第545話 新しい領地
お手すきの際に是非!
《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした
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翌朝。
目を覚まし、いつものように時間を確認する。
「そろそろ起きないと」
ベッドから出て、制服に手を伸ばす。
そこで手が止まった。
「あ」
「ピー?」
ピコが不思議そうにこちらを見る。
「もう制服、着なくていいんだ」
昨日、卒業した。
もう学院へ行く必要はない。
授業もない。
試験もない。
昨日まで毎日繰り返していたことが、今日からなくなった。
「変な感じだな」
「ピー」
昨日、学院を出る時にも卒業した実感はあった。
でも、朝になってみるとまた違う。
少しだけ寂しい。
制服から手を離し、別の服を取る。
「今日は王宮だった」
感傷に浸っている場合じゃない。
エドガーもセレナも父上も、今日の用件を知っているようだった。
「いったい何なんだろうな」
「ピー?」
「ピコに聞いても分からないよね」
着替えを済ませ、父上と母上が泊まっている宿へ向かった。
◇
「おはよう、リオン」
「おはようございます」
部屋へ入ると、父上と母上はすでに朝食を取っていた。
「座りなさい」
「はい」
俺も席につく。
「昨日はよく眠れた?」
「はい」
「卒業式も舞踏会も無事に終わったものね」
「舞踏会は直前まで危なかったですけど」
「本当よ。私が衣装を用意していなかったらどうするつもりだったの?」
「それはもう反省してます」
母上が笑う。
「でも、昨日の挨拶は本当に良かったわ」
「母上、それ昨日から何回目ですか?」
「何回でも言うわよ」
「そうですか……」
「先生方だけじゃなくて、寮や食堂、お掃除をしてくださっている方にまでお礼を言っていたでしょう?」
「毎日お世話になってましたから」
「そういうところまで見られるようになったんだなって、嬉しかったの」
また泣きそうな顔になっている。
「母上、また泣かないでくださいね」
「泣いてないわよ」
父上は黙って朝食を食べている。
その父上を見る。
「父上」
「何だ?」
「今日なんですよね?」
「ああ」
「……まだ何も教えてくれません?」
「王宮で聞け」
「やっぱりですか」
「昨日もそう言っただろう」
「そうですけど」
少しくらい教えてくれてもいいのに。
「父上は一緒に行かないんですか?」
「行かん」
「え?」
「今日、王宮に呼ばれているのはお前だ」
父上は当たり前のように言った。
「俺だけ……」
「ああ」
今までは、大きな話がある時には父上が一緒にいることも多かった。
でも、今日は違う。
母上が少し心配そうに俺を見る。
やっぱり二人とも内容を知っているんだろう。
「分かりました」
朝食を終えて立ち上がる。
父上が俺を見る。
「リオン」
「はい」
「行ってこい」
「はい」
それだけだった。
でも、不思議と背筋が伸びた。
◇
宿を出る前に、ミラのところへ寄った。
「リオン」
「おはよう」
「おはよう。これから王宮?」
「うん」
ミラも今日、俺が王宮へ行くことを知っている。
「やっぱり、何の話かわからないの?」
「うん」
「正式に陛下から聞くしかないわね」
「うん。分かってるけどさ」
ミラも少し心配そうだった。
「それで、お願いがあるんだけど」
「何?」
抱いていたピコを差し出す。
「王宮にどれくらいいるか分からないから、ピコをお願いしてもいい?」
「もちろん」
「ピー」
ピコがミラの腕に収まる。
「いい子にしてるんだよ」
「ピー」
「リオンは、ちゃんと陛下の話を聞いてきてね」
「うん」
「緊張して変なこと言いませんように」
「大丈夫だよ」
「昨日まで『俺』で話してた相手の前でも?」
「……気をつける」
危ない。
国王の前ではちゃんとしないと。
「行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
ミラとピコに見送られ、王宮へ向かった。
◇
王宮へ着き、名前を告げる。
すぐに中へ案内された。
今日は大きな謁見の間ではない。
