第550話 残り二か月
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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馬車が領都の通りへ入っていく。
道の両側には、こちらを見る人たちがいた。
新しい領主が今日来ることは知らされていたらしい。
頭を下げる人もいる。
店先からじっと馬車を見る人もいる。
でも、歓声が上がるようなことはなかった。
「……まあ、そうだよな」
「どうされましたか?」
向かいに座るケーラが聞く。
「歓迎されるようなこと、俺はまだ何もしてませんから」
むしろ、警戒されていて当然だと思う。
グレイヴ家がいなくなり、今度は知らない男爵がやってきた。
住民からすれば、また領主が変わっただけだ。
通りを見ていると、以前来た時と同じように町全体に活気がない。
閉まったままの店も多い。
食料品を売っている店の前を通った時、値札が目に入った。
「……高いな」
王都より明らかに高い。
「食料ですか?」
「はい。この辺りでこれだと、村の方はもっと大変かもしれませんね」
領内の農業生産は低い。
道も悪い。
外から食料を運べば、それだけ運送費がかかる。
収入が少ないのに、生活に必要なものは高い。
これじゃ暮らしが苦しくなるのも当然だ。
馬車は町の中心部を抜け、そのまま俺が暮らす屋敷へ向かった。
◇
「……あれ?」
馬車が止まり、窓の外を見て驚いた。
資料には、長期間使われていなかった元商人の屋敷と書かれていた。
だから、かなり古びた建物を想像していた。
でも、目の前にある屋敷は思った以上にきれいだ。
門は塗り直されている。
庭もきれいに整えられていた。
外壁もかなり補修され、窓も新しいものに交換されているところがある。
玄関へ続く道には新しい砂利まで敷かれていた。
「これが応急修繕?」
かなり手を入れているように見える。
馬車を降りると、アストンが周囲を確認してから戻ってきた。
「建物の周囲を確認しました。外から見る限り、警備上の大きな問題はなさそうです」
「ありがとうございます。思ってたより、ずっときれいですね」
「そうですね」
玄関の扉が開いた。
「お待ちしておりました。ハル男爵様」
中から人が出てくる。
一人ではない。
二人。
三人。
まだ出てくる。
侍女らしい女性だけでもかなりいる。
料理人。
庭師。
厩番。
門番。
荷物を運ぶための下働きらしい人たちまでいる。
玄関前にずらっと並んだ。
「お帰りなさいませ、ハル男爵様」
一斉に頭を下げる。
横を見ると、ケーラも目を丸くしていた。
「……皆さん、こちらで働いている方なんですか?」
先頭にいた年配の女性が答える。
「はい。二十八名おります」
「二十八人ですか?」
「はい」
思わずもう一度並んでいる人たちを見る。
俺とピコが住む屋敷に二十八人。
「以前から、これだけの方がこちらに?」
「旧グレイヴ家の頃より、西部へ領主様をお迎えする際には、この程度の人数を配置することになっておりました」
「でも、ここはグレイヴ家の本邸ではないですよね?」
「はい。かつては西部を訪れたグレイヴ家の方々がお泊まりになる屋敷としても使われておりました。
その時の人員配置が基準として残っています」
なるほど。
グレイヴ家の領都も本邸も東部にある。
それでも、西部へ領主一族が来た時には、それ相応の待遇を用意していたらしい。
その頃の決まりが今も残っているわけか。
「今回も西部政務所の指示で?」
「はい。ハル男爵様をお迎えするにあたり、必要な人員を揃えるよう申しつけられました」
「そうなんですね」
まだ着いたばかりだ。
二十八人が本当に多すぎるのか、それとも領主の屋敷として必要なのかも分からない。
「分かりました。これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
全員がもう一度頭を下げた。
◇
荷物を部屋へ運び終えて少しした頃、ケーラが俺のところへやってきた。
「男爵様。恐れながら、一つ申し上げてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。何ですか?」
「先ほど、屋敷の者たちとお話しになっていた時のことなのですが……」
少し言いづらそうにしている。
「何か変でしたか?」
「変というほどではございません。
ただ、これからは私ども使用人や、男爵様直属の者にまで、そこまで丁寧なお言葉をお使いになる必要はないかと存じます」
「敬語のことですか?」
「はい。それと、私をケーラさんとお呼びになることもです」
そういえば、王都を出てからずっとそう呼んでいる。
「駄目なんですか?」
「駄目ではございません。ただ、男爵様は私どもの主でございます。
何かをご命令になる際にまで、お願いするようなお話し方をされますと、かえって戸惑う者もいるかと思います」
「なるほど……」
今までは学院生だった。
