第548話 男爵叙爵
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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それから数日が過ぎた。
昼は旧グレイヴ領西部の資料を読み、夜はミラと食事をする。
資料ばかり見ているとピコに邪魔され、仕方なく遊ぶこともあった。
「ピー!」
「分かったって。ピコも心配してくれてるんでしょ?」
「ピー!」
父上と母上も、まだ王都に残っている。
俺の叙爵が決まったため、滞在を延ばしていた。
だから二人の泊まっている宿にも何度か顔を出した。
「ちゃんと食べてる?」
「食べてます」
「本当に?」
「最近はミラと毎日一緒に食べてるので」
そう答えると、母上はなぜか少し嬉しそうだった。
父上とは、旧グレイヴ領西部について話すこともあった。
「資料は読んだか?」
「はい。思ってた以上に厳しいです」
「そうか」
「父上なら、最初に何をします?」
父上はしばらく黙った。
「それを決めるのはお前だ」
「……ですよね」
「ただし、一人で全部やろうとするな」
「はい」
また同じことを言われた。
学院を卒業する前から、何度も言われていることだ。
一人で全部抱え込まない。
分かっている。
分かっているつもりだけど、資料を読めば読むほど、誰に何を頼むのかまで考えなければならない状態だった。
そんな毎日を過ごしているうちに、一週間はあっという間に過ぎた。
そして今日、俺は男爵になる。
◇
「少し曲がってるわ」
「どこが?」
「じっとしてなさい」
朝から母上が俺の礼装を直している。
「昨日も確認しましたよね?」
「大人しくしなさい。大事な日なのですから」
「そういうものですか?」
「そういうものよ」
「エマ。もう十分だろう」
父上が横から言う。
「今日くらい、好きにさせてください」
「……そうか」
あっさり引いた。
どうやら今日だけは、母上の好きにさせるらしい。
「はい。これでいいわ」
母上が一歩下がり、俺を見る。
「立派になったわね」
「まだ男爵になってませんよ」
「あと少しでしょう?」
「そうですけど」
母上の目が少し潤んでいる。
「泣かないでくださいね」
「泣いてないわよ」
「卒業式でも聞きました」
「今日は違います」
何が違うんだろう。
父上が立ち上がる。
「行くぞ」
「はい」
俺も扉へ向かおうとすると、父上に呼び止められた。
「リオン」
「何ですか?」
「今日から、お前は領主だ」
足が止まる。
「……はい」
「ハル領とは違う。お前が最後に決めることになる」
「分かっています」
「ならいい」
父上はそれ以上何も言わなかった。
でも、その言葉が一番緊張した。
◇
王宮へ着く。
今日案内されたのは、いつもの会議室ではない。
謁見の間だ。
大きな扉が開く。
正面には国王陛下と王妃陛下。
その近くにはエドガーと宰相がいる。
参列席には王宮の高官や貴族たちが並び、その中に父上と母上、ハーウェイ侯爵夫妻とミラ、ヴァレスト公爵とセレナの姿も見えた。
急に喉が乾く。
卒業式で大勢の前に立ったばかりなのに、今日は全然違う。
「リオン・ハル殿。前へ」
儀典官に呼ばれる。
ゆっくり歩き、国王陛下の前で片膝をつく。
宰相が文書を開いた。
「リオン・ハル」
「はい」
「ハル領の再建と発展に寄与し、王国に多くの利益をもたらしたその働き、ならびにこれまでの功績を王国は認める」
謁見の間に宰相の声が響く。
「また、旧グレイヴ領西部を預かり、そこに暮らす民の生活を立て直す者として、その責務を任せるに足る人物であると認める」
責務。
その言葉だけが、妙に重く聞こえた。
宰相が下がる。
国王陛下が俺を見る。
「リオン・ハル」
「はい」
「本日をもって、お前をアルスレイン王国男爵に叙する」
「謹んでお受けいたします」
「併せて、旧グレイヴ領西部をお前の領地として与える」
分かっていたことなのに、改めて言葉にされると胸が苦しくなるほど緊張する。
「リオン・ハル。王国の法を守り、領地とそこに暮らす民を預かる者として、その責務を果たすことを誓うか」
頭に浮かんだのは資料だった。
減り続けた人口。
荒れた農地。
壊れた道路。
働き手のいない村。
でも、その数字の向こうには人がいる。
「誓います」
今度は迷わなかった。
