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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第21章 リオン・ハル男爵

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第545話 新しい領地

お手すきの際に是非!

《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした

(https://ncode.syosetu.com/n6087ms/)からご覧いただけます。

 翌朝。


 目を覚まし、いつものように時間を確認する。


「そろそろ起きないと」


 ベッドから出て、制服に手を伸ばす。


 そこで手が止まった。


「あ」


「ピー?」


 ピコが不思議そうにこちらを見る。


「もう制服、着なくていいんだ」


 昨日、卒業した。


 もう学院へ行く必要はない。


 授業もない。


 試験もない。


 昨日まで毎日繰り返していたことが、今日からなくなった。


「変な感じだな」


「ピー」


 昨日、学院を出る時にも卒業した実感はあった。


 でも、朝になってみるとまた違う。


 少しだけ寂しい。


 制服から手を離し、別の服を取る。


「今日は王宮だった」


 感傷に浸っている場合じゃない。


 エドガーもセレナも父上も、今日の用件を知っているようだった。


「いったい何なんだろうな」


「ピー?」


「ピコに聞いても分からないよね」


 着替えを済ませ、父上と母上が泊まっている宿へ向かった。


 ◇


「おはよう、リオン」


「おはようございます」


 部屋へ入ると、父上と母上はすでに朝食を取っていた。


「座りなさい」


「はい」


 俺も席につく。


「昨日はよく眠れた?」


「はい」


「卒業式も舞踏会も無事に終わったものね」


「舞踏会は直前まで危なかったですけど」


「本当よ。私が衣装を用意していなかったらどうするつもりだったの?」


「それはもう反省してます」


 母上が笑う。


「でも、昨日の挨拶は本当に良かったわ」


「母上、それ昨日から何回目ですか?」


「何回でも言うわよ」


「そうですか……」


「先生方だけじゃなくて、寮や食堂、お掃除をしてくださっている方にまでお礼を言っていたでしょう?」


「毎日お世話になってましたから」


「そういうところまで見られるようになったんだなって、嬉しかったの」


 また泣きそうな顔になっている。


「母上、また泣かないでくださいね」


「泣いてないわよ」


 父上は黙って朝食を食べている。


 その父上を見る。


「父上」


「何だ?」


「今日なんですよね?」


「ああ」


「……まだ何も教えてくれません?」


「王宮で聞け」


「やっぱりですか」


「昨日もそう言っただろう」


「そうですけど」


 少しくらい教えてくれてもいいのに。


「父上は一緒に行かないんですか?」


「行かん」


「え?」


「今日、王宮に呼ばれているのはお前だ」


 父上は当たり前のように言った。


「俺だけ……」


「ああ」


 今までは、大きな話がある時には父上が一緒にいることも多かった。


 でも、今日は違う。


 母上が少し心配そうに俺を見る。


 やっぱり二人とも内容を知っているんだろう。


「分かりました」


 朝食を終えて立ち上がる。


 父上が俺を見る。


「リオン」


「はい」


「行ってこい」


「はい」


 それだけだった。


 でも、不思議と背筋が伸びた。


 ◇


 宿を出る前に、ミラのところへ寄った。


「リオン」


「おはよう」


「おはよう。これから王宮?」


「うん」


 ミラも今日、俺が王宮へ行くことを知っている。


「やっぱり、何の話かわからないの?」


「うん」


「正式に陛下から聞くしかないわね」


「うん。分かってるけどさ」


 ミラも少し心配そうだった。


「それで、お願いがあるんだけど」


「何?」


 抱いていたピコを差し出す。


「王宮にどれくらいいるか分からないから、ピコをお願いしてもいい?」


「もちろん」


「ピー」


 ピコがミラの腕に収まる。


「いい子にしてるんだよ」


「ピー」


「リオンは、ちゃんと陛下の話を聞いてきてね」


「うん」


「緊張して変なこと言いませんように」


「大丈夫だよ」


「昨日まで『俺』で話してた相手の前でも?」


「……気をつける」


 危ない。


 国王の前ではちゃんとしないと。


「行ってらっしゃい」


「うん。行ってきます」


 ミラとピコに見送られ、王宮へ向かった。


