第563話 一人じゃない
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
(https://ncode.syosetu.com/n6087ms/)からご覧いただけます。
「なんでみんな来たの?」
思わず聞いてしまった。
父上には、騎士を二人お願いした。
だからノルとテオは分かる。
でも、ミアとアーロンまでいるとは思っていなかった。
「その前に」
ノルが俺の後ろを見る。
「あ」
振り返ると、ミラがいた。
四人が姿勢を正す。
「ミラ様」
「ノルさん、お久しぶりです」
ノルが頭を下げ、ミアも続く。
「ミラ様、お久しぶりです」
「ミアさんも久しぶり」
テオとアーロンも、それぞれミラへ挨拶する。
「ミラ・ハーウェイです。しばらくこちらに滞在しています」
「伺っております」
ノルが答える。
ミラが俺を見る。
「リオン」
「何?」
「みんなが来た理由、聞かなくていいの?」
「あ、そうだった」
「相変わらずですな」
ノルが笑う。
「何が?」
「いえ、何でもございません」
「気になるな……」
◇
全員で屋敷へ入った。
応接室へ移ると、ノルが一通の手紙を差し出した。
「旦那様からお預かりしております」
「父上から?」
「はい」
封を開く。
間違いなく父上の字だ。
『リオンへ。
頼まれていた騎士については、ノルとテオを半年間そちらへ派遣することにした。
二人とも了承している。
現地の状況を一番知っているのはお前だ。
具体的な役割については、二人と相談して決めなさい。
それから、ミアとアーロンについて。
二人から、そちらで働きたいと申し出があった。
本人たちとも話をしたが、一時の思いつきではないようだ。
受け入れるのであれば、役割や処遇についてはお前に任せる。
領主として、二人とよく話して決めなさい』
そこで手紙から顔を上げた。
「ミア」
「はい」
「本当にこっちで働くの?」
「はい」
「アーロンも?」
「そのつもりです」
「でも、ハル領の仕事は?」
「引き継ぎは済ませてきました」
アーロンが答える。
「いつの間に……」
「リオン様がこちらの領地を任されると決まった頃から、少しずつ準備しておりましたので」
「そんな前から?」
「はい。こちらの領の状況はハル領でも共有されています」
ミアが俺を見る。
「私は、こちらでもリオン様のお側で働きたいです」
「……」
「駄目でしょうか?」
「まさか」
すぐに答えた。
「すごく助かるよ」
ミアの表情が明るくなる。
「ありがとうございます」
「アーロンも」
「はい」
「来てくれてありがとう」
「まだ来ただけですよ」
「それでも助かる」
手紙には続きがあった。
『それと、今そちらで必要になりそうなものも持たせた。
領都の紙工房で作っている安価な紙を、まとまった量積んである。
上等な紙ほど質は良くないが、政務や記録に使うには問題ない。
農具や工具についても在庫を確認させている。
こちらから回せるものは後便で送るつもりだ。
何でもハル領に頼れという意味ではない。
ただ、立て直しの最初だからこそ必要なものもあるだろう。
使えるものは使いなさい。
その上で、自分の領地を作っていけばいい。
ガルド』
「……父上」
思わず声が漏れた。
「紙、本当にあるの?」
「ございます」
ミアが答える。
「馬車にかなり積んであります」
「かなり?」
「はい」
昨日まで、不要になった書類の裏を使って共鳴石の信号表まで作っていた。
紙は政務所でも大量に使う。
安いものでも、まとまった量が手に入るのはありがたい。
「それと、リオン様」
アーロンが言う。
「私からも一つ」
「何?」
「種芋を持ってきました」
「種芋?」
「はい」
「どのくらい?」
「こちらも、かなりあります」
「本当に?」
思わず身を乗り出す。
「ハル領で確保していたものの中から、こちらへ回せる分を持ってまいりました」
「アーロン」
「はい」
「ありがとう」
「まだ植えてもいませんよ」
「持ってきてくれただけでも助かるよ」
紙。
種芋。
さらに後から農具や工具も来る。
金貨をもらったわけじゃない。
