第560話 少しずつ
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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ミラが来てから、少しずつ周りが変わり始めた。
最初は屋敷だった。
「これはこっちでいい?」
「はい、ミラ様」
廊下から声が聞こえる。
覗いてみると、ミラと侍女が荷物を整理していた。
「何してるの?」
「荷物の整理」
「ミラも?」
「うん」
「侍女に任せればいいじゃない」
「一緒にやってるだけだよ」
ミラが小さな箱を棚へ置く。
そこへケーラがやってきた。
「ミラ様。そちらは私が」
「大丈夫です。これは自分たちでやるので」
「ですが――」
「ケーラさんは、今まで通りリオンのことをお願いします」
「……承知しました」
最初こそ、ケーラは何かにつけてミラの世話をしようとしていた。
侯爵令嬢。
しかも、この屋敷の主人である俺の婚約者だ。
当然なのかもしれない。
でも、ミラは自分の身の回りのことを侍女に任せ、ケーラへ仕事を増やそうとはしなかった。
何日か経つ頃には、ケーラも少しずつ分かってきたようだ。
「ミラ様。お湯はこちらに用意してあります」
「ありがとうございます」
「お食事は男爵様と同じものでよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「承知しました」
最近、ケーラの表情が少し柔らかくなった気がする。
◇
政務所でも同じだった。
ミラは何かを決めるわけじゃない。
書類に署名することもない。
俺の代わりに命令することもない。
ただ、話を聞いていた。
「ミラ様。少しよろしいでしょうか」
「はい」
午前中。
一人の文官がミラへ声を掛けた。
数日前まで、俺がやり方を変えると言うたびに不満そうな顔をしていた男だ。
「新しい集計方法についてなのですが」
「何か心配なことがありますか?」
「一つございまして……」
「聞かせてもらえますか?」
「はい」
文官が資料を広げる。
「今までは専任の者がおりましたので、各村から集まった数字をその日のうちにまとめられました。
しかし、その者が退職したため、現在は別の業務を行う者が兼任しております」
「それだと大変ですね」
「はい。このままですと、月末に作業が集中するかと」
「なるほど……」
ミラが資料を見る。
「それ、男爵様にも相談しましたか?」
「いえ。以前の方法へ戻していただくのは難しいかと思いまして」
「前の方法に戻すんじゃなくて、別のやり方を考えてもらうのはどうですか?」
「別の方法、ですか?」
「はい。今困っていることを、そのまま伝えてみたらいいと思います」
「……分かりました」
その後、文官は俺のところへ来た。
「男爵様。少しご相談がございます」
「何?」
話を聞く。
確かに問題があった。
人を減らしたことで、一部の仕事に負担が偏っている。
「じゃあ、この集計自体を月末にまとめてやる必要があるのか調べよう」
「え?」
「途中まで各村でまとめてもらうこともできるかもしれないし、提出日を分けてもいい」
「よろしいのでしょうか?」
「今のやり方で問題があるなら変えないと」
「……承知しました」
文官が頭を下げる。
戻っていく背中を見る。
「リオン」
「何?」
「ちゃんと話が聞けて偉いね」
「そりゃそうだよ」
「前のやり方が嫌だから変えてるわけじゃないもんね」
「うん。今の人数でちゃんと仕事ができるようにしたいだけだから」
「そっか」
ミラが笑う。
そういうことが何度か続いた。
最初は侯爵令嬢というだけで緊張していた文官たちも、少しずつミラへ話しかけるようになった。
「ミラ様、少しよろしいでしょうか」
「昨日の件なのですが」
「一度お聞きいただきたいことが……」
ミラは全部聞く。
でも、何でも同意するわけじゃない。
「それって、今までそうだったから、以外にも理由はありますか?」
「……ございません」
「だったら、一度新しいやり方で試してみてもいいと思います」
必要なら俺やローレンへつなぐ。
それだけだ。
「すごいな」
少し離れたところから見ていて、思わず口に出た。
「何がでしょうか?」
ローレンが聞く。
「もうみんなミラに相談してる」
「ミラ様は、まず最後まで話を聞かれますから」
「俺も聞いてるつもりなんだけどな」
「男爵の場合、途中で問題点がお分かりになると、すぐ解決策のお話へ移られますので」
