第549話 新しい領地へ
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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叙爵の翌朝。
俺は三年間暮らした寮の部屋を見回していた。
机の上にはもう何もない。服も本も資料も、持っていくものは全部まとめた。
「本当に出るんだな」
「ピー」
ピコがベッドの上で跳ねる。
卒業してから一週間以上ここに残っていたせいか、昨日までと同じように明日もこの部屋へ戻ってくるような気がしてしまう。
「行こうか」
「ピー!」
最後に窓の外を見てから、荷物を持って部屋を出た。
◇
寮の入口には寮監が待っていた。
「長い間、本当にありがとうございました」
「こちらこそ。卒業と叙爵、改めておめでとうございます」
「卒業したあとまで置いてもらって助かりました」
「事情が事情でしたから。それに、こちらも嬉しいことがありましたし」
「嬉しいこと?」
「卒業式のスピーチですよ」
「ああ」
寮監が穏やかに笑う。
「寮や食堂、それに掃除をしている者たちのことまで話してくれたでしょう?」
「はい」
「学生の皆さんに快適に過ごしてもらうのが私たちの仕事です。
でも、卒業式という場で私たちのことまで話してもらえるとは思っていませんでした。
食堂や清掃を担当している者たちも、とても喜んでいましたよ」
「俺が三年間ここで生活できたのは、皆さんのおかげですから」
「ありがとうございます」
寮監が頭を下げる。
慌てて俺も頭を下げた。
「王都から応援しています。立派な領主になってください」
「はい。ありがとうございます」
三年間暮らした寮をあとにした。
◇
父上と母上とは、二人が泊まっている宿の前で別れた。
二人は今日、ハル領へ戻る。
「向こうに着いたら、一度手紙をちょうだい」
「分かりました」
「領地が大変なのは分かっているけど、無理ばかりしては駄目よ」
「はい」
母上が俺の顔をじっと見る。
「それから、困ったことがあったらちゃんと周りを頼るのよ」
「はい。母上もお体に気をつけて」
今度は父上を見る。
「父上も、ありがとうございました」
「ああ」
「まずは向こうへ行って、どうするか考えます」
父上が少しだけ頷く。
「お前なら何とかするだろう」
「そんな簡単にいかないと思いますが」
「お前が任された領地だからな」
「……はい」
「だが、困った時はいつでも頼れ。俺はお前の父親だ」
一瞬、言葉が出なかった。
「ありがとうございます」
「ああ」
父上らしい。
何をしろとは言わない。
でも、必要なら頼れと言ってくれる。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、リオン」
「気をつけろ」
「はい」
二人に見送られ、俺は馬車が待つ場所へ向かった。
◇
ミラも見送りに来ていた。
「今日、出るんだね」
「うん」
ここ数日は毎晩一緒に食事をしていた。
それだけに、しばらく会えなくなると思うと少し寂しい。
「向こうが落ち着いたら手紙を書くよ」
「うん。待ってる」
「その時は遊びに来てほしい」
ミラが目を丸くする。
「行っていいの?」
「もちろん」
「じゃあ絶対行く」
嬉しそうに笑う。
俺もつられて笑った。
「まだどんな状態か分からないけどね」
「それでも行きたいよ」
「ありがとう」
その時までには、少しくらい安心して来てもらえる場所にしておきたい。
「ピコも元気でね」
「ピー!」
ミラがピコを撫でる。
「リオンのこと、よろしくね」
「ピー!」
「またピコに頼んでる」
「ふふっ。だって、リオンは何かに夢中になると周りが見えなくなるから」
そろそろ出発の時間だ。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。またね、リオン」
「またね」
馬車へ向かい、途中で一度振り返る。
ミラはまだこちらを見ていた。
俺も手を上げた。
いよいよ、新しい領地へ向かう。
◇
馬車の前には、王宮から派遣された二人が待っていた。
一人は剣を腰に下げた男だ。
二十代後半くらいだろうか。体格がよく、立っているだけでも兵士だと分かる。
「ハル男爵。アストンと申します。本日より護衛を務めさせていただきます」
「よろしくお願いします」
アストンは平民出身で、これまでは王宮の警備を担当していたらしい。
「王宮からの出向と聞いています」
「はい。男爵領の警備体制が整うまで、お仕えするよう命を受けております」
「しばらくお世話になります」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
もう一人は落ち着いた雰囲気の女性だった。
「ケーラと申します。身の回りのお世話をさせていただきます」
「よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いいたします」
ケーラも平民出身で、王宮で侍女として働いていたという。
こちらも領内の生活基盤が整うまでの出向だ。
王宮は馬車だけでなく、護衛と侍女まで手配してくれた。
領地だけ渡して、あとは全部自分でやれというわけではない。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
「ピー!」
俺たちは王都を出発した。
◇
馬車の中には俺とケーラ、それにピコがいる。
アストンは馬車の外で警戒しながら同行していた。
最初は何を話せばいいか少し迷ったけど、いつまでも黙っているのも気まずい。
「ケーラさんは、王宮では長いんですか?」
「五年ほどになります」
