第562話 希望の光
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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屋敷へ戻ったのは、夕食の少し前だった。
もちろん、今回は馬を部屋には入れていない。
山の入口に残した魔力印から転移し、二頭ともちゃんと裏庭へ戻した。
「おかえり」
「ただいま」
屋敷へ入ると、ミラが待っていた。
「どうだった?」
「あったよ」
「え?」
「面白いものが二つ」
自分でも分かるくらい声が弾んでいた。
ミラが俺の顔をじっと見て、少し笑う。
「何?」
「ううん。すごく楽しそうだなって」
「そう?」
「うん。目がキラキラしてる」
「……そんなに?」
「うん」
ミラが嬉しそうに笑った。
「何を見つけたの?」
「見せるよ」
「うん」
◇
部屋へ行き、山から持ち帰った二種類の石を机に並べた。
「こっちの灰色の石は、粉にして土と水に混ぜると固まる」
「固まる?」
「うん。道路とか水路を造るのに使えるかもしれない」
「それ、すごくない?」
「それもすごいんだけど、俺はこっちの方が気になってる」
青白い結晶を取り出した。
共鳴石。
一つの結晶から割れた二つの破片を机に置く。
「綺麗だね」
「ミラ、片方に触ってみて」
「これ?」
「うん」
ミラが指を伸ばす。
ふわっ、と二つの結晶が同時に薄く光った。
「あれ?」
ミラがもう一度触れると、やっぱり二つとも光る。
「私、こっちには触ってないよね?」
「触ってないよ」
「なんで?」
「元は一つの結晶なんだ。割れても、片方に触るともう片方も光る」
「へえ……」
ミラが二つの石を見比べる。
「面白いね」
「でしょ?」
「でも……」
「何?」
「これ、何に使うの?」
「やっぱりそう思う?」
「うん」
アストンと同じ反応だ。
「じゃあ、ちょっと試してみよう」
「何を?」
「簡単な実験」
紙を一枚持ってくる。
「短く一回光ったら『はい』。少し長く光ったら『いいえ』ってことにしよう」
「それだけ?」
「まずはね」
共鳴石の片方をミラへ渡す。
「俺は隣の部屋へ行くから」
「分かった」
部屋を出て扉を閉め、手元の共鳴石に短く触れてすぐに指を離した。
少しすると、手元の石が同じように短く光る。
ミラからの返事だ。
今度は少し長めに触れてみる。
すると、しばらくして手元の石も長く光った。
「ちゃんと分かるな」
部屋へ戻る。
「どうだった?」
「最初が『はい』で、次が『いいえ』でしょ?」
「正解」
「ちゃんと分かったよ」
「じゃあさ」
「何?」
「短い光と長い光を組み合わせて、それぞれに文字を決めたらどうなると思う?」
「文字?」
「例えば短い光一回なら一つの文字。短いの二回なら別の文字。短いのと長いのでも、また別の文字にする」
「……」
ミラが手の中の共鳴石を見る。
「それを順番に送るの?」
「うん」
「じゃあ……」
少し考えたあと、ミラがぱっと顔を上げた。
「離れたところに文字を送れる?」
「そういうこと」
「あっ!」
ミラの目が大きくなる。
「そういうことか!」
「分かった?」
「分かった!」
もう一度、手の中の石を見る。
「これ、すごくない?」
「たぶん、かなり」
「たぶん?」
「まだ、どのくらい離れてても使えるか分からないからね」
「そっか」
「でも、山の中ではかなり離れても光った」
「……」
ミラが共鳴石を見たあと、俺を見る。
「リオン」
「何?」
「本当に楽しそう」
「そう?」
「うん。久しぶりにそんな顔してる気がする」
「……」
そうかもしれない。
領主になってからは、金のこと、人のこと、政務所、騎士団、農業と、ずっと何かを立て直すことばかり考えていた。
でも今は、この小さな石で何ができるのか、そればかり考えている。
そんな俺を見て、ミラは嬉しそうに笑っていた。
