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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第21章 リオン・ハル男爵

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第556話 南へ

お手すきの際に是非!

《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした

(https://ncode.syosetu.com/n6087ms/)からご覧いただけます。

 それから、さらに一週間が過ぎた。


 希望退職の手続きも、ほとんど終わった。


 朝、西部政務所へ入る。


「……静かになったな」


 以前は人で埋まっていた机の間に、空席が目立つ。


 当初四十六人いた職員は、今では二十六人まで減っていた。


「人員整理は、ほぼ完了しております」


 ローレンが答える。


「半分近くになったね」


「はい」


 人が減った分、仕事も減らした。


 同じ数字を何度も書く帳簿。


 誰も読まない報告書。


 重複していた承認。


 そういうものをかなりなくしたおかげで、今のところ仕事は回っている。


 騎士団も同じだ。


 二十九人いた騎士は半分以下まで減った。


 俺に挑んできたスレッガーたちを中心に残し、それ以外には希望退職を募った。


 騎士団長も退職することになった。


 人数だけ見れば心細い。


 でも、訓練もしない二十九人を抱えるよりはいい。


 問題は、残った騎士を誰が鍛えるかだ。


「……こっちも早く何とかしないとな」


 ◇


 久しぶりに屋敷へ戻る。


「ただいま」


「お帰りなさいませ」


 迎えてくれたのはケーラだけだった。


 少し前まで二十八人いた屋敷雇いの使用人は、もう一人もいない。


 配置転換された人。


 希望退職を選んだ人。


 屋敷専属の使用人はゼロになった。


 ケーラは王宮から一時的に来てもらっているので別だ。


 廊下を歩く。


 以前は毎日磨かれていた床に、うっすらと埃が見える。


 庭も少しずつ草が伸び始めている。


 使っていない部屋は扉を閉めたままだ。


「やっぱり、一人じゃ大変だよね」


「できる範囲で行っておりますので」


 ケーラはそう言うけど、この広い屋敷を一人で維持できるはずがない。


「使ってない部屋は掃除しなくていいよ」


「ですが――」


「誰も使わないんだから。必要になった時にやればいい」


「……承知しました」


 広い屋敷。


 人がいなくなると、余計に広く感じる。


 ふと、ミラのことを思い出した。


 領地が落ち着いたら来てもらう。


 そう言って別れた。


「……」


 廊下を見る。


 薄く埃の積もった床。


 手入れが追いついていない庭。


 そして、この屋敷の外にはもっと厳しい現実がある。


 税収はほとんど期待できない。


 農村は弱っている。


 騎士団も作り直し。


 領地の再建策すら、まだ形になっていない。


「まだ呼べないな」


 自室へ入り、机に座った。


 紙を一枚取り出す。


 ミラへ手紙を書く。


 領地の状況が、想像していた以上に厳しかったこと。


 今はほとんど領地を離れられないこと。


 そして最後に、


『来てもらうと言っていたけど、もう少し待ってほしい』


 と書いた。


 筆が止まる。


 ミラなら、それでも行くと言うかもしれない。


 こんなことを勝手に決めたら、怒るかもしれない。


 でも、今はまだ呼べない。


 俺自身が、この領地でどうやって暮らしていくのかすら見えていない。


 もう一枚、紙を出す。


 今度は父上へ。


『父上へ。


 こちらは想像していた以上に厳しい状況です。


 特に騎士団は、一から鍛え直す必要があります。


 もし可能であれば、ハル領から騎士を二名、しばらく貸していただけないでしょうか。


 戦力としてではなく、残った騎士たちの訓練を任せられる者を希望します』


 ハル領から強い騎士を何十人も連れてくれば、一時的には楽になる。


 でも、それでは何も変わらない。


 この領地の騎士を育てる必要がある。


 翌朝、西部政務所で二通の手紙をローレンへ渡した。


「こっちはハーウェイ侯爵家のミラへ。もう一つは父上」


「承知しました」


「急ぎで出してもらえる?」


「はい」


「父上からの返事って、どれくらいで来そう?」


「急ぎ便でしたら、四日ほどかと」


「じゃあ、それまでにできることを進めよう」


 ◇


 地図を広げる。


 ここ二週間で、かなりの支出を削った。


 でも。


「このままじゃじり貧なんだよな」


「はい」


 ローレンも地図を見る。


 税を減らす。


 人件費を減らす。


 無駄な仕事をなくす。


 それで時間は稼げる。


