第553話 削るべきもの
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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「だから、領主として不法行為は認めない」
イレーナの目をまっすぐ見る。
しばらく、イレーナは何も言わなかった。
やがて口元だけで笑う。
「不法行為ってのは?」
「脅して金を取り立てること。暴力を使うこと。勝手に人を罰すること。
正式な権限もないのに誰かを裁くこと」
「ずいぶんはっきり言うようになったな」
「俺が領主になったからね」
「じゃあ、私たちを捕まえるのか?」
「過去のことは調べる」
「ほう」
「イレーナたちが何をしてきたのか。その中にどんな不法行為があったのか。
誰が被害を受けて、逆に誰が助かったのか。全部確認してから判断する」
「随分悠長だな」
「何も知らないまま決める方がおかしいだろ」
「ふっ」
イレーナが小さく笑う。
「でも、今日からは別だ」
「別?」
「今言ったようなことは、もうやめて。
少なくとも俺が領主になった以上、暴力で取り立てたり、勝手に人を罰したりするのは認めない」
「嫌だと言ったら?」
「その時は領主として止める」
イレーナの笑みが消えた。
「坊やに?」
「うん」
「私を止められるのか?」
以前戦った時のことを思い出す。
俺もエドガーも、イレーナにはまるで歯が立たなかった。
でも、今話しているのは一対一の戦いじゃない。
「俺一人でイレーナに勝てるかって話じゃないよ」
「じゃあ何だ?」
「ここをどう統治するかって話」
イレーナを見る。
「前に来た時の俺は、ただの視察だった。でも今はここの領主だ。今日からは見逃さない」
「……言うようになったな、坊や」
「坊やはそろそろやめてほしいんだけど」
「それは……。いずれだな」
イレーナが少し笑った。
「ただ、一つ覚えておけ」
「何?」
「私たちがやらなくなれば、困る奴が出る」
「分かってる」
「本当にわかってるか?」
「だから、必要な仕事なら正式に頼むよ」
イレーナが眉を上げる。
「道を直す。水路を直す。荷物を運ぶ。農具を貸す。仕事を紹介する。
この領地に必要なことなら、ちゃんとした仕事として頼めばいい」
「金もないのに?」
「……そこは今から考える」
イレーナが声を上げて笑った。
「やっぱり面白いな、坊や」
「笑い事じゃないんだけど」
「なら、やってみろ」
「何を?」
「私たちがやってきたことを、領主としてだ」
そう言い残し、イレーナは村の奥へ歩いていった。
その背中を見送る。
簡単じゃない。
イレーナたちのやり方に問題があるのは間違いない。
でも、彼女たちがいなくなれば困る人がいるのも事実だ。
禁止するだけじゃ駄目だ。
代わりになる仕組みを作らないといけない。
「……またやることが増えたな」
「ピー」
「帰ろうか」
「ピー!」
◇
領都へ戻った頃には、もう夕方だった。
四時間近く歩いて村へ行き、帰りも同じだけ歩いた。
さすがに足が重い。
「疲れた……」
「ですから、馬にお乗りくださいと申し上げたのですが」
アストンが言う。
「でも、アストンも結局ずっと歩いてたよね」
「男爵様が歩かれるからです」
「それはごめん」
「謝られることではございません」
西部政務所へ入る。
まだ執務室に明かりがついていた。
「あれ?」
中を覗くと、ローレンが机に向かっている。
「ローレン、まだ仕事してたの?」
「はい。男爵からいただいた指示を整理しておりました」
机の上には書類が何冊も積まれていた。
「かなり頼んじゃったからね。ありがとう」
「これが私の仕事ですので」
俺は後ろを振り返る。
「アストン、ケーラ。二人はもう屋敷に戻っていいよ」
「男爵様は?」
ケーラが聞く。
「俺はもう少しここにいる」
「夕食はいかがなさいますか?」
「あとで戻って食べるよ」
ケーラがじっと俺を見る。
「……必ずお戻りください」
「努力するよ」
「承知しました。では、お先に失礼いたします」
「ありがとう。二人とも今日はお疲れ様」
「失礼いたします」
アストンとケーラが政務所を出ていく。
「ピー」
ピコは動かない。
「ピコは残るの?」
「ピー!」
「じゃあ一緒にいようか」
ピコがソファーへ跳び乗った。
俺はローレンの向かいに座る。
◇
「今日、あの村を見てきた」
「いかがでしたか?」
「思ってた以上に厳しかったよ」
村で見たことを順番に話す。
税を払うために牛を売った家。
農具が足りない農家。
何年も残っている未納税。
亡くなった人や、すでに領外へ出た人の税まで帳簿に残っていたこと。
そして、この村から得ている税収より、食料支援で出している金の方が多いこと。
「それで、今年の税は全部免除することにした」
ローレンが顔を上げる。
