第561話 二つの石
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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馬を進める。
「うわ……」
前を歩いていた馬の脚が、ずぶりと沈んだ。
慌てて手綱を引く。
「こっちは駄目だな」
「少し西へ回りましょう」
「うん」
レイ湿地。
遠くから見ると、一面の草原にも見える。
でも、実際に入ってみると全然違う。
地面が固いところもあれば、馬の脚が簡単に沈むところもある。
水が溜まっている場所も多い。
少し進んでは足元を確かめる。
危なそうなら戻って、別の場所を探す。
「思ったより進まないね」
「馬の脚を傷めるわけにはいきませんので」
「そうだね」
ピコは俺の肩の上だ。
「ピー!」
「ピコは楽でいいよね」
「ピー!」
返事だけはいい。
それにしても、これでは人や荷物を運ぶのは大変だ。
将来、この湿地を開発するなら道も必要になる。
そんなことを考えながら進む。
しばらくすると、ようやく地面が固くなってきた。
顔を上げる。
さっきまで遠くにあった山が、かなり近い。
「もう少しですね」
「うん」
ノア山脈。
今日はその手前にある山から調べる。
さらに進み、木々が増えてきたところで馬を止めた。
「ここからは歩こうか」
「その方がよろしいでしょう」
二頭の馬を木につなぐ。
「ピコ、行くよ」
「ピー!」
俺とアストンは山へ入った。
◇
人が入った形跡はほとんどなかった。
道もない。
枝を避けながら進む。
「本当に手つかずなんだな」
「そのようですね」
「ハーウェイ領側はいくつか調査したことがあるみたいだけど」
「こちら側までは来ていないのでしょう」
「だろうね」
ノア山脈は広い。
反対側から調べたからといって、全部を見られるはずもない。
足元を見る。
石。
土。
岩。
今のところ、特に変わったものはない。
「そう簡単には見つからないか」
「まだ入ったばかりです」
「そうだね」
しばらく歩く。
その時だった。
「ん?」
岩肌の一部に、薄く青白いものが見えた。
近づく。
「アストン」
「はい」
「これ、何だろう」
岩の隙間から半透明の結晶がいくつも出ている。
大きいものは手のひらほど。
小さいものなら指くらいだ。
「魔石でしょうか」
「かな?」
一本へ手を伸ばす。
指先が触れた。
ふわっ。
「……あ」
結晶が薄く光った。
青白い光。
でも、すぐに消える。
「光りましたね」
「うん」
もう一度、指で軽く触れる。
また光った。
「魔石みたいだね」
「しかし……」
アストンが結晶を見る。
「かなり弱い光です」
「そうだね」
「これでは灯りにもならないかと」
「うん」
青輝石とは全然違う。
暗闇を照らせるような光じゃない。
「何に使うんだろう」
結晶の根元を持つ。
「ちょっと取ってみるか」
力を入れる。
思ったより固い。
「んっ……」
さらに力を加えた。
パキッ。
「あ」
途中から割れた。
小さな破片が地面へ落ちる。
「割れちゃった」
手元には半分ほど残っている。
表面についた土を指で払う。
ふわっ。
手の中の結晶が光った。
その瞬間。
「……ん?」
足元を見る。
地面に落ちた破片も光っていた。
「今……」
「はい」
アストンも見ていたらしい。
「落ちた方も光りましたね」
「だよね」
しゃがんで拾う。
光はもう消えている。
右手に大きい方。
左手に小さい方。
右手の結晶へ、指先で軽く触れる。
ふわっ。
二つとも光った。
「……」
もう一度。
今度は左。
やっぱり二つとも光る。
「なんで?」
綻びの目を使う。
視界に文字が浮かんだ。
《結晶:破断》
《反応経路:維持》
《光反応:同期》
「反応経路……」
「男爵様?」
「割れてるのに、つながったままみたいだ」
「つながっている?」
「たぶん」
でも、同じような結晶なら全部反応するのか?
隣に生えている別の結晶を一本取る。
そちらへ触れる。
ふわっ。
新しく取った結晶だけが光った。
最初の二つは光らない。
「……違う」
「何がでしょう?」
「別の結晶には反応しない」
最初の破片へ触れる。
二つだけが光る。
新しく取った結晶は光らない。
「同じ一つの結晶だったものだけ?」
「そのように見えます」
面白い。
「アストン」
「はい」
「これ持って」
小さい方の破片を渡す。
「何をするのでしょうか」
「ちょっと離れてみて」
「離れる?」
「うん。まずあの木まで」
「承知しました」
アストンが歩いていく。
十歩ほど。
「そこでいいよ!」
「はい!」
手元の結晶へ触れる。
ふわっ。
「そっちは?」
「光りました!」
「もう少し離れてみて!」
さらに進んでもらう。
二十歩。
三十歩。
木々の間に、アストンの姿が小さくなっていく。
「そこで!」
もう一度触れる。
「どう?」
「光っております!」
「……」
距離は関係ないのか?
