第564話 山にこだわる理由
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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昨日とは別の山へ入った。
共鳴石と硬化石を見つけた山から、それほど離れていない。
だから、少し期待していた。
「何もないな……」
でも、午前中いっぱい歩き回っても、それらしいものは見つからなかった。
岩肌が露出している場所を見つければ近づき、崩れた斜面があれば地面を確認する。
《綻びの目》も何度か使ったが、昨日のような変わった反応はない。
「前回が出来すぎていたのでしょう」
アストンが言う。
「やっぱりそうかな」
「山へ入るたびに珍しいものが見つかるのであれば、誰も苦労はしないかと」
「それはそうだね」
「ピー」
ピコまで同意しているように聞こえた。
もう少し奥まで行こうとした時、アストンが足を止める。
「男爵様」
「うん」
アストンの手が剣へ伸びた。
茂みの向こうから、黒い毛に覆われた四足の魔物が姿を現す。
昨日のガルムベアほど大きくはないが、それでも人間よりはずっと大きい。
「ピー!」
「下がっていてください」
「分かった」
アストンが前へ出る。
魔物が地面を蹴り、一気に距離を詰めた。
速い。
でも、アストンはぎりぎりまで引きつけてから一歩だけ横へずれ、その勢いを利用するように剣を振った。
魔物の体勢が大きく崩れる。
そこへもう一撃。
それで終わった。
「……強いね」
「この程度であれば問題ございません」
「さすが王都武闘大会三位だね」
「最年少で優勝された男爵様に言われると……」
「ん?どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
「ピー!」
ピコが倒れた魔物へ近づく。
「ピコ?」
「ピー!」
大きく口を開けると、魔物の体が一瞬で消えた。
「……食べた」
「そうそう。ピコは倒した魔物を食べちゃうんだよ」
「スライムにはそんな習性があるんですね」
「俺もピコと一緒になるまでは知らなかったよ」
「ピー!」
結局、その後も何も見つからなかった。
「今日はここまでにしよう」
「よろしいのですか?」
「うん。地表を歩くだけじゃ分からないものもあるかもしれない」
山を振り返る。
「明日は少し掘ってみようかな」
「掘るのですか?」
「浅くだよ。危なくない範囲で」
「承知しました」
◇
屋敷へ戻った時には、昼を少し過ぎていた。
「リオン様、お食事はこちらです」
「ありがとう」
食堂へ行くと、ミアが昼食を用意してくれていた。
パンとスープ、それから少しの肉。
「ミラは?」
「午前中は政務所へ行かれていましたが、そろそろお戻りになると思います」
「そっか」
ちょうどその時、玄関の方から声が聞こえた。
「ただいま」
「あ、戻ってきた」
少しすると、ミラが食堂へ入ってくる。
「リオンも帰ってたんだ」
「今戻ったところ」
「山はどうだった?」
「何もなかった」
「そっか。残念だったね」
「うん。午前中ずっと歩いたんだけどな」
「昨日は二つも見つけたのにね」
「前回が出来すぎだったみたい」
ミラが笑う。
「そう簡単にはいかないか」
「だね」
「ミラ様、お食事をお持ちします」
「ありがとう、ミアさん」
ミアがミラの分の食事も運んでくる。
「では、私は午後の書類をまとめておきます」
「もうやってくれるの?」
「はい。政務所へ行かれるのでしょう?」
「うん。そのつもり」
「でしたら、先に準備しておきます」
「ありがとう。助かるよ」
「いえ」
ミアが頭を下げて食堂を出ていく。
ミラがその後ろ姿を見る。
「ミアが来てくれてよかったね」
「うん。本当に助かってる」
二人で昼食を食べ始める。
「政務所はどうだった?」
「昨日より少し話してくれる人が増えたよ」
「本当?」
「うん。でも、まだ少しだけね」
「それでも十分だよ」
スープを口へ運ぶ。
「無理してない?」
ミラが聞く。
「何が?」
「朝から山を歩いてたんでしょ?」
「アストンほどじゃないよ。魔物もアストンが倒したし」
「また出たの?」
「うん。でも、すぐ倒してた」
「アストンさん、強いもんね」
「本当にね」
少し前まで、昼も夜も一人で書類を見ていることが多かった。
今は違う。
向かいにはミラがいて、ミアは午後の仕事を先に準備してくれている。
「何?」
ミラが俺を見る。