でも、今の俺たちが金を出して買わなければならなかったものばかりだ。
「父上にもちゃんとお礼を書かないとな」
「それがよろしいでしょうな」
ノルが珍しく笑った。
◇
「じゃあ、みんなにはこれから――」
何を頼むか説明しようとした。
ところが。
「その前に、騎士団を見せていただけますかな?」
ノルが言った。
「え?」
「人数、技量、現在の訓練内容。その辺りを確認したいです」
「あ、うん」
「半年しかおりませんので、私が帰った後にも続けられる形にしたいと思っております」
「それは助かる」
「テオ」
「はい」
「おまえは若い者を頼む」
「そのつもりです」
今度はテオが俺を見る。
「リオン様。若い騎士たちの普段の訓練に、私も一緒に入ってよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
「じゃあ、アーロンは――」
「まず村を回らせていただけますか?」
「村?」
「はい」
また先に言われた。
「農地を見るの?」
「それもありますが、その前に詳しく話を聞きたいです」
「どんな?」
「今作っている作物。種の確保方法。肥料に何を使っているか。家畜の数。それと、普段捨てているものです」
「捨てているもの?」
「刈った草、落ち葉、藁、台所から出る植物くずなどです」
「ああ」
すぐに分かった。
「堆肥?」
「はい」
アーロンが頷く。
「こちらは家畜が少ないと聞いています。糞だけで十分な量を作るのは難しいでしょう」
「うん」
「ですから、各村で何が手に入るのかを先に確認したいと思います」
「なるほど」
「持ってきた種芋についても、一か所へ全部植えるつもりはありません。
いくつかの場所へ分けて、まず小さく試します」
「その方がいいね」
「では、そうします」
俺、まだ何も頼んでないんだけど。
「ミアは?」
「私はリオン様のお側に戻ります」
「前みたいに?」
「はい。ただ、以前よりリオン様のお仕事が増えております。
身の回りだけではなく、予定や書類の整理もお手伝いしたいです」
「それならケーラと仕事が重ならない?」
「そのことは、先ほどケーラさんともお話ししました」
「もう?」
「はい」
早い。
ケーラが一歩前へ出る。
「私は屋敷全体の管理、来客、書簡、それから政務所など外部との連絡を担当いたします」
ミアが続ける。
「外から来るものはケーラさん。リオン様のお手元に来たものは私が整理します」
「なるほど」
分かりやすい。
ケーラが屋敷と外をつなぐ。
ミアが俺の仕事を直接支える。
「それでお願いしていい?」
「はい」
「承知いたしました」
全員を見る。
「……なんか」
「何ですか?」
ミアが聞く。
「俺が仕事を頼む前に、みんな決めちゃったね」
「そのために来ましたから」
アーロンが当たり前のように答える。
「そうですな」
ノルも頷いた。
横を見ると、ミラが笑っている。
「リオン」
「何?」
「よかったね」
「うん」
俺も笑った。
「本当に」
◇
それから数日。
屋敷の中から、少しずつ変わった。
「リオン様。本日中に確認が必要なのはこちらです」
朝。
ミアが机の上へ書類を置く。
「こっちは?」
「明日で問題ありません」
「これは?」
「ローレンさんからです。午後に確認したいとのことです」
「分かった」
以前なら届いた書類を一つずつ開き、自分で優先順位を考えていた。
今は、俺の机へ来る前に整理されている。
そこへケーラが入ってきた。
「男爵様。午後、政務所から二名いらっしゃいます。それから南の村から返事が届きました」
「ありがとう」
「書簡はミアさんへお渡ししてあります」
「分かった」
俺の前にある仕事の量が減ったわけじゃない。
でも、気持ちはだいぶ楽になった気がする。
◇
「もう一度」
「はい!」
騎士団の訓練場にも、大きな声が響くようになった。
ノルが来てから、訓練の内容が明らかに変わった。
走る。
剣を振る。
隊列を組む。
疲れたところでもう一度動かせる。
一方、若い騎士たちはテオが重点的に見ていた。
「足を止めるな」
「はい!」
「剣だけ見るんじゃない。相手全体を見ろ」
「はい!」