「今度はそっちを触ってみて!」
「承知しました!」
待つ。
ふわっ。
俺の手元の結晶が光った。
「……すごいな」
アストンが戻ってくる。
「何か分かったのでしょうか?」
「少なくとも、あの距離でも反応する」
「はい」
アストンが手の中の破片を見る。
「ですが、何に使うのでしょう」
「……」
離れていても。
片方への刺激が、もう片方に伝わる。
しかも別の結晶には伝わらない。
短く。
長く。
もし、この光に意味を持たせることができたら――。
「……これ、すごいことになるかもしれない」
「この石が、ですか?」
「うん」
「失礼ながら、灯りとして使うには弱すぎるように思いますが」
「普通はそう思うよね」
「違うのでしょうか」
「たぶんね」
「何に使うのですか?」
「まだ秘密」
「……承知しました」
何か分かってない顔だ。
俺だってまだ分からないことばかりだ。
どこまで離れても反応するのか。
何度使っても大丈夫なのか。
大きさで反応に違いはあるのか。
調べないといけないことはいくらでもある。
「共鳴してるみたいだな」
「共鳴、ですか」
「うん。とりあえず共鳴石って呼ぼうか」
「承知しました」
同じ場所から、形のいい結晶を五つほど採った。
「結構重いですね」
「そうだね」
「馬まで運びましょうか」
「いや、大丈夫」
「ですが――」
結晶へ手を伸ばす。
亜空間収納を開く。
五つの結晶が消えた。
「……」
アストンが固まる。
「どうしたの?」
「男爵様」
「何?」
「今のは……スキルでしょうか?」
「ああ、これ?」
「はい」
「違うよ。魔法」
「魔法……ですか」
「亜空間収納っていうんだ」
アストンが、石の消えた場所を見る。
「そのような魔法が……」
「驚いた?」
「はい」
素直だ。
「でも、アストンには話してもいいと思ってるから」
「私に、ですか?」
「うん」
アストンを見る。
「信用してるから」
「……」
一瞬だけ黙ったあと、アストンが頭を下げた。
「ありがとうございます」
「でも、まだ他の人には秘密ね」
「もちろんです」
「じゃあ、もう少し行こうか」
「はい」
◇
さらに山へ入る。
共鳴石が他にもないか、周囲を見ながら歩く。
「さっきの場所だけじゃなければいいんだけどな」
「採れる量は重要なのですね」
「うん。一個だけ見つかっても商売にはならないから」
その時。
「ピー!」
肩のピコが鳴いた。
「どうした?」
「男爵様」
アストンの声が変わる。
前方。
茂みが大きく揺れた。
「グルルルル……」
姿を現したのは、大きなガルムベアだった。
「こんなところにもいるのか」
剣へ手を伸ばす。
「男爵様」
「何?」
「私が」
「え?」
アストンが前へ出た。
ガルムベアが地面を蹴る。
速い。
巨体が一気に距離を詰める。
アストンは動かない。
「ちょっと――」
ガルムベアが前脚を振り上げる。
その瞬間、アストンが半歩横へ動いた。
前脚が空を切る。
同時に剣を抜く。
「……速い」
ガルムベアが振り返る。
もう一度突っ込む。
アストンは正面から受けない。
横へかわす。
さらに踏み込む。
剣が走った。
「グオッ!」
傷を負ったガルムベアが大きくよろめく。
その巨体が岩壁へぶつかった。
ドンッ!
岩が崩れる。
灰色の欠片と粉が地面へ落ちた。
それでもガルムベアは倒れない。
「アストン!」
「問題ございません」
再び前脚が振り下ろされる。
アストンが懐へ入る。
「はっ!」
一閃。
ガルムベアの動きが止まった。
そのまま地面へ倒れる。
「……強いね」
「リオン様ほどではございません」
「いや、かなり強いよ」
普通に強い。
護衛としては相当な腕なんじゃないか?
「どこで覚えたの?」
「騎士として必要な訓練を受けただけです」
「それだけ?」
「それと、以前」
「うん」
「王都武闘大会で三位になったことがございます」
「……三位?」
「はい」
「それ、初めて聞いたんだけど」
「お話しする機会がございませんでしたので」
「通りで強いわけだ」
「一位ではございません」
「三位でも十分だよ」
何で今まで言わなかったんだ。
「ピー!」
ピコもアストンを見る。
「ピコも驚いた?」
「ピー!」
「ありがとうございます」
アストンが真面目に頭を下げた。
ピコにまで丁寧だ。
◇
そのあとも、しばらく周辺を調べた。
岩肌を見る。
地面を見る。
さっきの共鳴石と同じものは見つからない。
「今日はこれだけかな」
「これが見つかっただけでも十分かと」
「まあね」
そろそろ戻ろうか。
そう思い、ガルムベアと戦った場所の近くまで戻ってきた時だった。
「……ん?」
足が止まる。
「どうされました?」
「ここ」
地面を見る。
「何かございますか?」
「さっき、もっとぬかるんでなかった?」
ガルムベアが岩壁へぶつかった場所だ。
そのすぐ下。
さっきまで柔らかかったはずの地面が、妙に固くなっている。
「……確かに」
アストンが靴で踏む。
「先ほどとは違いますね」
「だよね」
俺も踏んでみる。
硬い。
石ほどじゃない。
でも、明らかにさっきの泥とは違う。
「何で?」
何か変わったことはあったか?