「いや」
「また何か考えてる?」
「なんか、いいなと思って」
「何が?」
「こういうの」
「よく分からない」
「俺も上手く説明できない」
ミラが少し笑った。
「変なの」
「そう?」
「うん」
昼食を食べ終える。
「じゃあ、政務所に戻ろうか」
「うん」
「ミアも準備してくれてるし」
「行こ」
二人で席を立った。
◇
午後。
政務所へ行くと、以前より少しだけ空気が柔らかくなっていた。
「こんにちは」
ミラが一人の文官へ声を掛ける。
「あ、ミラ様」
「昨日お願いしたもの、どうだった?」
「確認できました。こちらです」
「ありがとう。助かるよ」
「いえ」
文官が少しだけ笑う。
別の机でも、ミラが声を掛けていた。
ほんの少しだ。
急にみんなが明るくなったわけでもないし、仕事そのものが楽になったわけでもない。
それでも、前より会話は増えた。
相談も少しずつ増えている。
「男爵様、こちらをお願いいたします」
「うん」
ローレンから書類を受け取る。
一つ確認して、次へ。
横ではミアが、終わった書類とまだ確認が必要なものを分けていく。
「これは?」
「急ぎではありません。明日でも問題ないと思います」
「じゃあ、こっちを先にしよう」
「はい」
以前なら、届いた書類を全部自分で見て、自分で優先順位を決めていた。
今はずいぶんやりやすい。
しばらく仕事をしていると、ミアが小さな声で話しかけてきた。
「リオン様」
「何?」
「一つ、よろしいでしょうか?」
「うん」
「領の方々についてです」
ミアの表情が少し真剣になる。
「今すぐ生活に困っている方もいますよね」
「いるね」
税はかなり軽くしている。
それでも、税を取られなければ暮らせるというわけじゃない。
そもそも働く場所が少なく、収入そのものがない家もある。
「何か考えてる?」
「はい。ただ、難しい制度のことは分かりません」
「それでいいよ」
「えっと、領の方々に仕事をお願いすることはできないでしょうか?」
「仕事?」
「はい」
ミアが少し考えながら続ける。
「道の草を刈ったり、水路を掃除したり。アーロンさんが集めている草や落ち葉を運んだり」
「ああ」
「今の領には、やらなければならない仕事がたくさんありますよね?」
「あるね」
「でしたら、仕事がなくて困っている方にお願いして、その分のお金を払えないでしょうか」
「……」
なるほど。
ただお金を渡すのではなく、必要な仕事をお願いする。
「いいと思う」
「本当ですか?」
「うん。ただ、いきなり領全体ではやらない」
「はい」
「まず領都の近くで、十人程度から試してみよう」
仕事の内容。
日当。
誰が管理するか。
文官側の負担。
決めなければならないことはある。
「最初から理想の仕組みにしようとすると、たぶん回らないと思う」
「はい」
「今いる人たちが無理なく扱える形で始めて、問題が出たら直そう」
政務所の文官たちも少しずつ変わっている。
俺も、その速度に合わせた方がいい。
「ローレン」
「はい」
「十人くらいなら管理できそう?」
ローレンが少し考える。
「現在の人員でも問題ないと思います」
「じゃあ、試してみよう」
「承知しました」
ミアがほっとしたように笑った。
「ありがとう、ミア」
「いえ。私は思ったことを言っただけです」
やっぱりミアらしい。
◇
政務所の仕事を終えたあと、屋敷の裏へ移動した。
「次はこれ」
亜空間収納から硬化石を取り出す。
アストンが俺を見る。
「まだ働かれるのですか?」
「少しだけ」
「承知しました」
いつもと同じ返事だけど、少し疲れているように見える。
朝から山を歩き、魔物まで倒した。
さすがに疲れるか。
「無理しなくていいよ?」
「問題ございません」
「本当に?」
「はい」
なら、少しだけ手伝ってもらおう。
木の板で小さな枠を四つ作る。
「何をなさるのでしょう?」
「硬化石が、何と混ぜると一番使えそうか試したい」
一つ目は、土と硬化石の粉、それに水。
二つ目は砂と硬化石の粉と水。
三つ目は砂、小石、硬化石の粉と水。
四つ目は砕いた石と硬化石の粉と水。
「量も揃えた方がいいな」
同じ容器を使って量を合わせ、硬化石をどれだけ入れたのかも紙に記録する。
「前回より本格的ですね」
「道路に使えるのか。それとも建物や水路を造る材料に向いているのか、まず性質を知りたいからね」
前世のアスファルトやコンクリートと同じものになるとは限らない。
全く違う使い方になるかもしれない。
だから、まず試す。