通されたのは、重要な話し合いに使われる会議室だった。
扉が開く。
「失礼いたします」
中へ入る。
国王。
宰相。
書記官や王宮の官吏が数名。
そして国王の近くには、エドガーが座っていた。
エドガーもいるのか。
一瞬、いつものように声をかけそうになって止める。
今日は学院じゃない。
昨日まで同じ教室にいた友人が、今日は王子として国王の隣にいる。
「リオン・ハル、参りました」
「うむ。座れ」
「失礼いたします」
用意された席につく。
エドガーと目が合った。
ほんの少しだけ笑う。
やっぱり知っているんだな。
「まずは、卒業おめでとう」
国王が言った。
「ありがとうございます」
「卒業生代表の挨拶も良かった」
「ありがとうございます」
国王が少し笑う。
「教師や家族、友人に感謝するのは分かる。しかし、寮や食堂、学院を清掃する者たちにまで触れるとは思わなかった」
「毎日お世話になっていましたので」
「ああ」
国王が頷く。
「特に、あの部分が良かった」
「そうですか?」
「上に立つ者ほど、自分の目に見えないところで働く者を忘れやすい」
国王の表情が少し真剣になる。
「王も同じだ」
「陛下も、ですか?」
「国は王一人で動いているわけではない。王宮の官吏、兵士、商人、農民、職人。
名が表に出ない多くの者が働いているから、この国は成り立っている」
「はい」
「それを忘れれば、やがて数字と報告書しか見えなくなる」
数字と報告書。
なぜか、その言葉が引っかかった。
「昨日の挨拶を聞いて、その点については少し安心した」
「……ありがとうございます」
国王が一度息を吐く。
「さて」
表情が変わった。
「本題に入ろう」
宰相が机の上へ書類を置く。
国王が真っ直ぐ俺を見る。
「リオン・ハル」
「はい」
「一週間後、お前を男爵に叙する」
「…………」
一瞬、意味が分からなかった。
「お……私を、男爵に?」
危ない。
完全に「俺」と言いかけた。
エドガーの口元が少し動く。
「そうだ」
「ですが、自分は昨日学院を卒業したばかりです」
「昨日卒業したから爵位を与えるのではない」
国王が答える。
「ハル領で、お前が何をしてきたのか。王宮は見ている」
農業。
産業。
学校。
衛生。
王都での活動。
研究。
いろんなことをしてきた。
「学院に通いながら領地の立て直しに関わり、新しい仕事を作り、人を集め、領民の生活を変えてきた。
その実績を評価した」
「ありがとうございます」
まさか、こんなに早く爵位をもらうことになるとは思っていなかった。
男爵。
俺が貴族になる。
「まだ礼を言うのは早い」
「え?」
国王が宰相を見る。
宰相が大きな紙を広げた。
地図だ。
見覚えがある。
「……旧グレイヴ領」
「そうだ」
グレイヴ家から領地が没収されて以降、この地域は王宮による暫定統治が続いている。
王都から官吏が派遣され、行政が止まらないよう統治が行われている。
国王が地図を見る。
「旧グレイヴ領について話す前に、一つ伝えておきたいことがある」
「はい」
国王の声が低くなった。
「グレイヴ家が行ったことについて、グレイヴ家に大きな責任がある。それは変わらん」
「はい」
「だが、王宮に責任がなかったとは思っていない」
少し驚いた。
国王自らそう言うとは思わなかった。
「王宮は金を出した。道路や水路、倉庫、農業への支援も行った。報告も受け取っていた」
以前の調査で見たことを思い出す。
王家から支援された金。
なのに、実際の村ではほとんど恩恵を受けていなかった。
「我々は支援をしたことで、仕事をしたつもりになっていた」
国王の言葉が続く。
「工事が終わったという報告を受け取れば、それで終わり。金を渡したという記録があれば、それで領民を助けたと思っていた」
エドガーが黙って聞いている。
「だが、本当にその金が領民のために使われたのか。その道路や水路で暮らしが良くなったのか。そこまで確認していなかった」
「……はい」
「王都はグレイヴ家を見ていた」
国王が少し間を置く。
「だが、そこで暮らす人々を十分に見ていなかった」
以前、イレーナが言っていたことと同じだ。
あの時、エドガーも認めていた。
