第552話 あの村へ
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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翌朝。
食堂へ入ると、昨日とはまるで違う朝食が並んでいた。
パンに野菜のスープ、卵、それに少量の果物。
「今日は普通だね」
「昨日のお話の通り、屋敷の者たちとほぼ同じ内容にしております」
ケーラが答える。
「これで十分だよ」
「ピー?」
隣にいるピコだけは少し不満そうだ。
「昨日が特別だっただけだからね」
「ピー……」
「そんな残念そうな顔しないの」
ケーラが笑う。
「ピコには少し多めに用意しております」
「ピー!」
「ケーラ、甘やかしてない?」
「少しくらいでしたら」
ピコが嬉しそうに食べ始める。
俺もパンをちぎってスープにつけた。
こっちの方が落ち着く。
領民が食べるものに困っているのに、領主だけ毎日豪華な食事を並べる必要はない。
食事を終えると、自分の部屋へ戻った。
机の横には、王立学院で三年間使っていた鞄が置いてある。
中に何枚かの資料を入れた。
人口の推移。
村ごとの農地面積。
税収と滞納額。
食料支援の記録。
今日向かう村についての報告書。
学院に通っていた頃は、教科書や授業の資料を入れていた鞄だ。
卒業したばかりなのに、中身はすっかり変わってしまった。
「行こうか」
「ピー!」
鞄を肩に掛け、ケーラとアストン、それにピコを連れて西部政務所へ向かった。
◇
「ローレン、昨日頼んだことなんだけど、追加でお願いしたい」
「はい」
執務室へ入ると、俺は昨夜まとめておいた内容を確認しながら話し始めた。
「まず、屋敷、西部政務所、それから各役場で働いてる人を全員一覧にしてほしい」
「全員ですか?」
「うん。名前、年齢、今の仕事、給金、勤続年数。それと、分かる範囲で何ができる人なのかも」
「承知しました」
「明日から全員と一人ずつ話したい。一人三十分で予定を組んで」
ローレンが少し驚いた。
「男爵ご自身が、全員と面談なさるのですか?」
「そのつもり」
「かなりの人数になりますが」
「一週間で終わらせたい」
「一週間ですか?」
「うん。今、この領地にどんな人がいて、誰に何を任せられるのかを知るのは優先順位が高いと思う。
予定は詰めてもらって構わないよ」
「承知しました。一週間で組みます」
「それと、昨日頼んだことも進めて」
ローレンが手元の紙を確認する。
「現在動いている事業と、今後予定されている事業の一覧ですね」
「うん。金額だけじゃなくて、目的、担当者、そこで働いてる人数も入れてほしい。
実際に現場を見て、担当してる人からも話を聞いてから、続けるか止めるか決めたい」
「はい」
「噴水工事は?」
「契約解除に必要な費用を確認しております。保管中の石材についても一覧を作成中です」
「狩猟場へ続く道は?」
「本日より維持を停止しております」
「ありがとう。使ってない倉庫をまとめられるかも確認して。
紙はハル領から安いものを仕入れた場合の費用を出してほしい」
「承知しました」
「屋敷の調度品と二十八人の使用人の技能も。あと、滞納してる税の一覧と、食料価格が高くなってる原因」
「そちらも調査を始めております」
さすが王宮から派遣されていただけあって仕事が早い。
「助かる」
「これが私の仕事ですので」
「じゃあ、今日は任せるよ」
「男爵は、昨日お話しになっていた村へ?」
「うん。実際に見てくる」
「お気をつけください」
今日必要になりそうな資料を何枚か追加でもらい、鞄へ入れた。
ずっしりと重くなった。
◇
政務所を出る。
入口にはアストンの馬が待っていた。
「男爵様。馬車は使わなくてよろしいのですか?」
ケーラが聞く。
「うん。この領には、そんな余裕はないから」
「ですが、目的の村まではかなり距離がございます」
「四時間くらいだろ?」
「その程度は掛かるかと思います」
「なら歩けるよ」