 でも、金が増えるわけじゃない。


「まず、農業を変える」


「農業ですか?」


「うん。今ある農地から取れる量を増やしたい」


 地図の中央部。


 穀倉地帯と呼ばれている場所を指す。


 名前だけ聞けば豊かそうだが、実際の収穫量は低い。


「ハル領でやってる方法を、こっちでも少し試そう」


「先日伺った『堆肥』のことでしょうか?」


「そう」


 ただし、問題がある。


「こっちは家畜が少ないから、糞だけじゃ全然足りない」


「では、どうされますか?」


 前世で祖父がやっていたことを思い出す。


「落ち葉、刈った草、藁、生ごみ。使えるものを集めて堆肥を作る」


「それだけでも作れるのですか?」


「作れるよ。時間は掛かるけどね。今から始めて、次の作付けに使えるようにする」


 すぐに効果が出るものじゃない。


 でも、今始めなければ次も同じだ。


「それと、イモ」


「イモですか?」


「うん。試験的に増やしたい」


 小麦に向かない土地でも作れる可能性がある。


 保存もしやすい。


 食料不足への備えにもなる。


「ただし、いきなり領全体ではやらないよ」


 地図上のいくつかの村を指した。


「まず、希望する農家を募る。このくらいの面積だけ試してもらう」


「農家が嫌がる可能性は?」


「あると思う」


 今まで作っていない作物を、失敗するかもしれないのに育てろと言われても困る。


「だから、指定した試験栽培分については全部政務所で買い取る」


「全量ですか?」


「そう。試験分だけ。それならやってもいいっていう農家は出るかもしれない」


「なるほど」


「それで買ったイモは食料支援に回せばいい。いくつか料理の方法もあるし、外から食料を買って配ってる金を少しでも領内に回せる」


「それなら意味はありますね」


「うまくいけば次は広げる。駄目なら、何が駄目だったか調べる」


 最初から大規模にやる必要はない。


 小さく試す。


 結果を見る。


 うまくいったものだけ広げる。


 前世でも何度もやった方法だ。


「まずはこれで、今ある農地の生産を増やす」


「はい」


「でも、それだけじゃ足りない」


 地図の南を見る。


 南の森。


 レイ湿原。


 そのさらに先にあるノア山脈。


 ほとんど開発されていない地域だ。


「ここを調べたい」


「レイ湿原ですか?」


「まずはね」


「南部を開発なさるおつもりで?」


「できるかどうか、それを調べるんだよ」


 広い湿地。


 今までほとんど使われてこなかった土地。


 でも、湿地だから価値がないとは限らない。


 前世では、水の多い土地を利用して米を作る場所もあった。


 この世界でも、セルヴァン王国では米が作られている。


 条件さえ合えば、ここでも作れる可能性はある。


 それに水気を好むイモ類。


 レンコンのように、水の多い土地で作れる作物もある。


 もちろん、他でやっていることがそのまま通用するとは限らない。


「条件次第では、米っていう作物がこの領を救うことになるかもしれないからね」


「コメ……という食べ物ですか? 聞いたこともありませんが、湿地で作れるのでしょうか?」


「それを調べに行くんだよ。水の深さとか、土とか、水がどこから来てどこへ抜けるのかとか。そういうのを見ないと分からない」


「なるほど」


「ローレン。レイ湿原について残ってる資料を全部出して」


「昔のものもでしょうか?」


「全部。地形、水量、雨の時期、分かるものは何でも」


「承知しました」


 ◇


 出てきた資料は少なかった。


 昔からほとんど利用されていない場所だから当然だ。


「これじゃ分からないな」


「現地へ行かれますか?」


「うん。それと、王都のセルヴァン王国大使館にも手紙を出そう。ナディアに米作りについて聞いてみる」


「承知しました」


 その場でナディアへの手紙を書く。


 米を育てるために必要な水や土。


 育て方。


 詳しい人がいれば紹介してほしいこと。


 書き終えるとローレンへ渡した。


「これもお願い」


「かしこまりました」


「それから、これからレイ湿原を見てくる。二日ほど政務所を空けるから、留守をお願い」


「二日ですか?」


「馬なら一日くらいで着くみたいだから、今日は移動。明日は向こうを調べる」


「お戻りは?」


「帰りは…まぁ、どうにかするよ」


「どうにか?」


 ローレンの右眉が上がる。


「まぁ、細かいことは良いから二日間こっちは任せるよ」


「承知しました。南部はほとんど人の入らない場所です。十分にお気をつけください」


「ありがとう」


 ◇


 屋敷へ戻る。


 自室の中央で立ち止まった。


「ここでいいか」


 魔力を集中させる。


 自室に、転移の目印となる魔力を残した。


「ピー?」


 ピコが首を傾げる。


「時間がなさすぎるんだよ」


 行きは現地を見ながら馬で進む。


 でも帰りは、ここへ直接戻ればいい。