「グレイヴを罰した。それで王宮の責任まで終わるとは考えていない」
部屋が静かになる。
「だから今も、王宮による暫定統治を続けている」
宰相が地図の東側を指した。
「今後は、旧グレイヴ領を東西に分けて扱います」
「東西に?」
「はい」
宰相が国王と俺に説明する。
「東部には旧グレイヴ領の主要都市や、大きな街道の多くが集中しています。
人口も西部より多く、王国全体の物流への影響も大きい地域です」
「はい」
「一方で、旧グレイヴ家の統治体制の影響がまだ残っています。行政組織も完全には整理されていません」
「では、東部は?」
「引き続き王宮が暫定統治を行う」
国王が答える。
「そして、王宮側の責任も含めて立て直す必要がある」
国王がエドガーを見る。
「その責任者を、エドガーとする」
「エドガーが?」
「ああ」
エドガーがこちらを見る。
「驚いたか?」
「うん」
思わずいつもの調子で答えた。
「あ……失礼しました」
「構わん」
国王が苦笑する。
「もちろん、エドガー一人ですべてを行わせるわけではない。宰相や王宮の官吏が補佐する」
宰相が頷く。
「エドガーには東部全体の状況を把握し、重要な判断や王宮への報告に関わってもらう」
「承知しています」
エドガーは落ち着いて答えた。
昨日まで同じ教室にいた。
今日は旧グレイヴ領東部の暫定統治責任者。
俺だけじゃない。
エドガーも、もう学院生じゃないんだ。
「これは」
国王が続ける。
「エドガーに経験を積ませるためだけではない」
エドガーを見る。
「王家が見落としてきたものを、王家の人間が自分の目で見るためでもある」
「はい」
エドガーが真剣に頷く。
「そして」
国王の指が西へ移る。
「西部だ」
宰相が説明を続ける。
「西部は東部より人口が少なく、産業も弱い。街道の整備も遅れています」
「グレイヴ家の時代からですか?」
「はい。以前から投資の優先順位が低かった地域です。王宮による暫定統治へ移行してからも、行政機能を維持することを優先してきました」
地図を見る。
確かに東側より町が少ない。
道路も少ない。
国王が俺を見る。
「この西部を、お前に任せたい」
「……私に?」
「一週間後の叙爵と同時に、旧グレイヴ領西部をお前の領地とする」
また頭が止まった。
男爵になる。
それだけじゃない。
自分の領地を持つ。
「私が……領主になるんですか?」
「そうだ」
地図を見る。
今までだって、ハル領では多くのことをしてきた。
領地の政策にも深く関わった。
でも、ハル領の領主は父上だ。
最後に決めるのは父上だった。
失敗した時、最終的な責任を負うのも父上だった。
今度は違う。
俺が決める。
俺の判断で、そこに住む人たちの生活が変わる。
「なぜ、私なのでしょうか」
自然と口から出た。
国王はすぐには答えなかった。
地図を見る。
「正直に言おう」
「はい」
「西部の立て直しは容易ではない」
やっぱりそうなのか。
「王宮の官吏だけで立て直すという案もあった。別の貴族に任せる案もあった」
「はい」
「だが、これまでと同じやり方を続けて、同じ失敗を繰り返すのではないかという懸念が残った」
国王が俺を見る。
「ハル領のここ数年の躍進ぶりは私の耳にも入っている」
「……はい」
「何もないところから仕事を作った。学校を作った。領民の生活を変えようとした。失敗すれば方法を変えた」
国王の声はいつもより静かだった。
「だから、お前なら違うやり方ができるのではないかと思った」
「私なら……」
「ああ」
国王が少し姿勢を正す。
「命令だから任せる。それだけなら簡単だ」
俺を見る。
「だが今回は、それだけではない」
「リオン」
「はい」
「王宮が救えなかった者たちが、あの土地にはいる」
何も言えなかった。
「金を出した。官吏も送った。それでも、十分に届かなかった」
国王が地図の西部に手を置く。
「だから私は、お前に何とかしてもらいたい」
「……」
「王として、頼みたい」
思わず国王を見る。
命令じゃない。
頼むと言った。
「そこに住む者たちが、この国に見捨てられたと思わずに済む土地にしてほしい」
胸が重くなる。
爵位をもらえる。
領地をもらえる。