二人で混ぜ、木枠へ流し込む。
しばらくすると、どれも少しずつ表面が固くなってきた。
「もう固まり始めています」
「早いね」
指で押してみる。
一つ目はまだ少しへこむ。
三つ目は、かなり硬くなっている。
「これ、面白いな」
少量の水を掛けても、すぐには崩れない。
その上へ重い石を載せてみる。
「今日はここまでかな」
「壊れるまで試さないのですか?」
「まだ完全に固まってないかもしれないからね。明日、重さとか衝撃も試そう」
「馬車を通すことも?」
「それもやりたい」
何度も馬車を通したらどうなるか。
水に長く浸したらどうなるか。
数日後にひび割れないか。
まだ確認することは多い。
「男爵様」
「何?」
声を掛けられ、振り返る。
ノルだった。
「少しよろしいでしょうか」
「うん」
ノルがアストンを見る。
「アストン殿は、朝から男爵様に同行しておられたのでしょう?」
「はい」
「山へ?」
「はい」
ノルが今度は俺を見る。
「明日はテオもお連れください」
「テオも?」
「アストン殿一人に負担が偏っております」
「あ……」
やっぱりそう見えるか。
「護衛にも休息は必要です」
「そうだね」
「それに、今の騎士団について一つご提案があります」
「何?」
「こちらの騎士団は基礎体力が低すぎます」
「そんなに?」
「はい。このままでは長時間の警備や戦闘になった際、騎士団としての役目を果たせません」
「訓練を増やす?」
「それも必要ですが、領内には力仕事も多く残っているのでしょう?」
「うん」
「騎士たちにやらせてはいかがでしょうか」
「騎士に?」
「はい。走ることも、掘ることも、担ぐことも、運ぶことも基礎体力を鍛えることにつながります」
「訓練を兼ねて働いてもらう?」
「その通りです」
なるほど。
道路用の石を運ぶ。
水路を掘る。
倒木を片づける。
重い物を動かす仕事はいくらでもある。
「ただ、今日ミアから、仕事のない領民にも仕事を作れないかって話があったんだ」
「そうでしたか」
ノルが少し考える。
「では、騎士たちに任せる仕事と重ならないようにする必要がございますな」
「うん」
少し考える。
「じゃあ、分けよう」
「どのようにされますか?」
「草刈りとか清掃、落ち葉や植物くずを集める仕事は領民にお願いする」
「はい」
「騎士には、石運びとか水路掘り、倒木の撤去みたいな力が必要な仕事をやってもらおう。危ない作業も騎士の方がいい」
「よろしいかと存じます」
「それなら領民の仕事も減らさないし、騎士の訓練にもなる」
「はい」
ノルが頷く。
「では、その形で訓練内容を組みます」
「お願い」
走るだけの訓練より、領地の役にも立つ。
騎士たちにも、今この領で何が必要なのか分かってもらえるかもしれない。
「いいね。やってみよう」
「承知しました」
ノルが頷く。
少しずつだけど、やれることが増えている。
◇
夜。
ミラと夕食を食べながら、机の端に置いた共鳴石を見る。
「どうしたの?」
「ん?」
「さっきから、そればかり見てる」
「ちょっと考えてた」
「また?」
「うん」
共鳴石がすごいことは間違いない。
でも、使うことを考えれば考えるほど問題も見えてくる。
「これ、弱点も結構あるなと思って」
「弱点?」
「例えば、同じ結晶から三つに分けたとするでしょ?」
「うん」
「そのうち一つを知らない人が持っていたら、俺たちが送った光も全部見られるかもしれない」
「……それは困るね」
「うん。しかも、その人が石に触ったら、こっちにも光が来る」
「あ」
「本物の相手なのか、別の誰かなのか分からない」
「じゃあ、どうするの?」
「まず通信する相手ごとに、別の原石を使う」
「王都用とか、ハル領用とか?」
「そう。それぞれ番号を付けて管理する」
例えば一番は王都。
二番はハル領。
三番は鉱山。
箱を作って、どの石がどことつながっているのか一目で分かるようにする。
「でも、通信の内容を見られる問題は残るよね」
ミラが言う。
「うん。そこは暗号かな」
「暗号?」
「光を見られても、意味までは分からないようにする」
「今の文字表とは別の表を作る?」
「そう。しかも定期的に変える」
「大変そう」
「大事な情報なら必要だと思う」
最初に合言葉のような決まった信号を入れる方法もある。
そうすれば、少なくとも相手が本物なのか確認しやすくなる。
「他にもあるの?」
「石そのものが何回使えるのか分からない」
「ああ」
「百回で駄目になるのか、一万回でも平気なのか。それに、もっと遠くでも届くのかも分からない」