「そんなに」
「はい。最初は掃除や洗濯が中心でしたが、最近は客室のお世話をすることが多かったです」
「王宮の客室って大変そうですね」
「覚えることは多いです。でも、私は嫌いではありません」
ケーラが少し笑う。
「厨房を手伝わせてもらうのも好きでしたし」
「厨房も?」
「はい。料理が好きなので、時間がある時は料理人の方に教えていただいていました」
「そうなんですね」
それなら、これからの生活でも心強い。
「ピー!」
ピコが反応する。
ケーラがピコを見る。
「ピコ様は食べることがお好きなのですか?」
「かなり好きです。あ、ピコに様はいらないと思います」
「そうなのですか?」
「ピー!」
「本人もそう言ってます」
「ふふっ。では、ピコさんで」
「ピー!」
どうやら気に入ったらしい。
「現地でも、手に入る食材で何か作れればと思っています」
「それは楽しみです」
ケーラが笑う。
荷物を見ると、二人とも王都を出るにしてはかなり多い。
口には出さないけど、旧グレイヴ領西部で本当に生活できるのか、不安がないはずはない。
俺だって同じだ。
でも、まずは行ってみないと始まらない。
◇
王都を離れてから、新しい領地の地図を広げた。
俺が与えられた旧グレイヴ領西部。
改めて見ると、かなり広い。
「町と呼べるのは……ここくらいか」
北寄りにある一つの町。
以前の視察でも訪れた場所だ。
これからは、ここを新しいハル領の領都にすることになる。
その南側には、領内の穀物生産を支える地域が広がっている。
一応、穀倉地帯と呼ばれているけど、生産性は他領と比べてかなり低い。
さらに南へ目を移す。
「レイ湿原……広いな」
地図でもかなりの面積だ。
グレイヴ時代にはほとんど手をつけられていない。
その西には南の森。
そして南側にはノア山脈が広がっている。
ハーウェイ領との境に連なる山々で、グレイヴ側だけでなく、ハーウェイ側からもほとんど開発されていないらしい。
東側にはレコア川。
領地を南へ流れ、そのまま海へつながっている。
「……もったいないな」
「何か気になる場所がありますか?」
ケーラが地図を見る。
「湿原も山も川も、ほとんど使われてないんです」
「確かに、そのようですね」
「例えば、この川」
レコア川を指でなぞる。
「どこまで船が通れるんだろう」
資料を探してみる。
川の位置は書かれているけど、水深や流れの速さまでは分からない。
「資料だけじゃ分からないか」
レイ湿原には、利用価値が乏しいと書かれている。
「本当にそうなのかな」
「湿原ですか?」
「はい。こんなに広いのに、何にも使えないのかなって」
今の段階では分からない。
ノア山脈も同じだ。
山があることは分かっていても、何があるのかまともに調べられていない。
「この辺りは、いずれ全部見て回りたいですね」
「かなり広いですよ」
「ですよね」
「ピー!」
「ピコも行く気?」
「ピー!」
「じゃあ、行こうか」
ケーラが少し驚いたあと、笑った。
地図だけを見て、何かあると決めつけるのは危険だ。
でも、有効活用できていない土地がこれだけあるのは気になる。
まずは、自分の目で確かめたい。
◇
次に、自分が暮らす場所についての資料を開いた。
旧グレイヴ領の領都は東側にある。
だから西部にはグレイヴ家の屋敷はない。
ただ、住む場所そのものは用意されていた。
「元商人の屋敷……」
以前、西部で商売をしていた裕福な商人が暮らしていた屋敷らしい。
領地の衰退とともに商売を畳み、その後はグレイヴ領の管理物件になっていた。
現在は王宮が管理していて、そこを俺の屋敷として使わせてくれるという。
「屋敷があるだけありがたいな」
続きを読む。
長期間未使用。
一部損傷あり。
応急修繕済み。
「……応急修繕か」
少し嫌な予感がする。
「何かありましたか?」
「屋敷がどんな状態なのかなと思って」
「私もまだ詳しくは聞いておりません」
「まあ、住めれば十分です」
屋敷の近くには、西部の行政を担当してきた政務所もある。
グレイヴ時代から徴税や各村との連絡などを担い、王宮の暫定統治でもそのまま使われていた。
今後は、そこが俺の仕事場になる予定だ。
「家と仕事場が近いのは助かるな」
少なくとも移動には困らなそうだ。
◇
その後も馬車の中で資料を読み続けた。
一枚の紙を出し、大きく三つ書く。
人。
物。
金。
人は足りない。
働ける年代が少なく、役人も不足している。
ものに関しては、これといった大きな産業がない。
農業はあるけど、生産性が低い。
そして金だ。
税収が少なすぎて支出を賄えていない。
「……全部厳しいな」
「ピー」
でも、本当に何もない土地なのかはまだ分からない。
自分の目で確かめる必要がある。
俺はもう一度地図を広げた。
◇
馬車で四日。
四日目の午後になり、窓の向こうに町が見えてきた。
「あ……」
見覚えがある。
以前、旧グレイヴ領を視察した時にも来た場所だ。
でも、あの時とは意味が違う。
馬車が町へ近づいていく。
変わらず人通りは少ない。
道もところどころ傷み、古い建物が並んでいる。
「ハル男爵」
ケーラが窓の外を見る。
「間もなく到着します」
「うん」
「ピー」
ピコも窓から外を眺めている。
以前来た時の俺は、ただの視察者だった。
今は違う。
この町も、この先にある村も、そこで暮らしている人たちも、今日から俺が預かる。
「……着いたな」
旧グレイヴ領西部。
いや。
今日から、俺の領地だ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
アストンの名前はアストナージにしようと思いましたが、作者の趣味が強く出てしまうので自粛しました。