少し前までは、そんな話だと思っていた。
いや、違う。
これは人の生活を預かる仕事だ。
「豊かな領地を任せるだけなら、お前である必要はない」
国王が言う。
「問題を抱えているから、お前に頼みたい」
もう一度地図を見る。
旧グレイヴ領西部。
視察した時はすごく厳しい状況だった。
そこに住む人たちの生活を、俺が預かる。
「……分かりました」
国王を見る。
「やります」
「そうか」
「ただ、どこまでできるかはまだ分かりません」
「うむ」
「改めて実際に土地を見て、そこで暮らす人たちの話を聞いて、何が問題なのか調べないと何も分かりません」
「それでいい」
国王が頷く。
「その答えの方が信用できる」
少しだけ肩の力が抜けた。
「ただし、一つ覚えておけ」
「はい」
「ハル領と同じことをすれば、同じ結果になると思うな」
「はい」
「土地が違う。人が違う。産業も、地理も、抱えている問題も違う」
「分かりました」
「昨日、お前は卒業式で言っていたな」
国王が俺を見る。
「自分で考える。だが、一人だけで考えない、と」
「覚えていらしたんですか?」
「良い挨拶だったと言っただろう」
「……はい」
「ならば、それをやってみせろ」
昨日、自分で言った言葉だ。
まさか翌日に試されるとは思っていなかった。
「承知しました」
◇
国王が俺とエドガーを見る。
「東はエドガー。西はリオン」
「はい」
「立場も統治の方法も違う。だが、元は一つの領地だ。必要な時は協力しろ」
「もちろんです」
エドガーが答える。
「はい」
俺も頷く。
エドガーが少し笑った。
「卒業しても、一緒に仕事をすることになりそうだね」
「そうみたいだね」
「学院より大変そうだけど」
「それは間違いないと思う」
「お前たち」
国王が声をかける。
「あ、すみません」
「いや。仲が悪いよりはいい」
国王も少し笑った。
◇
その後、宰相から旧グレイヴ領西部について簡単な説明を受けた。
「詳細については、これらを見てほしい」
机の上に分厚い資料が置かれる。
「……これ全部ですか?」
「まずは概要だ」
「これで概要なんですね」
「ああ」
かなりある。
「人口、年齢構成、税収、農地、家畜、道路、商業、行政組織など、現在王宮が把握している内容をまとめてある」
現在王宮が把握している内容。
その言い方が少し気になった。
「この数字は、どこまで信用できますか?」
聞いてみる。
宰相が一瞬止まった。
「良い質問だな」
「完全ではないんですね?」
「現在、再調査を進めている。ただ、地域によっては古い報告を元にした数字もある」
「分かりました」
最初から全部を鵜呑みにするなということか。
「叙爵までに、できる限り目を通しておいてくれ。詳しい話は彼に聞いてくれ」
宰相に言われて文官が一歩前に出る。
「わかりました」
俺は宰相に返事をした後、地図へ視線を戻す。
東部と比べて、西部は空白が多い。
北側や中央には小さな町と村。
西にはハル領の手前に広い森林がある。
そして南側には、大きな湿地帯が描かれている。
「この辺りは全部、湿地なんですか?」
「はい」
「かなり広いですね」
「ええ」
そのさらに南には山が連なっている。
「この山を越えるとハーウェイ侯爵領ですよね?」
「そうです」
「でも、街道がない」
「はい。ほとんどありません」
「どうしてです?」
「湿地帯を越える必要があります。それに、西部そのものの人口が少ないため、大規模な街道を整備する必要性が低いと判断されてきました」
「なるほど」
湿地。
森林。
山。
町も少ない。
「……ずいぶん、何もないですね」
思わず言った。
宰相が一瞬だけ黙る。
「お前にもそう見えるか?」
「はい」
「まずは他の資料にも目を通してくれ」
「……?」
何だろう。
言い方が少し気になったが、その場ではそれ以上聞かず、資料に目を通した。
◇
「では、今日は以上だ」
国王が言う。
「一週間後、正式に叙爵する。それまでに準備をしておけ」
「承知しました」
立ち上がる。
「リオン」
国王に呼び止められた。
「はい」
「頼んだぞ」
短い言葉だった。
でも、さっきより重く感じた。
「はい」
深く頭を下げた。
◇
会議室を出る。