昨日、今のままなら二か月で現金がなくなると分かったばかりだ。
領主が少し移動するたびに馬車を出していたら、何のために支出を見直しているのか分からない。
「それに、歩いた方が町や道の様子も見られるからね」
「承知しました」
領都を歩いていく。
少し進んだところで、鞄から一枚の資料を取り出した。
今日向かう村の人口推移だ。
「……やっぱり減ってるな」
数年前。
去年。
今年。
人口減少の幅だけを見ると、以前より小さくなっている。
でも、それを回復とは呼べないことを俺は知っている。
「男爵様」
アストンの声がする。
「何?」
「資料をご覧になるのは構いませんが、足元にもお気をつけください」
「あ」
目の前に大きな窪みがあった。
慌てて避ける。
「危なかった」
「道の状態も良くありませんので」
「そうだね。ありがとう」
資料を少し下げて、今度は前も見ながら歩く。
馬車に乗っていた時には気づかなかったけど、領都の道にも傷んでいる場所がかなりある。
空き店舗。
屋根が壊れた家。
長く使われていない建物。
昨日見た俺の屋敷とは随分違う。
「……やっぱり、金を使う場所がおかしいな」
「屋敷のことでしょうか?」
「うん。俺の屋敷をあれだけきれいにする前に、直す場所が他にあった気がする」
ケーラは町並みを見ながら静かに頷いた。
領都を出る。
しばらく歩いてから、俺は隣のケーラを見る。
「ケーラ、ごめん」
「何がでしょうか?」
「いきなり歩かせることになって」
「お気遣いには及びません。王宮でも一日中立って仕事をする日は珍しくありませんので」
「そうなの?」
「はい。それに、男爵様が歩いていらっしゃるのに、私が弱音を吐くわけにはまいりません」
「疲れたらちゃんと言ってよ」
「その時は申し上げます」
すると、後ろを進んでいたアストンが口を開いた。
「男爵様」
「何?」
「それでしたら、せめて馬にお乗りください」
「俺が?」
「はい。私は徒歩で構いません」
「だったら俺も歩けるよ」
「しかし、男爵様が歩かれているのに、護衛である私だけ馬上というわけにはまいりません」
「じゃあ、アストンも歩こう」
「……」
アストンが黙った。
「駄目?」
「いえ」
少し困った顔をしてから馬を降りる。
「では、私も歩きます」
「その方が話もしやすいよ」
俺とケーラとアストン。
その横をピコが楽しそうに跳ね、アストンの馬がゆっくりとついてくる。
「ピー!」
「ピコは元気だね」
「ピー!」
俺は鞄から次の資料を取り出した。
今度は今日向かう村の税収と滞納額だ。
歩きながら数字を追う。
少ししたら農地面積の資料。
さらに食料支援の記録。
書かれている数字の一つ一つが、この領地で暮らしている人たちにつながっている。
◇
領都から離れるにつれて、道はさらに悪くなった。
荷車が通った跡が深く残っている。
土が抉れたところも多い。
小さな橋も古い。
「アストン、この道って馬車で通れる?」
「今なら通れます。ただ、雨の後はかなり厳しいでしょう」
「やっぱりか」
食料が高い原因の一つは、こういう道にあるのかもしれない。
荷車一台を運ぶのに時間が掛かる。
途中で壊れる危険もある。
当然、運ぶための金も増える。
ただ、それだけが原因とは限らない。
商人からも直接話を聞かないと分からない。
◇
歩き始めて四時間近く。
見覚えのある景色が見えてきた。
「……ここだ」
以前、イレーナに連れてこられた村。
エドガーと一緒に歩いた場所だ。
あの時より、耕されている畑は少し増えている。
でも、草に覆われた土地はまだ多い。
屋根が壊れたままの家もある。
水路も、直された場所と崩れたままの場所が入り混じっている。
そして何より、人が少ない。
「以前にも来られたのですか?」
「うん。学院にいた頃にね」
あの時、王都への報告では、この村は回復傾向とされていた。
でも実際には違った。
人口の減少が緩やかになった理由は、暮らしが良くなったからじゃない。
出ていける若者が、ほとんど残っていなかったからだ。