「まだ調べることがたくさんあるね」
「うん」
そして、もう一つ。
今は指で直接触れている。
長く触れたつもりが短くなったり、その逆になったりする。
「人が使えば、どうしても間違えるよね」
「それはありそう」
「一定の長さで信号を送れるようにしたいんだ」
「どうやって?」
「それを考えてる」
ただ石を並べるだけじゃない。
石ごとに番号を付けた箱。
指で直接触れなくても、短い信号と長い信号をなるべく同じ長さで送れる仕組み。
光も見やすくしたい。
記録もしやすい方がいい。
「……作りたいな」
「何を?」
「この石をちゃんと使うための道具」
「リオンが作るの?」
「簡単なものならできるかもしれないけど……」
こういうものは、俺より得意な人がいるはず。
「こういうのが得意な人がいたらいいんだけど」
「そうだね」
ミラが笑う。
「また楽しそうな顔してる」
「そう?」
「うん」
◇
翌朝。
「テオ」
「はい」
裏庭へ来たテオが、不思議そうに俺を見る。
俺とアストンのほかに、馬が三頭いるからだ。
「今日は一緒に山へ行ってもらうね」
「承知しました」
「その前に一つ」
「はい?」
「これから見ることは、ハル領にも秘密にしてほしい」
テオの表情が変わる。
「……承知しました」
「絶対にね」
「はい」
「じゃあ、その馬を触りながら、俺の肩に触って」
「馬もですか?」
「うん」
「……どちらへ向かうのでしょうか?」
「ノア山脈」
「ノア山脈?」
テオが馬を見る。
「ここから馬で向かうのですか?」
「違うよ」
「では、どうやって?」
「転移魔法」
「……はい?」
「この三頭も一緒に連れていく」
「馬まで?」
「うん」
アストンはもう何も言わず、自分の馬に触れながら俺の反対側へ立った。
ピコは頭の上。
「ピー」
いつも通りだ。
状況を理解できていないのはテオだけ。
「じゃあ行くよ」
「お待ち――」
魔力を流す。
一瞬で景色が変わった。
「――ください」
テオの声だけがそのまま続いた。
三頭の馬も一緒だ。
突然景色が変わったことで少し落ち着かない様子を見せたが、すぐに落ち着いたようだ。
「着いたよ」
「……」
テオが固まっている。
目の前にはノア山脈。
横には、さっきまで裏庭にいた馬たち。
「テオ?」
「……今」
「うん」
「屋敷におりましたよね?」
「いたね」
「馬も?」
「いたね」
「ここは?」
「ノア山脈」
「……」
「だから転移って言ったでしょ?」
「……理解が追いついておりません」
「そのうち慣れるよ」
アストンが俺を見る。
「男爵様」
「何?」
「そんなすぐに慣れるものではございません」
「まぁ、徐々にだね」
「はい」
「ピー!」
ピコだけは楽しそうだ。
テオが自分の馬を確かめるように撫でる。
「……帰りも、これですか?」
「もちろん」
「馬も?」
「もちろん」
「……承知しました」
顔が全然承知していない。
◇
昨日調べた山まで馬で移動した。
午前中いっぱい歩いて、何も見つからなかった山だ。
「今日は地面の下も少し調べる」
亜空間収納からシャベル、つるはし、ロープ、木材、ランタンを取り出す。
冒険者をしていた頃から持ち歩いているものも多い。
「……」
テオがまた固まった。
「どうしたの?」
「今、それはどこから出されたのでしょうか?」
「亜空間収納」
「……」
「これも秘密ね」
「リオン様は、秘密が多すぎませんか?」
「そうかな」
アストンを見る。
静かに頷いている。
「アストンまで?」
「否定はできません」
「ピー!」
まぁ、いい。
山肌を調べる。
崖になっている場所は避けた。
大きな岩が上に乗っている場所も危ない。
比較的なだらかで、岩盤が露出しているところを選ぶ。
「ここから少し掘ってみよう」
「どの程度でしょうか?」
「深くは行かないよ。試しに中を見るだけ」
本格的な坑道を作るつもりはない。
少し掘るごとに天井と側面を確認する。
必要なところには木材を入れて支える。
大きな亀裂が出れば、そこで終わり。
水が急に出た時も、空気がおかしいと感じた時もすぐ戻る。
「一人は外で見張ろう」
「では、最初は私が」
アストンが言う。
「お願い。そのあとテオと交代して」
「承知しました」
俺とテオで掘り始める。
「身体強化」
魔力を流し、シャベルを地面へ突き立てた。
ザクッ。
一気に掘る。
もう一度。
掘った土を外へ放り出す。
「……」
「テオ?」
「速すぎませんか?」