 ◇


 王宮へ着き、名前を告げる。


 すぐに中へ案内された。


 今日は大きな謁見の間ではない。


 通されたのは、重要な話し合いに使われる会議室だった。


 扉が開く。


「失礼いたします」


 中へ入る。


 国王。


 宰相。


 書記官や王宮の官吏が数名。


 そして国王の近くには、エドガーが座っていた。


 エドガーもいるのか。


 一瞬、いつものように声をかけそうになって止める。


 今日は学院じゃない。


 昨日まで同じ教室にいた友人が、今日は王子として国王の隣にいる。


「リオン・ハル、参りました」


「うむ。座れ」


「失礼いたします」


 用意された席につく。


 エドガーと目が合った。


 ほんの少しだけ笑う。


 やっぱり知っているんだな。


「まずは、卒業おめでとう」


 国王が言った。


「ありがとうございます」


「卒業生代表の挨拶も良かった」


「ありがとうございます」


 国王が少し笑う。


「教師や家族、友人に感謝するのは分かる。しかし、寮や食堂、学院を清掃する者たちにまで触れるとは思わなかった」


「毎日お世話になっていましたので」


「ああ」


 国王が頷く。


「特に、あの部分が良かった」


「そうですか?」


「上に立つ者ほど、自分の目に見えないところで働く者を忘れやすい」


 国王の表情が少し真剣になる。


「王も同じだ」


「陛下も、ですか?」


「国は王一人で動いているわけではない。王宮の官吏、兵士、商人、農民、職人。

 名が表に出ない多くの者が働いているから、この国は成り立っている」


「はい」


「それを忘れれば、やがて数字と報告書しか見えなくなる」


 数字と報告書。


 なぜか、その言葉が引っかかった。


「昨日の挨拶を聞いて、その点については少し安心した」


「……ありがとうございます」


 国王が一度息を吐く。


「さて」


 表情が変わった。


「本題に入ろう」


 宰相が机の上へ書類を置く。


 国王が真っ直ぐ俺を見る。


「リオン・ハル」


「はい」


「一週間後、お前を男爵に叙する」


「…………」


 一瞬、意味が分からなかった。


「お……私を、男爵に?」


 危ない。


 完全に「俺」と言いかけた。


 エドガーの口元が少し動く。


「そうだ」


「ですが、自分は昨日学院を卒業したばかりです」


「昨日卒業したから爵位を与えるのではない」


 国王が答える。


「ハル領で、お前が何をしてきたのか。王宮は見ている」


 農業。


 産業。


 学校。


 衛生。


 王都での活動。


 研究。


 いろんなことをしてきた。


「学院に通いながら領地の立て直しに関わり、新しい仕事を作り、人を集め、領民の生活を変えてきた。 

 その実績を評価した」


「ありがとうございます」


 まさか、こんなに早く爵位をもらうことになるとは思っていなかった。


 男爵。


 俺が貴族になる。


「まだ礼を言うのは早い」


「え?」


 国王が宰相を見る。


 宰相が大きな紙を広げた。


 地図だ。


 見覚えがある。


「……旧グレイヴ領」


「そうだ」


 グレイヴ家から領地が没収されて以降、この地域は王宮による暫定統治が続いている。


 王都から官吏が派遣され、行政が止まらないよう統治が行われている。


 国王が地図を見る。


「旧グレイヴ領について話す前に、一つ伝えておきたいことがある」


「はい」


 国王の声が低くなった。


「グレイヴ家が行ったことについて、グレイヴ家に大きな責任がある。それは変わらん」


「はい」


「だが、王宮に責任がなかったとは思っていない」


 少し驚いた。


 国王自らそう言うとは思わなかった。


「王宮は金を出した。道路や水路、倉庫、農業への支援も行った。報告も受け取っていた」


 以前の調査で見たことを思い出す。


 王家から支援された金。


 なのに、実際の村ではほとんど恩恵を受けていなかった。


「我々は支援をしたことで、仕事をしたつもりになっていた」


 国王の言葉が続く。


「工事が終わったという報告を受け取れば、それで終わり。金を渡したという記録があれば、それで領民を助けたと思っていた」


 エドガーが黙って聞いている。


「だが、本当にその金が領民のために使われたのか。その道路や水路で暮らしが良くなったのか。そこまで確認していなかった」


「……はい」


「王都はグレイヴ家を見ていた」


 国王が少し間を置く。


「だが、そこで暮らす人々を十分に見ていなかった」


 以前、イレーナが言っていたことと同じだ。


 あの時、エドガーも認めていた。


「グレイヴを罰した。それで王宮の責任まで終わるとは考えていない」