「あれ?」
畑にいた老人が、こちらを見ている。
しばらくすると目を細めた。
「……前に来た坊ちゃんじゃねえか?」
「覚えてたんですか?」
「ああ。王子様と一緒だったろ」
「はい」
老人が俺の後ろを見る。
「今日は王子様はいねえのか?」
「今日は俺だけです」
「そうか。今度は何の調査だ?」
「調査でもあるんですけど……俺、この西部の領主になりました」
「……は?」
「男爵になって、旧グレイヴ領の西部を任されました」
「坊ちゃんが?」
「はい」
「領主?」
「そうです」
老人が俺を上から下まで見る。
「ずいぶん若い領主様が来たもんだ」
「自分でもそう思います」
すると、隣にいたケーラが小さな声で俺に話しかけてきた。
「男爵様」
「ん?」
「恐れながら、領民の方に対しても、そこまで丁寧にお話しにならなくてよろしいかと」
「あ……また?」
「はい」
どうやら、まだ癖が抜けていないらしい。
「分かった。気をつけるよ」
老人が俺たちを見て笑った。
「変わった領主様だな」
「まだ領主になったばかりだからね」
「そうかい」
老人は少し笑ったが、その表情はすぐに曇った。
「で、今度は税でも取りに来たのか?」
「違う。今日は話を聞きに来た」
「話?」
「前に来た時から、暮らしがどう変わったのか知りたいんだ」
◇
村の小さな役場へ案内してもらった。
何人かの住民にも集まってもらい、順番に話を聞く。
良くなったところもあった。
イレーナたちが直した水路。
貸してもらった農具。
仕事を回してもらった家。
以前より耕せるようになった畑もある。
でも、根本的な問題は変わっていなかった。
「今年の収穫はどうなりそう?」
「去年よりはましだ」
老人が答える。
「それでも昔の半分にもならねえ」
「やっぱり人が足りない?」
「それもある。牛も減ったし、農具も足りねえ。畑を戻したくても、一気には無理だ」
別の女性が口を開いた。
「うちは去年、税を払うために牛を売りました」
「牛を?」
「はい」
「じゃあ今年の畑は?」
「隣の家から借りています。でも、向こうも使いますから……」
思わず黙った。
税を払うために、生産に必要な牛を売る。
その結果、翌年の収穫が減る。
収穫が減れば、さらに税を払えなくなる。
「去年払えなかった税は?」
「まだ残っています」
「今年の分とは別に?」
「はい」
役場にあった税の台帳を見せてもらう。
未納。
未納。
また未納。
何年も前から残っているものまである。
「この人は?」
名前を指差す。
「二年前に領外へ出ました」
「じゃあ、この人は?」
「亡くなっています」
「こっちは?」
「息子夫婦が領外へ出て、今は一人です。払える状態ではありません」
ページをめくる。
帳簿には数字が残っている。
でも、その数字を払う人がいない。
「去年、この村から実際に入った税はいくら?」
役場の役人が別の帳簿を開いた。
「こちらです」
「じゃあ、この村に去年出した食料支援は?」
「少々お待ちください」
別の記録を確認する。
並んだ二つの数字を見る。
「……税より食料支援の方が多いじゃん」
「はい」
「税を集めるためにも人は動いてるよね?」
「もちろんです」
税を集める。
そのために牛や農具を売る。
生産力が落ちる。
暮らせなくなった人に、今度は領から食料を配る。
税を集めるのにも、食料を配るのにも人と金が掛かる。
「何やってるんだ……」
「男爵様?」
ケーラがこちらを見る。
これでは領民も領地も、両方損をしている。
鞄から持ってきた資料を取り出し、もう一度数字を確認した。
決めた。
「今年、この村から取る税は全部免除する」
役場の中が静かになった。
「……すべてですか?」
「全部」
老人が俺を見る。
「領主様、本気か?」
「本気だよ」
「でも、領地に金がねえんだろ?」
「ないよ」
「だったら、なんで――」
「この村から無理に取る方が、もっと金がなくなるから」
老人が黙る。
「牛や農具を売って税を払わせて、収穫が減ったら食料支援を出す。そんなことを続けても意味がない」