テオ自身がまだ若いからなのか、若手たちはノルよりも質問しやすそうだ。
「どう?」
隣で訓練を見ていたアストンに聞く。
「ノル殿ですか?」
「うん」
「見事です」
「やっぱり?」
「動きに一切の無駄がありません」
「訓練のやり方も?」
「はい」
アストンが騎士たちを見る。
「厳しくはありますが、理にかなっています」
「例えば?」
「疲労した後に隊列訓練を入れています」
「実戦じゃ元気な状態で戦えるとは限らないから?」
「その通りです」
さらにノルは、一人一人の様子を見ながら負荷を変えている。
ただ全員を限界まで走らせているわけじゃない。
「教えるのもうまいんだね」
「はい」
アストンがノルを見る。
「非常に優れた騎士だと思います」
「そっか」
半年。
その間に、この騎士団がどこまで変わるのか。
少し楽しみになった。
◇
アーロンも村々を回り始めた。
「牛はいないんですね?」
「はい。山羊が三頭と、鶏が十羽ほどです」
「刈った草は?」
「畑の端へ捨てています」
「落ち葉はどうしていますか?」
「燃やすことが多いですね」
「藁は?」
「冬にも使いますので、あまり余りません」
一軒ずつ。
一つずつ。
聞いていく。
すぐに収穫量が増えるわけじゃない。
イモだって、植えた翌日に採れるわけじゃない。
それでも村の一角には、少しずつ変化が出始めた。
「ここへ集めてください」
刈った草。
落ち葉。
台所から出た植物くず。
今まで捨てたり燃やしたりしていたものが、一か所へ集まり始める。
「これが肥料になるんですか?」
村人が聞く。
「すぐにはなりません」
アーロンが答える。
「水分を見ながら混ぜて、時間を掛けます。まずは小さく試します」
「分かりました」
まだ成果じゃない。
でも、今まで捨てていたものを使おうとする動きが始まった。
持ってきた種芋も、すぐ全部は使わない。
状態を確認し、保存場所を分け、どの村でどれだけ試すのかを決めていく。
「ずいぶん慎重だね」
俺が言うと、アーロンが笑った。
「農業は急いだからといって、早く育ってはくれませんので」
「確かに」
「全部まとめて失敗する方が怖いです」
「うん。そのやり方でお願い」
「承知しました」
◇
政務所でも、少しずつ空気が変わっていた。
「男爵様」
「何?」
以前、俺が仕事のやり方を変えるたびに反対していた年配の文官が、資料を持ってきた。
「こちらについて、ご相談してもよろしいでしょうか」
「もちろん」
「現在は二人で確認しておりますが、この書類については一人でも問題ないのではないかと思いまして」
「理由は?」
「金額を扱う書類ではありません。それに、提出後に別の台帳でも確認できます」
「なるほど」
以前なら、
『これまでは三人で確認しておりました』
と言っていた人だ。
その人が今は、自分から仕事を減らせる場所を探している。
「ローレンはどう思う?」
「私も問題ないかと」
「じゃあ、試してみよう」
「承知しました」
文官が戻っていく。
隣を見るとミラがいる。
「何?」
「いや」
「私、何も言ってないよ?」
「分かってる」
今日は何も言っていない。
でも、ここ数日ずっと文官たちの話を聞いていた。
俺が何をしたいのか。
今までの仕事を全部否定したいわけじゃないこと。
必要なものは残すこと。
それが少しずつ伝わってきたんだと思う。
以前より、向こうから相談してくる人が増えた。
俺が一つずつ問題を探さなくても、現場から上がってくるようになった。
これも大きな変化だ。
◇
そして、金。
売却を頼んでいた屋敷の調度品は、思っていた以上の値段で売れた。
「こんなに?」
「旧グレイヴ伯爵家で使われていたものですから」
ローレンが答える。
「状態の良いものには、かなり値がついたようです」
「助かるな……」
本当にありがたい。
でも、一覧を見ていると見覚えのない項目があった。
「ミラ」
「何?」
「これ何?」
「どれ?」
「このドレス」
「ああ。それ?」
「それ? じゃないよ」
売却予定の中に、女性用のドレスが何着も入っている。
「私のだよ」
「それは分かるよ。なんで売るの?」
「そんなに着ないから」