 部屋が静かになる。


「だから今も、王宮による暫定統治を続けている」


 宰相が地図の東側を指した。


「今後は、旧グレイヴ領を東西に分けて扱います」


「東西に?」


「はい」


 宰相が国王と俺に説明する。


「東部には旧グレイヴ領の主要都市や、大きな街道の多くが集中しています。

 人口も西部より多く、王国全体の物流への影響も大きい地域です」


「はい」


「一方で、旧グレイヴ家の統治体制の影響がまだ残っています。行政組織も完全には整理されていません」


「では、東部は?」


「引き続き王宮が暫定統治を行う」


 国王が答える。


「そして、王宮側の責任も含めて立て直す必要がある」


 国王がエドガーを見る。


「その責任者を、エドガーとする」


「エドガーが?」


「ああ」


 エドガーがこちらを見る。


「驚いたか?」


「うん」


 思わずいつもの調子で答えた。


「あ……失礼しました」


「構わん」


 国王が苦笑する。


「もちろん、エドガー一人ですべてを行わせるわけではない。宰相や王宮の官吏が補佐する」


 宰相が頷く。


「エドガーには東部全体の状況を把握し、重要な判断や王宮への報告に関わってもらう」


「承知しています」


 エドガーは落ち着いて答えた。


 昨日まで同じ教室にいた。


 今日は旧グレイヴ領東部の暫定統治責任者。


 俺だけじゃない。


 エドガーも、もう学院生じゃないんだ。


「これは」


 国王が続ける。


「エドガーに経験を積ませるためだけではない」


 エドガーを見る。


「王家が見落としてきたものを、王家の人間が自分の目で見るためでもある」


「はい」


 エドガーが真剣に頷く。


「そして」


 国王の指が西へ移る。


「西部だ」


 宰相が説明を続ける。


「西部は東部より人口が少なく、産業も弱い。街道の整備も遅れています」


「グレイヴ家の時代からですか?」


「はい。以前から投資の優先順位が低かった地域です。王宮による暫定統治へ移行してからも、行政機能を維持することを優先してきました」


 地図を見る。


 確かに東側より町が少ない。


 道路も少ない。


 国王が俺を見る。


「この西部を、お前に任せたい」


「……私に?」


「一週間後の叙爵と同時に、旧グレイヴ領西部をお前の領地とする」


 また頭が止まった。


 男爵になる。


 それだけじゃない。


 自分の領地を持つ。


「私が……領主になるんですか?」


「そうだ」


 地図を見る。


 今までだって、ハル領では多くのことをしてきた。


 領地の政策にも深く関わった。


 でも、ハル領の領主は父上だ。


 最後に決めるのは父上だった。


 失敗した時、最終的な責任を負うのも父上だった。


 今度は違う。


 俺が決める。


 俺の判断で、そこに住む人たちの生活が変わる。


「なぜ、私なのでしょうか」


 自然と口から出た。


 国王はすぐには答えなかった。


 地図を見る。


「正直に言おう」


「はい」


「西部の立て直しは容易ではない」


 やっぱりそうなのか。


「王宮の官吏だけで立て直すという案もあった。別の貴族に任せる案もあった」


「はい」


「だが、これまでと同じやり方を続けて、同じ失敗を繰り返すのではないかという懸念が残った」


 国王が俺を見る。


「ハル領のここ数年の躍進ぶりは私の耳にも入っている」


「……はい」


「何もないところから仕事を作った。学校を作った。領民の生活を変えようとした。失敗すれば方法を変えた」


 国王の声はいつもより静かだった。


「だから、お前なら違うやり方ができるのではないかと思った」


「私なら……」


「ああ」


 国王が少し姿勢を正す。


「命令だから任せる。それだけなら簡単だ」


 俺を見る。


「だが今回は、それだけではない」


「リオン」


「はい」


「王宮が救えなかった者たちが、あの土地にはいる」


 何も言えなかった。


「金を出した。官吏も送った。それでも、十分に届かなかった」


 国王が地図の西部に手を置く。


「だから私は、お前に何とかしてもらいたい」


「……」


「王として、頼みたい」


 思わず国王を見る。


 命令じゃない。


 頼むと言った。


「そこに住む者たちが、この国に見捨てられたと思わずに済む土地にしてほしい」


 胸が重くなる。


 爵位をもらえる。


 領地をもらえる。


 少し前までは、そんな話だと思っていた。


 いや、違う。


 これは人の生活を預かる仕事だ。


「豊かな領地を任せるだけなら、お前である必要はない」


 国王が言う。


「問題を抱えているから、お前に頼みたい」


 もう一度地図を見る。