「あの村の税を、ですか?」
「うん。過去の未納分もなくす」
「……そこまでなさるのですね」
「取った方が、この先もっと貧しくなるからね」
鞄から資料を取り出す。
「それで気になったんだけど、他の農村は?」
「他の村ですか?」
「あの村だけが特別なのか知りたい」
「少々お待ちください」
ローレンが棚から何冊かの資料を持ってきた。
二人で確認していく。
一つ目の村。
税収低下。
滞納増加。
食料支援増加。
二つ目。
同じ。
三つ目も似ている。
「……ここも?」
「はい」
四つ目。
五つ目。
程度の差はある。
でも、農村のほとんどで同じような兆候が出ていた。
税を払えない。
それでも取り立てる。
農具や家畜を手放す。
生産が落ちる。
さらに税を払えなくなる。
食料支援が必要になる。
そして、働ける人間が領外へ出ていく。
「……あの村だけじゃないんだ」
「残念ながら、そのようです」
資料をめくる。
農村部からの税収は、この領地の収入の中でもかなり大きい。
でも、その税を維持しようとすれば、農村そのものがさらに弱っていく。
「同じ状態の村から、今年も今まで通り税を取るのは無理だな」
「かなりの減収になります」
「分かってる。でも、ここで取り続けたら来年はもっと減る」
目の前の税収を守るために、来年の税収を壊す。
そんなことを続けても意味がない。
窓の外を見る。
いつの間にか真っ暗になっていた。
「あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「もう夜?」
「七時を過ぎております」
「そんな時間か」
卓上の蝋燭に火をつける。
暖かな光が机の上を照らした。
ソファーを見る。
ピコが丸くなって眠っている。
「……」
「ピコも寝ちゃったか」
俺はローレンを見る。
「ローレン、今日はもう帰っていいよ」
「しかし、男爵は?」
「もう少しだけ数字を確認する」
「でしたら私も残ります」
「明日も頼むことがたくさんあるから、今日は休んで」
ローレンが少し迷ったあと、頭を下げた。
「では、お先に失礼いたします」
「お疲れ様。今日はありがとう」
「男爵も、あまり遅くなられませんように」
「うん」
ローレンが帰った。
政務所が静かになる。
◇
昨日作ったキャッシュフローをもう一度広げる。
昨日の計算では、無駄な支出を減らせれば三か月。
調度品の売却や契約の整理まで進めば、四か月ほどまで延ばせる可能性があった。
でも、それは今の税収が入ってくる前提だ。
今日見たような農村の税を免除したらどうなる?
「……」
一つずつ数字を変える。
税収を減らす。
計算する。
さらに別の村も減らす。
計算し直す。
農村部からの税収がほとんど入らなくなれば、当然結果も変わる。
「まずいな」
もう一度やる。
やっぱり同じだ。
「……二か月」
せっかく四か月近くまで伸ばせると思ったのに、また二か月程度に戻る。
税を取れば、もう少し時間は延びる。
でも、その代わりに領民が牛や農具を売り、生産力がさらに落ちる。
それじゃ駄目だ。
「もっと出ていく金を減らすしかないか」
支出の内訳を見る。
大きいのは人件費だ。
屋敷。
政務所。
各地の役場。
「……ここまでやらないと駄目なのか」
試しに数字を入れる。
西部政務所の人員を半分程度まで減らす。
各地の役場も、必要な人数を一から見直す。
さらに屋敷専属の使用人をゼロにする。
数字が大きく変わった。
「これなら……」
かなり時間を伸ばせる。
でも、数字だけを見て決めるつもりはない。
明日から一週間、全員と話す。
誰が必要なのか。
誰を別の仕事へ回せるのか。
今の仕事自体が本当に必要なのか。
全部確認する。
「屋敷に二十八人は必要ない。でも、人を二十八人捨てていいわけじゃない」
政務所も同じだ。
半分まで減らせれば資金繰りはかなり改善する。
だからといって、先に人数だけ決めてしまったら、必要な人まで失うかもしれない。
配置転換できる人は別の仕事へ。
それでも余るなら。
「……辞めたい人を募るしかないか」
解雇はしたくない。
通常より多めの金を渡して、自分から辞めたい人を募る。
それなら、新しい生活を始めるための資金にもなる。
でも、そこでまた問題が出る。
「その金をどこから出す?」
今でも現金がない。
人件費を減らすために、一度まとまった金を出す必要がある。
簡単じゃない。
まず、自分のところから削れるものを削ろう。
銀食器。
絵画。
装飾品。
使わない家具。
全部売れるものは売る。
「屋敷そのものも売れないかな……」
手を止める。
俺一人で住むには大きすぎる。
もっと小さな家へ移れば、維持費も下がる。
売れればまとまった現金にもなる。
「でも、誰が買うんだ?」
この領地で、あれだけの屋敷を買える人がいるのか。
領外の商人なら?