先生にも、王宮の人にも、店の人にも、それぞれに合わせて話してきたつもりだ。
前の人生でも、年上相手に偉そうな話し方をすることはなかった。
でも、ここでは俺が領主だ。
ただ丁寧であればいいという話でもないのかもしれない。
「分かりました。じゃあ……ケーラ」
「はい」
呼び捨てにするだけでも少し違和感がある。
「これから、俺が領主として変なことをしていたら、今みたいに教えてもらえますか?」
ケーラが少しだけ笑った。
「そのような時は、お伝えいたします」
「お願いします。……あ、これもお願いになってるか」
「それくらいでしたら問題ございません」
「難しいですね」
「すぐに慣れられると思います」
いきなり全部変えるのは無理そうだ。
少しずつ慣れていこう。
◇
その日の夕方。
食堂へ案内され、また驚いた。
「……これ、全部ですか?」
大きなテーブルに料理が並んでいる。
肉料理が二種類。
魚。
スープ。
白いパン。
野菜料理。
果物。
酒まで用意されている。
一人分とは思えない。
「ケーラ」
「はい」
「誰か来る予定ってありました?」
「いえ。本日はございません」
ケーラも料理を見て困惑している。
「私も、これほど用意されているとは聞いておりませんでした」
近くにいた料理人へ尋ねる。
「これは全部、俺の食事ですか?」
「はい。男爵様をお迎えする初日でございますので、領主様に相応しい食事を用意するよう政務所より指示を受けております」
「今日だけですか?」
料理人が少し迷ってから答える。
「いえ。明日以降も、基本的には同程度のものをご用意する予定でございます」
「毎日?」
「はい」
もう一度テーブルを見る。
町では食料が高かった。
満足に食べられない人だっているはずだ。
なのに、俺一人のためにこれだけの料理を毎日出す。
「ケーラ、これって普通なんですか?」
言ってから、また敬語になっていることに気づいた。
「……普通なの?」
ケーラが少し笑ってから答える。
「貴族家として珍しいことではございません。
ただ、現在の領地の状況を考えますと、私も少々驚いております」
「そうだよな」
さすがに、これはおかしい。
ハル領でもこんな豪華な食事は出てきたことはない。
「明日からは、もっと普通の食事にしてほしい」
「承知しました」
「あ、でも今日の料理は捨てないで。余った分は屋敷のみんなで食べてもらえるようにしてください」
「かしこまりました」
屋敷の修繕。
二十八人の使用人。
この食事。
着いてまだ半日なのに、気になることが増えていく。
◇
翌朝。
屋敷から歩いて数分のところにある西部政務所へ向かおうとすると、ケーラが声をかけてきた。
「男爵様」
「何?」
「昨日申し上げたことですが、少し言い方が悪かったかもしれません」
「敬語のこと?」
「はい。無理に領主らしい話し方をなさる必要はございません。
いつもの男爵様の感じでよろしいかと思います」
「いつもの感じで?」
「はい。ただ、使用人や直属の者に何かを命じる際には、お願いするのではなく、はっきりとお伝えください。それで十分です」
なるほど。
別に急に偉そうになれという話じゃなかったのか。
「分かった。じゃあ、そうするよ」
「はい」
「ありがとう、ケーラ」
「とんでもございません」
◇
西部政務所へ着くと、入口で一人の男性が待っていた。
「お待ちしておりました、ハル男爵」
四十歳くらいだろうか。
落ち着いた雰囲気の男だ。
「王宮政務官のローレン・ベイルと申します。これまで王宮の命を受け、西部の暫定統治を担当しておりました」
「リオン・ハルだ。これからよろしく、ローレン」
「はい。よろしくお願いいたします」
ローレンに案内され、中へ入る。
職員たちが一斉に立ち上がった。
「ハル男爵である。今後はこちらが西部の領主となられる」
全員が頭を下げる。
「これからよろしく。俺もまだ分からないことが多いから、みんなには色々教えてもらうことになると思う」
「はい!」
返事が重なる。
そのまま執務室へ案内された。
机の上には大量の書類が積まれている。
「こちらが現在の引き継ぎ資料となります」
「分かった」
一枚手に取る。
触った瞬間に気づいた。
「あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「これ、かなり上質な紙だよね?」
「はい。公文書には上質紙を使用しております」
隣の机にも同じ紙が積んである。
「こっちも?」
「はい」
「これは何の書類?」
「昨日の備品使用報告でございます」
「これは?」
「職員の出勤記録です」
「……全部、この紙を使ってるの?」
「旧グレイヴ家の規定では、公務に使用する書類には原則として上質紙を使用することになっております」
近くに置かれていた下書きまで同じ紙だ。
ハル領なら、もっと安い紙を作っている。
「これ、毎月かなり掛かってるよね?」
「紙だけで見れば、それほど大きな額ではございません」
「紙だけなら、だよね」
ローレンが少し黙った。
一つ一つは小さい。
でも、こういうものが積み重なっていたらどうなる?