今年は税を払うためじゃなく、来年の収穫を増やすために金を使ってもらった方がいい。
「それと、過去の未納分も全部なくす」
今度こそ、誰も声を出さなかった。
「男爵様」
役場の役人が慌てる。
「それではかなりの税収が失われます」
「失われないよ」
「しかし――」
「最初から入ってこない金を、入ってくることにしても意味ないよ」
亡くなった人。
領外へ出た人。
牛まで売って、それでも払えない人。
そんな数字をいつまでも帳簿に残しても意味がない。
「一度ゼロに戻そう」
「……」
「それと、今年すでに税を払った家があるなら、その分も戻す方法を考えよう。
払った人だけ損をする形にはしたくない」
「し、承知しました」
「正式な手続きは戻ってローレンにやってもらう」
この村だけで終わらせるつもりもない。
「他の村も調べる。同じような状態なら、同じように考えるよ」
老人が俺を見つめる。
「……本当にいいのか?」
「うん」
「ありがとうよ、領主様」
「まだ今年の税をなくしただけだよ」
「それでも助かる」
周囲の人たちも頷いている。
でも、これだけじゃ駄目だ。
税をなくしても牛は戻ってこない。
働き手も増えない。
壊れた水路も勝手には直らない。
「来年また同じ状態になったら意味がないからね。次は、どうやってこの村の生産を戻すか考えよう」
「ああ」
老人が力強く頷いた。
◇
役場を出て、村をもう一度見回す。
荒れた畑。
壊れた水路。
古い家。
前に来た時と、大きくは変わっていない。
でも、今度は俺が責任を持つ側だ。
「坊や」
後ろから声がした。
聞き覚えのある声。
振り返る。
「イレーナ!」
そこにイレーナが立っていた。
「本当に領主になったんだな」
「聞いたんだ?」
「ああ。西部じゃその話でもちきりだ」
いつものような笑みを浮かべている。
「それで、来て早々、この村の税を全部なくしたらしいじゃないか」
「早いね」
「ここじゃ話が広がるのも早い」
「この村については、取る方が損だと思ったからやめたんだ」
「相変わらず面白いことを考えるな」
「そう?」
「普通の貴族なら、金がなけりゃ税を増やす」
「それやったら、もっと人がいなくなるよ」
「分かってるさ。だから面白いって言ってる」
イレーナが村の方を見る。
「前に来た時は、どうすればいいか分からないって顔をしてたのにな」
「実際、分からなかったよ」
「今は分かるのか?」
「全然」
イレーナが眉を上げる。
「でも、分からないことを分かったふりして決めるのはやめる。見て、聞いて、それから決めるよ」
「ふっ。立派なことを言うね」
「実際は何もできてないけどね」
イレーナの笑みが少し薄くなった。
「じゃあ、一つ聞こうか」
「何?」
「私たちはどうする?」
「……」
「この村の水路を直したのも、農具を貸したのも、仕事を回したのも私たちだ。
王宮がまともに手を出せなかった間、この辺りを支えてきたのが誰なのか、坊やならわかるだろ?」
「うん。わかってるつもりだ」
「だったら、これまで通り好きにやらせるか?」
イレーナの目が俺を見る。
イレーナたちが西部でやってきたことは知っている。
道を直した。
水路を直した。
農具を貸した。
仕事を作った。
この村だって、イレーナたちがいなければ今より悪い状態だったかもしれない。
助けられた人がいる。
それは認める。
でも、それともう一つの問題は別だ。
「イレーナ」
「なんだ?」
「イレーナたちが西部にしてきたことは評価してる。助かった人がいることも分かってる」
「それで?」
「でも、俺はこの西部の領主になった」
イレーナの目をまっすぐ見る。
「だから、領主として不法行為は認めない」
最後まで読んで頂きありがとうございます。
読者様から前回イレーナ登場時の行動に関して、多数の厳しい意見を頂きました。
読みながら「その通りだな」と思うことも多かったです。
作者の考えはこれからのリオンの対応で示していきたいと思います。