◇
夕食の時間になった。
目の前にはパンとスープがある。
でも、頭の中は共鳴石のことでいっぱいだった。
短い光。
長い光。
その組み合わせ。
前世には、似たような仕組みがあった。
モールス信号。
名前も、どんなものなのかも知っている。
短い信号と長い信号を組み合わせて、文字を伝えるものだ。
ただ、どの組み合わせがどの文字だったかまでは覚えていない。
というか、知らない。
「ねぇ、リオン?」
「ん?」
「また手が止まってるよ」
「あ」
スプーンを持ったままだった。
「ごめん」
「ケーラさんが作ってくれたスープが冷めちゃうよ?」
「そうだね」
「うん」
ミラが笑う。
「楽しそうなリオンを見てると私も楽しい気持ちになるんだ」
「なんか照れるな……」
「でも、ご飯はちゃんと食べてね」
「はい」
スープを口へ運びながら、また考える。
別に前世のモールス信号をそのまま再現する必要はない。
この国で使っている文字に合わせて、自分で作ればいい。
よく使う文字は短く。
あまり使わない文字は長く。
文字と文字を分ける決まりもいる。
通信を始める合図も必要だし、終わる合図もあった方がいい。
「……」
「また考えてる」
「ごめん」
「もう」
呆れたように言いながら、ミラは笑っていた。
◇
夕食を終えると、すぐ部屋へ戻った。
机に紙を広げる。
新しい紙を使うのはもったいないので、政務所で不要になった書類の裏側を使った。
「まずは……」
よく使う文字を書き並べ、その横に短い光と長い光の組み合わせを書いていく。
短い光は点。
長い光は線。
一つ、二つ、三つ、四つ……と組み合わせれば、かなりの数を作れる。
もちろん、前世のモールス信号と同じではない。
知らないんだから仕方がない。
なら、自分で作ればいい。
よく使う文字には短い組み合わせを割り当て、使う機会の少ない文字ほど少し長くする。
「文字の区切りもいるな」
一文字を送り終えたら少し間を空ける。
さらに、短い光を三回続けるのを発信の合図に決めた。
相手が受信できる状態なら、同じように短い光を三回返す。
通信の終わりは長い光を三回。
「こんな感じかな」
完成した表を見る。
まだ試作品だが、実験するには十分だ。
◇
翌朝。
朝食が終わると、すぐにミラへ紙を差し出した。
「ミラ、これ」
「何?」
「昨日言ってたやつ」
「……」
ミラが表を見る。
「これ、昨日の夜に作ったの?」
「うん」
「ちゃんと寝た?」
「寝たよ」
「どれくらい?」
「……」
「リオン?」
「少し」
「もう」
「でも、試したかったんだよ」
もう一枚、書類の裏紙を渡す。
「これは?」
「送られてきた光を、そのまま書いてほしい」
「文字にしないの?」
「受けながら文字に変えてたら、次の光を見逃すかもしれないでしょ?」
「ああ、そっか」
「短い光なら点。長い光なら線。まずはそのまま書いて、全部受け取ってから表を見て文字に変える」
「分かった」
まずは屋敷の中で試すことにした。
俺は離れた部屋へ移動し、ミラは片方の共鳴石を持つ。
短く三回、発信の合図を送った。
少し待つと、手元の石が同じように三回短く光る。
「準備できたな」
信号表を見ながら、一文字ずつ送っていく。
短く。
長く。
少し間を空けて、次の文字。
最後に長い光を三回送り、通信を終えた。
ミラのいる部屋へ戻る。
「どう?」
「たぶん書けたよ」
紙には点と線が並んでいる。
「じゃあ、表と照らしてみよう」
「うん」
一つずつ文字へ変えていく。
「オ……」
「うん」
「ハ」
「うん」
「ヨ……ウ」
最後まで変換したミラが顔を上げる。
「オハヨウ」
「正解」
「できた!」
ミラが笑う。
「ちゃんと文字になった!」
「うん」
その後も何度か試した。
今度はミラから俺へ送る。
最初は文字と文字の間隔が短すぎて区切りが分からなくなったり、長い光が短すぎたりして失敗もした。
それでも何回か繰り返すうちに少しずつ慣れてきた。