分厚い資料を抱えて廊下を歩いていると、後ろから声がした。
「リオン」
「エドガー」
足を止める。
「これでようやく話せるよ」
「やっぱり知ってたんだね」
「ああ」
「セレナも?」
「知っていたよ」
「二人ともよく黙ってたね」
「父上から正式に伝えることになっていたからね」
「分かってるけど、かなり気になってたよ」
「すまん」
エドガーが笑う。
でも、すぐに少し真面目な顔になった。
「父上があそこまで話すとは思わなかった」
「王宮の責任のこと?」
「ああ」
「エドガーは前から言ってたよね」
「現地を見たからな」
エドガーが少し視線を落とす。
「資料では回復していることになっていた村が、実際には全然違った」
「うん」
「もう同じことはしたくない」
「俺も」
自然とそう答えた。
エドガーがこちらを見る。
「東と西か」
「隣同士だね」
「そうなるね」
「何かあったら助けて」
「もちろん」
エドガーが笑う。
「その代わり、僕が困った時も頼むよ」
「うん」
エドガーが手を出す。
その手を握った。
「頑張ろう」
「うん」
◇
王宮を出た。
腕には分厚い資料。
昨日までは教科書やノートを抱えて学院へ通っていた。
今日は、自分が治めることになる領地の資料を抱えている。
「本当に一日で変わったな……」
寮へ戻る前に、ミラのところへ向かった。
女子寮の前で待つミラ。
「ピー!」
真っ先にピコが飛んでくる。
「ただいま」
「ピー!」
抱き上げる。
「いい子にしてた?」
「とてもいい子だったよ」
ミラが笑う。
「ミラ、寒い中、待っててくれてありがとう」
「私は全然平気。それよりリオンはどうだった?」
「俺?」
「ちゃんと話を聞いてきた?」
「ああ……うん」
自分でも分かるくらい、変な返事になった。
ミラの表情が変わる。
「何かあった?」
「うん」
「そっか。今日はそんなに寒くないから、そこのベンチで話さない?」
「そうする」
近くにあるベンチへ向かう。
ミラが先に腰を下ろし、その隣に座った。
ピコはミラの膝の上に乗る。
「それで、どうだった?」
「その前に一ついい?」
「何?」
周囲を見る。
近くに人はいない。
それでも、少し声を落とした。
「これから話すこと、まだ誰にも言わないでほしい」
ミラの表情が真剣になる。
「正式に発表される前だから?」
「うん。王宮で決まったことだから」
「分かった。誰にも言わない」
「ミラのお父さんとお母さんにも」
「うん」
迷わず答えた。
「ありがとう」
一度息を吐く。
まだ自分でも整理しきれていない。
「まず……俺、一週間後に男爵になる」
「え?」
ミラが目を見開いた。
「男爵?」
「うん」
「リオンが?」
「俺も同じこと聞いた」
「本当に?」
「国王陛下から直接言われた」
ミラがしばらく俺を見る。
それから、少しずつ笑顔になった。
「おめでとう、リオン」
「ありがとう」
「すごいじゃない」
「うん……」
「嬉しくないの?」
「嬉しいよ」
爵位をもらえる。
評価されたということだ。
それは素直に嬉しい。
「でも、男爵になるだけじゃなかった」
ミラの笑顔が止まる。
「どういうこと?」
「領地も任される」
「領地?」
「旧グレイヴ領の西部」
「……え?」
今度はさっきより大きく目を見開いた。
「西部全部?」
「うん」
「リオンの領地になるの?」
「そういうことらしい」
口にすると、改めて現実味が増した。
「一週間後に男爵へ叙爵されて、それと同時に旧グレイヴ領西部を任される」
「そうなんだ……」
ミラが少し考える。
「旧グレイヴ領って、今は王宮が直接管理してるんだよね?」
「暫定統治してる」
「じゃあ、それをリオンに?」
「西部だけね」
「東部は?」
少し迷った。
これも正式発表前の話だ。
「これは正式に発表されたらミラにも話すよ」
「うん。わかった」
ミラはそれ以上、聞いてこようとしなかった。
「昨日卒業したばかりなのに、すごいことになったね」
「本当にね」
「でも、どうしてリオンなの?」
当然の疑問だ。
「王様からも説明された」
「なんて?」
「ハル領でやってきたことを評価してくれたみたい」
「それなら分かる」
「ただ……」