官吏が前へ出る。
爵位を記した文書。
領地を正式に与える文書。
そして、新しい印章。
一つずつ受け取った。
最後に手のひらへ乗った印章を見る。
小さい。
でも、ものすごく重く感じた。
これを使えば、俺の名で命令が出る。
金を使うことも、人を動かすこともできる。
そして、その結果に責任を持つのも俺だ。
「リオン」
「はい」
「以前も言ったな。爵位を与えるということは、ただ褒美を与えるという意味ではない」
「はい」
「王宮が救えなかった者たちを、お前に託す」
国王陛下と目が合う。
「頼んだぞ」
「……承知しました」
国王陛下が頷く。
「立て。リオン・ハル男爵」
立ち上がった。
リオン・ハル男爵。
まだ、自分の名前じゃないみたいだ。
一週間前まで学院生だった。
昨日までだって、ただ叙爵の日を待っていた。
でも今は違う。
俺は本当に男爵になったんだ。
そして、旧グレイヴ領西部の領主になった。
◇
叙爵式のあと、王宮で小さな昼食会が開かれた。
王家が俺の叙爵を祝うために用意してくれたものだ。
参加しているのも、国王陛下たちや両親、ハーウェイ侯爵家、ヴァレスト公爵家など関係の深い人たちだけだった。
「リオン男爵」
「……やめてよ」
早速ミラが面白そうに呼んでくる。
「どうして? 本当に男爵でしょ?」
「まだ慣れないんだよ」
「では、ハル男爵。今後ともよろしく」
今度はエドガーだ。
「エドガーまでやめてよ」
「公式には間違ってないよ」
二人とも完全に楽しんでいる。
母上を見ると、やっぱり目元を拭いていた。
「母上、泣いてますよね?」
「今日はいいのです」
もう何も言わないことにした。
父上を見る。
「父上」
「何だ?」
「……ありがとうございます」
自分でも、何に対するお礼なのかよく分からない。
それでも言いたかった。
父上は少しだけ頷く。
「おめでとう」
「はい」
それだけで十分だった。
◇
昼食会が終わる頃には、緊張もだいぶ取れていた。
「改めて、おめでとう」
ハーウェイ侯爵から声をかけられる。
「ありがとうございます」
「これから大変になるだろうが、困ったことがあれば相談するといい」
「はい。その時はよろしくお願いします」
旧グレイヴ領西部の南にはハーウェイ領がある。
これからは父上だけじゃなく、ハーウェイ侯爵に相談することも増えるかもしれない。
「リオン男爵」
今度はヴァレスト公爵だった。
「叙爵、おめでとう」
「ありがとうございます」
「領地を持てば、学院にいた頃とは違う苦労も増えるだろう。
だが、君なら面白い領地にするのではないかと期待しているよ」
「頑張ります」
セレナとも少し話し、エドガーからも改めて祝われた。
「東と西、お互い大変になりそうだね」
「エドガーの方もね」
「ああ。また情報交換しよう」
「うん」
父上と母上も、ハーウェイ侯爵夫妻や他の参列者に挨拶をしている。
しばらくして、皆それぞれ王宮を出ることになった。
父上と母上は宿へ戻り、ハーウェイ侯爵夫妻も侯爵邸へ向かう。
ヴァレスト公爵とセレナ、エドガーともここで別れた。
「じゃあな、ハル男爵」
「だからそれやめてって」
エドガーが笑いながら去っていく。
俺も王宮を出る。
手元には爵位の証書と領地の文書。
そして男爵家の印章。
「リオン」
声をかけられて振り返る。
ミラが立っていた。
「改めて、おめでとう」
「ありがとう」
「今日はちゃんと喜んでいい日だからね」
「うん」
そうだ。
今日くらいは素直に喜んでいい。
男爵になった。
自分の領地を持った。
ずっと目指していたわけじゃない。
それでも、ここまで来たことが嬉しくないわけがない。
でも明日からは違う。
旧グレイヴ領西部。
王宮が立て直せなかった土地。
そこに暮らす人たちを、今度は俺が預かる。
「よし」
「何?」
「明日から頑張ろうと思って」
「今日も十分頑張ったでしょ」
「そうだけどさ」
ミラが笑い、俺も笑った。
学院生は、もう終わった。
今日から俺は、領主だ。
没落領地を再建するぞ。
今回も最後まで読んで頂きありがとうございます。
ヴァレスト公爵はリオンの人生を変えた存在と言えると思います。
本当はもっと登場してもらいたいのですが、登場機会を作れず。
作者的にはヴァレスト公爵(リオン同様、2回飛び級&首席入学・卒業)の半生を書きたいのですが、しばらく書けなさそうです。