 旧グレイヴ領西部。


 視察した時はすごく厳しい状況だった。


 そこに住む人たちの生活を、俺が預かる。


「……分かりました」


 国王を見る。


「やります」


「そうか」


「ただ、どこまでできるかはまだ分かりません」


「うむ」


「改めて実際に土地を見て、そこで暮らす人たちの話を聞いて、何が問題なのか調べないと何も分かりません」


「それでいい」


 国王が頷く。


「その答えの方が信用できる」


 少しだけ肩の力が抜けた。


「ただし、一つ覚えておけ」


「はい」


「ハル領と同じことをすれば、同じ結果になると思うな」


「はい」


「土地が違う。人が違う。産業も、地理も、抱えている問題も違う」


「分かりました」


「昨日、お前は卒業式で言っていたな」


 国王が俺を見る。


「自分で考える。だが、一人だけで考えない、と」


「覚えていらしたんですか?」


「良い挨拶だったと言っただろう」


「……はい」


「ならば、それをやってみせろ」


 昨日、自分で言った言葉だ。


 まさか翌日に試されるとは思っていなかった。


「承知しました」


 ◇


 国王が俺とエドガーを見る。


「東はエドガー。西はリオン」


「はい」


「立場も統治の方法も違う。だが、元は一つの領地だ。必要な時は協力しろ」


「もちろんです」


 エドガーが答える。


「はい」


 俺も頷く。


 エドガーが少し笑った。


「卒業しても、一緒に仕事をすることになりそうだね」


「そうみたいだね」


「学院より大変そうだけど」


「それは間違いないと思う」


「お前たち」


 国王が声をかける。


「あ、すみません」


「いや。仲が悪いよりはいい」


 国王も少し笑った。


 ◇


 その後、宰相から旧グレイヴ領西部について簡単な説明を受けた。


「詳細については、これらを見てほしい」


 机の上に分厚い資料が置かれる。


「……これ全部ですか?」


「まずは概要だ」


「これで概要なんですね」


「ああ」


 かなりある。


「人口、年齢構成、税収、農地、家畜、道路、商業、行政組織など、現在王宮が把握している内容をまとめてある」


 現在王宮が把握している内容。


 その言い方が少し気になった。


「この数字は、どこまで信用できますか?」


 聞いてみる。


 宰相が一瞬止まった。


「良い質問だな」


「完全ではないんですね?」


「現在、再調査を進めている。ただ、地域によっては古い報告を元にした数字もある」


「分かりました」


 最初から全部を鵜呑みにするなということか。


「叙爵までに、できる限り目を通しておいてくれ。詳しい話は彼に聞いてくれ」


 宰相に言われて文官が一歩前に出る。


「わかりました」


 俺は宰相に返事をした後、地図へ視線を戻す。


 東部と比べて、西部は空白が多い。


 北側や中央には小さな町と村。


 西にはハル領の手前に広い森林がある。


 そして南側には、大きな湿地帯が描かれている。


「この辺りは全部、湿地なんですか?」


「はい」


「かなり広いですね」


「ええ」


 そのさらに南には山が連なっている。


「この山を越えるとハーウェイ侯爵領ですよね?」


「そうです」


「でも、街道がない」


「はい。ほとんどありません」


「どうしてです?」


「湿地帯を越える必要があります。それに、西部そのものの人口が少ないため、大規模な街道を整備する必要性が低いと判断されてきました」


「なるほど」


 湿地。


 森林。


 山。


 町も少ない。


「……ずいぶん、何もないですね」


 思わず言った。


 宰相が一瞬だけ黙る。


「お前にもそう見えるか?」


「はい」


「まずは他の資料にも目を通してくれ」


「……?」


 何だろう。


 言い方が少し気になったが、その場ではそれ以上聞かず、資料に目を通した。


◇


「では、今日は以上だ」


 国王が言う。


「一週間後、正式に叙爵する。それまでに準備をしておけ」


「承知しました」


 立ち上がる。


「リオン」


 国王に呼び止められた。


「はい」


「頼んだぞ」


 短い言葉だった。


 でも、さっきより重く感じた。


「はい」


 深く頭を下げた。


 ◇


 会議室を出る。


 分厚い資料を抱えて廊下を歩いていると、後ろから声がした。


「リオン」


「エドガー」


 足を止める。


「これでようやく話せるよ」


「やっぱり知ってたんだね」


「ああ」


「セレナも?」


「知っていたよ」


「二人ともよく黙ってたね」


「父上から正式に伝えることになっていたからね」


「分かってるけど、かなり気になってたよ」