「ただ?」
少し言葉を選ぶ。
「旧グレイヴ領のことについて、王宮にも責任があるって話をされた」
ミラが黙る。
「王宮が?」
「うん」
「陛下がそう言ったの?」
「うん。グレイヴ家が悪いのは当然だけど、王宮もグレイヴ家ばかり見て、そこで暮らしている人たちをちゃんと見ていなかったって」
「……そうなんだ」
「それで、王様から言われた」
「何を?」
「王宮が救えなかった人たちがいるから、俺に何とかしてもらいたいって」
ミラが俺を見る。
「陛下が、そんなことを?」
「うん」
その言葉が、まだ頭に残っている。
「正直、男爵になるって言われた時より、そっちの方が重かった」
「……うん」
「だって、俺が失敗したら困るのは、そこに住んでる人たちだから」
ハル領でもそうだった。
でも今度はもっと違う。
父上はいない。
最後に決めるのは俺だ。
失敗した時に責任を負うのも俺になる。
「怖い?」
ミラが聞いた。
「少し」
素直に答えた。
「かなり、かもしれない」
「そっか」
ミラは「大丈夫だよ」とは言わなかった。
ただ、隣に座っている。
それが今はありがたかった。
「でも、やるって答えた」
「うん」
「まだ何が問題なのかも全部分かってないから、絶対に立て直しますとは言えなかったけど」
「それでいいんじゃない?」
「そうかな」
「分からないのに分かったふりをする方が、リオンらしくないよ」
思わず笑った。
「昨日の卒業式みたいだね」
「そうだね」
分からなければ調べる。
人の話を聞く。
一人で答えを決めない。
昨日、自分でそう言ったばかりだ。
「国王陛下にも言われたよ」
「何を?」
「昨日、自分で言ったことをやってみせろって」
ミラが笑う。
「ちゃんと聞かれてたんだ」
「すごく聞かれてた」
「じゃあ、逃げられないね」
「逃げるつもりはないよ」
「うん」
少しだけ沈黙が続く。
ふと、ミラを見る。
「リオン?」
「え?」
「また難しい顔してる」
「そう?」
「うん」
今、一瞬考えたことは口にしなかった。
視察したことはある。でも、領主として見るべきことを全部知っているわけじゃない。
考えるのは、それを見てからでいい。
「王宮から資料をもらったんだ」
「どんな?」
「色々。今は見せられないけど、話していいことが整理できたらミラにも相談するよ」
「うん」
「ごめんね、言えないとか、見せられないばかり言って」
「仕方ないよ、まだ正式発表前だし」
男爵になる。
領主になる。
こういうところも、今までとは違うんだろう。
知っているからといって、誰にでも話していいわけじゃない。
「まず俺が全部読むよ」
「うん」
「それから、話していいことはミラにも話す」
「分かった」
ミラが笑う。
「じゃあ、今日は詳しいことは聞かない」
「ありがとう」
「でも」
「何?」
「大変だったら、ちゃんと言ってね」
「うん」
「一人で何でも抱え込むのは禁止」
「それも昨日言ったから?」
「それもあるけど」
ミラが少しだけ笑い、俺の手を握る。
「婚約者だから」
「……うん」
「相談くらいしてよ」
「もちろん」
そう答えた。
旧グレイヴ領西部。
まだ地図と簡単な説明しか知らない土地。
そこが、一週間後には俺の領地になる。
そして、いずれ俺が結婚すれば――。
もう一度ミラを見る。
「何?」
「何でもない」
「またそれ?」
「今は本当に何でもないよ」
まずは資料を読もう。
それから現地を見る。
考えるのは、その後だ。
「じゃあ、そろそろ戻るよ」
「うん」
「ピコのこと見ててくれて、ありがとう」
「ピー」
立ち上がる。
腕の中のピコを抱き直した。
「リオン」
「何?」
「男爵になるの、本当におめでとう」
「ああ」
今度は素直に笑えた。
「ありがとう」
今回も最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
リオンがこれから何を成し遂げるのか、ご期待ください。
最近、読者様からの感想に返信できてなくて申し訳ないです。
返信はできていませんが、内容は全て確認しています。
様々な感想を頂いていますが、作者が前向きになれる感想が多く、元気づけられています。