 領主になってから分かった。


 金だけじゃない。


 時間も足りない。


 使える魔法があるなら使う。


 必要なものを準備する。


 地図。


 湿原について残っていた古い記録。


 紙と筆記具。


 二日分の食料と水。


 野営道具。


 馬の餌。


「あ、全部亜空間収納に入れておけばいいか」


 鞄も荷物もまとめて亜空間収納へ入れる。


 これなら馬に余計な荷物を積まなくて済む。


 そこで、ドアがノックされた。


「どうぞ」


 ケーラが入ってくる。


「これからお出かけですか?」


「うん。レイ湿原を見てくる」


「承知しました」


「二日後に帰ってくるから。じゃあ行ってくる」


「行ってらっしゃいませ」


「さあ、ピコも行くよ」


「ピー!」


 玄関を出る。


 そこにはアストンが立っていた。


「男爵様、どちらへ行かれるのですか?」


「レイ湿原」


「承知しました。馬を用意いたします」


「いや、一人で行くよ」


「なりません」


「でも、かなり遠いし――」


「なりません!」


「二度も言ったな。お――」


 いや、やめておこう。


 これはわかる人にしかわからないネタだ。


「男爵様が未開の湿地へお一人で向かわれるのであれば、何度でも申し上げます」


「……」


「私は男爵様の護衛です」


 まったく譲る気がない。


「分かったよ。じゃあ二頭お願い」


「すでに用意しております」


「え?」


「ケーラから、男爵様がお出かけの準備をなさっていると聞きましたので」


「……みんな俺の扱いに慣れてきたな」


「ピー!」


「ピコまで?」


 ◇


 俺とアストンは馬で領都を出た。


 南へ向かう。


 最初は農地が続いた。


 小麦畑。


 放棄された畑。


 まばらな家。


 南へ進むほど人の姿が減っていく。


 途中で何度か休憩を取りながら馬を進めた。


 日が傾く頃には、周囲から畑もほとんどなくなった。


 もう少し進んだところで、あたりは完全な暗闇になったので、進むのを止めて野営した。


 ◇


 翌朝。


 再び馬を走らせる。


 しばらくすると、地面が少しずつ湿ってきた。


 草の種類も変わる。


 水たまりが増えていく。


「この辺りからです」


 アストンが言う。


「うん」


 さらに進む。


 やがて、馬の足が泥に沈み始めた。


「ここまでだね」


「はい。これ以上は馬では危険かと」


 乾いた場所を探して馬をつなぐ。


 そこからは歩いて進む。


 そして。


「……すごいな」


 足を止めた。


 目の前に、広大な湿地が広がっていた。


 草。


 水。


 泥。


 その向こうにも、まだ湿地が続いている。


「資料で見るより、ずっと広く感じますね」


「うん」


 グレイヴ家には、ここは使い道のない土地に見えていたのかもしれない。


 でも、俺には少し違って見えた。


 これだけの水。


 広い平地。


 もし、水の流れを管理できたら。


「……米ができたら、すごいことになるぞ」


 小声で言ったつもりだった。


「何でしょうか?」


 アストンは聞き逃さなかった。


「いや。まだ分からない」


 水があるから作れる。


 そんな単純な話じゃない。


 土。


 水深。


 水の流れ。


 季節による増減。


 排水できる場所があるのか。


 全部調べないといけない。


 米が駄目でも、水の多い土地だからこそ作れるものがあるかもしれない。


 亜空間収納から鞄を取り出し、中から紙を一枚抜く。


 アストンは周囲を警戒している。


「アストン」


「はい」


「付き合って」


「もちろんです」


「まずは歩こう。水と土を見る」


 今ある農地の収穫量を増やす。


 そして、この湿地まで使えるようにする。


 もし両方できれば、領地の食料事情は大きく変わる。


 さらに余るほど作れれば、外へ売ることだってできる。


 目の前に広がる湿地を見る。


 今は、ほとんど使われていない土地。


「ここが使えたら、大きいな」


 まずは調べよう。


 この土地が何を生み出せるのかを。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

領都から遠く離れたこの辺りでは、夜空いっぱいに星が見えたのではないかと思います。

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― 新着の感想 ―
え?結局リオンが残って欲しい人もやめさせちゃったの? それはもったいないのでは?
いや、うまwww というか、他の人を連れて飛んだの 初じゃない?
そもそもコメは労働集約型の穀物だから、人が居ない状況だとキツい。 苗植えではなく直播とか、むしろ陸稲採用とか、うーん…。
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