「すまん」


 エドガーが笑う。


 でも、すぐに少し真面目な顔になった。


「父上があそこまで話すとは思わなかった」


「王宮の責任のこと?」


「ああ」


「エドガーは前から言ってたよね」


「現地を見たからな」


 エドガーが少し視線を落とす。


「資料では回復していることになっていた村が、実際には全然違った」


「うん」


「もう同じことはしたくない」


「俺も」


 自然とそう答えた。


 エドガーがこちらを見る。


「東と西か」


「隣同士だね」


「そうなるね」


「何かあったら助けて」


「もちろん」


 エドガーが笑う。


「その代わり、僕が困った時も頼むよ」


「うん」


 エドガーが手を出す。


 その手を握った。


「頑張ろう」


「うん」


 ◇


 王宮を出た。


 腕には分厚い資料。


 昨日までは教科書やノートを抱えて学院へ通っていた。


 今日は、自分が治めることになる領地の資料を抱えている。


「本当に一日で変わったな……」


 寮へ戻る前に、ミラのところへ向かった。


 女子寮の前で待つミラ。


「ピー!」


 真っ先にピコが飛んでくる。


「ただいま」


「ピー!」


 抱き上げる。


「いい子にしてた?」


「とてもいい子だったよ」


 ミラが笑う。


「ミラ、寒い中、待っててくれてありがとう」


「私は全然平気。それよりリオンはどうだった?」


「俺?」


「ちゃんと話を聞いてきた?」


「ああ……うん」


 自分でも分かるくらい、変な返事になった。


 ミラの表情が変わる。


「何かあった?」


「うん」


「そっか。今日はそんなに寒くないから、そこのベンチで話さない?」


「そうする」


 近くにあるベンチへ向かう。


 ミラが先に腰を下ろし、その隣に座った。


 ピコはミラの膝の上に乗る。


「それで、どうだった?」


「その前に一ついい?」


「何?」


 周囲を見る。


 近くに人はいない。


 それでも、少し声を落とした。


「これから話すこと、まだ誰にも言わないでほしい」


 ミラの表情が真剣になる。


「正式に発表される前だから?」


「うん。王宮で決まったことだから」


「分かった。誰にも言わない」


「ミラのお父さんとお母さんにも」


「うん」


 迷わず答えた。


「ありがとう」


 一度息を吐く。


 まだ自分でも整理しきれていない。


「まず……俺、一週間後に男爵になる」


「え?」


 ミラが目を見開いた。


「男爵?」


「うん」


「リオンが?」


「俺も同じこと聞いた」


「本当に?」


「国王陛下から直接言われた」


 ミラがしばらく俺を見る。


 それから、少しずつ笑顔になった。


「おめでとう、リオン」


「ありがとう」


「すごいじゃない」


「うん……」


「嬉しくないの?」


「嬉しいよ」


 爵位をもらえる。


 評価されたということだ。


 それは素直に嬉しい。


「でも、男爵になるだけじゃなかった」


 ミラの笑顔が止まる。


「どういうこと?」


「領地も任される」


「領地?」


「旧グレイヴ領の西部」


「……え?」


 今度はさっきより大きく目を見開いた。


「西部全部?」


「うん」


「リオンの領地になるの?」


「そういうことらしい」


 口にすると、改めて現実味が増した。


「一週間後に男爵へ叙爵されて、それと同時に旧グレイヴ領西部を任される」


「そうなんだ……」


 ミラが少し考える。


「旧グレイヴ領って、今は王宮が直接管理してるんだよね?」


「暫定統治してる」


「じゃあ、それをリオンに?」


「西部だけね」


「東部は?」


 少し迷った。


 これも正式発表前の話だ。


「これは正式に発表されたらミラにも話すよ」


「うん。わかった」


ミラはそれ以上、聞いてこようとしなかった。


「昨日卒業したばかりなのに、すごいことになったね」


「本当にね」


「でも、どうしてリオンなの?」


 当然の疑問だ。


「王様からも説明された」


「なんて?」


「ハル領でやってきたことを評価してくれたみたい」


「それなら分かる」


「ただ……」


「ただ?」


 少し言葉を選ぶ。


「旧グレイヴ領のことについて、王宮にも責任があるって話をされた」


 ミラが黙る。


「王宮が?」


「うん」


「陛下がそう言ったの?」


「うん。グレイヴ家が悪いのは当然だけど、王宮もグレイヴ家ばかり見て、そこで暮らしている人たちをちゃんと見ていなかったって」


「……そうなんだ」


「それで、王様から言われた」


「何を?」


「王宮が救えなかった人たちがいるから、俺に何とかしてもらいたいって」