それとも貸す?
何か別の施設に使う?
紙に書き足す。
屋敷――売却、賃貸、転用。
その下に続ける。
屋敷専属使用人――ゼロを目標。
西部政務所――半数程度まで圧縮できるか確認。
各役場――必要人数を再確認。
配置転換。
希望者への退職金。
調度品売却。
書けば書くほど、考えることが増えていく。
◇
「男爵様」
「うわっ!」
突然声をかけられ、顔を上げた。
入口にケーラが立っている。
「ケーラ?」
「まだいらしたのですか?」
「うん」
「もう十時を過ぎております」
「十時?」
時計を見る。
本当だ。
「夕食にもお戻りになりませんでしたので、様子を見に参りました」
「あ……ごめん」
ケーラが机の上を見る。
何枚もの紙に数字や文字がびっしり書かれている。
「本日は、もうお切り上げになってはいかがでしょうか」
「あと少し。きりのいいところまでやるよ」
「ですが、明日もお仕事がございます」
「分かってる」
ケーラが少し困った顔をする。
「本当に、あと少しになさってください」
「うん」
「お約束いただけますか?」
「……できるだけ」
「男爵様」
「分かったって」
ケーラが小さく息を吐いた。
「それでは、私は屋敷へ戻ります」
「ケーラ」
「はい?」
「遅くまでお疲れ様。わざわざ見に来てくれてありがとう」
ケーラが少しだけ目を丸くした。
「男爵様こそ、お疲れの出ませんように」
「おやすみ」
「おやすみなさいませ」
ケーラが帰っていった。
「さて……」
きりのいいところまで、この計算だけ終わらせよう。
それが終わったら帰る。
俺は再び数字を見る。
人件費。
税収。
食料支援。
退職時に必要な金。
屋敷。
既存契約。
ここを減らすとどうなる?
こっちを残せばどうなる?
でも、それだと二か月後の支払いが足りない。
「……」
さらに紙を一枚取り出す。
そして、また一枚。
いつの間にか、ピコがソファーから降りて俺の足元で丸くなっていた。
それでも手を止めなかった。
◇
ふと、机の上が明るくなった。
「……ん?」
蝋燭じゃない。
窓を見る。
空が白んでいた。
「え?」
立ち上がって窓へ近づく。
朝日が昇り始めている。
「……朝?」
「ピー……」
足元で眠っていたピコが顔を上げた。
机を見る。
一晩で書き上げた数字と、何枚もの案。
「またやっちゃった……」
前世でも同じだった。
資金繰りが厳しくなると、答えが出るまで数字から離れられなくなる。
でも、数字だけで決めるわけにはいかない。
「はぁ~。こんな時に寝なくても済むスキルとかあれば良いんだけどな」
今日から一週間。
屋敷。
政務所。
各役場。
そこで働く全員と話す。
誰を辞めさせるかを決めるためじゃない。
誰に何を任せられるのかを知るために。
まずは、人を見る。
それから決めよう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
本編に書かれてはいませんが、アストンはリオンの警護のため政務所につきっきりでした。
作者自身、キャッシュロー計算書と一晩向き合った経験があります。
あの頃は色々と大変でした……。