ガルムベアが岩へぶつかった。
岩が崩れた。
そして、足元には灰色の粉が広がっている。
「これ?」
しゃがむ。
綻びの目を使った。
《泥層:異常硬化》
《亀裂:微少》
《水分浸透:低》
《異物混入:灰色粒子》
「灰色の粒……」
「男爵様?」
「ちょっと待って」
固まった地面を指で削る。
中には灰色の細かな粒が混ざっていた。
顔を上げる。
崩れた岩壁。
もう一度、綻びの目を使う。
《表層:破損》
《灰色粒子:飛散》
それだけか。
この石が何なのかは教えてくれない。
でも、さっきまで泥だった。
そこへこの石が砕けて落ちた。
そのあと、地面が固まった。
「まさか……」
岩壁から灰色の石を一つ取る。
「アストン、水持ってる?」
「はい」
水筒を受け取る。
近くの柔らかい土を集めた。
灰色の石を剣の柄で砕く。
「何をされるのでしょうか」
「ちょっと実験」
粉になった石を土へ混ぜる。
水を加える。
最初はただの泥だ。
「……泥ですね」
「うん」
そのまま少し待つ。
周辺を調べながら、時々様子を見る。
しばらくして。
「そろそろかな」
しゃがむ。
指で触る。
「……固まってる」
「本当ですね」
さっきより明らかに硬い。
さらに水をかける。
簡単には崩れない。
綻びの目を使う。
《表面:硬化進行》
《亀裂:少》
《水分浸透:低》
「やっぱり」
「何か分かったのですか?」
「この石の粉だよ」
「この石が?」
「たぶん。土と水に混ぜると固くなる」
アストンが固まった土を見る。
「それが何か役に立つのでしょうか?」
「役に立つよ」
頭の中にいくつも浮かぶ。
道路。
建物。
水路。
橋。
堤防。
ここへ来るまで苦労したレイ湿地。
使い方次第では、あそこの開発にも使えるかもしれない。
「これ、かなり使えるかも」
「そこまでですか?」
「うん」
しかも、領内だけじゃない。
道路を整備したい領地。
水路を造りたい町。
建物を造る場所。
欲しがるところはあるはずだ。
もちろん、まだ分からないことの方が多い。
どれくらい混ぜればいいのか。
固まるまでどれくらい掛かるのか。
どれほどの強度になるのか。
どのくらいの量が採れるのか。
「こっちは硬化石かな」
「硬化石、ですか」
「分かりやすいでしょ?」
「はい」
「これも持って帰ろう」
「承知しました」
灰色の石をいくつか採る。
そのまま亜空間収納へ入れた。
「便利ですね、その魔法」
「でしょ?」
「先ほどより、その価値は理解できます」
「そうなんだよ、わかってくれて嬉しいよ」
「荷物を持たずに済みますので」
「そうだね」
◇
気づけば、森の中が暗くなり始めていた。
「男爵様。そろそろ戻った方がよろしいかと」
「そうだね」
今日はまだ、この山の入口付近しか見ていない。
それなのに共鳴石、硬化石の二種類が見つかった。
「アストン」
「はい」
「この山、当たりかもしれない」
「当たり、ですか?」
「うん。まだ少ししか調べてないのに二種類も見つかった」
「確かに」
山を見上げる。
「もっと本格的に調べた方がいいな」
「人を入れますか?」
「うん。でも、その前に採れる量を確認しないと」
「量ですか」
「少ししか採れないなら商売にはならないからね」
それだけじゃない。
採掘のしやすさ。
運び出す方法。
魔物への対応。
費用。
全部考えないといけない。
ここまで来るだけでも、湿地でかなり苦労した。
「道も必要になるな……」
「はい」
「今日は帰ろう」
「承知しました」
「ピー!」
馬をつないでいた場所まで戻る。
「男爵様、このまま戻られますか?」
「その前に一つだけ」
「何でしょう」
地面を見る。
ここなら馬二頭を連れて転移してきても十分な広さがある。
それに、今日調べた山の入口にも近い。
「次もここまで馬で来るの、大変だからね」
「……なるほど」
魔力を集中させる。
足元へ魔力印を残した。
「これで次からは、ここまで直接来られる」
「それは助かります」
「湿地を馬で抜けるだけでも結構大変だったからね」
もう一度、山を見る。
今日調べたのは、本当にごく一部だ。
それでも、二つ見つかった。
次は、もっと奥まで調べられる。
「この山には、まだ何かあるかもしれないな」
「はい」
「ピー!」
最後まで読んで頂きありがとうございます。
アストン、すっかりリオンのパートナーみたいになってますね。
読者からの評価が良くない王宮側ですが、彼を護衛につけてくれたのは好判断だったと思います。