「……そう?」
「はい」
即答された。
「最近、みんな俺に遠慮なくなってきたよね」
「良いことではないでしょうか」
「そうかな」
「何も言われなくなるよりは良いのではないかと」
「まぁ、それはそうだけど」
◇
数日後。
ミラと領都へ出た。
「ここが市場なんだね」
「うん。この辺りでは一番大きいよ」
「でも……」
ミラが周囲を見る。
並んでいる品物は決して多くない。
人通りもまばらだ。
「思ってたより静かだね」
「領地全体が弱ってるからね」
「そっか……」
市場を歩く。
「男爵様」
一人の女性に声を掛けられた。
野菜を並べている店の主人だ。
「こんにちは」
「こんにちは」
女性が俺の隣にいるミラを見る。
「あの……そちらの方は?」
紹介しようとしたが、ミラが先に軽く頭を下げた。
「はじめまして。ミラ・ハーウェイです」
「ハーウェイ……」
女性が目を見開く。
「南の侯爵様の?」
「はい。娘です」
「そ、それは失礼いたしました!」
「大丈夫です。今日は領都を見せてもらっているだけですから」
ミラが笑う。
女性の緊張が少しだけ和らいだ。
ミラは店先を見る。
「この野菜は、この辺りで採れたものですか?」
「はい。近くの村から仕入れております」
「最近はどうですか?」
「どう、と申しますと?」
「売れ行きとか」
「ああ……」
女性が少し困った顔をする。
「正直、良くはありません」
「そうなんですね」
「町へ買い物に来る方自体が減っておりますので」
「困っていることってありますか?」
「そうですね……」
最初は言いにくそうにしていた。
でも、少しずつ話し始める。
「荷車で来る道が傷んでおりまして。雨の後などは、かなり時間が掛かるんです」
「道ですか」
「はい」
ミラが俺を見る。
でも、すぐには何も言わなかった。
女性へ向き直る。
「そのこと、男爵様にも聞いていただいていいですか?」
「もちろんです」
「リ――」
一瞬こちらを見てから、ミラが言い直す。
「男爵様」
「何?」
「今の話、覚えておいてね」
「もちろん」
女性が少し驚いた顔をしたあと、笑った。
その後もいくつかの店を回った。
「この辺りは夜になると暗くて」
「最近は仕入れ値が上がってしまって」
「村から町へ来る人が減りました」
ミラは一つずつ聞く。
そして、
「直します」
とは言わない。
「政務所にも伝えていいですか?」
「男爵様にも相談してみます」
それだけだった。
それでも、帰る頃には最初より声を掛けてくる人が増えていた。
「ミラ様」
「今日はありがとうございました」
「またいらしてください」
市場を出たところで振り返る。
「すごいね」
「何が?」
「もう名前覚えられてる」
「リオンが紹介したからでしょ」
「それだけじゃないと思うけどな」
「そう?」
「うん」
◇
そんな日が何日か続いた。
屋敷ではケーラ。
政務所では文官たち。
領都へ出れば、商人や住民。
少しずつ、ミラへ話しかける人が増えていった。
ミラが大きなことをしたわけじゃない。
新しい制度を作ったわけでもない。
金を配ったわけでもない。
ただ、話を聞く。
困っていることがあれば俺やローレンへ伝える。
自分に分からないことなら、分からないと言う。
それだけだ。
でも。
「ミラ様なら、まず聞いてくださる」
そんな声を聞くようになった。
俺は、どうしても先に問題を見る。
どこに無駄があるのか。
何を変えるべきか。
どうすれば早くなるのか。
でも、ミラは少し違う。
その仕事をしている人。
そこに住んでいる人。
まず、その人を見る。
俺にはないところだ。
◇
「リオン」
「何?」
政務所。
机の上に地図を広げていた。
ミラが横から覗き込む。
「また山見てる」
「分かる?」
「何回も見てるから」
俺の指の先。
レイ湿原。
その南に連なるノア山脈。
さらに山の向こうには、ハーウェイ領がある。
「まだ気になってるんでしょ?」
「うん」
「ノア山脈」
「そう」
ミラも地図を見る。
「ハーウェイ領側でも、昔何度か調べてるよ」
「やっぱり?」
「うん。全部じゃないけど、いくつかの山には人を入れたって聞いてる」
「何か見つかった?」
「特には」
「鉱石も?」
「鉱山にできるようなものは見つからなかったって」
「そっか」
少し残念だ。
「でも、全部調べたわけじゃないよ」
「だよね」
「こんなに広いんだから」
地図の上だけでも、山脈は長く続いている。
ハーウェイ領側で何も見つからなかった。
だからといって、こちらにも何もないとは限らない。