「支出一覧も見せて」
「承知しました」
◇
帳簿を見始めて、さらに頭が痛くなった。
「この『中央広場整備事業』って何?」
「旧グレイヴ家時代に計画された事業です。広場中央に大規模な噴水を設置する予定でした」
「今は?」
「工事は停止しております」
「じゃあ、この支払いは?」
「すでに購入した石材を保管している倉庫の使用料と、工事現場の警備費です」
「まだ毎月払ってるの?」
「はい」
別の項目を見る。
「旧領主狩猟場連絡路維持費……これは?」
「西側の森に旧グレイヴ家の狩猟場がございます。そこへ向かう道路の維持費です」
「今も使ってる?」
「いいえ」
「村へ向かう道は壊れてたよね?」
「……はい」
使われていない狩猟場へ向かう道路には金を使い続けている。
その一方で、領民が毎日使う道路は壊れたまま。
「どうして止めなかったの?」
「王宮による暫定統治では、既存行政を維持することが優先されました。
明らかな不正支出については停止しましたが、旧来の制度や契約を全面的に変更する権限までは与えられておりませんでした」
「なるほど」
ローレンたちが何もしていなかったわけじゃない。
王宮がここを管理していたのは、あくまで一時的な措置だ。
勝手にすべての制度を変えるわけにはいかなかったんだろう。
でも、俺は違う。
ここはもう俺の領地だ。
さらに帳簿をめくる。
屋敷関連費。
使用人の人件費。
高級紙。
使われていない施設の維持費。
途中で止まっている公共事業。
その中に、かなり大きな支出があった。
「屋敷修繕費……」
「男爵をお迎えするため、先月から集中的に修繕を行いました」
「やっぱりかなり直したんだね」
「領主がお住まいになる以上、相応の状態にする必要があるとの判断です」
「なるほど……」
悪意があるわけじゃない。
領主が来るなら屋敷を立派にする。
領主には多くの使用人をつける。
領主には豪華な食事を出す。
公文書には上質な紙を使う。
昔からそうしてきたから、今回もそうした。
領地は貧しくなった。
人も減った。
税収も減った。
なのに、金の使い方だけは豊かだった頃のままなんだ。
「ローレン」
「はい」
「財政の資料を全部見せて」
「年間収支でしたら、こちらに――」
「その前に、今使える現金が知りたい」
「現金残高ですか?」
「そう。それと、一か月に入ってくる金、一か月に出ていく金、まだ払っていない支払い。
それから王宮から引き継いだ支援金の残りも出して」
「承知しました」
しばらくして、必要な資料が揃った。
数字を書き出していく。
現在の現金。
毎月の税収。
その他の収入。
人件費。
食料支援。
行政費。
道路や水路の維持費。
屋敷関連費。
既存契約。
未払いの請求。
そして、王宮から引き継いだ支援金。
前世で会社を経営していた時、一番怖かったのは赤字そのものじゃなかった。
現金がなくなることだ。
帳簿上では利益が出ていても、支払いに使える金がなければ会社は潰れる。
逆に赤字でも、現金が残っている間はまだ手を打てる。
計算する。
数字を確認して、もう一度計算した。
間違っている気がして、さらにもう一度やる。
でも、結果は同じだった。
「ハル男爵?」
ローレンが俺を見る。
「……二か月」
「何がでしょうか?」
「王宮から引き継いだ支援金を含めても、今と同じ金の使い方を続けたら、二か月くらいで使える現金がなくなる」
部屋が静かになった。
その時になれば、王宮へ追加の支援を頼むことはできるかもしれない。
でも、それじゃ駄目だ。
それでは自立した領地じゃない。
ただ王宮から金をもらいながら延命しているだけだ。
昨日まで、湿原をどう使うか考えていた。
山には何があるのか。
川を物流に使えないか。
どんな産業を作れるか。
でも、その前にやることがある。
新しいことを始める前に金がなくなったら、何もできない。
俺は鞄から、馬車の中で作った紙を取り出した。
そこには三つ書いてある。
人。
物。
金。
その「金」の横へ書き足す。
残り二か月。
「……まず、止血だ」
俺の領地再建は、そこから始めるしかない。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感想欄でも色々と再建策を頂きましたが、作者としては最優先は止血(支出を減らす)だと判断しました。
一方で税収も増やさなきゃいけませんし、その為の資金調達も必要です。
最近、ますますファンタジー感が薄れてきましたが、少々お待ちください。