「いやいや」
「必要な分は残してあるよ」
「でも、ほとんどじゃない?」
「うん」
「駄目だよ」
「なんで?」
「ミラの物でしょ?」
「だから、私が売るって決めたんだけど」
「そういう問題じゃなくて」
「じゃあ、どういう問題?」
「侯爵令嬢なんだから、必要になる時だってあるでしょ」
「その分は残してあるよ」
「でも――」
「リオン」
「何?」
ミラが真っすぐ俺を見る。
「領のみんなが苦しいのに、私だけが何着もドレスを持って贅沢するのは嫌なの」
「……」
「ここで毎日夜会に出るわけじゃないし」
「それはそうだけど」
「着ないものを置いておくより、今使えるお金になった方がいいでしょ?」
「でもさ……」
「売るよ」
「……」
頑なだ。
「本当にいいの?」
「うん」
「後悔しない?」
「しない」
「……分かった」
結局、俺が折れた。
「ありがとう」
「こっちが言うことじゃない?」
「それでも」
ミラが笑う。
「どういたしまして」
◇
人を減らした。
不要な支出も削った。
調度品も売れた。
ミラのドレスまで売ることになった。
資金繰りがギリギリなのは変わらない。
それでも、ここへ来たばかりの頃に比べれば少しだけ楽になった。
ただし、安心できる状態じゃない。
調度品を売れるのは一度だけ。
ドレスだって同じだ。
一時的に金が入っただけで、この領地が稼げるようになったわけじゃない。
「ここからだな」
夜。
執務室の机に紙を広げた。
今後どうするのか。
考えていることを一つずつ書いていく。
書いては考える。
数字を入れる。
消す。
もう一度書く。
誰に話すのか。
何を先に確認する必要があるのか。
どれだけの金が必要になりそうなのか。
しばらくして、手を止めた。
まだ仮の計画だ。
でも、これがうまくいけば資金繰りの問題は一気に変わるかもしれない。
そのためには、まだ足りない。
確認しなければならないことがある。
ノア山脈。
共鳴石。
硬化石。
どのくらいの量が採れるのか。
ほかの山には何があるのか。
そこが分からないまま、大きな話を進めることはできない。
「もう少し調べないとな」
紙を畳んだ。
◇
翌朝。
「アストン」
「はい」
「また山に行こう」
「承知しました」
「ピー!」
「ピコもね」
「ピー!」
裏庭へ出る。
今回も馬を二頭連れていく。
山の入口には魔力印があるから、もう湿地を馬で抜ける必要はない。
「男爵様」
「何?」
「前回と同じ山を調べるのでしょうか?」
「いや」
「違うのですか?」
「うん」
共鳴石と硬化石が見つかった山は、あとで本格的に調べる。
採れる量。
広がっている範囲。
魔物。
採掘方法。
人を入れて調査する必要がある。
「今日は別の山に行く」
「別の山ですか」
「うん」
ノア山脈は広い。
一つの山だけで全部を判断することはできない。
「一つ目が当たりだったからね」
「二つ目も当たりとは限りません」
「分かってるよ」
「でしたらよろしいのですが」
「でも、調べないと分からないでしょ?」
「それはその通りです」
アストンが俺の肩へ手を置く。
以前なら政務所を離れていいのか、騎士団は大丈夫か。
屋敷は?
農業は?
そんなことを全部考えていた。
今は違う。
政務所にはローレンとミラがいる。
屋敷にはミアとケーラ。
騎士団にはノルとテオ。
農業にはアーロンがいる。
だから、俺は俺にしかできないことをやればいい。
「行くよ」
「はい」
魔力を流す。
次の瞬間、ノア山脈の入口へ景色が変わった。
前回調べた山が目の前にある。
でも、今日はそこじゃない。
少し離れた場所にある別の山へ目を向ける。
「次はあっち」
「承知しました」
馬に乗る。
「行こう」
「はい」
「ピー!」
馬を進めた。
次の山には、何があるのか。
それを確かめに行く。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
前話のタイトルは「希望の光」でした。
リオンにとっての希望の光はミラであり、ケーラ、アストンであり、ノル達であり、変わりつつある文官たちなのではないでしょうか?