「リオン」
「何?」
「これ、どのくらい離れててもできるの?」
「それを今日試してみたい」
「どこで?」
「昨日の山」
「ノア山脈?」
「うん。入口に魔力印を残してきた」
「そこからここまで?」
「やってみる」
ミラが手の中の共鳴石を見る。
「もし届いたら……」
「うん」
俺も自分の石を見る。
「かなり面白いことになる」
◇
裏庭へ出る。
「アストン」
「はい」
「行こうか」
「また転移ですか」
「うん」
「……承知しました」
「もう慣れた?」
「そんなすぐに慣れるものではございません」
「そっか」
「はい」
「ピー!」
今日もピコは一緒だ。
「じゃあ行くよ」
「お願いいたします」
アストンが俺の肩へ手を置く。
山の入口に残した魔力印を探し、そこへ魔力を流した。
次の瞬間には景色が変わっていた。
「到着」
「はい」
アストンが周囲を確認する。
「やはり便利ではございますが」
「まだ慣れない?」
「はい」
「ピー!」
亜空間収納から共鳴石と信号表、それから紙を取り出す。
「何をなさるのでしょう?」
「昨日の石の実験」
「あの灯りにもならない石ですか?」
「まだそう思ってる?」
「用途を伺っておりませんので」
「じゃあ見てて」
まず、短い光を三回送った。
「今ので屋敷に合図を送った」
「ここからですか?」
「うん」
しばらく待ったが、何も起こらない。
「……」
やっぱり遠すぎるか?
そう思い始めた頃、手元の石が短く三回光った。
「来た!」
「今のは?」
「ミラから」
アストンが共鳴石を見つめる。
「屋敷にいるミラ様から、ですか?」
「うん」
届いた。
屋敷から、ここまで。
「じゃあ送るよ」
信号表を見ながら、間違えないように一文字ずつ送っていく。
短い光。
長い光。
区切りを入れ、次の文字へ進む。
時間は掛かるが、それでも馬で人を走らせるよりは圧倒的に速い。
最後に長い光を三回送り、通信を終える。
「何を送られたのですか?」
「戻ったら確認する」
「承知しました」
しばらくすると、再び手元の石が短く三回光った。
「ミラからだ」
すぐに紙を構える。
短い光なら点、長い光なら線。
意味は考えず、送られてきたものを一つずつ紙へ書いていく。
そして最後に長い光が三回続いた。
「終わった」
「読めるのでしょうか?」
「今からね」
信号表を横に置き、一文字ずつ照らし合わせる。
「ヤ」
次。
「マ」
その次。
「ニ」
最後まで文字へ変えていくと、紙にはこう並んだ。
ヤマニツイタ
「……山に着いた」
「男爵様?」
「俺が送った言葉だよ」
「では……」
「ミラが、俺から受け取った信号をそのまま送り返した」
「……」
アストンが共鳴石を見る。
「屋敷から、この山まで文字を送れたのですか?」
「そういうこと」
「……これは、とんでもないことですよ」
「分かった?」
「はい」
アストンの声が少し大きくなる。
「離れた村で何か起きても、すぐに領都へ知らせられます」
「うん」
「魔物が現れた時にも使える」
「できるね」
「火事や洪水でも」
「そうだね」
「軍であれば、離れた部隊同士で連絡を取れます。
国境で異変が起きても、すぐ王都へ知らせることができるかもしれない」
「うん」
「これだけでも国のあり方が変わります」
「たぶんね」
アストンは興奮している。
でも。
「アストン」
「はい」
「もっと大きいと思う」
「もっと、ですか?」
「今は、人が情報を運んでるでしょ?」
「……どういうことですか?」
「人や馬車、早馬が手紙を運ぶでしょ? 遠ければ何日もかけて」
「はい」
「でも、これなら、人が何日もかけて移動しなくても王都と領地で情報をやり取りできる」
「……」
「それが各領地同士でもつながったら?」
アストンが黙る。
「これがうまくいくと、人が情報を運ぶっていう前提そのものが変わるんだ」
「……」
「戦争や災害だけじゃないよ」