「身体強化してるから」
「それにしても……」
「テオもお願い」
「はい!」
二人で掘る。
岩が増えてきたところで、つるはしに持ち替える。
少し進むたびに天井を確認し、必要なところへ木材を入れる。
「一度交代しよう」
「はい」
テオが外へ出て、今度はアストンが入ってきた。
二人で続きを掘る。
つるはしを振るい、崩した石は亜空間収納に入れる。
しばらくして、アストンが口を開いた。
「男爵様」
「何?」
「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「うん」
「失礼なことでしたら、申し訳ございません」
「いいよ。何?」
アストンは少し迷ってから、俺を見る。
「なぜ男爵様は、そこまで山にこだわられるのでしょうか」
「山?」
「はい」
つるはしを止める。
「今の領内には、ほかにも改善しなければならないことが数多くございます」
「うん」
「農地も、道路も、村の暮らしもです」
「そうだね」
「でしたら、まず今あるものを改善することに力を使うべきではないかと……」
そこでアストンが口を閉じた。
「申し訳ございません。差し出がましいことを申しました」
「なんで謝るの?」
「……」
「いい質問だと思うよ」
「そうでしょうか」
「うん。それに、言ってることはその通り」
今ある農業を改善する。
道路を直す。
無駄な支出を減らす。
住民の生活を少しずつ良くする。
全部必要だ。
「でも、この領の中心は農業だよね」
「はい」
「農業って、改善するのに時間が掛かる」
土を良くする。
新しい作物を試す。
堆肥を作る。
収穫まで待つ。
失敗すれば、また次の季節まで待たなければならない。
「ちゃんと結果が出るまで、何年も掛かると思うんだ」
「……はい」
「それに今、この領は特産品もない」
「そうですね」
「税収は少ない。人口も少ない。このまま少しずつ改善するだけだと――」
手にしたつるはしを見る。
「じり貧なんだ」
「……」
「もちろん、改善は続ける。でも、それとは別に起死回生の一手が必要だと思ってる」
アストンが山の奥を見る。
「それが、ノア山脈なのですか?」
「そう」
「ですが」
「ん?」
「仮に価値のある鉱石が見つかったとしても、今の領には加工する設備がありません」
「うん」
「運ぶための道路もありません」
「そうだね」
「採掘する人間も必要ですし、魔物への対策も必要になります。実際に利益を生むまでには、かなり時間が掛かるのではないでしょうか」
「……」
そこまで考えてるのか。
アストンは剣が強いだけじゃない。
「その通り」
「では、なぜ?」
「俺はさ」
掘った石を亜空間収納へ入れながら答える。
「ここで価値のあるものが見つかったら、資金繰りの問題を一気に変えられると思ってるんだ」
「採掘する前に、ですか?」
「うん」
「……」
「鉱物を掘って売る前でも、この山に大きな価値があると証明できれば、その価値を元にお金を集める方法がある」
「山の価値を元に……」
「その辺は、もう少し形になったら話すよ」
「承知しました」
「今はまず、本当に何かあるのか確かめないとね」
「はい」
再び掘り始める。
しばらくしてテオと交代した。
今度はアストンが外で見張り、俺とテオで掘り進める。
少し掘っては壁と天井を確認し、必要なところへ木材を入れる。
「リオン様」
「何?」
「まだ続けますか?」
「もう少しだけ」
「承知しました」
つるはしを振る。
ガッ。
もう一度。
ガンッ。
「ん?」
今までと音が違った。
「どうされました?」
「何かある」
土を払う。
岩盤の一部だけ色が違う。
周囲の灰色とは違い、黒っぽい岩の中に別の色の筋が走っていた。
「テオ、ランタン」
「はい」
近づけてもらい、表面の土をさらに落とす。
「……」
《綻びの目》。
《岩盤:局所変質》
《異質層:奥部へ連続》
「……え?」
「リオン様?」
もう少し土を落とす。
細い筋だと思っていたものが、さらに奥へ続いている。
「これは……!?」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
日々様々な感想を頂き感謝しています。
リオンが山の調査を優先していることに対して賛否ありますが、どちらの意見も作者の励みになっています。
引き続きたくさんの感想をお待ちしています。
なお、リオンの行動にはリオンなりの考えがあります。
それがどう出るか楽しみにしていてください。