「行きたいんでしょ?」
「山に?」
「うん」
「……行きたい」
「じゃあ行ってくれば?」
「でも、政務所もまだ――」
「また?」
「え?」
ミラが俺を見る。
「一人で全部やろうとしてる」
「いや、そういうわけじゃ――」
「本当?」
「……」
「ローレンさんもいるし、私もできることは手伝うよ」
「でもミラは来たばっかりだし」
「だから決めるのはリオンだよ」
「うん」
「私は話を聞いたり、みんなに説明したりするだけ」
昨日と同じだ。
ミラが領主になるわけじゃない。
俺の代わりに何かを決めるわけでもない。
「それに、必要なら戻って来られるんでしょ?」
「転移魔法で?」
「うん」
そうか。
ミラは転移魔法のことを知っている。
ただ、今どこまで使えるのかまでは話していなかった。
「レイ湿原までは、転移するための目印を残してあるんだ」
「じゃあ、すぐ戻れるの?」
「うん。前よりかなり安定して使えるようになったから」
「だったら、なおさら行ってくればいいじゃない」
「……そうだね」
「リオン」
「何?」
「まだまだやりたいこと、たくさんあるんでしょ?」
「うん」
「だったらやってきなよ」
「分かった。ありがとう」
地図を見る。
「何か見つかるといいね」
ミラが笑う。
「行ってらっしゃい」
「うん。行ってくる」
◇
屋敷の裏庭。
まずは俺とアストン。
肩にはピコ。
「ピー!」
「じゃあ行こうか」
「承知しました」
アストンが俺の肩を掴む。
「アストン」
「はい」
「もう転移、慣れた?」
「慣れておりません」
「即答だね」
「慣れる必要があるのでしょうか」
「これから結構使うと思うよ」
「……」
「何、その顔」
「努力いたします」
「努力で慣れるものなのかな」
「それは私にも分かりません」
「ピー!」
「ピコは慣れてるよね」
「ピー!」
目を閉じる。
レイ湿原。
古い小屋に残した魔力印を探す。
「行くよ」
「はい」
魔力を流す。
次の瞬間、景色が変わった。
古い小屋の中。
「……」
「どう?」
「やはり慣れません」
「まぁ、徐々にだね」
外へ出る。
今日は、このまま帰らない。
馬を二頭連れてくる必要がある。
「問題はここだな」
「小屋の中でしょうか?」
「うん。馬をここに転移させるのはやめた方がいいよね」
「強くお勧めいたします」
「だよね」
自室の時と同じことになりかねない。
小屋から少し離れる。
湿地の中でも地面が固く、馬が二頭いても余裕のある場所を探した。
「この辺かな」
「問題ないかと」
振り返る。
小屋は少し離れている。
これなら馬が突然暴れても、建物を壊すことはない。
「先に前の印を消しておこう」
小屋へ戻る。
床に残していた魔力へ意識を集中させる。
残っている魔力を少しずつ散らした。
しばらくすると、転移先として感じていた感覚が消える。
「よし」
「消されたのですか?」
「うん。近くに二つあってもややこしいからね」
もう一度、外へ出る。
さっき選んだ場所に立つ。
魔力を集中させる。
新しい魔力印を残した。
「これでいい」
「では、一度戻られるのですね」
「うん」
「また転移を」
「帰りもあるからね」
「……承知しました」
「まだ二回あるよ」
「数えないでいただけますか」
◇
屋敷へ戻る。
用意していた二頭の馬を裏庭へ連れてきた。
「今度こそ行こう」
「はい」
右手で一頭。
左手でもう一頭へ触れる。
ピコは肩。
アストンが俺の腕を掴む。
「さっきより強くない?」
「念のためです」
「そう」
新しく残した魔力印を探す。
すぐに見つかった。
「行くよ」
「はい」
「ピー!」
魔力を流す。
景色が変わる。
少し離れたところに古い小屋。
足元はしっかりした地面。
二頭の馬もいる。
「成功」
「はい」
アストンが馬を確認する。
二頭とも少し落ち着かないが、自室へ転移した時ほどではない。
「最初からこうすればよかったな」
「本当にそう思います」
馬に乗り、顔を上げる。
湿原の向こうにはノア山脈が連なっている。
「アストン」
「はい」
「この山に何かあるといいね」
「何もない可能性もございます」
「なければないで諦めるよ」
何もなければ、それが分かるだけでもいい。
でも、もし何かあれば、今のこの領地にとって大きな意味を持つかもしれない。
「行こう」
「はい」
「ピー!」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ここからリオンの本領発揮!と、なるかどうか。