商人の商売。
役所同士の連絡。
使い方はいくらでもある。
「国中の情報が、今までとは比べものにならない速さで動くようになる」
「……」
アストンが改めて共鳴石を見る。
「昨日、灯りにもならないと言ったことを訂正いたします」
「分かってくれた?」
「はい」
「よかった」
俺も手の中の石を見る。
「これ、本当にすごいことになるぞ」
◇
屋敷へ戻ると、ミラがすぐにやってきた。
「リオン!」
「どうだった?」
「届いたよ!」
「こっちも」
「本当に?」
「うん」
部屋へ入り、二人の紙を机に並べる。
俺が送った信号と、ミラが受け取って書いた信号は一致していた。
「これがリオンから来たやつ」
ミラが紙を指す。
その下には、表を見ながら変換した文字が書かれている。
ヤマニツイタ
「『山に着いた』」
「うん」
「本当に山から届いたんだよね?」
「うん」
「ここまで?」
「ここまで」
「……すごいね」
ミラが共鳴石を見る。
「本当にすごい」
昨日、山で偶然割れただけの結晶。
灯りにもならないほどの小さな光。
でも、この光なら遠く離れた場所へ情報を届けられる。
「これ、すごいことになるぞ」
「また目がキラキラしてる」
「だってさ」
もっと遠くではどうなる?
一つの原石を何個まで割れる?
もっと小さくしても反応する?
複数の場所へ同時に送ったら?
試したいことが次々と浮かんでくる。
それに。
「ヴィクトルを呼ぼう」
「ヴィクトル?」
「うん」
「商売にするの?」
「まだ分からない。でも、こういう時はヴィクトルにも見てもらった方がいい」
「それはそうかも」
机へ向かい、すぐに手紙を書く。
『ヴィクトルへ。
すごいものを見つけた。
かなり大きな商売になるかもしれない。
できるだけ早く来てほしい。
リオン』
「それだけ?」
横からミラが見る。
「詳しく書かない方がいいでしょ」
「うん。それはそうだね」
手紙を折り、ケーラを呼ぶ。
「はい、男爵様」
「これ、できるだけ早く出してもらえる?」
「どちらへでしょうか?」
「ヴィクトル。ローデン商会に」
「承知しました」
ケーラへ手紙を渡す。
これでいい。
次は共鳴石がどれくらい採れるのか。
距離。
分割できる数。
耐久性。
まだ確認することは山ほどある。
その時、屋敷の外から馬車の音が聞こえてきた。
「ん?」
ミラも窓の方を見る。
「誰か来たのかな?」
ケーラが外を確認する。
「男爵様。お客様のようです」
「誰だろう」
玄関へ向かい、外へ出る。
一台の馬車が止まっていた。
見覚えのある紋章だ。
「ハル家?」
扉が開き、最初に降りてきた男を見て驚いた。
「ノル!」
「お久しぶりですな、リオン様」
「父上が送ってくれるって言ってた騎士、ノルだったんだ」
「はい。しばらくこちらの騎士団を鍛え直せとの仰せです」
「助かるよ」
その後ろから、もう一人降りてくる。
「あれ、テオも?」
「はい。お久しぶりです、リオン様」
「久しぶり」
以前、アーロンたちと南の村へ行った時にも護衛をしてくれた。
「テオも来てくれたんだ」
「はい。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
ノルとテオ。
父上に頼んだ二人ということだろう。
でも、まだ馬車の中に人影がある。
「リオン様!」
「え?」
聞き慣れた声とともに、小柄な少女が勢いよく降りてきた。
「ミア?」
「はい!」
「なんでミアまで?」
「それは――」
さらに、その後ろから男が降りてくる。
「お久しぶりです、リオン様」
「……アーロン?」
「はい」
ノル。
テオ。
ミア。
そしてアーロン。
騎士を二人お願いしたのは確かだ。
でも。
「なんでみんな来たの?」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
リオン、ついにヴィクトルを呼びました。何かが起きます。