 ミラが俺を見る。


「陛下が、そんなことを?」


「うん」


 その言葉が、まだ頭に残っている。


「正直、男爵になるって言われた時より、そっちの方が重かった」


「……うん」


「だって、俺が失敗したら困るのは、そこに住んでる人たちだから」


 ハル領でもそうだった。


 でも今度はもっと違う。


 父上はいない。


 最後に決めるのは俺だ。


 失敗した時に責任を負うのも俺になる。


「怖い?」


 ミラが聞いた。


「少し」


 素直に答えた。


「かなり、かもしれない」


「そっか」


 ミラは「大丈夫だよ」とは言わなかった。


 ただ、隣に座っている。


 それが今はありがたかった。


「でも、やるって答えた」


「うん」


「まだ何が問題なのかも全部分かってないから、絶対に立て直しますとは言えなかったけど」


「それでいいんじゃない?」


「そうかな」


「分からないのに分かったふりをする方が、リオンらしくないよ」


 思わず笑った。


「昨日の卒業式みたいだね」


「そうだね」


 分からなければ調べる。


 人の話を聞く。


 一人で答えを決めない。


 昨日、自分でそう言ったばかりだ。


「国王陛下にも言われたよ」


「何を?」


「昨日、自分で言ったことをやってみせろって」


 ミラが笑う。


「ちゃんと聞かれてたんだ」


「すごく聞かれてた」


「じゃあ、逃げられないね」


「逃げるつもりはないよ」


「うん」


 少しだけ沈黙が続く。


 ふと、ミラを見る。


「リオン?」


「え?」


「また難しい顔してる」


「そう?」


「うん」


 今、一瞬考えたことは口にしなかった。


 視察したことはある。でも、領主として見るべきことを全部知っているわけじゃない。


 考えるのは、それを見てからでいい。


「王宮から資料をもらったんだ」


「どんな?」


「色々。今は見せられないけど、話していいことが整理できたらミラにも相談するよ」


「うん」


「ごめんね、言えないとか、見せられないばかり言って」


「仕方ないよ、まだ正式発表前だし」


 男爵になる。


 領主になる。


 こういうところも、今までとは違うんだろう。


 知っているからといって、誰にでも話していいわけじゃない。


「まず俺が全部読むよ」


「うん」


「それから、話していいことはミラにも話す」


「分かった」


 ミラが笑う。


「じゃあ、今日は詳しいことは聞かない」


「ありがとう」


「でも」


「何?」


「大変だったら、ちゃんと言ってね」


「うん」


「一人で何でも抱え込むのは禁止」


「それも昨日言ったから?」


「それもあるけど」


 ミラが少しだけ笑い、俺の手を握る。


「婚約者だから」


「……うん」


「相談くらいしてよ」


「もちろん」


 そう答えた。


 旧グレイヴ領西部。


 まだ地図と簡単な説明しか知らない土地。


 そこが、一週間後には俺の領地になる。


 そして、いずれ俺が結婚すれば――。


 もう一度ミラを見る。


「何?」


「何でもない」


「またそれ?」


「今は本当に何でもないよ」


 まずは資料を読もう。


 それから現地を見る。


 考えるのは、その後だ。


「じゃあ、そろそろ戻るよ」


「うん」


「ピコのこと見ててくれて、ありがとう」


「ピー」


 立ち上がる。


 腕の中のピコを抱き直した。


「リオン」


「何?」


「男爵になるの、本当におめでとう」


「ああ」


 今度は素直に笑えた。


「ありがとう」



今回も最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

リオンがこれから何を成し遂げるのか、ご期待ください。


最近、読者様からの感想に返信できてなくて申し訳ないです。

返信はできていませんが、内容は全て確認しています。

様々な感想を頂いていますが、作者が前向きになれる感想が多く、元気づけられています。


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― 新着の感想 ―
やっぱりまたイレーナにへこへこするのか。犯罪者だよね?
何故父親を陞爵させなかったんだろう? 認識が違ってたらゴメンだけど、リオンくんはハル家からは独立する訳なので、これからはグレイブを名乗らないと駄目なんだよね? もう別の家て事で…? エドガーくんもグレ…
おめでとう! なのかなぁ? パパンの身体が心配です。 あと、なんかこう、 もうちょっと、ミラに言う事あるでしょう!!!!!!
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