさか、ここまで準備してくれるとは思っていなかった。
「ナディア」
「はい?」
「本当にありがとう」
「いえ」
ナディアが少し笑う。
「お待たせしました」
それから南の方へ視線を向ける。
「リオンさん」
「うん?」
「お米を作りましょう」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
関係ない話ですが、自分はパンよりお米が好きです。




